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第六章 「解けないほころび、解けさせない結び目」

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 あの事件があってから次の登校日、帰り際に呼ばれた紫塔さん。彼女がまた誘拐されたらマズいと思った私と親友は彼女についていくと、教会の牧師さんが見えた。この人はこの前学校に講演に来ていた人だった。

「牧師のアルフレッド・バロウズと申します」

 白髪の白人さん。見た感じ『白』という印象を受けるそのおじさんは聖職者と言われたらすごくピンとくる雰囲気だった。



 バロウズ牧師に案内され、教会へと私たちは来た。教会とあってキリスト教っぽさを感じる。でも、私はキリスト教徒ではないから、大まかにしかわからない。

「あなたを、魔女と見誤った信者が過激な行為に出てしまった」

 牧師は慈しむような口調で紫塔さんに語り掛ける。

「本当にすまなかった」

 ここは教会。目の前の牧師さんは紫塔さんに謝る。それを見る紫塔さんの目からは、私は何も感じることはできなかった。



 教会を出て、夕暮れの中私たちは帰路に就く。するとシェリーが「今日は帰ってテレビを見なきゃ!」と意気込んでダッシュで帰ってしまった。どうやら好きなタレントが出る番組があるらしかった。残された私と紫塔さん。この前の事件から、私は彼女とちゃんと話し合えていなかった。

「行きましょう」

 すぐに紫塔さんは歩き出した。途中までの帰り道。私と彼女の間で話はひとこと、ふたことくらいしか起きなかった。

「じゃあね、多知さん」
「じゃあね」

 そういって、道を分かれて、私はひとりになった。



 言う事と実際にやることは、すごく壁がある。あれだけ大見得を切って「紫塔さんを独りにはしない」っていったけれど、あの事件を思い出すたびに、足が震えて、心臓が変な脈を打って、タイミングが悪いと気分が悪くなっちゃう。夢に出てきたこともあった。そのときは、結末が変わって、紫塔さんが、私が、悲惨な事になっちゃう、悪夢だ。



 自分の部屋に入って、ただ椅子の上で何もない中空をみつめる。夜に差し掛かった部屋に明りはつけず、ただじっと、暗がりを増す部屋にいるだけ。
 息を吐く。目を閉じる。私はどうすればいいんだろう。怖い。こんなにも、紫塔さんを取り巻く世界が怖いなんて、思ってもみなかった。



 翌日、上手く眠れないまま学校へ行った。友達と話すのは楽しいけれど、そんな彼らからも「疲れてない? 大丈夫?」とか声をかけられた。……紫塔さんがそのとき見ていたのは、私は見逃さなかった。



 帰り道、またシェリーは早く帰ってしまった。もしかしたら、彼女もなにか、思っていることがあるんじゃないか? いや、人の気持ちを推測するのはあまり意味がない。また今度彼女とも話をしなくちゃ。

「多知さん」

 そんななかでも、紫塔さんは私に声をかけてきた。

「帰りましょ」
「……そうだ!」

 いきなり明るい声を出した私に、紫塔さんは少し驚いた。こういうときこそ。
「パーッと遊びに行かない?」
 私の言葉に、紫塔さんの首が傾いた。



 学校からちょっと歩くと、ゲームセンターがある。私みたいに学校帰りに遊びに行くという高校生はいっぱいいる。

「紫塔さん、ここ来たことある?」

 中に入って私が尋ねると、紫塔さんは困り顔で首を横に振った。

「なんだか騒がしい場所ね……」

 本当に紫塔さん、この場所というより「ゲームセンター」というものを知らないみたいだ。

「ここはゲームセンター。いろんなゲームが遊べる楽しい場所だよ」
「へぇ……」

 彼女は辺りを見回す。レースゲーム、メダルゲーム、そしてクレーンゲーム。様々なゲームが揃っている。

「……」

 なんかそわそわしている。慣れない場所で紫塔さん、落ち着かないのかな。

「あれ、ちょっと遊んでみない?」

 私が指さしたのは、銃型のコントローラーを使ってゾンビを倒すゲーム。なにか、二人で適当に盛り上がれそうなものと私は思ったんだ。

「……いいけど」

 お金を入れて、ゲームが始まる。紫塔さんに操作を教えると、すぐさま彼女はコントローラーを画面に構えた。片手撃ちの構えは、なんだかとても様になっている。
 どんどん湧いてくるゾンビたちに向かって私も紫塔さんも銃を撃ち続ける。

