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木漏れ日

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九鬼家

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「瑠偉、もうすぐ夏休みだろう。九鬼家から夏休みにしばらく遊びに来ないかって言ってきてるぞ。九鬼家の三男坊の悟君とは同い年だし、高野山は涼しいからなぁ。避暑を兼ねて行ってみてはどうだい。」

 有朋がのんびりとした口調で、そんなことを言ってくる。

「父さん、それで今度は何をやらせようっていうんですか。いつも言っているでしょう。報連相は大事だって! 父さんは肝心なところ言わないんですからね」

 瑠偉はすっかり有朋不信に陥ってしまっているようです。
 それは仕方がありません。
 今までだって瑠偉は散々ひどい目にあっているのですから。

「おまぁ。どうしてそこまで父親を信用しねぇかねぇ。まぁ、悟の奴が聖獣召喚をするので立ち会ってほしいみたいだなぁ。それと大したことはないが、どうも鬼がでるらしくてっさ」

 なにが大したことない! ですか。
 鬼といえばたいがい厄介なものです。
 トワイライトの属性が鬼なのですから、有朋にだってそんなことは判っている筈です。

 これは避暑ではなくて、夏季特訓みたいなものでしょう。
 とはいえ悟が本当に召喚に際してノエルという天狐を召喚した瑠偉のアドバイスを欲しがっていることも考えられます。
 なぜなら九鬼本家は長男、次男ともに聖獣召喚に失敗しているからです。

 退魔師といっても聖獣召喚に成功するのは、ほんの一握りでしかありません。
 大抵の退魔師は自分の式神を作り出すことで妖と戦っています。
 とはいえ退魔師として長い歴史を持つ九鬼本家には、後継者は聖獣持ちに限るという伝統があります。
 悟はどうしても聖獣召喚を成功させなければならないのでした。

 瑠偉はうんざりとしましたが、有朋が一度口に出した以上は、これは夢幻堂の主としての命なのです。
 主の命に逆らえるわけもなく、また悟のことも気になっている瑠偉は夏休みに入ればすぐに九鬼家を訪れることになりました。


「よう。よく来たな瑠偉。その可愛い子が天狐なのか?お 天狐が召喚に応じるなんてすごいじゃないか」
 
 悟は出迎えるなり真っ先にノエルをしげしげと観察しはじめました。

「悟そんなにじろじろみているとノエルに喰われてしまうよ。こいつはいつも腹を減らしているので食わせるのに一苦労しているんだからな」

 瑠偉は苦笑しましたがノエルのほうは興味津々です。

「瑠偉。この人誰? 美味しそうだね。なんだか緑の匂いがするよ」

 さすがに悟はぎょっとした顔をしました。
 九鬼家本家の後継者候補だけあってノエルの実力を素早く察知したようです。
 
「ノエル。悟は僕の従兄なんだよ。母さんの一番上の姉が九鬼家本家に嫁いだからね。今度聖獣召喚をすることになったんだけど、不安なんだと思うよ。聖獣が召喚に応じてくれるかどうかはやってみないとわからないからね。僕だってノエルを召喚したときとってもドキドキしたんだからさ」

 瑠偉がそういうと、悟はノエルに微笑んでみせました。

「ノエル始めまして。僕は九鬼悟といいます。天狐にお会いできて光栄です。瑠偉が言うように聖獣召喚の儀が行われることになっているんだけどねぇ。僕の召喚に応じてくれる聖獣がいるだろうか」

 それは疑問というよりは不安の表明にすぎませんでしたけれどもノエルは即答しました。

「いるに決まっているじゃないか! だってそんなに美味しそうな霊力を持っているんだもの」

「ノエル、まさかとはおもうけれども聖獣って美味しそうかどうかで契約主を決めるのか? 霊力の大きさとか人柄とか戦闘力をみるんじゃないの?」

「瑠偉っておバカなの? 誓約ってすっごく大事なんだよ。誓約主が死ぬまで守るんだからさ。美味しいご飯が貰えるかどうかって大事だと思わない? ずっとまずいご飯を食べさせられるなんてまっぴらだよ」

「あの。天狐さま。霊力が美味しいってどこでわかるんですか?」

 悟が恐る恐る尋ねましたが瑠偉も同感です。
 霊力の味なんて抽象的なことを言われたってわかる訳ありません。
 
「魂の匂いかなぁ。色々な魂があるでしょう? どろどろと腐った匂いがするのもあれば、ひりひりとするようなとげとげしい魂もあるからね。穏やかで透明感があって生き生きとした魂の霊力が美味しいんだ」

