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ハロウィン

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 ディはかなり負けず嫌いです。
 絶対ジェシカに負けるものかって、識字グループは連日のようにディに呼び出されているんですよ。

「文字ビスケットがあるんだから、それで十分じゃないの?」
 
「だめよ! それだけでは弱いわ。もっとこうーー。子供が熱中するようなことないかなぁ」

 ディはとても貪欲なのだ。
 
「読み聞かせじゃなく、語りって方法もあるわよ」
 
 ロッテは思わずそう言ってしまいました。

「なに、なに。どんな方法」

 みんなぐいぐいと食いついてきます。

「お話を一言一句間違えないように暗記しないといけないの。そしたらお部屋を真っ暗にして蝋燭を灯すのね。お部屋を布みたいなのですっぽり覆って、秘密基地みたいにすると盛り上がるわ。狭い部屋で、くっつきあって語り部の話を聞く訳。そしてお話が終わったら、蝋燭を子供に吹き消してもらうけど、その時には叶えたい夢を思い描いてもらうの」

「それって、とってもロマンチックだわ」

「けど、お話を覚えるのが大変じゃないの」

「お話妖精に扮して、鐘を鳴らしながら歩くと、その後を子供たちがついてくるわよ。まとまった処で、小部屋に放り込む訳」

「うん。其の案。採用ね」


「でも、識字なんだから字がかけなきゃ困るでしょう」

「おもちゃも集めて、おもちゃに名前を書いてもらおう」

 ディがみんなの意見をまとめてしまいました。ブースは『ビスケットで文字を綴ろう』『語り部の部屋』『おもちゃに名前を書こう』の3つです。

 ハロウィン当日、王立図書館のキッズコーナーを借りて『語り部の部屋』を作ります。図書館前広場に『ビスケットで文字を書こう』『おもちゃに名前を書こう』のブースを設置します。

『語り部の部屋』はディとエンジェルが担当。『ビスケットで文字を書こう』はシャナとメラニー。そしてロッテが『おもちゃに名前を書こう』を担当することに決まりました。

 私が『おもちゃに名前を書こう』を担当することになったのは、紙に書いた名前をおもちゃに転写するために魔術を使う必要があるからです。

 魔術を使えば、子供の書いた字そのままに、ぬいぐるみなら刺繍で、おもちゃならペインティング風にお洒落に名前を入れられるからです。


 ハロウィンの日は朝9時から夜9時までの12時間、門が開放されるので壁外の子供たちも沢山やってきますし、壁外の子供たちは日ごろからライブラリーカフェに来ていますよね。

 そこでライブラリーカフェにも、私たちの識字グループのブースを案内してくれるようにお願いしてあります。
 これできっと、沢山の子供たちがやってくるはずですよね。

 私は『お話の学び舎』ソサエティーの書記をしているヒギンズ侯爵夫人を訪ねました。
 子供のおもちゃの寄付があれば分けてもらうためです。

「残念ですけれどシャルロット嬢、『お話の学び舎』に寄付されるのは本だけですね。おもちゃなどは『癒しの手』ソサエティーに寄付されることになっています。あそこは病気の子供たちを援助していますからね」

 なるほど。やっぱり『癒しの手』ソサエティーは強敵みたいですね。
 おもちゃは全部握られてしまいました。

「セディ、申訳ないけれどもハロウィンのイベントでおもちゃを買いたいの。連れていってくれませんか?」

 私はセディを巻き込むことにしました。
 勝手に買い物に出かけてセディをイライラさせるより、頼って一緒に行ってもらえる方がずっといいですからね。

「ほんとに! ロッテが自分から僕におねだりしてくれるなんて。うれしいなぁ。おもちゃぐらい、いくらでも買ってあげるからね」

 いやいや。そんなに高価なものじゃなくて、お人形とか剣とかの定番のおもちゃで十分です。
 それだって壁外の子供たちには、宝物になる筈ですからね。
 それにヒギンズ侯爵夫人から、絵本と児童書はたっぷりいただいたんです。

 セディは王都でも一番大きなおもちゃ屋さんに、連れていってくれました。
 ぬいぐるみやお人形。剣や盾。恐ろしい魔獣や魔物。積み木やパズルなど、ブースが一杯になるくらい買いこみました。

 あとは転写の魔方陣を組み込んだ指輪を作ろうとしていたんですが、それを聞いたセディが指輪もプレゼントしてくれたんです。

 きれいなんですよ。
 セイレーンを彫り込んだ青い魔石が蔦みたいに指を取り巻くデザインです。
 転写の術式は、よく使うのでこうして指輪に組み込んでもらえると、とても助かります。

 荷物はせっせとセディがブースに転移させてくれているので、時間がたっぷりとあまりました。
 そこで私たちは徒歩で王都を散策することにしました。

 王都の素晴らしいところは、いたるところに花壇があることですね。
 お店の前や、小道の隙間、家々の窓辺にも花が飾られています。
 その花々が、王都に明るさと喜びを届けてくれているみたいなのよ。

 王都を左右に横切るようにして、大きな川が流れているんです。
 この川はいくつもの国々を繋いで最後には海へと流れていく、各国の物流や人々の移動の動脈となっているもので、いかなる時もこの川の整備をしておくことが不文律になっているんですね。

 この川は『聖なる大河』と呼ばれて大事にされているのです。
 川のほとりには、公園や森林、広場や休息のための東屋などが点々と整備されているので、王都の人々の憩い場所になっています。

