魔王の娘に花束を~落ちこぼれ剣士と世界を変える小さな約束~

結葉 天樹

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第一章「魔王討伐」

第9話 明かされた真実

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 それは七年前の記憶。
 あの日のことはよく覚えている。

「ああああ!」

 悲鳴と共に剣が宙に舞った。
 無我夢中で剣を振るった後の私は、その絶叫を聞いて我に返った。

「痛い……腕が…腕が……!」

 オウカは床に倒れ伏し、血が流れる右腕を押さえていた。

「そんな、オウカ……何で」

 自分のした事の重大さに震えが走る。
 私はショックのあまり、握っていた剣を床に落とした。

「オウカ、しっかりして! オウカーっ!」

 半狂乱になって叫び続ける。
 見ていた大人たちも慌てて駆け寄り、オウカの傷の処置を始める。
 私は親戚に強引に引き離され、自室に謹慎させられた。

 オウカが倒れている光景が何度も頭の中で繰り返され、その度に罪悪感で胸が締め付けられた。
 姉との戦いに初めて勝った。その代わりに起きた事故。
 達成感なんて持てるわけがなかった。

 十三歳になった私たちは家を継ぐ者として、剣術の訓練を始めた。
 そして、日々訓練は激しいものになっていた。
 一族の人たちは私たちのどちらか優れた方を跡取りにと考えていたみたいだけど、私たちは家督についてはあまり意識していなかった。
 厳しい父さんの指導の下ではあったが、オウカと剣の腕を磨きあう事が楽しくて仕方なかったからだ。
 女の子にしか恵まれなかった事で、父さんも母さんも親族から色々と言われていた。
 それでも父さんたちは私たちに何も言ったりはしなかった。
 それに、私たちの剣の腕が日々上達していく中で風当たりも弱まっていた事に私たちは気づいていた。
 私たちが頑張れば頑張るほど、二人の期待に応えられることが嬉しかった。

 しかし、剣にも魔力の扱いにも秀でていた姉のオウカにはいつも敵わなかった。
 私より先に型をものにし、私より先に魔術を使えるようになった。
 そんな優秀な姉は私の誇りでもあり、目標でもあった。

 私は魔術の才能がないことがわかり、オウカを超えることは終生無理だとわかった。
 だからこそ私は剣の腕を磨いた。姉を超えたい一心で。

 そして迎えた月に一度の実戦訓練。
 私はただ、積み重ねてきたものを乗せて思い切り打ち込んだだけだった。
 いつもならオウカはその一撃を受け止めてから返し技を放って決着がつく。
 そして、姉からの説教。
 その後は悪かったところの考察と指導。
 それがいつもの流れだ。

 しかし、この日は違った。
 私の一撃にオウカの受けが間に合わなかった。
 オウカは体に剣が当たる事を避けるため、とっさに右腕を出してしまった。
 そして、直撃した。その時の鈍い音と手に残る感触は今でも忘れていない。
 模造刀だったから切れることはなかった。
 それでも「二度と剣は握れないだろう」と言われるほどの大ケガだった。

 両親は何も言わなかったけど、オウカ派の親類はそうではなかった。
『勝つために卑怯な手を使ったに違いない』『そこまでして家督を継ぎたかったのか』と、心無い言葉が私にかけられる。
 それに私側の派閥も反発して家が二つに割れかねない事態に発展してしまった。
 私がオウカを超えようとしたばかりに、多くの人に迷惑をかけてしまったのだ。

 オウカへの謝罪はした。
 返って来たのは「気にするな」という言葉だけ。
 でも、腕に巻かれた包帯が痛々しくて見ていられなかった。

 それから私は、一人で鍛錬をすることになった。
 でも、オウカの事が気になって全く身が入らない。
 親族からの心無い言葉は毎日の様に続き、私は次第に剣を握るだけで震えを起こすようになっていた。
 私さえいなければ……劣った私が分不相応に振る舞おうとしなければ……



 それ以来、私は誰かと争う事をやめた。



 オウカは過酷なリハビリに励み、元の腕の機能を取り戻して再起した。
 その後私は、家を継ぐことを辞退して家も出た。
 あとはオウカがいれば家は大丈夫。
 誰かを傷つけてまで、私は幸せになることなんてできなかった。



「……夢……か」

 トウカは目を覚ました。最悪の目覚めだった。
 久し振りにトウカは自分が家を出る原因となった事件を夢に見た。七年前、トウカが犯した罪の記憶。
 それ以来は戦いから離れた平和な暮らし。それでも、自分がオウカにそっくりな双子の妹であることは避けられない。
 だからオウカの迷惑にならないよう普段から顔を隠し、名前もみだりに使わないようにした。別名でも仕事のできる作家業を営むようになったのはそれが理由だ。

 だが、彼女にはわからない。
 何故、次期当主の座も辞退し、迷惑をかけないよう日々を送っているにもかかわらずオウカはトウカを憎む。
 やはりあの一件を憎んでいるのだろうか。「気にするな」と言っても腕に残る傷痕、一時期は再起不能とまで言われたため、次期当主の座を奪われるのではないかと言う問題にまで発展した。だからだろうか。
 だが、オウカはトウカをあの日、わざわざ呼び出してまで戦おうともした。一体何が姉の真意なのか。それがわからないままだ。

