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木漏れ日

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美ら海水族館

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 瑠偉は自分がとても年を取ったように感じていました。
 なぜなら海坊主が出て幽世に祓ったという報告をしなければならないというのに、悟ときたら美ら海水族館へ行こうというのです。

「悟。一応一旦戻って報告しておかないとまずいだろうよ」
 
 なにしろいつもなら報告は有朋がやってくれるのですから、せめて夢幻堂の主か九鬼の主への報告ぐらいはしておくべきです。

「なに言ってんだよ。瑠偉。せっかく海で遊ぼうと思ったのに津波対策とかで遊泳禁止になったんだぜ。それなら次に狙うのは当然美ら海水族館だろうよ。夕方の4時前には入館しておかないとイルカショーやジンベエザメの給餌が見れなくなってしまうんだから、報告なんて夜になってからで十分だって!」

 確かに海坊主との戦いは瑠偉が張った結界のおかげで、誰にも知られることがありませんでした。
 そのために急激に海が盛り上がったので、念のために今日は海で遊ぶことが禁止されたのです。
 もう大丈夫だよと教えてあげられないのがつらいところです。

「そうだ。それで思い出した。悟おまえ結界も張らずに戦いをはじめようとしたろう? 人目がある時には真っ先に防御結界を張るのが鉄則じゃないか!」

「そんなのどうせ瑠偉が張ってくれるだろう? オレはそんなちまちました技は苦手なんだ。こうスパッと妖を仕留めるのがいいんだよなぁ」

「悟! そんなこと言ってるとひとりで仕事する時に困るぞ。 結界を張るのは周囲に被害を及ぼさないためでもあるんだからな。退魔術を使っている時に一般人を巻き込んでしまったら大目玉だけじゃすまないんだぞ」

「はい、はい。瑠偉ってほんとうに優等生タイプだな。いまからそんなに真面目にやってると将来禿げるぞ」

「えーー。瑠偉禿げちゃうの? 」

 素っ頓狂な声をあげて飛んできたのはノエルでした。

「いや、いや。僕は禿げたりしないから。父さんを見て見ろ! 禿げてないだろう? うちは禿げない家系なんだからな」

 わいわいと大騒ぎをはじめる聖獣に取り囲まれて、瑠偉もすっかり働く意欲を失くしてしまいました。
 なにしろダリまで一緒になって大騒ぎをしているのです。
 いや、そもそもこんなことになった原因はダリでした。

「瑠偉。ダリだってたっぷり遊べばおとなしく幽世に帰るって言っているんだ。無理やり連れ帰ってまた家出ででもしたらどうするんだよ」

 そんなことを言って悟はどうせ自分が遊びたいだけなのです。
 けれどもここで文句を言っていても時間の無駄です。
 瑠偉が許可したのでみんなは意気揚々と美ら海水族館へと向かいました。

「瑠偉。きれいだねぇ。海の中ってこんなにきれいなものなの?」
 
 ノエルはぽかんと口を開けて水槽をみつめています。
 ダリときたら喜びのあまり言葉もなく、瞳をキラキラさせていますし、いつも大人ぶった顔をするクラハまで頬を緩めて魚たちを眺めていました。

 ポンと悟が瑠偉の肩を叩いて言いました。

「なぁ。あいつらの顔を見て見ろよ。召喚を受けたとは言ったってあいつらは未だ幼い聖獣だろう? ダリだって同じことだ。あいつらの故郷は元々この沖縄の自然なんだからなぁ。妖たちを幽世に祓うのは人間の都合じゃないか。たまにはゆっくりと遊ばせたって罰はあたらないさ」

 そう言う悟の顔はいかにも次代を担う主らしい威厳に満ちていました。
 なんだ、こいつ。
 けっこうしっかりと考えてやがるんじゃないか。
 瑠偉は自分が抱え込んでいたもやもやがすぅっと消えていくのを感じました。

「おい。悟。シャーマンがこんなところまでやって来たぞ」

 悟の後ろに姿を現したのは、確かに当代のユタであるヒイナです。

「さて、夢幻堂と九鬼の次代様方。本部への報告の遅れは不問にされましたわ。私からあらましは報告いたしましたのでね。そこでダリについてはそろそろ幽世に戻し次代様方には次のお仕事がございます。席を用意しておりますからカフェ・オーシャンブルーに参りますわよ」

 一同はぞろぞろとカフェにやってきました。
 よほど早く受付を済ませたらしくジンベエザメやマンタがのんびりと泳ぐすぐ隣の席が用意されています。

 まずノエル、ダリ、クラハを水槽のすぐ前の席に座らせて、お茶やケーキ。パフェなどを並べてやると、聖獣たちはすっかり満足してのんびりとカフェを楽しみ始めました。
 それを確認したヒイナは聖獣たちの姿が見える少し離れた席に瑠偉たちを案内します。

