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木漏れ日

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ノエルの変化

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 からん、からん。

 夢幻堂の扉の開く音がしたので子ぎつね姿のノエルがとことこと玄関に走っていきました。

「ノエル。子ぎつねの姿も可愛いけどちょっと人化してくれない?」

 お客様ではなく冴子さんが帰ったきたのですが、冴子さん挨拶もそこそこにノエルに人化を促します。

 ぼぉん。
 白い煙とともにノエルは愛らしい幼稚園ぐらいの女の子に姿をかえました。
 ふんわりとしたピンクのチュニックに、膝丈のレースの白いスパッツを履いています。

「まぁノエル。毛皮を洋服に変化することができるようになったのね。瑠偉が名前を貰ったと聞いたから来てみたんだけれど、その影響でノエルも成長したのね。前はせいぜい3つくらいだったのに、今は5歳くらいに見えるわ」

 冴子さんがそう言った時、からん、からんと音がしてまた夢幻堂の扉が開きました。
 ずっと閉じられていた夢幻堂の扉は、このごろしょっちゅう開くようになったのです。

「ただいまぁ。ノエル」

 扉から顔を出したのは瑠偉です。
 
「瑠偉。おかえりなさい。お前どうやら夢幻堂の扉を使いこなしているようじゃないの」

 その声で冴子さんに気がついた瑠偉は、しまった! という顔をしました。
 学校の行きかえりに夢幻堂の扉を使ったのは、まずかったかもしれません。
 けれども冴子さんは、そんなことはどうでも良いらしく瑠偉の名前を知りたがりました。

「倉橋有郷という名前を頂いたんです。おかげで夢幻堂の扉を使えるようになりました。それにノエルが少し大きくなったんだ」

 瑠偉はまとわりつくノエルの頭をなでてやりながら、自慢そうに冴子さんを見ましたが冴子さんは、名前が知りたかっただけらしくそそくさと有朋の部屋に行ってしまいます。
 夫婦仲が良いのはいいことですけれど、息子に冷たすぎやしないかしらと瑠偉はぶ然としてしまいます。

「瑠偉、だいじょうぶ?」
 
 ノエルはそんな瑠偉が気になるらしく上目づかいで瑠偉の顔を見上げてきました。
 なんだか女の子らしさがグッとアップしてきたようです。
 まつ毛がふるふると震えて、やわらかい顔の輪郭が稚さを醸し出していました。
 
 ダメだ! 聖獣にときめくなんて。
 こいつは狐なんだぞ。
 慌てて瑠偉は気持ちを引き締めたのですが、ノエルはただごはんが欲しかっただけです。

「おなかすいた。ごはんは? 瑠偉。ノエルお腹すいたよぉ」

「ノエル、いつも言っているよね。ご飯の時は狐の姿に戻りなさいって」

「でも、瑠偉。ノエルもうひとりでも瑠偉を食べられるよ?」
 
 ノエルがすっと目を細めて瑠偉を見ると瞬く間に気配が変化しました。
 茶色の瞳が赤くなり、髪も真っ白になって背中から足首までするすると伸びていきます。
 その途端、瑠偉は自分の身体からごっそりと霊力が抜き取られたのがわかりました。

 ノエルはお腹がいっぱいになったらしく、次の瞬間にはいつもの茶色瞳と髪に戻り、ふわふわの髪が背中で揺れています。
 そうして如何にも嬉しそうに瑠偉をみて笑いました。

 待て! 今なんか変化しませんでしたか?
 なんだか髪が真っ白になっていたし、瞳が赤く光っていましたよ。
 それにこれでは瑠偉はノエルの餌みたいではありませんか!

