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第二章「王国の五大騎士家」
第2話 幼馴染と騎士団長
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オウカの報告により、トウカの生存を知った王国は大騒ぎになった。
国民たちは大いに喜び、英雄の生還と、魔王討伐の喜びに沸いた。
盛大な式典も催されることになり、短い間に行われることになった二度目のお祭り騒ぎに町もにぎわう。特に魔王討伐の情報は大陸中を駆け巡り、アルテミシア王国へ訪れる旅人の増加は著しかった。
多くの人でごった返す王都。魔王討伐による名声の高まりは王国のさらなる繁栄を予期させていた。
そして、トウカが帰ってから数日後、国王との謁見を行う日がやってきた。
王宮にトウカが到着したとカルミアから報告があり、オウカは控えの間へと向かっていた。
もう一人の魔王討伐の功労者として、トウカの謁見に同席することになっていたのだ。
「おお、オウカではないか」
足早に王宮内を歩く彼女を呼び止める声があった。
振り向くと、そこにいたのは彼女も見覚えのある人物だった。
「ラペーシュの大叔父上でしたか。王都へいらしていたのですね」
フロスファミリア家の元老の一人。オウカの祖父の弟のラペーシュ卿だった。
「うむ。ついでにこの後は本家屋敷に孫娘の顔を見にな。あの子は元気にやっていたか?」
「ええ、いつも私の後ろをついてきていますよ」
フロスファミリア本家では、時折分家の子女を預かり、礼儀作法や戦闘・魔術の訓練を行っている。
王都での進んだ教育を受けさせるためでもある。現在は一族でその年齢に至っているのは二名ほど。その一人が彼の孫娘だった。
「あの子はお主に憧れておるからな。良くしてやってくれ」
「はい。他ならぬ大叔父上の孫娘ですから」
オウカは以前から彼の支援を受けていた。オウカとトウカの家督争いで分裂したフロスファミリア一族の中ではオウカ派の最有力者だ。
一方ならぬ世話を受けていた以上、そんな彼の頼みを無下にすることはできない。
「はっはっは。いずれはお主の片腕として力を振るってくれることを祖父としては望むだけよ。それはそうと……最近妙な噂を耳にしてな。その確認のために来たわけでもあるのじゃよ」
「妙な噂……ですか?」
ラペーシュ卿の眼が細められる。猛禽類のような鋭い眼光でオウカに囁くように問いかけて来る。
「いやなに、先日の魔王討伐戦のことじゃよ。何でも……魔王討伐にあの“欠陥品”が一役買ったと伺ってな」
「……」
大叔父の言葉が意味する相手の顔が浮かぶ。彼はまだ、彼女がどれだけの力を秘めているのかを知らない。かつての魔術が苦手で、姉に負け続けていたあの時のまま定着している。
だからこそ、悪しざまにトウカを語る。彼にとって妹はフロスファミリア家の落ちこぼれで欠陥品なのだ。
だから悪意もなければ悪気もない。これがフロスファミリアの権力争いに染まった者の姿。この中にかつては自分もいたのだと思うと怖気が走りそうになる。だが、すでにその呪縛から解き放たれていたオウカは、そんな彼に見えないところで拳を固めていた。
「お主は昔からあの者のことは気にかけておった。まさかとは思うが……」
「何のお話をされていらっしゃるのか量りかねます」
好々爺然とした風貌から一転し、厳しい目を向けるラペーシュ卿。
そんな彼の目線をオウカは涼しい顔で受け流す。
「トウカと共に私が魔王討伐を果たしたのは事実。そしてフロスファミリアの名声はさらに高まりました。その過程を論じるよりも、これからのフロスファミリアの行く末に目を向けるべきかと」
「ふむ……お主の言うことにも一理あるな」
「陛下との謁見がありますので、これで失礼します」
踵を返し、オウカはラペーシュ卿から離れた。
あまり話していれば魔王討伐の詳細について話に綻びが出てしまう可能性がある。権力争いの中を生き抜いてきた大叔父の眼は易々とは誤魔化せない。早々にこの場を離れるのが得策だ。
「ふう……しかし、あの大叔父上あっての孫娘と言うべきか」
