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第一章「眠れる魔物と魔法使いの少女」
第15話 裏切り
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「ぶわははは、マジかよ坊主!?」
「そうそう。その時の姿ったら凄かったんだぜ!」
アルトとともに見張りをしていた傭兵が腹を抱えていた。暇な見張りの時間を利用して彼から旅で見た各地の様子を教えてもらっていたのだ。
「へへっ、あちこち旅をしていたからな。面白い話ならたくさんあるぜ」
「……いやあ、こりゃおもしれえ。また明日、他の奴らにも聞かせてやってくれよ。団長も喜ぶと思うぜ」
男の言葉にアルトが少し驚いた顔をする。
「……あの団長さんがかあ?」
「ああ、団長はぶっきらぼうだけど実は優しい人なんだぜ。困った人を助けずにはいられない性格でよ、俺たちも色々と金にならない仕事をやらされたりもして――」
男の話は続く。いずれもイザールのこれまでの姿からは想像もできないものだった。
「昨日の嬢ちゃんの件も団長は厳しい態度を取ってたが、この傭兵団を率いる者として仕方のないことでもあったんだ。許せとは言わねえ、だが理解はしてくれねえか?」
部下を預かる責任のある身としては、万が一のことがあってはならない。リスクを避けるためにはイザールの判断は正しいとも言えるのかもしれない。
「仲間の中には魔法使いや魔物に家族を殺された奴だっているんだ。そいつらは一緒にいたくもないだろうし、何をしでかすかわからねえんだ」
「……そう言うことか」
頭を下げる男を見ていると、ただイザールを恨むことも難しく思えてきた。あちらにも人には言えない思惑があるのかもしれない。そうアルトは思った。
「……ん?」
アルトが視界の端に何かを見つけた。暗がりの中で崖沿いの道を伝いながら何かが動いているのが見えた。
「どうした坊主?」
「あれ……もしかして盗賊じゃねえか?」
「何だと?」
男も隣に立ち、目を凝らす。だが山の夜は暗く、アルトがどこを見ているのかが彼には分らなかった。
「……やっぱりそうだ、間違いない」
「おいおい、火蜥蜴の次は盗賊の夜襲かよ」
「オッサン、俺はここで様子を見ているから皆に伝えてくれ」
「わかった。何かあったらすぐに伝えろよ!」
傭兵の男は馬車の方へと向かって走っていく。イザールがまもなく交代でこちらへと来ることになっている。運が良ければ途中で遭遇するかもしれない。
「しかし、あのバーダンって奴もしつこいな……いい加減諦めてくれないかね」
暗闇の向こうに目を凝らす。盗賊たちの人数は見える範囲では十人ほど。だが先の襲撃では後方からの挟み撃ちや伏兵も用いていた。他の見張りからも報告が来ているかもしれない。
「俺も向こうに合流した方がよさそうだな……あれ?」
いつの間にか、すぐ後ろに見知った顔がいるのにアルトは気が付いた。
「アンタ、いつからそこに――」
だが、その言葉を彼は最後まで言うことはできなかった。
「……は?」
焼けた鉄を押し当てられたような痛みが、突如腹部を襲った。
「がはっ……」
喉の奥からせりあがったものが口から出る。暗くてよく見えないがその鉄のような味から、それが血であることは想像に難くなかった。
「な……んで」
その人物が刃物を腹から抜きながら後ろを向く。膝から崩れ落ちて倒れるアルトを一瞥もしないまま歩き去っていく。
「はは……意味わかんねえ」
深々と抉られた部分から血が服を染めていく。温かさを感じながら自分の体が冷たくなって行くのをアルトは感じていた。
◆ ◆ ◆
「大変だ……急がねえと」
その頃、アルトと別れた男も急いでいた。暗い夜道を注意して乗り越え、引き揚げた火蜥蜴の死骸のそばを通る。
「……ん?」
そこで、男は気が付いた。火蜥蜴の死骸のそばに誰かが立っているのを。
「おい、あんたそこで何してるんだ?」
その人物は答えない。背を向け、火蜥蜴の前で何かを呟いている。
