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第十一章 第二節 「一難去ってまた一難」
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玄関を開ける。予想通り、もう教会の大人が待ち構えていた。でも不思議なことに、こちらを向いているはずの相手はこちらに焦点が合わない。気付いていないのか……? いや、玄関が開いたことには気付くはず……と思ったところに、この家にも魔法がかかっているのを思い出した。それが効いているのかな……? ともかく、チャンス、詰めかけている教会の人たちの間を縫うように、私たちは駆けて行く。
「あぶなっ……あっ!?」
思わず声を出したのがシェリーだった。ぶつかりそうになったんだろう。その後、顔がみるみる青ざめていた。周りの人たちは…………いや、まだバレてはいない。私たちに聞こえたよりもずっとずっと小さな声だったのかもしれない。
家の敷地を出て、通りに出る。家の前がとにかく厳重だったのか、教会の人間は少なく見える。でも十数メートル間隔で立っているからやっぱりここも厳重だ。そこの人たちもやはりというか、私たちの事には気付いてもいない。
「いい調子ね」
道を行くなかで紫塔さんが呟く。教会の人間だけじゃなく、通りかかる普通のサラリーマンや、主婦や、平日なのにサボっている学生なんかも、私たちには気付かない。この調子なら意外と簡単に学校にはたどり着けるかも、そう思っていた。
「よう、嬢ちゃんたち」
そう背後から声がかけられるまでは。
「っ!?」
「君たちだよ、そこの四人組」
――明らかに、私たちのことというのはその男の声のトーンでわかった。振り返るか、このまま駆けていくか。一瞬固まってしまった瞬間、私たちを狙う足音が素早く聞こえてきた。遅れて紫塔さんが逃げ出すと、私たちも追う。
全力疾走。私や紗矢ちゃんが紫塔さんを抜こうというスピードで駆け出した直後、バタッという音が聞こえた。視界にいない親友に気付いて、思わず立ち止まった。
「おうおう、君は彼女たちの友人さんだねぇ?」
振り返ると、転んで膝を擦りむいたシェリー、そしてしゃがんで彼女の顎をキザに触れているツンツンの金髪(どうも染髪料由来)の長身の男がいた。
「なにを……」
「なにしてんだよ変態!!」
あまりの剣幕に驚いて声のほうを見ると、……想像したこともない、鬼の形相の紗矢ちゃんが立っていた。怖い、あそこに立っている男も、横に立っている紗矢ちゃんの激昂も。
「おやおや、君はあのシスターさんの娘さんだね」
「チッ」
紗矢ちゃんは舌打ちをすると、思い切り男を睨み付ける。
「紗矢! 冷静になりなさい!」
「みおっち、見守ってて」
紗矢ちゃんが普段しないギロリと鋭い眼差しにどうやら紫塔さんも驚いたようで、それ以上なにも言わない。
「だが嬢ちゃん、俺にどうやって歯向かう気だ?」
男の隠れていた右手に握られたものが見えて、私はゾッとしてしまった。おおよそ普通の日常では見ることのない、ボウガンが握られていたのだ。
「紗矢ちゃん……ヤバイよ、これは!」
「はるっち、シェリーちゃんが懸かってる。ここはなんとしてでも取り返す!!」
紗矢ちゃんが引く様子はない。かといって、彼女の燃え上がる気迫にどうついていけばいいのかもわからない。
「俺は君たち四人を『始末』していいと聞いている。年頃のおなごをなぁ……」
なんだか乗り気じゃない、みたいなその態度はおそらく、降参を促しているのだろう。だけれどその手を取っても私たちに未来なんかない。
「ふざっけんなよオッサン! アタシたちに関わるな!」
「あぁ?! 俺はオッサンなんて名前じゃねぇ! ディエゴって立派な名前があんだよ!」
――明らかに相手の地雷を踏んだ気がした。
「前言撤回だ、可愛くもねぇガキなんざ惜しくもねぇ。魔女への裁きに巻き込まれて死ね!」
紗矢ちゃんにボウガンが向けられる。引き金に指がかけられて緊張感が高まる。
紗矢ちゃんは怯まない。ただ睨んで、相手のもとに一歩ずつ歩み寄っていっている。紗矢ちゃん、まさか熱くなって無謀なことをやろうとしてないかな……? 何を、しようとしてるんだろう……!?