方向性は違うが、ラペーシュの孫娘はオウカ至上主義ともいえる憧れぶりだ。
それに対して、ことあるごとに会ったこともないトウカを悪く言うこともある。ラペーシュ家の教育の賜物と言えば皮肉になるだろう。
これまではトウカとの関係が冷え切っていたこともあって、中傷を聞き流していた所もあったが、トウカがフロスファミリア家に復帰するとなればこれ以上見逃すこともできない。
いい加減、十一歳にもなる少女が本家の人間を扱下ろすなどあってはならない。だが、それを許していたのもラペーシュ家と言う大きな力があってこそだ。
「まったく……親戚付き合いと言うものも楽ではない」
姉妹の関係が修復されたとはいえ、それはまた別の問題を生み出すことに他ならない。
事実、既に色々と厄介な報告がオウカの耳にも入っている。
「世間はあんなに平和なのにな」
窓から見える王都の様子は、誰もが笑顔で平和を享受していた。
「あ、お母さんだ」
控室に姿を見せると、早速マリーが気づく。
いまだに「お母さん」と呼ばれる感覚にオウカは慣れない。
「準備はできたか?」
「もうちょっと待って……うーん」
トウカは姿見の前で何度もポーズをとってその姿を確認していた。
「ねえ、どこかおかしくない?」
「もー、ママそれ聞くの何度目?」
そんなトウカにマリーの呆れた声が帰って来る。
「だって、陛下と会うのは久し振りだもの。失礼があったらいけないし……」
「そもそも服が借り物と言うのもどうかと思うがな」
痛いところを突かれる。トウカの着ている服はオウカが使っている謁見用のものの予備だ。
「あはは……まさか虫に食われていたなんて思わなくて」
ずっと仕舞い込んでいた謁見用の服は、虫食いで着られる状態ではなかった。慌ててオウカに頼み込み、彼女のものを貸してもらったのだ。彼女は式典に出ることも多いのでこういった服は何着も持っている。
「お母さん。マリーは似合ってる?」
「ああ。サイズもぴったりだな。よく似合っているぞ」
「えへへー」
めかし込んだマリーは褒めてもらえてご満悦だ。
彼女の服はトウカのお下がりだ。オウカが謁見用の服を渡す際に一緒に届けたものだった。こちらは二人の母親がしっかりと保管してくれていたので無事だった。
「うーん……やっぱり変な感じ」
「一体何がそんなに不満だと言うんだ?」
「うん。胸のところがちょっと苦しくて……」
「やはりその服を返せ。今すぐ脱げ貴様」
その一言に女性としてのプライドが傷つけられたらしい。
失言に気づいたトウカが部屋を逃げ回り、オウカはそれを追い回す。
まるで子供の頃に戻ったかのようなやり取りだった。
「えっと……賑やかなのは結構なんだけど、準備はできたのかな?」
そんな二人に不意に声がかかった。
追いかけ合う足を止めて目を向けると、苦笑する若い騎士がドアの所に佇んでいた。
「もしかして……シオン?」
「久し振りだねトウカ。七年前と全然変わっていないね」
懐かしい顔にトウカは驚きを見せた。
それはかつて王国の教育機関である王立学院に通っていた頃、共に時を過ごした友人。シオン=アスターだった。
「トウカ、呼び捨ては失礼だぞ」
「あ、そうか。シオン“騎士団長”だよね」
「堅苦しいのは好きじゃない。他の騎士の眼もない今は昔みたいに呼び捨てで構わないよ」
シオンはフロスファミリア家と並ぶ剣の名家アスター家の嫡男であるとともに、今年で二十歳となる若さで王国騎士団長を務める人物でもあった。
「でも、ここは王宮だ。子供みたいに走り回るのはどうかと思うよ」
「あはは……」
「オウカ、まさか第一部隊長を務める君まで付き合うなんて思わなかったよ」
「……面目ない」
「君たちは魔王を倒した英雄なんだ。その君たちがこんな所でふざけ合っていたら示しがつかない。もう少し自覚のある行動を心がけてくれ」
子供の様に叱られ、トウカは苦笑し、オウカは肩を落とす。
特にオウカは部下と言う立場であるために余計にばつが悪い。
だが、ひとしきり二人に小言を言った後、シオンは笑顔を見せる。
「でも、二人が仲直りできたお祝いだ。不問とするよ」
「何だ、気づいていたのか」
