魔王の娘に花束を~落ちこぼれ剣士と世界を変える小さな約束~

結葉 天樹

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第一章「魔王討伐」

第1話 私の名前

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 その日、王都は久し振りのお祭り騒ぎに沸いていた。
 ある魔族が各地の魔族と魔物を結集して軍を結成し、己を「魔王」と称するようになり、人類との激しい戦争を開始してからはや百年近く。
 王国主催の武術大会の開催は、長らく娯楽に飢えていた人々を熱狂させた。

「さあ果物だ、観戦するのにお一ついかが!」
「お嬢さん。王都に訪れた記念に土産はどうだい!」

 滅多に見ることのできない王国騎士や国の実力者たちの戦いを一目見ようと、国中から人々が集まり、人につられて商人が集い、市が開かれて王都は大いに活気付いていた。

「うわあ……凄い人。やっぱりお祭りだから賑わいが違うなあ」

 そんなごった返す人の流れを、フードを目深に被った一人の人物が眺めていた。
 道行く人々はいずれも笑顔だ。思わずその人物までつられて笑ってしまう。
 数か月前には建国祭があったのだが、戦火の影響で規模も例年小さいものとなっていた。そんな折、初春に突如開催された武術大会。しかもその目的が、目前に迫った魔王討伐戦の王国軍の切り札選抜を兼ねているとなれば、人々の関心も高い。

 かつては次々と国や町が滅ぼされ、人々は明日を知れぬ生活を強いられていた。
 だが、人類にも希望はあった。
 魔王軍と最前線で戦いを続けているアルテミシア王国。
 世界屈指の実力を持つ騎士たちを抱えるこの国は、長く独立を保ち続けていたのだ。

 更にここ数年で、人類側は徐々に魔王軍を押し返し始めていた
 そこにもたらされた根拠地の情報と決戦のための選抜大会。長く辛い時代が、戦いの終わりが近いことを誰もが感じ取り、明るい未来への希望に満ちていた。

「うん、やっぱり平和が一番。今の内にたくさん記録しておかないと」

 ペンを紙に走らせ、人々の様子、街の賑わいなどを書き留める。
 その人物は作家業を営んでいた。とはいえ、売れっ子と言う訳ではなく、そこそこ固定ファンのいる若手作家の一人だ。

「あとは武術大会の決勝を観て、戦いの場面の参考にさせてもらって……と」

ここまで書き留めた資料に目を通す。様々な物産や人を見ることのできる大きな催しは情報の宝庫だ。得た知識は物語を書くのにとても役立つ。特に、騎士たちの戦いを間近で見られる機会などそう多くはない。ある程度のリアリティを物語に与えるためにも是非とも見ておきたかった。

「次はどんなお話にしようかな……あ、子供も楽しめる冒険ものなんて良いかも」

 子供は特に騎士に対する憧れが強い。そんな騎士と子供の冒険物語などいいのではないだろうか。
 そんなことを思いながら新しい作品に考えを巡らせていると、王宮からの鐘が王都に時刻を告げる音で我に返った。街の人々から聞いた話によれば、次に鳴る時が決勝戦開始の合図だ。
 かつては宗教の祈りの時刻を告げるために鳴らされていたものだが、魔族との戦いが始まって以降、教会の権威は地に落ち神に対する絶対性は失われた。そのため今は時刻を告げる機能のみが残され、活用されていた。

「さあ、まもなく決勝戦だ。一体どっちが王国の切り札、すなわち魔王を討伐する我らが英雄になるのか!」

 不意に人だかりから発せられた声に、その人物は意識を向けた。
 見れば似顔絵を掲げながら熱弁を振るう男がいた。

「注目はこの人。女性でありながら史上初めて王国騎士団の第二部隊長に就任した、若く美しい期待の星。オウカ=フロスファミリア!」

 どうやら決勝戦の勝敗を賭けの対象にしている人物のようだった。
 治安の面からもあまり賭け事は大っぴらにできないのだが、お祭り騒ぎのどさくさに紛れて営んでいるらしい。
 あまり関わるわけにもいかない。フードの人物は一足早く闘技場へと向かおうとした。

「剣の名家フロスファミリアの“一人娘”。数々の華々しい戦歴と手柄。未来の騎士団長間違いなしの人物だ!」

 商人が発した「一人娘」という言葉にフードの人物は思わず立ち止まる。

「一人娘……か」

 恐らく当主の意向ではない。厳格ではあるが誠実で家族を愛する人物である家長がそのように公表しているとは考えにくい。
 恐らく“様々な事情”で世間的にはそういう話になっているのだろう。