ばしっ、と聞き慣れない音が響いた。ボウガンには矢が乗ってない。
「紗矢ちゃん!」
思わず叫ぶ。まさか、矢の行方は……紗矢ちゃんに……!?
「追っ払ってやる!」
紗矢ちゃんが駆けだす。その手には放たれたはずのボウガンの矢が握られていた。
「おっと!」
ディエゴは紗矢ちゃんが振り下ろした矢を避けて、すかさず距離を取った。その間にボウガンの二発目を装填する。
「嬢ちゃんどうやら運動神経はいいみたいだが、なっ!」
なにかを男が引っ張る様子を見せた。すると、地面から網のようなものがするっとディエゴの手に手繰り寄せられる。その上には紗矢ちゃんがいる……。
「うわっ!?」
転ぶ紗矢ちゃんにすかさず、男がボウガンを向ける。
「残念だったな!」
迷いなく男が引き金を引く、……私は恐怖と、目まぐるしく動く状況に動くことができなかった。
「ぐっ!?」
だけれど二発目の矢も外れた。今度はディエゴの手元がブレたのだ。
「最っ低!」
男の背後には、歩調が乱れたシェリーが立つ。彼女の手元にきらりと銀色に光る物体。
「シェリー……そんな危ないものを……!」
包丁。いつそんなものを持ち出していたのか、と聞きたくなったけれど、ともかく男はひるんでいる。どこを刺したのか、もしかして致命傷を負わせたのか、という考えに至るには余裕が足りなかった。
「行こう、和泉さん!」
尻もちをついていた紗矢ちゃんにシェリーが手を差し伸べると、紗矢ちゃんは立ち上がる。
「行きましょう! 二人とも大丈夫?」
紫塔さんの一声で私たちは駆けだした。紗矢ちゃんもシェリーも少し膝が痛そうだったけれど、どうにかその場を離れることができた。後ろをチラッと見ると、男の姿はシェリーが刺した場所からしゃがんで動いていなかった。安心すると同時に、なにか不気味な気持ちにもなった。
学校にようやくたどり着いた。やっぱり魔法の力というのはどうにも凄いようで道中誰に気づかれることもなかった。気づかれなさ過ぎて前から来る人に何回もぶつかりそうにもなった。
「ついたわね」
十時過ぎ。校門で立つ先生の姿は無く、校庭のほうからは体育の授業に勤しむ生徒たちの声がする。……本当だったら、私たちもあの場でワイワイ過ごしていたのかもしれない。
「追っ手はいないわね?」
周りを見渡しても、誰かが追ってくる様子はない。さっきの男の姿も見えない。
「大丈夫そうだよ」
そう聞くと、紫塔さんは堂々と校門をくぐる。私たちもそれに続く。
授業の終わりを告げるチャイムがなる。校庭の生徒たちが一斉に校舎へと引き上げてくる。
「……急ぎましょう」
人にぶつかるとマズい。私たちも校舎へと入っていく。
見慣れた校舎。だけれどこんな時間に歩き回ることはそうそうない。それに、今着ている私服で歩き回ることなどもあり得ない。だからなんだかとても変な感覚だった。
「なんか懐かし~」
紗矢ちゃんが呟く。さっきまでの鬼気迫る紗矢ちゃんはどこへやら、いつも通りの彼女がそこにいる。
「一週間くらいだっけ?」
シェリーも穏やかな顔だ。……ここで緊張を緩めておかないと、あとあと持たないかもしれない。そう思うと、私もちょっとだけ肩の力を抜いた。
「そうかもね。学校、行きたかったなぁ……」
「へ? 教会を倒したらまた行こうよ」
紗矢ちゃんは平然と言い放った。……行けるのかなぁ?