 なるほど。
 そうだとすれば聖獣持ちというのが尊敬されるという理由もわかります。
 つまりは高潔な魂ほど美味しいという訳なのでしょう。

「瑠偉。そうだとすれば常に自分を磨いていかなければならないね。美味しい餌を提供できるようにさ」

「まったくその通りだね。悟。でもこれで聖獣召喚が成功することがわかって安心したろう? ノエルの鼻は確かだからね」

「まったくだ。何しろお前を契約主に選んだぐらいだからな」

 瑠偉は真っ赤になってしまいました。

「悟、お前なんてことを……よく恥ずかし気もなくそんなことがいえるなぁ」

 アハハと悟は大笑いをして先にたって歩き始めました。
 悟は宿坊に案内しながら、いくつかの中学校が林間学校に来ているから、問題をおこすなよ! と、注意しました。
 中学生の中には地元の学生を馬鹿にして、ちょっかいをかけてくるのがいるのです。


「だいじょうぶだよ。ノエルがいるからね。わるいこにはノエルがおしおきしてあげる」

 瑠偉はノエルを慌てて止めました。

「ノエル、おしおきはだめだよ。ノエルがおしおきするなんて洒落にならないからね」

 ところがそれを聞きつけたらしい、柄の悪い少年たちがさっそく瑠偉たちに絡みはじめました。

「好き勝手なこと言ってんじゃねぇぞ。誰がお前たちみたいな田舎者にちょっかいかけるかよ。そんなことをすれば田舎臭さが移るだろうが」

 それがちょっかいって言うんですよと、瑠偉は冷静に心の中で突っ込んでいましたが、悟は田舎者と言われたのが悔しいらしく顔色がかわりました。

「でもそっちのかわいいお嬢ちゃんのお仕置きなら、ぜひ受けてみたいねぇ。お嬢ちゃん、お仕置きして――」

 そう言って少年たちは、ゲラゲラ笑っています。

「この馬鹿! やめろ。何言ってんだよ」

 瑠偉が止めた時には既に手遅れでした。

「ふーーん。ノエルにお仕置きして欲しいんだ」

 ノエルがそう言った時には、ノエルの瞳は赤く染まっています。
 ノエルがその目で見ただけのことで、少年たちはバタバタと倒れてしまいました。

「ちょっと。ノエルちゃん! おい、瑠偉。お前の聖獣が人間の生気を吸い込んだぞ。何やってんだよ」
 
 悟はそれこそ大慌てです。

「悟。どうやらこの少年たちは日射病にかかったようだ。担当の先生にそう報告してきてくれるかな」
 
 瑠偉はしらっとした声で悟にそう命じました。
 もうこれぐらいのことでは少しも動揺しなくなったことに瑠偉は思わず苦笑してしまいます。
 悟はかくかくと頷くと本殿にいる筈の教師の元に走りましたが、頭の中はパニックです。

 なにが癒しの有郷だよ。
 あいつすっげぇやばい奴じゃんかよ。
 あんな冷たい目、初めて見たぞ!

 そうして悟はようやく思い出したのです。
 夢幻堂と言えば、妖殺しだとか、残虐非道などという悪評が立っていたことを。

 噂は本当だったって訳だ。
 くっそう。
 だとすると腹をくくらないとな。

 聖獣召喚の儀式で無事に聖獣を召喚出来れば、長老たちは本気で悟に鬼退治を命じるつもりです。
 それが次期九鬼家当主になるための通過儀礼となるのでしょう。
 そのための助っ人として同い年の夢幻堂の有郷を呼びつけたとしか思えません。


「ふーーん」
 
 瑠偉がにやりと笑いました。

「おいしそうなごはんのにおいだねぇ」
  
 ノエルもにこにことしています。
 どうやら夢幻堂の2人は、鬼の気配を感じ取ったみたいです。
 
  今夜行われる聖獣召喚で、悟のやつ何を呼び出すか楽しみだなぁ。
  瑠偉はそう考えながら、すでに聖獣の当たりはつけています。
 高野山の守り手である九鬼家といえば、八咫烏でしょう。
 夢幻堂の次期当主を招いて召喚を行うぐらいです。
 きっと本家も八咫烏の召喚に自信をもっている筈です。

 問題は。
 瑠偉は悟が走り去った先に目をやって呟きました。
 悟、お前に九鬼家次期当主の覚悟とその器があるかどうかだよ。
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