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第十二章 第二節 「快進撃ははじまる」

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 すっきりとした目覚め。目をあけると未だに暗い室内が見える。暑い。携帯で時間を確認すると午前六時。ただただ薄暗い天井を見つめると、横からも衣擦れの音が聞こえた。

「んん……あれ、ここどこ……」

 親友の声に、私は安心する。よかった、ちゃんと起きれたみたいだ。

「おはよう、シェリー。気分はどう?」
「んー、普通かなー」

 うん、昨日みたいな起動失敗じゃないみたいだ。

「昨日の事、覚えてる?」
「ん? 昨日あの金髪の人に襲われて、それから……私ずっと寝てた?」
「惜しい。その後、シェリー一回起きたんだよ?」

 えー? とシェリーはたんと記憶にないって顔をしている。まあいつものこと。

「そう言えば、私が倒れちゃったあれからどうしたんだっけ?」
「うん、あの後私も倒れて、紫塔さんも撃たれたから、この臨時の避難場所に撤退したんだって」

 それを聞いたシェリーはすごくゾッとしたような顔をした。無理もない。

「だ、大丈夫なの、みんなは? 晴香ちゃんも……」
「結構大丈夫みたい。紫塔さんは回復の薬使ったみたいだし。ちなみにここにみんなを運んだのは紗矢ちゃんなんだって」
「……晴香ちゃんは? 晴香ちゃんは大丈夫なの? 倒れたって……どうして?」

 どうにも神妙そうな顔で彼女は聞いてくる。

「ああ、なんか……疲れかな。いろいろあったからさ、パニックになっちゃって」
「……そうなんだ。晴香ちゃんこっちきて?」

 断る理由もないので顔を近づけると、思いっきり頭を抱きしめられた。やばい、圧倒的あっとーてき包容力ほーよーりょくで今すぐとろけてしまいそうだ。



「晴香ちゃん……無理、してたでしょ」
「……」
「本当は晴香ちゃん、人を倒すとか、やっつけるとか、命のやり取りなんて、得意じゃないでしょ」
「そう……だね」
「本当は日常生活を満喫したかったでしょ」
「うん」
「そういうこと……押し込めちゃダメだよ?」

 返す言葉もない。どこかで自分にウソをついていたみたいだ。

「他の誰かに言いづらいこと、……私に言えたら、言ってね」
「うん……」

 シェリーの言葉が、すっと心にみていく。一番近くて頼りになる幼なじみ。彼女は自分のことを頼りになるとか思ってないかもしれないけれど、私にとってはとても、とても支えになっている。

「はい、おしまい! お腹空いたね」

 ぱっと私の頭を放して、シェリーはお腹を撫でている。

「昨日の昼から何にも食べてないね……ここって食糧あるの?」
「それがね、みんな困ってたんだ。私もお腹ペコペコでさ」

 今日一日くらいはどうにかなりそうな気はするけれど、それでもちょっとお腹を満たしたい気持ちはいっぱいある。

「そうだ、私の魔法のカードを使って、出前でも取ろっか!」

 おぉ……と声が出てしまった。やることが大胆だ。

「うん、だね! 何食べよっか?」
「晴香ちゃんの好きなもの、頼んじゃおう!」
「え? 紫塔さんや紗矢ちゃんの希望は取らないの?」
「んーん、これは『私の』魔法のカードだよ? 私がどう使おうと自由!」

 ……まあ、今の状況なら紫塔さんも紗矢ちゃんもあまり文句は言わなそうだけれど……。

「一応聞いておかない? 私が考えたものより、なんか凄い注文が出てくるかもしれないし」
「えー」

 シェリーはちょっと不満気だったけれど、私は本気で言っていた。例えば私がステーキって言っても、他からそれを上回る意見がポロっと出るかもしれない。ちなみにお腹が空きすぎて、私は何でもいい……と言ったらなんかアレなので、一応ピザが食べたいという事にしておく。

「ねえ晴香ちゃん。二度寝しない?」
「えぇ?」
「こういう時だもん、心に優しいことをしよう!」
(一理あるな……)