「……今の光景を見て君たちの仲が悪いと思う人はいないと思うけどね」
肩を竦めて呆れたようにシオンは答えた。
「君たちの関係が拗れていたことは僕も、ドラセナも、フジもずっと気にしていたんだ。何があったかは知らないけど、仲直りできてよかったよ」
「ずっと心配かけちゃったね」
「後で二人に会いに行ったらどうだい?」
ここにいない残り二人の幼馴染の顔が浮かぶ。
ドラセナ=ゴッドセフィアとフジ=ウィステリア。トウカは七年前に家を出て以来、オウカとの関わりを避けるために二人との接触も控えていた。だが、みんな彼女らを心配し続けていてくれたのだ。
「そう言えば、ドラセナもフジも今度陛下に呼ばれていると耳に挟んだが?」
「どっちも僕が推挙したんだ。ドラセナは第三部隊で弓兵隊を指揮してくれた。お蔭で緒戦の勝利をものにできたんだからね。フジも無理を言って協力してもらったんだし、何かしら報いてあげたかったんだ」
「お前とて称賛されてもおかしくあるまい。魔王討伐戦の指揮を執っていたのはお前だぞ」
「ああ、僕は辞退したよ。とても陛下にお褒めの言葉を頂けるような立場じゃない」
シオンの言葉に二人は驚く。
魔王討伐の指揮を執った団長ともなれば、その功績は確かなものだ。
事実、作戦の立案や緒戦での軍勢の全面衝突などではシオンは目覚ましい活躍を見せたとされている。
その功績を評される場を辞退するなど、考えられない行動だ。
「今回は経験の浅い僕をみんなが支えてくれたから勝てたんだ。僕一人が代表として称えられるより、一人ひとりの功績を認めて貰うべきさ」
「謙遜するのは結構なことだ。だが、今回はお前の働きがあってこそだと私も思っている」
「そうだよ。シオンが団長だったからこそ勝てたんだって、街でも評判だよ」
「そもそも騎士団長と言う立場だってブルニア兄さんの後継に父が無理やりねじ込んだだけで、僕には分不相応だよ。むしろこれで晴れて御役御免だ」
先代騎士団長ブルニアはシオンの年の離れた兄だ。卓越した力で史上最年少の騎士団長に就任したアスター家次期当主と目されていた人物だ。
だが、魔王討伐戦を前に病死しており、その後を継いだのが弟のシオンだった。
当然若すぎる彼の就任には反発も多かったが、王国重臣の父親の後押しと国王の了承もあり、騎士団長就任の最年少記録を塗り替えることになったのだ。
本人としてはしばしの代行のつもりだったが、魔王討伐戦が目前に迫り、短期間で騎士団の長を交代させるのも統制に影響が出るため、なし崩しに団長を続けることになってしまっていた。
「討伐戦でも騎士団に大きな損害を出してしまった。ブルニア兄さんならもっと上手くやっていたはずさ」
「あれはどうしようもない。魔王軍の猛攻も凄まじかった上、神殿が崩壊するなど誰も想定していなかった。お前が気に病むことではない」
「そのお蔭でトウカを死なせたかもしれなかったのに?」
オウカは言葉を詰まらせる。
実際、騎士団の死者はかなりの数に上った。生き残った者の中にも大怪我を負って引退を決めた者もいる。討伐戦後の騎士団の再編は非常に苦労しているという話だ。
フロスファミリア家の親類の中にも命を落とした者はいる。シオンのアスター家も同様だ。最深部まで突入して生存できた四人の決死隊とトウカはまだ運がいいと言える。
騎士団を率いる立場としてのシオンの責任を考えれば、それだけの被害を出したことは決して無視できない事実だ。
「この話はやめよう。今日はめでたい日だ」
シオンは肩を竦めて困ったような笑顔を浮かべる。
重苦しい雰囲気になってしまったことを謝罪し、シオンは話題を変えた。
だが、それはこの話から逃げ出そうとしているようにも見えた。
「そう言えば、この子が例の?」
控室の椅子に座って退屈そうにしていたマリーにシオンは目を向けた。
「初めまして、僕はシオン。オウカとトウカのお友達だ」
「えっと……はじめまして、マリーです」
膝をついて目線を合わせながらシオンは名乗る。
マリーは戸惑いながらもお辞儀を返した。
「お話終わったの?」
「はは、ごめんね。しばらくお母さんたちを借りてしまって」
「ううん。いいよー、お友達だもん」
