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木漏れ日

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ノエル妖を喰らう

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 こっちだね。
 まててね。
 ぴょんぴょんと階段をよじ登るノエルは、もうすっかりどこに行けばよいか知っている様子です。

 ずちゃん。
 最後は勢いをつけすぎて、床にダイブしてしまいましたが、ノエルは無事に2階に辿り着くことができました。

 そのまましっかりと口を引き結び、尻尾をピンとたてた堂々とした姿で奥に向かって歩いていきます。
 とことこ。
 とことこ。

 やがてノエルは重厚な扉の前に立ちました。

「けぇーん。けぇーん」
 ノエルは開けてくださいと鳴き声をあげましたが扉はびくりとも動きません。

 「くぅーん」

 ノエルが悲し気な声をあげると、うしろから声がしました。

「まぁ、お狐さま。ここは響子お嬢様のお部屋です。このお部屋には入れません。さっさと妖でも退治しに行って下さいな」

 しっしとまるで野良犬でも追い払うように手を振った鈴木元子さんに、ノエルはすっかり腹をたててしまいました。
 だって立派な聖獣であるノエルを犬みたいに扱ったんですからね。


 あれぇ。
 へんだなぁ。
 さっきまで全然人の気配なんてしなかったのに。
 いったいどこから鈴木元子さんは現れたんだろう?

 しばらく考え込んでいたノエルでしたが、やがて何かに気が付いたようです。


 くんくん
 くんくん

 やっぱりそうでした。
 なんだか相当妖力の強い妖なんですね。
 このノエルさまをたばかろうとするなんて!


 ノエルはくしゅんとくしゃみをしてしまいました。
 やっぱりここは埃っぽい。
 真剣に妖の気配を探ったノエルは、その見返りにたっぷりの埃を吸い込んでしまったようです。


 今まで歩いてきた廊下を戻りながら、ノエルは開いている扉を探してみます。

 あったぁ!
 扉が開けっ放しのお部屋があります。
 ノエルはそのまま窓に向かって飛び上がり、上手く窓の桟によじ登りました。
 外の様子がみえますがこれならうまく梁を伝って、響子お嬢様のお部屋までいけそうです。


「お嬢様、もう泣くのはおやめください。この鈴木元子が妖なんて退治してしまいますからね。お嬢さんが死んだなんてとんでもない嘘つきたちですよ。お嬢様はこうしてここにいらっしゃるのですもの」

 鈴木元子さんは、熱心にそうかき口説いていましたが、急に声の調子をガラリと変えてしまいました。

「ええい、忌々しい奴らめ。西山伯爵家の後継者はここにいる響子お嬢様だけだ! うせろ! 側によるな! 妖め! さっさとお嬢様を解放するんだ!」


 おかしなことにさっきから喋っているのは、鈴木元子さんただひとりなのです。
 ノエルがそぅっと窓から覗きこむと、部屋の中にうっすらと青い鬼火がみえました。
 まるで人の魂がこの地に縛りつけられて弱弱しく悲鳴をあげてでもいるかのように……