 こういう時はメンタルの回復が鍵になるような気はする。彼女にさそわれるまま、一緒の毛布にくるまった。

「床、痛いね……ちょっとお布団になってくれない?」
「無茶ぶりだよシェリー!?」
「むぅ……」

 シェリーは何か言いたそうだったが、それ以上言ってこなかった。

「二度寝ってなんで気持ちいいんだろうね……」
「ね」
「横に抱き枕があるからかなぁ?」
「あっ、どこ触ってんだっ」

 甘えん坊さんとじゃれ合うのは大変だけれど、気分は良くなる。十年の研究成果だ。




 そんなこんなで、また二時間ほど寝て目覚めた。するともう紗矢ちゃんや紫塔さんは起きていたみたいだ。

「……朝、少し騒がしかったわね」
「え? なんかあった? 敵が来たとか?」
「なんだか仲睦まじそうな様子が」

 ……割とやり取りを見られていたみたいで、かなり恥ずかしくなった。




 みんな起きてさあ最後の作戦会議だ! というところでやっぱりみんなの顔に覇気はきがない。なんというか、いろいろエネルギーが足りないと私は感づいた。

「よし、シェリー」
「うん! みんな、今から出前を頼もうと思うの」
「えっ?」

 紫塔さんはもちろん、紗矢ちゃんも驚いた顔をしている。考えてもみなかったのだろう。

「えーと……ご飯を食べようって事かしら?」
「うん。ここ、別に籠城戦ろうじょうせんするわけでもないでしょ?」
「そうね……ここで長居はしないわ」
「だからさ、盛大にご飯を食べて、最後の作戦にフルパワーで臨もうってこと」

 シェリーの提案を真剣な顔で聞く紫塔さん。彼女の考えのなかでも、ここでエネルギーを取るというのはかなりいい手なのかもしれない。

「シェリーちゃん、何を頼むのか決まってるの?」
「もちろん! おいしいピザ!」

 どうも私たちはやっぱり通じ合っていたみたいだ。

「……お金は?」
「魔法のカードで」

 ひゅー! と紗矢ちゃんが口笛で歓迎する。

「紫塔さん、いいかな? 紫塔さんが嫌なら、もう少し考えるけれど」
「――いえ、何ら異論はないわ。頼みましょう。美味しいご飯で英気をやしないましょう」





 出前は無事に注文出来た。廃ビルの住所が分からなかったけれど、現代の文明なら簡単に調べることもできる。配達に来たお兄さんは廃ビルに居座る私たちを、何やら不審に思うような表情だったけれど、お金はもう払っているのでとくにそれだけで終わった。