椅子から立ち上がり、マリーはトウカとオウカの間に割って入って手を握る。
とてもよく懐いている様子にシオンも笑みをこぼした。
「そろそろ行こうか。陛下がお待ちかねだ」
国民たちは大いに喜び、英雄の生還と、魔王討伐の喜びに沸いた。
盛大な式典も催されることになり、短い間に行われることになった二度目のお祭り騒ぎに町もにぎわう。特に魔王討伐の情報は大陸中を駆け巡り、アルテミシア王国へ訪れる旅人の増加は著しかった。
多くの人でごった返す王都。魔王討伐による名声の高まりは王国のさらなる繁栄を予期させていた。
そして、トウカが帰ってから数日後、国王との謁見を行う日がやってきた。
王宮にトウカが到着したとカルミアから報告があり、オウカは控えの間へと向かっていた。
もう一人の魔王討伐の功労者として、トウカの謁見に同席することになっていたのだ。
「おお、オウカではないか」
足早に王宮内を歩く彼女を呼び止める声があった。
振り向くと、そこにいたのは彼女も見覚えのある人物だった。
「ラペーシュの大叔父上でしたか。王都へいらしていたのですね」
フロスファミリア家の元老の一人。オウカの祖父の弟のラペーシュ卿だった。
「うむ。ついでにこの後は本家屋敷に孫娘の顔を見にな。あの子は元気にやっていたか?」
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「はい。他ならぬ大叔父上の孫娘ですから」
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一方ならぬ世話を受けていた以上、そんな彼の頼みを無下にすることはできない。
「はっはっは。いずれはお主の片腕として力を振るってくれることを祖父としては望むだけよ。それはそうと……最近妙な噂を耳にしてな。その確認のために来たわけでもあるのじゃよ」
「妙な噂……ですか?」
ラペーシュ卿の眼が細められる。猛禽類のような鋭い眼光でオウカに囁くように問いかけて来る。
「いやなに、先日の魔王討伐戦のことじゃよ。何でも……魔王討伐にあの“欠陥品”が一役買ったと伺ってな」
「……」
大叔父の言葉が意味する相手の顔が浮かぶ。彼はまだ、彼女がどれだけの力を秘めているのかを知らない。かつての魔術が苦手で、姉に負け続けていたあの時のまま定着している。
だからこそ、悪しざまにトウカを語る。彼にとって妹はフロスファミリア家の落ちこぼれで欠陥品なのだ。
だから悪意もなければ悪気もない。これがフロスファミリアの権力争いに染まった者の姿。この中にかつては自分もいたのだと思うと怖気が走りそうになる。だが、すでにその呪縛から解き放たれていたオウカは、そんな彼に見えないところで拳を固めていた。
「お主は昔からあの者のことは気にかけておった。まさかとは思うが……」
「何のお話をされていらっしゃるのか量りかねます」
好々爺然とした風貌から一転し、厳しい目を向けるラペーシュ卿。
そんな彼の目線をオウカは涼しい顔で受け流す。
「トウカと共に私が魔王討伐を果たしたのは事実。そしてフロスファミリアの名声はさらに高まりました。その過程を論じるよりも、これからのフロスファミリアの行く末に目を向けるべきかと」
「ふむ……お主の言うことにも一理あるな」
「陛下との謁見がありますので、これで失礼します」
踵を返し、オウカはラペーシュ卿から離れた。
あまり話していれば魔王討伐の詳細について話に綻びが出てしまう可能性がある。権力争いの中を生き抜いてきた大叔父の眼は易々とは誤魔化せない。早々にこの場を離れるのが得策だ。
「ふう……しかし、あの大叔父上あっての孫娘と言うべきか」
方向性は違うが、ラペーシュの孫娘はオウカ至上主義ともいえる憧れぶりだ。
それに対して、ことあるごとに会ったこともないトウカを悪く言うこともある。ラペーシュ家の教育の賜物と言えば皮肉になるだろう。
これまではトウカとの関係が冷え切っていたこともあって、中傷を聞き流していた所もあったが、トウカがフロスファミリア家に復帰するとなればこれ以上見逃すこともできない。