「やばー!」
「……」

 賑やかにプレイする私、一言も発さないで真剣な面持ちで銃を撃つ紫塔さん。やがて敵が強くなり、私は倒されてしまった。

「やられちゃったよ……紫塔さん、頑張って」
「……」

 やっぱり目が鋭い。あんまり楽しくなかったかな……。



 紫塔さんのプレイングは初めてにしてはなかなか上手だったけれど、初回プレイでクリアできるほどそのゲームは甘くなかった。

「お疲れ、紫塔さん」
「……」
「……楽しくなかった?」
「……照準」
「え?」
「照準が、合ってなかったわ、あのゲーム」

 その言葉を聞いて、私は吹き出してしまった。それを見た紫塔さんは、ちょっとだけ顔を赤らめた。

「何よ……!?」
「いや? 没頭してたんだな、って」
「悪いかしら。誘ったのは、あなたでしょ?」

 何も悪いだなんて思ってない。可愛いところあるじゃん、紫塔さん!

「他のゲーム、見て回ろっか!」

 私は彼女の手を取って、色んなゲームを見て回る。ただ、高校生の所持金なんて大したことがないので、どのゲームをやるかを勉強の時より真剣に悩んで、クレーンゲームをプレイすることに決めた。

「これは?」

 紫塔さんが興味を引かれたのか、あるゲームの台を指さした。

「クレーンゲームって言って、中の景品をあのアームで取るんだよ。でも、アームの強さが違ったりするから、それを見極めないといけないんだ」

 私たちの前の台には、ピンクのウサギっぽいゆるキャラの、大きいぬいぐるみが待っている。簡素な表情が癒されるって巷で話題だ。

「取れるかなぁ」

 私は切り込み隊長となって、お金を入れて挑戦する。でもこのゲーセンのアーム、あんまりいい噂を聞いたことがないんだよね……。
 ドンピシャのポイントを捉えたと思ったアームは、予想の通りやる気がないような強さでウサギをかすめて上へ上がっていった。いや、ここまで残酷に高校生の所持金を奪っていく様はむなしくなる。

「ふーん」

「や、やめよっか……」

 心が折れかけたのでその台を離れようとすると、紫塔さんは私の肩を掴んだ。

「やらせて」

 不意に見せた彼女の積極的な姿に、私はちょっと期待した。

「こっちが横で、そっちが縦、最後に高さね」

 このゲームも紫塔さんはやったことは無いみたいだ。とりあえず見守ろう。彼女はまずウサギの位置をしっかり確認した。正面から、そして横の窓からも見た。それベテランのプレイングじゃないかな……?
 確認を終えて、紫塔さんはアームを動かす。まずは横。

「あれ……?」

 紫塔さんのボタンはウサギとはかなりズレた位置で離される。え? 操作ミスした? でも彼女の表情に焦りみたいなのはない。
 次に奥への移動、そして最後の高さ調整。アームは掴む動作をする。それは空を切った……。

「いや、これは!」

 アームの一本に引っかかっている、ウサギについていたタグ。それに綺麗にアームが入り込んでそのまま引き上げていく。ウサギのぬいぐるみはアームからぶら下がり、そして。


 ガコン!