 でも聖獣ってのは霊力を食べるわけだから、ノエルの食事方法は間違っていないんですよね。
 これはしっかりと修行を積んで、霊力を高めないと本当にノエルに食べられてしまうかも?
 そう気が付いて瑠偉は真っ青になりました。

「ほほう。ノエルも聖獣として成長してきたみたいだな。瑠偉、おまえの霊力だけではだんだんきつくなってくるぞ。そろそろ妖退治を本格的に始めた方がいいな」

 いつから見ていたのか有朋がにやにやしながらそういいました。
 祓い師は自分の霊力を分け与えることで、聖獣と契約しますが格上の聖獣では祓い師の霊力だけでは足らなくなります。
 そこで妖を退治してその妖力を聖獣に与えるのです。

 ただし放っておくと妖を食べつくしてしまうので、ある程度のところで術者が妖を幽世に祓ってやらなければなりません。
 鈴木元子さんは、瑠偉がいれば食べつくされずにすんだのですが、霊獣に任せておくとそのまま吸い尽くしてしまうことになります。

 トワイライトぐらいのベテランになると、そのあたりの匙加減も心得ているのですが、その匙加減を覚えて妖を祓えるようになるまでかなり時間がかかったので、夢幻堂と言えば妖が恐れるようになってしまいました。
 鈴木元子さんの悲劇はすでに幽世に伝わっていますから、瑠偉がノエルを制御できないと、夢幻堂の悪名はどんどん高まってしまうでしょう。

 それを聞いた瑠偉は、ぺたんと座り込んでしまいました。
 なんだろう。
 有朋といい冴子さんといい瑠偉の周りの大人はろくなもんじゃありません。
 そんな大事なことを今のタイミングまで黙っていたなんて!

「それでさぁ、最近小さな女の子が行方不明になている事件知っているよねぇ」

 夢幻堂の主はのんびりとした声で言いました。

 知っているもなにも、テレビでは連日その事件を放送しています。
 犯人は幼女を攫っては、その遺骨を両親のもとに送り返すという鬼畜ぶりで、警察も躍起になって犯人を追っている事件です。

 犯人が捕まらないのは県をまたいで移動するせいで、警察にとっては管轄の違いってかなり大変なことらしいのです。
 瑠偉や一般の人にとってはそんなことはどうでもいいので、早く犯人を捕まえろ! って思いますよね。
 だから警察への非難も大きくなる一方なのに、なかなか犯人は捕まりません。

「もしかして妖の仕業なのか?」
 
 夢幻堂がこの件にい出張るとしたら妖がらみでしかありませんからねぇ。

「ノエルに任せれば、すぐに喰いついてくるとおもうけどなぁ。あぁ、瑠偉。。犯人死亡じゃ世間が納得しねぇだろうからよ」

 瑠偉は自分が殺させたわけでもなく、しかも夢幻堂と言えば『妖殺し』とか『殺戮の夢幻堂』というぶっそうなあだ名がついたのは、有朋のせいなんです。

 それを棚に上げて、今度はと言うなんて、随分失礼だとむっとしました。


「ノエル、行くぞ!」

 瑠偉がそう声をかけると、ノエルは目を細めて聞き返します。

「瑠偉、お仕事なの?」

 いやいや、ノエルさん。
 その目はかなりヤバイですからね。

「違うよ。ノエル。ちょっとお散歩に行くだけだからね」
 
 危ない、危ない。
 ノエルはお仕事モードの時と、幼女モードの時で人格が変わってしまいます。
 妖は瑠偉が捕まえて、少しだけノエルに味見をさせることにしましょう。
 今回の妖は妖力を奪って、として警察に突き出さないといけませんからね。


「おー。子供たちがいっぱいだなぁ。ここならきっとあいつもやってくるだろうなぁ」

 瑠偉達は児童公園にやってきたのですが、今日は小さな子供たちに人気なキャラクターがやってくるという告知があったので、いつもの倍以上の賑わいを見せています。

「ノエル、好きなように遊んでおいで。妖を見つけたらちゃんと知らせるんだぞ」

「はぁーーい」

 ノエルは、あっという間に遊具に向かって突進していきました。
 瑠偉はベンチに座り込むと、やれやれとため息をつきます。

 夢幻堂の後継者というのも、かなり気をつかうものです。
 瑠偉はそんな中間管理職みたいなことを考えていました。

「やっほー! 瑠偉。せっかく公園まできて、ベンチを温めているなんて君はじじいか」

 びし、っと指をさしてくるのは、Gパンに身体にフィットした小さめのトップスを小粋に着こなした浅岡芽衣でした。
 今日はスポーティに髪をポニーテールにしているようです。
 芽衣が動くたびに、頭の尻尾がゆらゆらと元気に揺れています。

