魔王の娘に花束を~落ちこぼれ剣士と世界を変える小さな約束~

結葉 天樹

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第一章「魔王討伐」

第4話 再会と姉妹の確執

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 二日後、トウカは王都を訪れて騎士団への入団手続きを行っていた。
 家を出ていた彼女のような立場の者は正式な騎士団への入団ではなく、諜報や後方支援などに従事する特設部隊への加入となる。その為の登録の手続きだ。

「手続きは以上です。それでは、また後日訓練を行いますのでいらしてください」

 一通りの説明を受け、その日の予定を追えた。配属先は後日通知されると言う。
 そして、久方ぶりに訪れる城内にトウカは思いを巡らせていた。

「……懐かしいなぁ」

 城内へ入るのは何年ぶりだろうか。
 幼い頃は騎士団長だった父に付いて姉と共によく訪れていた覚えがあった。
 トウカの父は娘しか授からなかったが、それでも彼女らを育て、剣を教えた。
 厳しくも優しい父の期待に応えるために、よく姉妹で王国騎士になろうと誓い合っていたのだが――。

「トウカさんですね?」

 不意に、かけられた声に振り向く。
 そこには王国騎士の衣装に身を包んだ青年が立っていた。

「は、はい。私が……トウカ=フロスファミリアです」
「ああ、やはりあの方によく似ていらっしゃいますね」

 自分の名を告げるだけで苦しさを覚える。
 本来ならば家を出た自分が気軽に名乗って良い名前ではないと彼女は思っていた。

「私はカルミアと申します。貴方を案内するよう仰せつかっています」
「案内って……誰に」
「こちらへどうぞ」

 カルミアと名乗る騎士に案内され、トウカは城の訓練場へと導かれる。
 ここは騎士団の騎士たちが魔術や武器の鍛錬など自己の研鑽に努める場所だった。
 民衆からすれば憧れの騎士たちが集う憧れの場所でもあったが、彼女にとっては縁遠い場所とも言える。

「あの、ここで何を?」
「私はただの案内です。詳しくはこちらの部屋で待つ方からお聞きください」

 扉を開き、カルミアが入室を促す。
 とても広い部屋だった。騎士たちが模擬戦を行うために使われている場所だ。

「待っていたぞ」

 部屋の中央に佇んでいた人物が振り返る。
 トウカによく似た顔。
 長い黒髪に、凛とした立ち居振る舞い。

「……オウカ」

 トウカの双子の姉、オウカ=フロスファミリアがそこにいた。

「オウカ……どうしてここに」
「お前を呼んだのは私だ……正直な所を言えばお前と話したくもないのだがな」

 トウカを見て、露骨にオウカは不愉快な表情を見せる。

「えっと……久しぶりだね」
「お前が家を出てから七年ぶりか」
「この間の武術大会、優勝おめでとう」
「……貴様に称賛されても嬉しくもないがな」

 トウカが言葉を詰まらせた。軽蔑の眼差しを向けるオウカの言葉が彼女の胸に刺さる。

「お前を呼んだのは確かめたいことがあったからだ」

 トウカに向けて何かを投げ渡す。
 受け取ったそれはひと振りの剣だった。

「人払いは済ませてある。ここで私と立ち会え」

 オウカが剣を抜く。切っ先を向けてトウカに勝負を挑もうとしていた。

「な、何で……」

 久し振りに再開した姉に向けられた刃に、トウカは怯えた表情を見せる。

「あの決勝戦の日、お前は私の対戦相手の技を見抜いていたな?」
「た、たまたまだよ。偶然相手が何か企んでいる様だったから……つい」
「“つい”で予期できる攻撃ではなかったのだがな」

 オウカが一歩踏み出る。その雰囲気に気圧され、トウカは一歩下がる。

「まあいい。打ちあってみればわかる」

 殺気を纏う。今すぐにでも打ち込めるように身構える。

「さあ来い。魔術を使え。フロスファミリアの剣技を、体術を見せろ!」
「あ……う……」
「……何だその様は」

 トウカは剣を抜こうとしているようだが、鞘と剣の柄を握ったまま何かを躊躇っている様子だった。

「やめようよ、オウカ……私たちが戦う理由なんて」
「貴様になくとも私にはある。それとも……本気でフロスファミリアを捨てたのか」

 オウカの言葉に身をすくませる。
 何かを言おうとしているようだが、トウカは何も言えないでいる。

「聞けば、別の名で作家をしているらしいな。“ルルディ=ファミーユ”だったか」
「どうしてその名前を……」
「お前の情報を騎士団に教えたのは私だ」

 トウカが驚きの目でオウカを見る。

「驚いたか。ずっと前からお前の情報は掴んでいた。何故名を隠す。それ程フロスファミリアの名はお前にとって重いのか」
「それは……」
「だが、お前はここに来た。フロスファミリアの名を名乗り戦場に立つ以上、腑抜けでは話にならん」
「で、でも……私も、何か家の役に立てるかと思って」
「……詭弁だな」