そんな話をしているうちに、人混みをかき分けて理科室の前にたどり着く。と同時に気づいた。……授業中だ。
「おっ、授業中じゃーん。みおっち、入るの?」
「いや……この状況だとやめておいた方がいいわね。別の場所で時間を潰しましょう」
となると、どこで過ごすのがいいのか……。授業中も確実に空いている空間となると……。
「図書室?」
「家庭科室はどう? 紫塔さん」
「最近はプールやってるだろうし体育館は? みおっち」
見事に案がばらけてしまった。どれも良さそうに見えるけれど、理科室みたくもしかしたら授業で使ってそうな部屋三つ。
「屋上へ行きましょう」
紫塔さんはどの提案も跳ねのけた。屋上なら授業で使うことはないな。みんな納得してその案に乗った。
屋上への扉は開いていて、すんなり入れた。日差しが眩しくて、それを止まない風が和らげていく。空は青くてもうすぐ来る夏を感じさせる。気持ちがいい。
「は~」
シェリーも、紗矢ちゃんも一息ついている。かなり緊迫した状況が続いてたもん、仕方がないよ。
「皆、お疲れ様。まだまだ動かなくちゃいけないけれど、ここで一休みしましょう」
陰に入って、みんなで座り込んだ。
「二人とも、ケガは大丈夫?」
紗矢ちゃんとシェリーの足に見える出血、まともに手当てする前に逃げ続けてきた。見ているだけでこっちも痛くなってくる。
「んー、いまは大丈夫だよ、はるっち。シェリーちゃん、さっきはありがとうね」
「え? ううん、いいんだよ。和泉さん、危なかったし」
あはは……と苦笑いする紗矢ちゃんだけれど、あそこで紗矢ちゃんが立ち向かわなかったら、今頃チームは崩壊していたかもしれない。
「アタシがもっと強かったらなぁ~」
「和泉さん、何かスポーツやってたの? あの身のこなし、普通のギャルには難しいよね?」
「まー、うん。ちょっとだけ空手をね。すぐやめちゃったけれど」
「へぇ~……道着……にあ、似合う……かなぁ……?」
シェリーが指でファインダーを作って、紗矢ちゃんを覗く。……もしかしてシェリー、似合わないって思ってるな? まあ、私も全然イメージできないけれど。
「よく言われる。空手のことあんまり言ったことないし」
「あっ、ごめん! 意外だったから」
「いいんだ。女子にヒミツの一つや二つって、素敵じゃない?」
あー、そういうポリシーがあるんだ、紗矢ちゃん。私にはないや。
「ふーん……」
「みおっちも意外って思った?」
「そうね。でも」
「でも?」
「……あんな表情するのね、あなたが怒ると」
「へ? あ、あーね! ちょっと恥ずかしかったな~」
「かっこよかったわよ」
「ぅ!?」
照れ隠しを述べる紗矢ちゃんの口が止まった。顔を見るとなんだかちょっと赤い。「かっこいい」か……。
「紗矢? どうかした?」
「え、あ! その……。あ、アツイネ~」
「? 熱でもあるんじゃない?」
「紫塔さん、ちょっと置いとこう?」
「え?」
これ以上この二人がお喋りしたら、紗矢ちゃんが持たない気がする。
次のチャイムが鳴ると時間的にお昼休みになる。そこを狙って私たちは理科室に突入する予定だ。そろそろだろう、と屋上を出るため身構えていると屋上の入口から足音がした。突然のことに私たちは身を隠す。追っ手のことがあるから、もしかしてここを見つけてしまったのか? と感じずにはいられなかった。
「……」
皆が緊張する中、扉が開いた。そこにいたのは……。
「あーだりー」
「やだよな~ 授業なんてさぁ」
「はっ、不良か……」
ただの不良の女子二人組だった。もともとこの屋上というのは立ち入り禁止だから、ここに来るのは必然と不良生徒になる。
「……行きましょう」
そうして私たちは屋上の出口へと進む。すると。
「お? アンタらなにしてるん?」
――その不良に気づかれてしまったのだ。
「へ?」
「アンタらここの生徒? うちらのナワバリでなにしてるん? 私服だし」
うわ、なんだかめんどくさい予感がする! ここはすぐに立ち去らなきゃ!