 出口にぬいぐるみが落ちてきた。呆気に取られていると、店員さんが「おめでとうございます!」と袋を持って迎えてくれた。
 その光景はかなり目立って、周りにいたうちの生徒たちからもすごい注目を浴びていた。これは明日学校で騒がれそう。



 大きい袋をもって、私たちは薄暗くなった帰り道を行く。

「いやー紫塔さんってクレーンゲーム上手なんだね」
「そうかしら?」

 あれはプロの技だよ、紫塔さん。狙った人はいたけれど、難しいって諦める人が多いんだ。

「これ、どうすればいいかしら」

 彼女は巨大なぬいぐるみを抱えて困っていた。ちょっと部屋に置くには勇気のいるサイズだ。

「紫塔さん、置く場所ない?」
「置く……?」
「そうだよ! このかわいいぬいぐるみ、部屋に飾らないともったいないよ!」
「……そう?」

 ぎゅっと彼女がぬいぐるみを抱きしめるシーンは、確かに私の心のファインダーに収めた。ありがとう。

「多知さんは欲しかったんじゃないの?」
「いや、こんなの置く場所ないし。それに、取ったのは紫塔さんだよ!」
「そう」

 満更でもないのは、見ていて分かった。



 興奮が冷めやらぬまま、いつもの分岐点へとたどり着いてしまった。

「ねえ、多知さん」

 ここでお別れの挨拶をするのかと思っていた私は少し驚く。

「どうして私と今日、こんなことを?」

 一瞬、言葉に詰まってしまった。あー、ここで聞いてくるかぁ……。

「遊びたかったんだよ」
「……違うでしょ」

 うわー鋭い。紫塔さんすんごく鋭い。誤魔化しきれそうにはとても見えない。近くのベンチに座って、ドロドロしていた気持ちの言語化を始める。……あんまり、こういうことは慣れないんだけれどね。

「……紫塔さんとどう接したらいいか、分からなくなっちゃんたんだ」
「ふーん」

 言葉にして、やっと実感が湧いてきた。湧いてきてしまった。私、紫塔さんとの関係を迷っているんだ。それを、当の本人にぶつけてしまった。

「わかったでしょ、私と付き合うのは危険だって」

 さっきまでとは打って変わって、氷の様な言葉の刃が飛んでくる。紫塔さん、私をどう思ってるかなぁ。

「見損なっちゃった? 意気地なしだって」
「別に」

 私から視線を逸らした彼女は――あの時の顔と一緒だ。冷たくて、自分の運命に立ち向かうため、心を研ぎ澄まして……何者も寄せ付けない顔。

「ダメだよね。あんなにかっこつけて、紫塔さんを独りにしないって、言ったのに」
「……やっと、現実が見えたのよ。でも、多知さんがここで私との付き合いをやめると言っても、私は多知さんを悪いとは思わない」
「え?」
「私はまた一人に戻るだけよ。今まで通りに」
「……!」

 違う、ちがうちがう!! そんなの、ダメだ! 紫塔さんを独りにはしたくない! 私が、私がここを乗り越えるだけなんだ!

「多知さん、ハッキリ言ってちょうだい。私との交友を絶つか、否か」
「……」

 どうして? 首を横に振るだけだ! そんなに怖いのかよ、紫塔さんを待ち構える運命が! それに巻き込まれた悲惨な最後が! 私は、そんなもののために、彼女を見捨てるのか!?

「……」

 紫塔さんはただじっと、私の回答を待っている。急かすことも、苛立ちを見せるような仕草もない。その沈黙が真っすぐ、私の心にプレッシャーをかける。道を行く人もいない。街灯がただ一つ、私の座るベンチを照らしている。

「……やめない」
「……ん?」

 声にしたはずの言葉は、揺らいでいた。自分でもいっぱいいっぱいの気持ちが、目からあふれて、その波紋が声を揺らした。

「やめたくない……紫塔さんと、まだ友達でいたい……」

 言葉だけ。気持ちは置き去りの空虚な言葉だって、私は分かっている。形だけ彼女に伝えようとしている。本当は怖くて、押しつぶされそうで、惨い結末が見えて、震えるしかないのに。