 あからさまに真意を隠し続ける様子のトウカにオウカは業を煮やして叫ぶ。

「ならば抜け。家の役に立ちたいと言うのならその実力を見せてみろ!」

 オウカが挑発するようにトウカへ言葉をかける。
 だが、トウカはいまだためらいを見せていた。

「それでも抜きたくないと言うのなら、私が抜いてやる――」

 オウカが走り出す。
 瞬きの内にトウカの目の前まで距離を詰める。

「や、やめてオウカ!」

 殺気に恐怖したトウカは剣を鞘に納めたまま反射的に前にかざして身を守る。
 オウカはその剣を握り、トウカに代わって抜き放つ。
 そして、抜いた勢いで体を翻しながら左手に握っていた自分の剣を手放す。

「――ほら、剣を取らなければ首が飛ぶぞ」

 反転したオウカが遠心力を加えながら剣を振るう。

「――っ!」

 家を離れたとはいえ、かつて学んだ剣技はその体に刻み込まれている。
 危険を感じたトウカは、二人の間で浮く剣の柄を掴み取る。
 その直後、オウカの一撃が打ち込まれる。

「ああっ!」

 咄嗟に握った剣で防ぐが、オウカの一撃の威力で弾き飛ばされる。
 かなり強引な手段だったが彼女の目論見通り、これで互いに剣を持って対峙することになった。

「フッ……これで条件は五分だ。さあ、ここからが本当の勝負だ」

 オウカが構える。だが、妹の様子がおかしいことにすぐに気付いた。

「あ……ああ」
「……なんだその様は」

 トウカの手が震えていた。抑えようと左手も添えるが止まらない。
 オウカに刃を向けることに対し、トウカは異常なまでの恐怖を抱いていた。

「何が怖い。王国最強の騎士の座についた姉と戦うことか。それとも……」

 オウカが構えた。体勢を低くして打ち込む体勢をとる。

「……私に『またケガをさせたらどうしよう』とでも思っているのか?」
「――っ!?」

 トウカの目が驚きに見開かれ、表情が歪む。
 正鵠を射ていたことに、オウカは歯噛みする。
 その理由は、彼女にとって最大の侮辱を意味していた。

「この馬鹿が!」
「わああああ!」

 再度二人の剣がぶつかり合う。
 高い音と共に、一振りの剣が空中に舞い上がった。
 トウカの手には何も握られていない。彼女の剣だった。

「あ……」

 放心したように、トウカはその行方を見ながら膝をつく。
 その傍に、剣が音を立てて落ちた。

「……くっ!」

 その無様な姿を見ていられなくなったオウカは踵を返す。

「……私はこんな奴に何を期待していたんだ」

 歯痒さに拳が震える。
 久し振りにあった妹の情けなさに怒りがこみ上げていた。

「ま、待ってオウカ!」
「黙れ!」

 背中越しに拒絶の言葉が投げつけられる。

「お前の真意が分かった……私への贖罪か」

 トウカが目を逸らす。取り繕おうとする言葉が出ないその様子は肯定を意味していた。

「何が家のためだ……そんな個人的なことのために戦おうと言うのか」

 オウカの声は落胆を感じさせていた。
 胸の内を見透かされたトウカは、俯いて何も言えなかった。

「もういい。貴様にはほとほと愛想が尽きた。己の名も誇れず、信念が欠けた迷いだらけの剣で戦っても無様に死ぬだけだ」

 剣を収め、オウカはそんな彼女を置いて歩き出す。

「何かあっても私はお前を助ける義理も義務もない。死ぬのは勝手だが、家名を汚すようなことだけはするなよ」

 オウカが訓練場を出て行く。その後には気落ちするトウカと静寂だけが残った。
 結局、数年ぶりに会った姉は最後まで名前を呼んでさえくれなかった。
 そして、トウカも姉の憎悪の原因が自分であることを理解しているからこそ、何も言えないのだった。



「くそっ!」

 やり場のない怒りでオウカは壁を叩く。

「オウカ様……」
「……何も言うな、カルミア」

 やはり、武術大会の時のことはトウカの言うとおり偶然だったのだろうか。
 オウカは、少しでも自身を上回る可能性を持つ存在に高ぶった自分を愚かに感じていた。

「……妹さんは、探索班に配属させようと思います。あそこなら大規模な戦闘に巻き込まれずに済みます」
「……そうしてくれ」

 トウカと対峙して唯一評価できた点は、分をわきまえない行動はしないであろうという点だった。
 探索班なら最適の場所だ。手柄を立てることは難しいだろうが、そこならば普通に立ち回ればそれなりの働きは可能だ。

「あれで身の程は分かったはずだ。功名心も碌にない……馬鹿でもなければ妙なことをしたりしないだろう」

 カルミアは何も言わない。オウカの複雑な境遇を知らない以上、何を言っても野暮になるだけだ。
 だが、何も知らないからこそ、副官として可能な限りの支えにはなろうとしていた。

「そう言えば、私と一緒に突入する決死隊の人選は終わったのか?」
「はい。こちらにその一覧が」

 カルミアがオウカの率いるメンバーのリストを彼女に渡す。

「む……?」
「オウカ様?」

 だが、オウカはそのリストを取り落とす。
 右手で掴もうとした書類の束はその手から滑り落ちて床に落ちて散らばる。

「すまん。少し呆けていたみたいだ」

 気を取り直して書類を一枚一枚拾い上げ始める。
 違和感を覚えたオウカは右手を何度も握り直し、その感触を確かめる。

「まさか……な」

 そして、浮かんだ疑念を右手に残る痺れと共に握りつぶした。
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