 ガッシャーン!
 窓に体当たりするようにして、ノエルはその部屋に飛び込みました。

 鈴木元子さんは狂気のはらんだ瞳でノエルを睨みつけました。

「忌々しい子狐め! お前も今までの祓い屋共と同じなのか? 妖を退治せずにこの響子お嬢様を祓おうとするなら、おまえも今までの祓い屋と同じ目にあわせてやるぞ!」

 
 ノエルはこてりと首をかしげました。

「響子お嬢様をお祓いしたりなんてしないよ」

 ノエルの言葉に鈴木元子さんは、少しだけ緊張を解きました。
 だがそこにノエルの厳しい声が響きました。

 いつの間にかノエルの姿は、元の2倍くらいに成長していますし、第一今までのノエルならお喋りはできませんでした。

 霊獣らしい威厳を込めてノエルは決めつけます。

「妖はお前だね。鈴木元子。大人しく祓われるなら苦しまなくてすむ。抵抗するなら喰らいつくすよ!」

 それを聞くなり鈴木元子さんは、恐ろしい妖の本性を表すかのように、凄まじい形相になって叫びます。

「おのれ! たかが子ぎつねの分際でようもほざいたな。今までの祓い屋も同じようなことを言いおったが、全てわしが喰ろうたわ! 狐。 お前も喰ってやる!」


 くすくす。
 くすくす。

 ノエルの笑い声が響き渡ります。

「ねぇ。なにを勘違いしているのかな? 私を誰だと思っているの。闇おちした自分を恨みなね。響子お嬢様は私が無事に天に還してあげるから安心してね。」

 最後の言葉はとても優しく慈愛に満ちていましたが、西山元子さんは構わずノエルに襲いかかりました。

 ぶぅわーとノエルの身体から凄まじい霊力が巻き起こると、ノエルはあっという間に鈴木元子さんの首の喰らいついていました。

 鈴木元子さんはノエルの口のなかに吸い込まれていくかのように、みるみる小さくなると、やがて古ぼけた小さな日本人形だけが残りました。

 ぽとん、とノエルはその小さなお人形を口から離すと、感心したように言いました。

「ただの物付きの妖が、ここまで妖力をもつなんて、ずいぶんと響子お嬢様が好きだったんだね」


 その時どたどたと凄い足音を立てて瑠偉が飛び込んできました。

「ノエル! 無事か」

 ノエルはくぅーんと鳴きながら、瑠偉に飛びつきましたが、瑠偉はノエルを受け止めきれずに尻もちをついてしまいます。

「おい、ノエル。お前随分大きくなっていないか?」


「瑠偉、このお人形が鈴木元子さんで、あそこの地縛霊は西山響子伯爵令嬢だよ。それとこれ」

 ノエルは口の中から、美しく輝く宝玉の欠片らしいものを吐き出しました。

「この妖はとても力を持っていたけれど、たぶんそれのせいだね。瑠偉が響子さんを除霊してくれる?」

 あまりのことにきょとんとノエルを見つめていた瑠偉ですが、次の瞬間、あはははは! 瑠偉はお腹を押さえて笑い転げてしまいました。

「ノエルお前もう喋れるんだな。おまけに妖をひとりで退治するなんて! 父さんの言った通りだよ」

 涙目になって笑い転げる瑠偉にノエルは抗議の鳴き声をあげます。

「くぅーん」

 
 ノエルが困った顔をしていると、ぽんぽんとノエルの頭を叩き瑠偉はすくっと立ち上がりました。
 そうして素晴らしい速さで印を刻み、静かに響子さんに話しかけています。

「かわいそうに、こんなところに縛りつけられて。もう縛は解いたからね。輪廻の輪に帰りなさい」

 青い鬼火は美しい着物姿の少女の姿になりました。
 黒々と艶のある長い髪を大きなリボンで結い上げて、薄桃色の着物に臙脂の袴を着用した響子令嬢は、女学生の姿でした。
  
 きっと身体が弱くて女学校に通いたいという思いは叶えられなかったのでしょう。
 念願の女学生姿の響子さんは、静かに深々と頭を下げると天に昇っていきます。
 瑠偉とノエルがぼんやりとその幻想的な光景に見とれています。
 青白い光がゆっくりと天から降りてきた黄金色の光に吸い寄せられるように天へとむかうのです。

 その時、はっとしたように式神である胡蝶が警告を発しました。

「瑠偉さま! 建物が崩れます。お早く退避を。」

 瑠偉は日本人形と宝玉の欠片を握り占めて脱兎のごとく駆け出しました。え
 
 もちろん胡蝶とノエルもそれに続きます。

 瑠偉達がようやく西山荘と書かれた表札迄きたとき、ごぅおーという地響きとともに西山荘は崩れ落ちてしまいました。

 西山壮はきっともうずいぶん昔に朽ち果ててしまっていたのでしょう。
 人のすまない館というのは、あっと言う間に朽ちててしまうものですから。

 瑠偉はぎゅうっと手にした日本人形と、宝玉を握りしめました。
 ノエルの最初の事件はこうして幕をおろしたのです。
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