「紫塔さん」
急かすように彼女に声をかける。だけれど、彼女は動こうとしない。それどころか、紗矢ちゃんも動かない。どうして!?
「お、和泉だっけ? 最近見なかったけど、どうしたん?」
「あー先輩、ちょっと体調悪くって」
平然と紗矢ちゃんとその不良生徒が話し始めた。……なんだこれは。
「そっか、身体気をつけなよ? アンタら和泉の友達? 仲良くしてやってな」
そうなんだか親し気なムードで不良二人は私たちを見送った。とくにウザ絡みをして来ることもなかった。
屋上前の廊下に出た。立ち入り禁止の屋上なので、ここの人通りもない。
「た、助かった……! ありがとう紗矢ちゃん!」
「いやいや、アタシの交友が広かっただけだよ~。それよりもみおっち」
「ええ」
紫塔さんは急いで私たちの服をめくりだした。
「……暑いものね」
見ると、皆の背中に書かれた魔法陣が滲んで形を崩してしまっていた。――気配消去の魔法が気づかぬうちに解けていた、ってことだ。
「みおっち、これ再構築出来る?」
「……また描いても汗で滲みそうね。とりあえず今は描き直すわよ」
と、紫塔さんは再び魔法陣を描きだした。ここで気づけたのはまだ幸いだったかもしれない。
「晴香ちゃん、緊張してない?」
ふいにシェリーがそう声をかけてきた。……なにか顔に出てたかな?
「え? いや、……うん、ちょっと緊張してるかも」
こんな状況だもの、何ら不思議でもないと私は思うけれど……。そんなことを思っているとふいに、シェリーが私の手を握ってきた。あ、と気づいた。彼女の手が震えていることを。
「シェリー……」
「変……かな……」
私以上に緊張しているのは目に見えて分かった。手が震えているし、声が少し上ずっているし、瞬きも多い。一息ついてから、やっと今の状況に対する自分の状態が見えてきたんだ。
「大丈夫だよ、シェリー。みんながいる。私だっている。きっと上手くいく。だから……」
ぎゅっと彼女の震えが止まるように、手を握る。少しひんやりとした彼女の手に、少しでも私の気持ちが伝わってくれるように、と願いを込めた。
「あ、あの晴香ちゃん……」
「なに? もしかして……辛い?」
「いや、じゃなくて……手汗が……」
「えっ」
……確かに、ちょっとしっとりしてきた、かも。
「ごめんね晴香ちゃん! ちょっと私のお手々がびっくりしちゃったみたい」
私の手汗かと思ったけれど、どうやら彼女自身の手汗が気になってしまったようだ。
「いや、いいよ。……気分はどう?」
「うん。よくなったかも」
彼女の笑顔が見えて、その言葉が偽りじゃないことが分かった。嘘ついてたら顔が引きつるもん、シェリー。
「なになに、二人でイチャイチャしちゃって~」
「和泉さん、……和泉さんも緊張してない?」
「あー、してるよ」
シェリー、すっかり紗矢ちゃんとも打ち解けて……私は涙がほろっと出そうだよ……。最近まで、友達作り苦手そうだったのに……成長しちゃって……私のもとから巣立っていくんだね……。
「さっきね、晴香ちゃんがこうしてくれたの」
「わっ、シェリーちゃん手冷たい。冷え性なの?」
「そうなのかな?」
願わくば、彼女の交友がもっと素晴らしいものになることを……。
紫塔さんによる魔法陣の再構築が終わる。昼休みが始まってからちょっと経ってしまった。どうも綺麗に魔法陣を描くのに苦労していた。……紫塔さんも、緊張しているのかもしれない。
「やっと終わったわ。向かいましょう」
彼女の一声で隠れていた場所から出ていく。理科室は近い。