いい加減、十一歳にもなる少女が本家の人間を扱下ろすなどあってはならない。だが、それを許していたのもラペーシュ家と言う大きな力があってこそだ。
「まったく……親戚付き合いと言うものも楽ではない」
姉妹の関係が修復されたとはいえ、それはまた別の問題を生み出すことに他ならない。
事実、既に色々と厄介な報告がオウカの耳にも入っている。
「世間はあんなに平和なのにな」
窓から見える王都の様子は、誰もが笑顔で平和を享受していた。
「あ、お母さんだ」
控室に姿を見せると、早速マリーが気づく。
いまだに「お母さん」と呼ばれる感覚にオウカは慣れない。
「準備はできたか?」
「もうちょっと待って……うーん」
トウカは姿見の前で何度もポーズをとってその姿を確認していた。
「ねえ、どこかおかしくない?」
「もー、ママそれ聞くの何度目?」
そんなトウカにマリーの呆れた声が帰って来る。
「だって、陛下と会うのは久し振りだもの。失礼があったらいけないし……」
「そもそも服が借り物と言うのもどうかと思うがな」
痛いところを突かれる。トウカの着ている服はオウカが使っている謁見用のものの予備だ。
「あはは……まさか虫に食われていたなんて思わなくて」
ずっと仕舞い込んでいた謁見用の服は、虫食いで着られる状態ではなかった。慌ててオウカに頼み込み、彼女のものを貸してもらったのだ。彼女は式典に出ることも多いのでこういった服は何着も持っている。
「お母さん。マリーは似合ってる?」
「ああ。サイズもぴったりだな。よく似合っているぞ」
「えへへー」
めかし込んだマリーは褒めてもらえてご満悦だ。
彼女の服はトウカのお下がりだ。オウカが謁見用の服を渡す際に一緒に届けたものだった。こちらは二人の母親がしっかりと保管してくれていたので無事だった。
「うーん……やっぱり変な感じ」
「一体何がそんなに不満だと言うんだ?」
「うん。胸のところがちょっと苦しくて……」
「やはりその服を返せ。今すぐ脱げ貴様」
その一言に女性としてのプライドが傷つけられたらしい。
失言に気づいたトウカが部屋を逃げ回り、オウカはそれを追い回す。
まるで子供の頃に戻ったかのようなやり取りだった。
「えっと……賑やかなのは結構なんだけど、準備はできたのかな?」
そんな二人に不意に声がかかった。
追いかけ合う足を止めて目を向けると、苦笑する若い騎士がドアの所に佇んでいた。
「もしかして……シオン?」
「久し振りだねトウカ。七年前と全然変わっていないね」
懐かしい顔にトウカは驚きを見せた。
それはかつて王国の教育機関である王立学院に通っていた頃、共に時を過ごした友人。シオン=アスターだった。
「トウカ、呼び捨ては失礼だぞ」
「あ、そうか。シオン“騎士団長”だよね」
「堅苦しいのは好きじゃない。他の騎士の眼もない今は昔みたいに呼び捨てで構わないよ」
シオンはフロスファミリア家と並ぶ剣の名家アスター家の嫡男であるとともに、今年で二十歳となる若さで王国騎士団長を務める人物でもあった。
「でも、ここは王宮だ。子供みたいに走り回るのはどうかと思うよ」
「あはは……」
「オウカ、まさか第一部隊長を務める君まで付き合うなんて思わなかったよ」
「……面目ない」
「君たちは魔王を倒した英雄なんだ。その君たちがこんな所でふざけ合っていたら示しがつかない。もう少し自覚のある行動を心がけてくれ」
子供の様に叱られ、トウカは苦笑し、オウカは肩を落とす。
特にオウカは部下と言う立場であるために余計にばつが悪い。
だが、ひとしきり二人に小言を言った後、シオンは笑顔を見せる。
「でも、二人が仲直りできたお祝いだ。不問とするよ」
「何だ、気づいていたのか」
「……今の光景を見て君たちの仲が悪いと思う人はいないと思うけどね」
肩を竦めて呆れたようにシオンは答えた。
「君たちの関係が拗れていたことは僕も、ドラセナも、フジもずっと気にしていたんだ。何があったかは知らないけど、仲直りできてよかったよ」
「ずっと心配かけちゃったね」
「後で二人に会いに行ったらどうだい?」
ここにいない残り二人の幼馴染の顔が浮かぶ。