「……多知さん。もう少し、気持ちを込めて言ったらどうかしら」
「っ……!?」

 気づかれてしまった、私の言葉が空虚だって。気持ちの伴わない、ただの空気振動だって。
 嗚咽が止まらない。抑えようと、きちっと落ち着かせようとして、私の気持ちはどんどん荒波のように乱れてくる。もうまともに言葉を発することができないくらい、あふれてくる。
 嫌だ、嫌なんだ、紫塔さんが、私の友達が、そんな残酷な運命に晒されるなんて。そう思っているのに、私の恐怖という名の足かせが邪魔だ。こんなの、捨てたい、切り離したい、そう思えば思うほど、この足かせが重くなってくる。どうしてだ! 死にたくないなんて……なんで思っちゃうんだ! 友達が、独りでいなくなっちゃうんだぞ!?

「~~~ッ!!」

 言葉がまたドロドロに逆戻りしていって、頭をぐしゃぐしゃとかきむしって、ただ自分の中で情けなく鳴き続ける恐怖をなだめる。もう紫塔さんは呆れているかもしれない。揺らぐ視界のなかで、彼女の顔を見ることにした。

「……」

 えっ……? 紫塔さん、その表情は、なにを思っているの?
 見たことがなかったその顔は、呆れている様子じゃない。ただ目の前の光景が理解できない、という困り顔だった。

「どうして……?」

 そうこぼしたのは紫塔さんだ。私の心を代弁したかのような言葉に、一瞬混乱する。

「多知さん、どうして答えを言わないの? ただ『さよなら』っていうだけなのよ……?」
「ちがうよ! さよならなんて言わない!」

 ぐしゃぐしゃの声で、私は必死に紫塔さんに訴える。絶対に、彼女の手を離したら駄目だ。一度離したら、紫塔さんはどこまでも遠く、闇の中へと消えてしまうだろう。

「怖い……魔女のいざこざに巻き込まれて、死ぬのも、痛いのも、苦しいのも怖い……でも、それ以上に……っ」

 言葉の続きは、はずみで出た。こぼれるように。

「紫塔さんがいなくなっちゃうのが、怖いんだよ……!」
「……なによ」

 紫塔さんの歯が見えた。食いしばるような表情、それは“怒り”のように私には見えた。

「意味わかんない……私の事なんて置いていけばいいじゃない! あなたが傷ついて、私の為なんかに悩んで、なんで私のこと考えて泣いているのよ!」
「ぐっ……うっ」

 返す言葉は嗚咽に濁される。伝えなくちゃ、きちんと、彼女に真っすぐ、伝えるんだ。

「だって……紫塔さんは私の、大切な友達だもん。友達が不幸になるのをただ指をくわえて見てるだけなんて嫌だよ! 弱虫でもいい、ビビりでもいい、お願いだ、紫塔さんのそばにいたい……! 一緒に、紫塔さんに振りかかる不幸を背負って、出来たら振り払いたい!!」
「!」

 紫塔さんは驚いた顔をした。私の見たことのない顔。あ、と気づいた。自分の中で渦巻いていた気持ちは、やっと上手く言葉に表せた。

「なんなのよ……もう……!」

 紫塔さんの視線は斜め下に動く。さっきまでの凛とした表情は崩れて、戸惑ったような様子に見えた。

「……また今度にしましょう」

 そんな、不安定な表情も一瞬で彼女は切り替えた。何事もなかったかのように、紫塔さんは振る舞う。

「お別れは当分先。それでいいでしょ」

 当分先……この話は、先延ばしになったってこと……? 私から離れて、自分の帰路に就く紫塔さんが遠くへ行ってしまうような錯覚を私は受けた。

「また明日、多知さん」

 そう手を振って、紫塔さんは歩いていく。彼女の手にある大きなぬいぐるみ。彼女が豆粒のように小さくなったときに、それをギュッと抱きしめるような動きが見えたのは、気のせいだったかもしれない。
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