「あぶなっ……あっ!?」
思わず声を出したのがシェリーだった。ぶつかりそうになったんだろう。その後、顔がみるみる青ざめていた。周りの人たちは…………いや、まだバレてはいない。私たちに聞こえたよりもずっとずっと小さな声だったのかもしれない。
家の敷地を出て、通りに出る。家の前がとにかく厳重だったのか、教会の人間は少なく見える。でも十数メートル間隔で立っているからやっぱりここも厳重だ。そこの人たちもやはりというか、私たちの事には気付いてもいない。
「いい調子ね」
道を行くなかで紫塔さんが呟く。教会の人間だけじゃなく、通りかかる普通のサラリーマンや、主婦や、平日なのにサボっている学生なんかも、私たちには気付かない。この調子なら意外と簡単に学校にはたどり着けるかも、そう思っていた。
「よう、嬢ちゃんたち」
そう背後から声がかけられるまでは。
「っ!?」
「君たちだよ、そこの四人組」
――明らかに、私たちのことというのはその男の声のトーンでわかった。振り返るか、このまま駆けていくか。一瞬固まってしまった瞬間、私たちを狙う足音が素早く聞こえてきた。遅れて紫塔さんが逃げ出すと、私たちも追う。
全力疾走。私や紗矢ちゃんが紫塔さんを抜こうというスピードで駆け出した直後、バタッという音が聞こえた。視界にいない親友に気付いて、思わず立ち止まった。
「おうおう、君は彼女たちの友人さんだねぇ?」
振り返ると、転んで膝を擦りむいたシェリー、そしてしゃがんで彼女の顎をキザに触れているツンツンの金髪(どうも染髪料由来)の長身の男がいた。
「なにを……」
「なにしてんだよ変態!!」
あまりの剣幕に驚いて声のほうを見ると、……想像したこともない、鬼の形相の紗矢ちゃんが立っていた。怖い、あそこに立っている男も、横に立っている紗矢ちゃんの激昂も。
「おやおや、君はあのシスターさんの娘さんだね」
「チッ」
紗矢ちゃんは舌打ちをすると、思い切り男を睨み付ける。
「紗矢! 冷静になりなさい!」
「みおっち、見守ってて」
紗矢ちゃんが普段しないギロリと鋭い眼差しにどうやら紫塔さんも驚いたようで、それ以上なにも言わない。
「だが嬢ちゃん、俺にどうやって歯向かう気だ?」
男の隠れていた右手に握られたものが見えて、私はゾッとしてしまった。おおよそ普通の日常では見ることのない、ボウガンが握られていたのだ。
「紗矢ちゃん……ヤバイよ、これは!」
「はるっち、シェリーちゃんが懸かってる。ここはなんとしてでも取り返す!!」
紗矢ちゃんが引く様子はない。かといって、彼女の燃え上がる気迫にどうついていけばいいのかもわからない。
「俺は君たち四人を『始末』していいと聞いている。年頃のおなごをなぁ……」
なんだか乗り気じゃない、みたいなその態度はおそらく、降参を促しているのだろう。だけれどその手を取っても私たちに未来なんかない。
「ふざっけんなよオッサン! アタシたちに関わるな!」
「あぁ?! 俺はオッサンなんて名前じゃねぇ! ディエゴって立派な名前があんだよ!」
――明らかに相手の地雷を踏んだ気がした。
「前言撤回だ、可愛くもねぇガキなんざ惜しくもねぇ。魔女への裁きに巻き込まれて死ね!」
紗矢ちゃんにボウガンが向けられる。引き金に指がかけられて緊張感が高まる。
紗矢ちゃんは怯まない。ただ睨んで、相手のもとに一歩ずつ歩み寄っていっている。紗矢ちゃん、まさか熱くなって無謀なことをやろうとしてないかな……? 何を、しようとしてるんだろう……!?