ドラセナ=ゴッドセフィアとフジ=ウィステリア。トウカは七年前に家を出て以来、オウカとの関わりを避けるために二人との接触も控えていた。だが、みんな彼女らを心配し続けていてくれたのだ。
「そう言えば、ドラセナもフジも今度陛下に呼ばれていると耳に挟んだが?」
「どっちも僕が推挙したんだ。ドラセナは第三部隊で弓兵隊を指揮してくれた。お蔭で緒戦の勝利をものにできたんだからね。フジも無理を言って協力してもらったんだし、何かしら報いてあげたかったんだ」
「お前とて称賛されてもおかしくあるまい。魔王討伐戦の指揮を執っていたのはお前だぞ」
「ああ、僕は辞退したよ。とても陛下にお褒めの言葉を頂けるような立場じゃない」
シオンの言葉に二人は驚く。
魔王討伐の指揮を執った団長ともなれば、その功績は確かなものだ。
事実、作戦の立案や緒戦での軍勢の全面衝突などではシオンは目覚ましい活躍を見せたとされている。
その功績を評される場を辞退するなど、考えられない行動だ。
「今回は経験の浅い僕をみんなが支えてくれたから勝てたんだ。僕一人が代表として称えられるより、一人ひとりの功績を認めて貰うべきさ」
「謙遜するのは結構なことだ。だが、今回はお前の働きがあってこそだと私も思っている」
「そうだよ。シオンが団長だったからこそ勝てたんだって、街でも評判だよ」
「そもそも騎士団長と言う立場だってブルニア兄さんの後継に父が無理やりねじ込んだだけで、僕には分不相応だよ。むしろこれで晴れて御役御免だ」
先代騎士団長ブルニアはシオンの年の離れた兄だ。卓越した力で史上最年少の騎士団長に就任したアスター家次期当主と目されていた人物だ。
だが、魔王討伐戦を前に病死しており、その後を継いだのが弟のシオンだった。
当然若すぎる彼の就任には反発も多かったが、王国重臣の父親の後押しと国王の了承もあり、騎士団長就任の最年少記録を塗り替えることになったのだ。
本人としてはしばしの代行のつもりだったが、魔王討伐戦が目前に迫り、短期間で騎士団の長を交代させるのも統制に影響が出るため、なし崩しに団長を続けることになってしまっていた。
「討伐戦でも騎士団に大きな損害を出してしまった。ブルニア兄さんならもっと上手くやっていたはずさ」
「あれはどうしようもない。魔王軍の猛攻も凄まじかった上、神殿が崩壊するなど誰も想定していなかった。お前が気に病むことではない」
「そのお蔭でトウカを死なせたかもしれなかったのに?」
オウカは言葉を詰まらせる。
実際、騎士団の死者はかなりの数に上った。生き残った者の中にも大怪我を負って引退を決めた者もいる。討伐戦後の騎士団の再編は非常に苦労しているという話だ。
フロスファミリア家の親類の中にも命を落とした者はいる。シオンのアスター家も同様だ。最深部まで突入して生存できた四人の決死隊とトウカはまだ運がいいと言える。
騎士団を率いる立場としてのシオンの責任を考えれば、それだけの被害を出したことは決して無視できない事実だ。
「この話はやめよう。今日はめでたい日だ」
シオンは肩を竦めて困ったような笑顔を浮かべる。
重苦しい雰囲気になってしまったことを謝罪し、シオンは話題を変えた。
だが、それはこの話から逃げ出そうとしているようにも見えた。
「そう言えば、この子が例の?」
控室の椅子に座って退屈そうにしていたマリーにシオンは目を向けた。
「初めまして、僕はシオン。オウカとトウカのお友達だ」
「えっと……はじめまして、マリーです」
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マリーは戸惑いながらもお辞儀を返した。
「お話終わったの?」
「はは、ごめんね。しばらくお母さんたちを借りてしまって」
「ううん。いいよー、お友達だもん」
椅子から立ち上がり、マリーはトウカとオウカの間に割って入って手を握る。
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「そろそろ行こうか。陛下がお待ちかねだ」
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