「配達の人は別に教会の人とかじゃなかったんだね」
「みたいね。それとも、教徒だけれど、そこまで本格的じゃないとか」

 ピザの箱を開けると、それはそれはもう待ちに待った温かさと食欲をそそる匂いと、想像以上のボリュームへの戸惑いが入り混じった。

「四人で食べるにはおっきすぎない? シェリーちゃん」
「いっぱい食べたいなって思ってさ」

 ちなみにシェリーはそこまで大食いじゃない。これは……。

「じゃあいただきましょう」

 ふと紫塔さんが飲み物のストロー付き紙コップを持って何かを待つ。あ、もしかして。

「ふふっ、ノリいいじゃんみおっち」
「うん、じゃあ」



「カンパイ!」

 この乾杯は祝杯にしては早すぎるし、決起の角笛にしてはあまりおごそかさがなかった。それでも、私のなかのやる気を燃やすには充分な一声いっせいだった。



「むぐむぐ」
「みおっち、いっぱい食べるんだね~!」

 頬いっぱいにピザを食べる紫塔さんは、なんだかリスを連想させるような食べ方をしている。あんまりこんな印象はないけれどな……。

「腹が減っては戦はできぬ……至言しげんね」
「そんな減ってたんだ~?」

 紗矢ちゃんがケラケラ笑っているけれど、紗矢ちゃんだってしっかり食べている。私やシェリーだって勿論もちろん

「ごちそうさま。ピザ、久々に食べたけれど美味しかったわ。これで……やる気は十二分に湧いてきたってものね」

 紫塔さんが立ち上がる。まだシェリーが食べ終わっていない。私もあんまり食べたばっかりで動きたくはない。

「――来客よ」

 その言葉に、一気に全神経をとがらせる。見える所にそんな影は見えない。なら、と耳を澄ませると、確かに遠くから多人数が駆けつけてくるような音が聞こえた。

「え、紫塔さん、もしかして私の出前……マズかったんじゃ……!?」
「シェリー、心配は要らないわ。むしろ……奴らを一網打尽に出来る大チャンスよ。なぜならね」

 振り向いた紫塔さんの顔が、アヤしく見えた。その横顔は――。

「もうすでに仕掛けてあるのよ、この廃ビルに」

 魔女マジョを名乗るのに相応しいものだった。





「動くな!」

 銃を持った大人たちが数十人、私たちのいる廃ビルへと押しかける。面白いのは、SWATのような防具やマシンガンを持った、かなりヤバい相手と対峙するときの装備をしていたのだ。紫塔さんが以前言っていた話が本当なら、警察は魔女の件に介入はしないはず。ということはこの目の前にいる特殊部隊は「教会側の刺客しかく」という話になるけれど……。

「随分、力の入った応援を寄越したのね」

 銃を向けられて、私たちは身動きが取れない中、紫塔さんは連中に語り掛ける。特殊部隊の中心にいる、リーダーらしき人物が出てきた。

「紫塔美央、および魔女にくみする三人。ここで死んでもらうぞ」
「っ……」

 流石に360度銃を向けられてしまっては歯向かう勇気はない。動くこともできないけれど……。

「2、1」

 カウントのような数字を紫塔さんが小さくつぶやく。その後、何か爆発音と、地響きが聞こえた。

「な、なんだ!?」
「私は生きるわ。みんなと一緒に」

 するとビルからメシャメシャと聞いたこともない音が聞こえてくる。でも、聞いていてかなり不安になる音だ。それに……ビルの壁中に無数の亀裂が入っていくのが見えた。

「退避、退避ーっ」
「さよならよ」

 がらがら、ばきばき、雷鳴のような音とともに、ビルが形を崩し始める。退避を急ぐ特殊部隊の人たちが見えたけれど、とても間に合うようには見えなかった。そして、ビルの中には私たちもいるのだ、身の危険を感じたのは大きな瓦礫がれきが天井を貫いてきた時だった。

「み、みおっち~!?」
「じっとしてなさい」

 紫塔さんは動こうともしない。あまり下手に動いたらマズいと感じた私たち三人は同じく動くことをしなかった。
 やがて廃ビルは大きく崩壊して、外の光が大量に舞い込んだ。すこし目がくらむ。崩壊したビル、しかし私たちのいる領域だけはまるで何事もなかったかのように、残ったのだ。

「なにこれ……?」

 シェリーの言葉と一字一句同じ気持ちを抱いた。こんな芸当が出来るのはやっぱり紫塔さんが……“魔女”だからなのだろうか。

「行きましょう。追っ手は全て瓦礫の中でしょう」

 悠々と、紫塔さんは歩き出す。それについていく私たち。もう朝九時を回っている。道行く人たちが騒いでいる。それでも、気配消去の魔法に包まれた私たちを捉える目はない。
 快晴の空が迎える。なんだか晴れ晴れとした気持ちなのは、もう結末を信じているからなのか、それともお腹がいっぱいだからなのか。歩調はしっかり、教会への道を辿っていく。




 教会に行くまでに退しりぞけなきゃいけない敵は意外なことに出てこなかった。 まだ私たちの前に出てきていない「狙撃手」だとか、さっき紫塔さんが口にした「応援」とか、そういうのが出てくるんじゃないかと少しハラハラしていたんだ。そして――。



「ついた、わね」

 たどり着いた、この街の教会。ちょっと前まではこの街に溶け込んでいたいこいの場ともなる不思議な場所だったけれど、今は友達を苦しめるおぞましい建築物にしか見えていない。……シェリーとここでかくれんぼをしたこともあったっけ。

「緊張してきたね……」
「珍しい、和泉さんがそんなことを」
「アタシだって緊張の一つは二つはするって!」
「ふっ……じゃあ、行きましょう。私たちの運命を、断ち切るために」

 紫塔さんが敷地内へ踏み出すと、私たちも続く。みんなの幸せを手にするために。 
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