「なぁ瑠偉。ヒイナっていくつだと思う。なんだかいつも能面みたいな面をしてやがるよな」

 悟がひそひそと瑠偉に話しかけたので、瑠偉は慌ててヒイナを見ました。
 ヒイナは顔色ひとつ変えずに、さっさと座れと合図します。
 間違いなく聞こえていたはずなのに。

「私はかなり有能なシャーマンだと申し上げた筈です。本部からあなた方の監視を頼まれておりましたので、その講評を申し上げます」

 本当に能面みたいだなぁと瑠偉もしみじみそう思いました。

「あなた方はどうやら感覚で仕事をするタイプのようです。当代の夢幻堂の主や九鬼の当主がどちらかと言え理詰めで妖を追い込むタイプですから、これは想定内です。退魔師のタイプは隔世遺伝するので当代とは真逆になることが多いからです」

 瑠偉と悟は冷静になんの感情もまじえずに、脳筋野郎とデスられて言葉もありません。

「いいえ。これはあなた方を非難している訳ではありませんのよ。あなたがたには天性の直観力があると言っているのです。そうでなければたまたまダリに遭遇し、たまたま海坊主を祓うなどということができるはずがありません」

 いくら瑠偉や悟が脳筋だってこの言葉の意味ぐらいは分かります。

「何だよ。つまりオレたちはたまたま運がよかっただけだって言うんだな」

 悟が噛みつきましたけれどもこればかりは瑠偉は否定できませんでした。
 だって本当に運よくか運悪くかしれませんが、偶然出くわしただけなのですから。

 悟が噛みつくとヒイナは初めてうんざりとしたようにため息をつきました。

「それをこれから説明いたしますわ。本部はあなた方が妖を引き付けると考えております。これは悪い事ではございません。天狐や八咫烏というようなここ数百年現れなかった力ある妖が聖獣として召喚に応じたのですからね」

「すみません。それってもしかして僕らの行く先々で妖が現れるっていう意味ですか?」

 瑠偉が恐る恐る聞くとヒイナが当然という顔で頷きます。

「ええ、瑠偉さんも悟さんも薄々はわかっている筈ですわよ。だいたい妖なんてそんなに簡単に遭遇するものではありません。私たちシャーマンや予知者や感知者たちがその発生場所を予想して、そこに術者を派遣しても見つからない時もあるぐらいですからね」

 そう言ってヒイナはギロリと瑠偉と悟を睨みました。

「今回の海坊主にしても前回の百目鬼にしても本部の予想外の出来事です。そこで本部は瑠偉と悟とを組ませることにしました」

「あなた方は優秀なシャーマンである私とチームを組むことが許されました。誇ってもいいですよ」

 このヒイナという娘は異常なほどプライドが高いようです。

「それで悟。あなたは今日から夢幻堂で暮らすことになります。瑠偉は後で夢幻堂の扉を私の居間に繋げておいてください。それを使って用がある時は私から夢幻堂を訪れます」

「えっと、つまり用がない時には自由にしてていいってことですよね」

 悟がしれっと聞いてみると案外素直にヒイナは頷きました。

「当然です。この優秀なシャーマンである私はとても忙しいのですから、子供にかまっている暇などないのです」

 瑠偉が悟の手を抑えなければ、悟は思わずヒイナにつかみかかりそうな顔をしていました。
 けれども悟のそんな感情なんて全く気にしないらしく、言いたいことだけいってヒイナは消えてしまいました。

「なんなんだよ。あいつ」
 
 悟が思わず呟きましたが、瑠偉だって同感です。
 ヒイナの相手をするぐらいなら妖と戦う方がずっと楽だと思えるほどでした。

「まぁ、いいじゃないか。お前は2学期からこっちの学校に転校することになるんだろう? よろしくな」

「そうか。オレ東京に憧れてたんだ。いろいろ案内してくれよ。頼むな瑠偉」

「東京ったってそれほど変わらないと思うけどなぁ」

 東京生まれの東京育ちの瑠偉には、地方の人が東京に憧れる理由がよくわかりません。
 
「おまえなぁ。そういうことを言うから東京者は気取り屋だって言われるんだぞ。おまえだって宿坊に泊まってわかったろうが。田舎なんて自然くらいしかないんだからな」

「その自然がとても贅沢だと思うんだけれどねぇ。それも東京者だからそう思うのかな?」

「そう言うことさ。楽しみだなぁ。せっかくホテルを取っているんだ。今夜はホテルに泊まって明日は海で遊ぼう。それからダリを幽世に帰してオレは一旦家に帰ろうかな」

「あぁ。そうしよう。僕もあとしばらくは宿坊にいようかな。お前が東京に来るとき一緒に帰るよ。だってしばらくは高野山に行くこともないだろうしさ」

「そうかぁ。じゃぁ関西を案内してやるよ。けっこう面白ところなんだぜ」

 明日は海で遊ぶぞと瑠偉が宣言すると待っていたノエルたちは歓声をあげました。
 けれども瑠偉達は妖を引き付ける習性を少し甘くみてはいないでしょうか?
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