ばしっ、と聞き慣れない音が響いた。ボウガンには矢が乗ってない。
「紗矢ちゃん!」
思わず叫ぶ。まさか、矢の行方は……紗矢ちゃんに……!?
「追っ払ってやる!」
紗矢ちゃんが駆けだす。その手には放たれたはずのボウガンの矢が握られていた。
「おっと!」
ディエゴは紗矢ちゃんが振り下ろした矢を避けて、すかさず距離を取った。その間にボウガンの二発目を装填する。
「嬢ちゃんどうやら運動神経はいいみたいだが、なっ!」
なにかを男が引っ張る様子を見せた。すると、地面から網のようなものがするっとディエゴの手に手繰り寄せられる。その上には紗矢ちゃんがいる……。
「うわっ!?」
転ぶ紗矢ちゃんにすかさず、男がボウガンを向ける。
「残念だったな!」
迷いなく男が引き金を引く、……私は恐怖と、目まぐるしく動く状況に動くことができなかった。
「ぐっ!?」
だけれど二発目の矢も外れた。今度はディエゴの手元がブレたのだ。
「最っ低!」
男の背後には、歩調が乱れたシェリーが立つ。彼女の手元にきらりと銀色に光る物体。
「シェリー……そんな危ないものを……!」
包丁。いつそんなものを持ち出していたのか、と聞きたくなったけれど、ともかく男はひるんでいる。どこを刺したのか、もしかして致命傷を負わせたのか、という考えに至るには余裕が足りなかった。
「行こう、和泉さん!」
尻もちをついていた紗矢ちゃんにシェリーが手を差し伸べると、紗矢ちゃんは立ち上がる。
「行きましょう! 二人とも大丈夫?」
紫塔さんの一声で私たちは駆けだした。紗矢ちゃんもシェリーも少し膝が痛そうだったけれど、どうにかその場を離れることができた。後ろをチラッと見ると、男の姿はシェリーが刺した場所からしゃがんで動いていなかった。安心すると同時に、なにか不気味な気持ちにもなった。
学校にようやくたどり着いた。やっぱり魔法の力というのはどうにも凄いようで道中誰に気づかれることもなかった。気づかれなさ過ぎて前から来る人に何回もぶつかりそうにもなった。
「ついたわね」
十時過ぎ。校門で立つ先生の姿は無く、校庭のほうからは体育の授業に勤しむ生徒たちの声がする。……本当だったら、私たちもあの場でワイワイ過ごしていたのかもしれない。
「追っ手はいないわね?」
周りを見渡しても、誰かが追ってくる様子はない。さっきの男の姿も見えない。
「大丈夫そうだよ」
そう聞くと、紫塔さんは堂々と校門をくぐる。私たちもそれに続く。
授業の終わりを告げるチャイムがなる。校庭の生徒たちが一斉に校舎へと引き上げてくる。
「……急ぎましょう」
人にぶつかるとマズい。私たちも校舎へと入っていく。
見慣れた校舎。だけれどこんな時間に歩き回ることはそうそうない。それに、今着ている私服で歩き回ることなどもあり得ない。だからなんだかとても変な感覚だった。
「なんか懐かし~」
紗矢ちゃんが呟く。さっきまでの鬼気迫る紗矢ちゃんはどこへやら、いつも通りの彼女がそこにいる。
「一週間くらいだっけ?」
シェリーも穏やかな顔だ。……ここで緊張を緩めておかないと、あとあと持たないかもしれない。そう思うと、私もちょっとだけ肩の力を抜いた。
「そうかもね。学校、行きたかったなぁ……」
「へ? 教会を倒したらまた行こうよ」
紗矢ちゃんは平然と言い放った。……行けるのかなぁ?