「よく眠れましたか?」

 物思いにふけるトウカの前にノアとアキレアが現れる。アキレアのその手には昨日彼女から奪った剣が握られていた。
 地下神殿の牢獄で迎えたから正確な時間はわかりかねるが、夜は空けていると思った。何故なら牢獄の外が騒がしい。恐らくは王国軍の突入が始まったのだとトウカは思っていた。

「まずはこれをお返しします」

 そう言ってノアはアキレアに促した。アキレアは格子の外からトウカに剣を投げ返す。

「……どういうこと?」

 捕虜に武器を返すなど通常は有り得ない。トウカはノアを訝る。

「少し……聞かせていただいて宜しいでしょうか」

 トウカは息を呑む。
 アキレアと呼ばれた人狼も自分の一挙一動を注視している。
 ノアと呼ばれた男も、態度は柔らかいが決して警戒は解いていない。
 抵抗はもちろん、下手な言い逃れもできない雰囲気だった。

「あなたに尋ねたいのはこの剣についてです。この剣からは血の匂いが一切しない。聞けば、アキレアとの戦いでも貴方は剣を一切抜こうとしなかったそうですね。これはどういうことですか?」

 トウカは俯いて話す。この状況で隠すのも得策ではない。

「昔、姉に大ケガを負わせて……それ以来剣を抜いて戦おうとすると手が震えるのよ」
「なるほど……ですが、アキレアは魔物。貴方はその魔物にすら情けをかけようと言うのですか?」
「さあ……それももうわからない。だって、私は何のために戦えばいいかわかってないの」

 トウカは家のためにも、姉のためにも戦うことができず、自分の益と言えるものが見出せないままここにいる。
 むしろ、戦う意義を求めていたとも言えた。

「ええっと……つまり、戦に参加していながら自分が戦う意義を見出せていないと?」

 トウカの言葉に動揺や恐怖から見られるような嘘は見られない。
 ノアの見立てでは、そもそも嘘が苦手な性格に見える。
 と言う事は、今の言葉は全て真実だ。

「さて、何と言ったものか……」
「ククク……」

 戦に参加しながら軍人らしからぬ言動の彼女に、ノアは眉間にしわを寄せ始めていたその時、突然アキレアが笑い出した。

「ハーッハッハッハ、こいつは面白い! 敵の本拠地に乗り込みながら相手を殺せないとはとんだ甘ちゃんだ!」
「……アキレア、笑っている場合ではありませんよ」

 腹を抱えて笑い転げるその姿に、ノアもため息をつく。

「……だが、面白え。」
「アキレア?」
「殺されるかもしれない状況でよく言えたもんだ。下手に取り繕うよりまだ信じられる言葉だぜ」

 アキレアの真意が掴めず、ノアもトウカも怪訝な表情を浮かべる。

「おいノア、俺も賭けに乗ってやる」
「……どういう心境の変化ですか?」

 突然のアキレアの翻意にノアも驚きの目を向ける。

「こいつは無害だ。少なくとも他の人間とは違う……もしかしたら任せられるかもしれねえ」
「わかりました。アキレアもそう言うのであれば……」

 ノアはもう一度トウカへと向く。
 その表情から敵意はもう感じられなかった。

「トウカさん。あなたに見ていただきたいものがあります」

 ノアたちの質問が何を探ろうとしていたのかはわからない。だが、ある種の信用は得られたと言う事はわかった。
 牢獄から出され、トウカはノアたちについて来るように言われる。途中で遭遇した魔物や魔族たちは二人がトウカを連れている姿を見てどこか、何かを悟ったような表情を浮かべていた。
 そして、それらがもう生きては戻れないであろうことをトウカはどこか感じていた。
 しばらく歩いたのち、ある部屋に辿り着いた。地下神殿の最深部と言える場所であることは、周囲の装飾やその扉の豪華さなどから想像ができた。

「まさか、ここって……玉座の間?」
「はい」

 ノアが扉を押し開く。部屋の中に立ち込める薄暗くも荘厳な雰囲気。
 つまり、この部屋に魔王がいることになる。

「私を魔王に会わせてどうするの?」
「……今、明かりをつけます」

 ノアが指を鳴らすと、壁のトーチに一斉に灯が点る。

「……え?」

 部屋が明るくなったことによって闇の中に隠されていた玉座が現れる。
 しかし、本来そこに座っているべき主はおらず、空っぽの玉座だけがそこにあった。

「どういうこと?」
「……あなた方が討とうとしている我らが主。魔王様はここにおられません。いえ、もう、どこにもいません」

 ノアが告げたのは、衝撃的な事実だった。

「もう、どこにもいないって……」

 トウカは耳を疑った。
 これが事実なら、この戦争の意味が根本から失われることになる。

「はい。我らが主は、この神殿はおろか、世界のどこを探しても見つかることはないでしょう」
「それって……つまり、そういうことよね」
「ええ。魔王様と王妃様。つまり、マリー様のご両親は既にお亡くなりになられています」
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