「また、お前かぁ」
 
 瑠偉がうんざりしたように言うと芽衣は突っ込んできました。

「こんなに可愛い子に話しかけられてそのセリフはないわぁ。瑠偉くん失礼すぎ! それよかノエルちゃんはどこ?」

 こいつ、僕がいつもノエルと一緒にいると思ってやがるな。
 瑠偉は苦笑すると、ノエルが遊んでいる筈の遊具に目をやりました。

 いない。
 まさか!

「大変だ! ノエルがいない。探さなきゃ!」

 瑠偉が慌てて立ち上がると、芽衣もびっくりしたような声をあげました。

「なに? ノエルが行方不明なの? 急いで探さなきゃ。ノエルちゃんは可愛いから誘拐されちゃったのかも知れないわ。 ノエルちゃんが危険よ!」

「あぁ、悪い一緒に探してくれるか?」

 瑠偉も芽衣と同じように焦っていました。
 危険なのは犯人のほうですけれど。


 そのころ、ノエルはというと……。

 人気のない林の奥にで、ぽっちゃりとした青年とお喋りしているところです。

「ふぅ、ふぅ。いやぁ、ノエルちゃんってとってもかわいいよね。お兄さん食べちゃいたいくらいだよ。ふふふ。お兄さん、ノエルちゃんを食べちゃおうかなぁ」

 ノエルは、にこにことして言いました。

「うん、そうだねぇ。ノエルもお兄ちゃんを食べたくなっちゃったなぁ。ねぇ。ノエルがおにいちゃんをたべてもいいかなぁ」

「いやぁ。可愛いことをいうねぇ。お兄ちゃん、ぞぉくぞくしてきちゃった。その可愛いおくちでお兄ちゃんを食べてもらおうかなぁ」

「うん、いいよ」

 ノエルがにこりとして目を細めて青年を見つめました。
 ノエルの瞳が赤く染まり、髪の色が白く変化するとその髪がするすると伸びて青年を取り込んでいきます。

「うげぇ! くっそ! てめぇ、いったい何を……」

 青年が言葉らしいものを発することができたのは、ほんの少しの時間でしかありません。
 しかもノエルの髪は直ぐに青年を地面に投げ捨てて、するすると元の髪に戻ってしまいました。

 地面に投げ捨てられた青年は、びくり、びくり、とまるで魚のように大きく跳ね上がると、まったく動かなくなりました。


「ノエルちゃぁん。こんなとこにいたの? ひとりで知らない人についていちゃ駄目よ」

「ノエル、ちゃんと僕に連絡しろといったろ? おい、この男は? 芽衣、警察に連絡してくれ。きっとこいつが誘拐犯人だ!」

 芽衣は、はじかれたように交番に向かって駆けていきました。

 ノエルは、けほっとげっぶをすると、いかにも満足そうに瑠偉に小さな宝玉の欠片を差し出しました。
 
「この貉の妖さんが、持っていたよ。お父さまがこれを集めているんでしょう」

 ノエルはふんわりと柔らかく笑いました。
 まるで天使みたいに。

 瑠偉は夢幻堂の扉を呼び出しました。
 ノエルがやらかしたことを、なんとかしてもらわなければなりません。
 夢幻堂の主はきっと皮肉をいうんだろうなぁ。
 瑠偉はのろのろと夢幻堂の扉を開くのでした。

 その夜のニュースでは連続幼女誘拐殺人犯らしい男が、犯行の途中で心臓麻痺で死亡したと報じられました。
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