そんな話をしているうちに、人混みをかき分けて理科室の前にたどり着く。と同時に気づいた。……授業中だ。
「おっ、授業中じゃーん。みおっち、入るの?」
「いや……この状況だとやめておいた方がいいわね。別の場所で時間を潰しましょう」
となると、どこで過ごすのがいいのか……。授業中も確実に空いている空間となると……。
「図書室?」
「家庭科室はどう? 紫塔さん」
「最近はプールやってるだろうし体育館は? みおっち」
見事に案がばらけてしまった。どれも良さそうに見えるけれど、理科室みたくもしかしたら授業で使ってそうな部屋三つ。
「屋上へ行きましょう」
紫塔さんはどの提案も跳ねのけた。屋上なら授業で使うことはないな。みんな納得してその案に乗った。
屋上への扉は開いていて、すんなり入れた。日差しが眩しくて、それを止まない風が和らげていく。空は青くてもうすぐ来る夏を感じさせる。気持ちがいい。
「は~」
シェリーも、紗矢ちゃんも一息ついている。かなり緊迫した状況が続いてたもん、仕方がないよ。
「皆、お疲れ様。まだまだ動かなくちゃいけないけれど、ここで一休みしましょう」
陰に入って、みんなで座り込んだ。
「二人とも、ケガは大丈夫?」
紗矢ちゃんとシェリーの足に見える出血、まともに手当てする前に逃げ続けてきた。見ているだけでこっちも痛くなってくる。
「んー、いまは大丈夫だよ、はるっち。シェリーちゃん、さっきはありがとうね」
「え? ううん、いいんだよ。和泉さん、危なかったし」
あはは……と苦笑いする紗矢ちゃんだけれど、あそこで紗矢ちゃんが立ち向かわなかったら、今頃チームは崩壊していたかもしれない。
「アタシがもっと強かったらなぁ~」
「和泉さん、何かスポーツやってたの? あの身のこなし、普通のギャルには難しいよね?」
「まー、うん。ちょっとだけ空手をね。すぐやめちゃったけれど」
「へぇ~……道着……にあ、似合う……かなぁ……?」
シェリーが指でファインダーを作って、紗矢ちゃんを覗く。……もしかしてシェリー、似合わないって思ってるな? まあ、私も全然イメージできないけれど。
「よく言われる。空手のことあんまり言ったことないし」
「あっ、ごめん! 意外だったから」
「いいんだ。女子にヒミツの一つや二つって、素敵じゃない?」
あー、そういうポリシーがあるんだ、紗矢ちゃん。私にはないや。
「ふーん……」
「みおっちも意外って思った?」
「そうね。でも」
「でも?」
「……あんな表情するのね、あなたが怒ると」
「へ? あ、あーね! ちょっと恥ずかしかったな~」
「かっこよかったわよ」
「ぅ!?」
照れ隠しを述べる紗矢ちゃんの口が止まった。顔を見るとなんだかちょっと赤い。「かっこいい」か……。
「紗矢? どうかした?」
「え、あ! その……。あ、アツイネ~」
「? 熱でもあるんじゃない?」
「紫塔さん、ちょっと置いとこう?」
「え?」
これ以上この二人がお喋りしたら、紗矢ちゃんが持たない気がする。
次のチャイムが鳴ると時間的にお昼休みになる。そこを狙って私たちは理科室に突入する予定だ。そろそろだろう、と屋上を出るため身構えていると屋上の入口から足音がした。突然のことに私たちは身を隠す。追っ手のことがあるから、もしかしてここを見つけてしまったのか? と感じずにはいられなかった。
「……」
皆が緊張する中、扉が開いた。そこにいたのは……。
「あーだりー」
「やだよな~ 授業なんてさぁ」
「はっ、不良か……」
ただの不良の女子二人組だった。もともとこの屋上というのは立ち入り禁止だから、ここに来るのは必然と不良生徒になる。
「……行きましょう」
そうして私たちは屋上の出口へと進む。すると。
「お? アンタらなにしてるん?」
――その不良に気づかれてしまったのだ。
「へ?」
「アンタらここの生徒? うちらのナワバリでなにしてるん? 私服だし」
うわ、なんだかめんどくさい予感がする! ここはすぐに立ち去らなきゃ!