「大変なんだ、盗賊がこちらに向かって……なっ!?」
それはあり得ない光景だった。大の男の数倍の大きさはあろうかという火蜥蜴の巨体が消えていく。解体などで小さくなったのではない。彼の目の前で、その姿が忽然と消え失せたのだ。
「あんた、いったい何をして――!?」
――その人物が振り向く。その右手に、輝く魔性の証を浮かばせて。
「魔法使い――!?」
そして、男の魂は狩り取られる。魔法の世界を知らぬ者には、最後まで何が起きていたのか分からないままだった。
◆ ◆ ◆
「……ん」
どれくらいの時間が経ったのだろう。スピカは不意に目を覚ました。目を擦りながら周りを見る。焚火が消えている。月明かりを頼りに目を凝らしてみると薪は全て燃えていた。眠りに落ちてから随分と時間が経っているらしい。
「何だか……頭が重い」
まだ夜中だから眠気が取れないのは分かるが、それでも妙な感覚があった。ここまで眠気があるものだろうか。
「……アルトもどうしたんだろう」
本来ならアルトも見張りを終えて戻ってきている時間のはずだ。だが、それらしい人影もなかった。ジュバとエニフ、イザールは見張りへ行っているのだろうか。
「みんなどこへ――えっ!?」
スピカは目を見開いた。遠くに火が点々と列を成しているのが見える。それは何かが燃えているのではない。明らかに松明に火を灯し、こちらへと何者かが向かっているものだ。
「大変……早くみんなを起こさないと」
立ち上がろうとするが、なぜか思うように体が動かない。早く危険を知らせないといけないのに力が入らない。
「誰か……誰か起きている人はいないの」
何とか立ち上がろうと腕に力を込める。松明は間違いなくこちらへと近づいて来る。見張りの人は何をしているのだろう。そんなことを思っていると彼女の後ろから近づく足音があった。スピカは振り向いてその姿を見る。
「ジュバさん!」
「……嬢ちゃん、目が覚めたのか」
「どこに行っていたんですか。あと、エニフさんは?」
「あいつは今、見張りだ。それより慌てているようだが?」
「はい、あれを見てください」
スピカが震える指で暗闇の先を指す。松明の列がこちらへ向かっていることをジュバも認め、表情を険しくする。
「……盗賊たちでしょうか?」
「その通りだろう。火蜥蜴が死んだ今、あいつらの邪魔をするものはいない。夜襲をかけて来たって不思議じゃない」
「早くみんなを起こしましょう。すぐに逃げないと」
「――いや、その必要はない」
「……えっ?」
一瞬で視界がひっくり返る。硬い砂利の感触が頬に触れる。ジュバがスピカの足を払ったのだ。満足に立っていられないスピカはあっさり転ばされてしまう。
「何を……」
「まさか薬に耐性があるとはな。それとももう効果が切れ始めたのか? つくづく魔法使いってのは厄介だぜ」
「薬……?」
暗がりで見上げたジュバの表情は読めない。だが、これまで見てきた不愛想だが頼れる大人としての雰囲気はそこにない。むしろ言いようのない不気味さだけが感じ取れた。
「目が覚めなきゃ何も気づかず楽に死ねたのによ」
「何を言って……」
倒れるスピカの襟首を掴むと、ジュバは彼女を引きずって崖へ向かって歩き出す。
「やめ……やめて」
「本来ならこの場で始末したいんだが、嬢ちゃんの身体にゃ刃物が通らねえ。だが、さすがに湖に叩き落とされりゃ溺れ死ぬだろう?」
一歩、また一歩と崖が近づいて来る。その先は火蜥蜴が昼間落とされた湖だ。
「おっと、こいつを貰っておかねえとな」
ジュバがスピカの腰から短刀を取り外した。
「火蜥蜴の鱗も切り裂く短刀。こんないい獲物、死人には不要だろ?」
「か、返して……」
「恨むなら、魔法使いになった自分を恨むんだな」
そして、躊躇なくジュバは崖下へスピカを放り投げる。浮遊感を得た直後、落下が始まる。徐々に速度を増して、真っ逆さまにスピカは落ちて行く。
「なんで――」