「対するは、カガチ=サイサリス。低い地位ながら実力でのし上がって来た、こちらも期待の星だ!」

 相手の人物の似顔絵も商人が掲げる。
 だが考え込むフードの人物に、もう対戦相手の情報は耳に入っては来なかった。

「さあ、一体どちらが優勝するのか。決勝戦はもうすぐ開始だ、賭けるなら今だ!」
「オウカ様だ!」
「いや、カガチ殿だ!」

 口々に支持する側の名を叫び、人々はお金を支払って行く。
 その盛況ぶりに、商人も口角が上がる。

「お、そこのアンタ。アンタはどっちにするんだい!」
「え、私ですか!?」

 周りを見渡し、フードの人物は自分が呼びかけられていたことに気付く。

「そうだぜ、今日くらいは騎士団もお目こぼししてくれるはずだ。ちょっと小遣いを稼いで行きなさいな」
「わ、私賭け事はちょっと……」

 フードの人物は狼狽える。
 元々あまりこういった娯楽は好きではないのだが、あまり強く断れない性分でもあった。

「簡単だぜ、オウカ=フロスファミリアに賭ければいい」
「いやいや。カガチ=サイサリスが勝つに決まってる」

 口々に賭けに参加している民衆が自分の支持する相手の良さを熱弁する。
 だが、その熱は次第にあらぬ方向へと向かい始めていった。

「何だ、オウカ様にケチをつけるつもりか!」
「何言ってやがる。いくら強いと言っても女だ。カガチ殿は女でも容赦しない」

自分の支持している人物を小馬鹿にするような発言に、何人かの男が眉をひそめる。
売り言葉に買い言葉。たちまち相手への非難と罵倒が始まってゆく。

「おう、それじゃここまでで負けた騎士は全員手を抜いたってのか!?」
「八百長やるなら身分の低い奴の方だろうが!」
「言いやがったな、てめえ!」

 いつしか口喧嘩が始まり、手が出始める。
 オウカ支持者とカガチ支持者が入り乱れ、人数も増えて大乱闘になる。
 祭の熱に浮かされた民衆は止めるどころか周りで煽り立て、たちまち盛り上がりを見せ始めた。

「や、やめてください。喧嘩は!」

自分が原因で争いが始まってしまったことに、慌ててフードの人物が止めに入る。
しかし、熱が入った人々はそんな制止に耳を貸すことはない。

「うるせえ、外野は引っ込んでろ!」
「きゃっ!?」

 振り払った勢いでフードの人物が倒れ、尻もちをつく。
 その時に発した高い声で、男の手が止まった。

「お、女……?」
「痛たた……」

 倒れた拍子にフードが外れ、その人物の顔が露わになっていた。
 そして、顔をあげた彼女の顔を見て誰もが凍り付いた。

「オ、オウカ様!?」
「え……あっ!?」

 その名を呼ばれ、フードが脱げていたことに彼女が気付く。
 慌てて隠そうとするが、すでにその顔は衆目に晒されていた。
 まもなく武術大会の決勝で戦うはずのオウカ=フロスファミリアその人がいたのだ。

「も、申し訳ありません。オウカ様。これは、その……」

 その場にいる誰もが狼狽える。
 いくら祭である程度騎士のお目こぼしがあったとしても、王国騎士が現場に居合わせては無視することもできない。

「ち……違います。私は……」

 だが、絞り出すような声でその女性が呟いた。

「私は……オウカ=フロスファミリアじゃありません」

 フードをかぶり直し、彼女が顔を隠す。
 確かにオウカ=フロスファミリアに彼女はよく似てはいたが、髪型が違っていた。
 オウカはその長い黒髪を腰まで伸ばしている。
 対して彼女は長い髪を結い上げ、ポニーテールにしていた。
 変装していると言えばそれまでだが、身に纏う雰囲気も異なっていた。
 王国騎士として常に凛としている印象が国民にも定着しているオウカと違い、彼女はおどおどして気弱な雰囲気だ。

「私は……ト――」

 何かを言おうとして頭を振る。
 そして胸元をぎゅっと握り、もう一度言い直す。

「私は……ルルディ=ファミーユ。作家です……」

 それだけを言うと彼女は踵を返し、走り去る。
 人々は今の人物と、よく知るオウカの人物像との乖離に驚き、呆気に取られていた。

「びっくりしたぜ……危うく捕まるかと思った」
「しかし、よく似てたなあの嬢ちゃん」
「そういや噂で聞いたことがある。オウカ様には双子の妹がいたって……」
「妹が? だったら王国騎士になってるはずだろ」

 人々の中から誰かが付け足す。

「昔、家を追い出されたって話だぜ」
「フロスファミリア家をか。何をやらかしたんだ?」
「さあ……俺も噂でしか聞いたことないから本当かどうかも」
「でもよ、ルルディ=ファミーユって名乗ってたぜ。やっぱり別人なんじゃ……」

 オウカ=フロスファミリアによく似たルルディ=ファミーユと名乗る人物。
 二人の関連を巡り、人々は様々な憶測を立てた。
 だが、しばらくして武術大会決勝戦開始の合図の鐘が鳴り響き、慌てて皆は会場へ向かい始める。
 そして、そのまま誰もがこの事を忘れてしまうのだった。
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