「紫塔さん」
急かすように彼女に声をかける。だけれど、彼女は動こうとしない。それどころか、紗矢ちゃんも動かない。どうして!?
「お、和泉だっけ? 最近見なかったけど、どうしたん?」
「あー先輩、ちょっと体調悪くって」
平然と紗矢ちゃんとその不良生徒が話し始めた。……なんだこれは。
「そっか、身体気をつけなよ? アンタら和泉の友達? 仲良くしてやってな」
そうなんだか親し気なムードで不良二人は私たちを見送った。とくにウザ絡みをして来ることもなかった。
屋上前の廊下に出た。立ち入り禁止の屋上なので、ここの人通りもない。
「た、助かった……! ありがとう紗矢ちゃん!」
「いやいや、アタシの交友が広かっただけだよ~。それよりもみおっち」
「ええ」
紫塔さんは急いで私たちの服をめくりだした。
「……暑いものね」
見ると、皆の背中に書かれた魔法陣が滲んで形を崩してしまっていた。――気配消去の魔法が気づかぬうちに解けていた、ってことだ。
「みおっち、これ再構築出来る?」
「……また描いても汗で滲みそうね。とりあえず今は描き直すわよ」
と、紫塔さんは再び魔法陣を描きだした。ここで気づけたのはまだ幸いだったかもしれない。
「晴香ちゃん、緊張してない?」
ふいにシェリーがそう声をかけてきた。……なにか顔に出てたかな?
「え? いや、……うん、ちょっと緊張してるかも」
こんな状況だもの、何ら不思議でもないと私は思うけれど……。そんなことを思っているとふいに、シェリーが私の手を握ってきた。あ、と気づいた。彼女の手が震えていることを。
「シェリー……」
「変……かな……」
私以上に緊張しているのは目に見えて分かった。手が震えているし、声が少し上ずっているし、瞬きも多い。一息ついてから、やっと今の状況に対する自分の状態が見えてきたんだ。
「大丈夫だよ、シェリー。みんながいる。私だっている。きっと上手くいく。だから……」
ぎゅっと彼女の震えが止まるように、手を握る。少しひんやりとした彼女の手に、少しでも私の気持ちが伝わってくれるように、と願いを込めた。
「あ、あの晴香ちゃん……」
「なに? もしかして……辛い?」
「いや、じゃなくて……手汗が……」
「えっ」
……確かに、ちょっとしっとりしてきた、かも。
「ごめんね晴香ちゃん! ちょっと私のお手々がびっくりしちゃったみたい」
私の手汗かと思ったけれど、どうやら彼女自身の手汗が気になってしまったようだ。
「いや、いいよ。……気分はどう?」
「うん。よくなったかも」
彼女の笑顔が見えて、その言葉が偽りじゃないことが分かった。嘘ついてたら顔が引きつるもん、シェリー。
「なになに、二人でイチャイチャしちゃって~」
「和泉さん、……和泉さんも緊張してない?」
「あー、してるよ」
シェリー、すっかり紗矢ちゃんとも打ち解けて……私は涙がほろっと出そうだよ……。最近まで、友達作り苦手そうだったのに……成長しちゃって……私のもとから巣立っていくんだね……。
「さっきね、晴香ちゃんがこうしてくれたの」
「わっ、シェリーちゃん手冷たい。冷え性なの?」
「そうなのかな?」
願わくば、彼女の交友がもっと素晴らしいものになることを……。
紫塔さんによる魔法陣の再構築が終わる。昼休みが始まってからちょっと経ってしまった。どうも綺麗に魔法陣を描くのに苦労していた。……紫塔さんも、緊張しているのかもしれない。
「やっと終わったわ。向かいましょう」
彼女の一声で隠れていた場所から出ていく。理科室は近い。
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後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。
ノクターンとかにもある
お気に入りをしてくれると喜ぶ。
感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。
してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
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