何が何だかわからない。何故ジュバがこんなことをするのか。アルトはどこへ行ったのか。近づいて来る盗賊団からみんなを守らなくては――そんな色々な思いも、一緒に暗い湖の中へと落ちて行くのだった。
「そうそう。その時の姿ったら凄かったんだぜ!」
アルトとともに見張りをしていた傭兵が腹を抱えていた。暇な見張りの時間を利用して彼から旅で見た各地の様子を教えてもらっていたのだ。
「へへっ、あちこち旅をしていたからな。面白い話ならたくさんあるぜ」
「……いやあ、こりゃおもしれえ。また明日、他の奴らにも聞かせてやってくれよ。団長も喜ぶと思うぜ」
男の言葉にアルトが少し驚いた顔をする。
「……あの団長さんがかあ?」
「ああ、団長はぶっきらぼうだけど実は優しい人なんだぜ。困った人を助けずにはいられない性格でよ、俺たちも色々と金にならない仕事をやらされたりもして――」
男の話は続く。いずれもイザールのこれまでの姿からは想像もできないものだった。
「昨日の嬢ちゃんの件も団長は厳しい態度を取ってたが、この傭兵団を率いる者として仕方のないことでもあったんだ。許せとは言わねえ、だが理解はしてくれねえか?」
部下を預かる責任のある身としては、万が一のことがあってはならない。リスクを避けるためにはイザールの判断は正しいとも言えるのかもしれない。
「仲間の中には魔法使いや魔物に家族を殺された奴だっているんだ。そいつらは一緒にいたくもないだろうし、何をしでかすかわからねえんだ」
「……そう言うことか」
頭を下げる男を見ていると、ただイザールを恨むことも難しく思えてきた。あちらにも人には言えない思惑があるのかもしれない。そうアルトは思った。
「……ん?」
アルトが視界の端に何かを見つけた。暗がりの中で崖沿いの道を伝いながら何かが動いているのが見えた。
「どうした坊主?」
「あれ……もしかして盗賊じゃねえか?」
「何だと?」
男も隣に立ち、目を凝らす。だが山の夜は暗く、アルトがどこを見ているのかが彼には分らなかった。
「……やっぱりそうだ、間違いない」
「おいおい、火蜥蜴の次は盗賊の夜襲かよ」
「オッサン、俺はここで様子を見ているから皆に伝えてくれ」
「わかった。何かあったらすぐに伝えろよ!」
傭兵の男は馬車の方へと向かって走っていく。イザールがまもなく交代でこちらへと来ることになっている。運が良ければ途中で遭遇するかもしれない。
「しかし、あのバーダンって奴もしつこいな……いい加減諦めてくれないかね」
暗闇の向こうに目を凝らす。盗賊たちの人数は見える範囲では十人ほど。だが先の襲撃では後方からの挟み撃ちや伏兵も用いていた。他の見張りからも報告が来ているかもしれない。
「俺も向こうに合流した方がよさそうだな……あれ?」
いつの間にか、すぐ後ろに見知った顔がいるのにアルトは気が付いた。
「アンタ、いつからそこに――」
だが、その言葉を彼は最後まで言うことはできなかった。
「……は?」
焼けた鉄を押し当てられたような痛みが、突如腹部を襲った。
「がはっ……」
喉の奥からせりあがったものが口から出る。暗くてよく見えないがその鉄のような味から、それが血であることは想像に難くなかった。
「な……んで」
その人物が刃物を腹から抜きながら後ろを向く。膝から崩れ落ちて倒れるアルトを一瞥もしないまま歩き去っていく。
「はは……意味わかんねえ」
深々と抉られた部分から血が服を染めていく。温かさを感じながら自分の体が冷たくなって行くのをアルトは感じていた。
◆ ◆ ◆
「大変だ……急がねえと」
その頃、アルトと別れた男も急いでいた。暗い夜道を注意して乗り越え、引き揚げた火蜥蜴の死骸のそばを通る。
「……ん?」
そこで、男は気が付いた。火蜥蜴の死骸のそばに誰かが立っているのを。
「おい、あんたそこで何してるんだ?」
その人物は答えない。背を向け、火蜥蜴の前で何かを呟いている。
「大変なんだ、盗賊がこちらに向かって……なっ!?」
それはあり得ない光景だった。大の男の数倍の大きさはあろうかという火蜥蜴の巨体が消えていく。解体などで小さくなったのではない。彼の目の前で、その姿が忽然と消え失せたのだ。
「あんた、いったい何をして――!?」
――その人物が振り向く。その右手に、輝く魔性の証を浮かばせて。
「魔法使い――!?」
そして、男の魂は狩り取られる。魔法の世界を知らぬ者には、最後まで何が起きていたのか分からないままだった。
◆ ◆ ◆
「……ん」
どれくらいの時間が経ったのだろう。スピカは不意に目を覚ました。目を擦りながら周りを見る。焚火が消えている。月明かりを頼りに目を凝らしてみると薪は全て燃えていた。眠りに落ちてから随分と時間が経っているらしい。
「何だか……頭が重い」
まだ夜中だから眠気が取れないのは分かるが、それでも妙な感覚があった。ここまで眠気があるものだろうか。
「……アルトもどうしたんだろう」
本来ならアルトも見張りを終えて戻ってきている時間のはずだ。だが、それらしい人影もなかった。ジュバとエニフ、イザールは見張りへ行っているのだろうか。
「みんなどこへ――えっ!?」
スピカは目を見開いた。遠くに火が点々と列を成しているのが見える。それは何かが燃えているのではない。明らかに松明に火を灯し、こちらへと何者かが向かっているものだ。
「大変……早くみんなを起こさないと」
立ち上がろうとするが、なぜか思うように体が動かない。早く危険を知らせないといけないのに力が入らない。
「誰か……誰か起きている人はいないの」
何とか立ち上がろうと腕に力を込める。松明は間違いなくこちらへと近づいて来る。見張りの人は何をしているのだろう。そんなことを思っていると彼女の後ろから近づく足音があった。スピカは振り向いてその姿を見る。
「ジュバさん!」
「……嬢ちゃん、目が覚めたのか」
「どこに行っていたんですか。あと、エニフさんは?」
「あいつは今、見張りだ。それより慌てているようだが?」
「はい、あれを見てください」
スピカが震える指で暗闇の先を指す。松明の列がこちらへ向かっていることをジュバも認め、表情を険しくする。
「……盗賊たちでしょうか?」
「その通りだろう。火蜥蜴が死んだ今、あいつらの邪魔をするものはいない。夜襲をかけて来たって不思議じゃない」
「早くみんなを起こしましょう。すぐに逃げないと」
「――いや、その必要はない」
「……えっ?」
一瞬で視界がひっくり返る。硬い砂利の感触が頬に触れる。ジュバがスピカの足を払ったのだ。満足に立っていられないスピカはあっさり転ばされてしまう。
「何を……」
「まさか薬に耐性があるとはな。それとももう効果が切れ始めたのか? つくづく魔法使いってのは厄介だぜ」
「薬……?」
暗がりで見上げたジュバの表情は読めない。だが、これまで見てきた不愛想だが頼れる大人としての雰囲気はそこにない。むしろ言いようのない不気味さだけが感じ取れた。
「目が覚めなきゃ何も気づかず楽に死ねたのによ」
「何を言って……」
倒れるスピカの襟首を掴むと、ジュバは彼女を引きずって崖へ向かって歩き出す。
「やめ……やめて」
「本来ならこの場で始末したいんだが、嬢ちゃんの身体にゃ刃物が通らねえ。だが、さすがに湖に叩き落とされりゃ溺れ死ぬだろう?」
一歩、また一歩と崖が近づいて来る。その先は火蜥蜴が昼間落とされた湖だ。
「おっと、こいつを貰っておかねえとな」
ジュバがスピカの腰から短刀を取り外した。
「火蜥蜴の鱗も切り裂く短刀。こんないい獲物、死人には不要だろ?」
「か、返して……」
「恨むなら、魔法使いになった自分を恨むんだな」
そして、躊躇なくジュバは崖下へスピカを放り投げる。浮遊感を得た直後、落下が始まる。徐々に速度を増して、真っ逆さまにスピカは落ちて行く。
「なんで――」
何が何だかわからない。何故ジュバがこんなことをするのか。アルトはどこへ行ったのか。近づいて来る盗賊団からみんなを守らなくては――そんな色々な思いも、一緒に暗い湖の中へと落ちて行くのだった。
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