「セディ、風が気持ちいいわね。たまにはこうして外を散歩するのも楽しいわね」

「そうだなぁ。ロッテはこっちでずっと勉強ばかりしていたもんなぁ。辛かったろう。ごめんね」

「お勉強は仕方ないわ。私はセディの奥さんになるんだし、教養を身に着けなきゃね」

「かわいいねロッテ。そうやって無理しすぎるなよ。あぁ早く結婚したいのになぁ。アナベルめ、さっさと結婚すればいいのに」

「まぁセディたら。アナベル姉さまの結婚式は3ヶ月後でしょう? そしたら次は私たちの番よ。王太子殿下の結婚式が半年後だから、私たちはそのひと月前には結婚しとかないとね。そうしたら私はウィンテスター伯爵夫人として王太子妃付きの侍女になれますからね」

 王太子妃付きの侍女は既婚者っていうのが慣例なのですって。
 うっかり王太子のお手付きになっても、夫がいれば子供のことで揉めずにすむからみたいですけれど、そんなの寝取られた貴族はいい面の皮です。

 まぁ、いまはさすがにそんなことはないけれども、慣習というのはそう簡単にかわりませんからね。

「いやだなぁ。結婚したら家で刺繍したり、本でも読んでのんびりしてればいい。宮仕えなんて気疲れするばかりだよ」

 セディの言う通りです。
 宮仕えなんてしたいわけじゃないけれど、リリーは親友ですしねぇ。

「セディったら。子供ができるまで我慢して頂戴。子供が出来ればお勤めを辞める理由になるもの。リリーにあんなに頼られたら、知らん顔なんてできないわ」

「ふぅん、ならがんばって子作りしないとなぁ」

 なんてことを言うんでしょう。
 セディったら!
 私が真っ赤になったので、セディはくっくっと笑いを堪えていました。

「そういう可愛らしいロッテが、僕の奥様になる日が待ち遠しいね。そろそろ帰ろう。風が冷たくなってきたよ」

 そう言ってセディはゆっくりと私をエスコートしてくれました。
 セディは私がセディを頼ったので、すっかり安心して大人の対応ができるようです。
 やっぱりセディには安心感を与えてあげることが大事みたいですね。

「いいこと。ベッキー、ジャンヌ。 まずはベッキーがここで好きなおもちゃを選んでもらってね。そしてジャンヌが名前を書くための補助係よ。お手本を書いてあげるのはいいけれど、ちゃんと子供に自分で書いてもらってね。そしたらあのベールの奥で私が名前を転写しますからね」

 ブースの中で、私たちは最後の打ち合わせをしています。
 ベッキーとジャンヌはそれぞれ黄色とピンクのドレスを纏い、背中には羽、手には杖を持っています。
 2人はおもちゃの妖精なんです。

 そして私はブースの奥に幾重にもベールで覆われた場所に控えて、子供がやってくるのを待っています。
 私の役割は、名づけの精霊です。
 薄いブルーのベールを纏っているので、私が青銀の姫だとはわからないようになっているんですよ。

 本当に子供たちは来てくれるのかしら?
 もしも誰も来なかったら?
 
 その心配は杞憂だったみたいです。
 大勢の子供たちの声が響いたかと思うと、ベッキーの悲鳴が聞こえました。

「おもちゃは一人ひとつですよ。ピンクの妖精のところで名前を書かないと、おもちゃはもらえませんよ」

 ジャンヌも大声をあげています。

「名前の綴りかたがわからない子は、お手本を書いてあげますからね。良く見て写してくださいね」

「これは僕んだぞ!」

「私、お人形がいい」

「字なんてちゃんちゃらおかしいや」

「書かないともらえないよ」

「ちぇ、ケチな妖精だぜ」

 私は心の中でベッキーとジャンヌに頭を下げました。
 なんか大騒ぎになってます。

 その時セディの声がしました。

「チビども。オレが誰だか知っているな?」

「あー。魔術師さまだぁーー!」

「王都の守護神だぁーー」

「戦慄の魔術師参上!」

 子供たちがわらわらとセディを取り巻いたようです。

「ここにいるおもちゃの妖精と、名付けの精霊は、オレが召喚したんだからな。言う事をきかねぇ奴は蛙にしてやるぞ!」

 その途端、騒ぎは嘘のように静まりました。

「精霊さま、入ってもいいですか」

 そう言って礼儀正しく私の前に現れたのは、いかにも強情そうな顔をした男の子でした。

「おもちゃに名前を入れましょう。この文字はなんと書いてありますか?」

 男の子はちょっと赤くなって返事をしました。

「ジムです」

「ジムとても上手に書けていますよ」

 私が名前の札を持つと、すぐに札は白い煙となってジムの選んだ剣へと吸い込まれていきます。

「すっげぇ」

 ジムはごくりと生唾をのんで、まじまじと自分の名前が浮き上がっている剣を手にとって見つめていましたが、すぐにそれを手に外にとびだしました。

「見ろ! ほら。名前が書いてあるだろ。 ジムって。これオレが書いたんだぜ!」

「すっげぇ」

「オレも欲しい!」

 どうやら自分でおもちゃに名前を入れる試みは大成功したみたいです。

 全部のおもちゃが、自分の主を見つけることができました。
 人のいなくなったブースで、私はセディの胸に頭を預けてお礼をいいました。

「セディ。最後まで手伝ってくれてありがとう」

「いいさ。子供たちも喜んでいたしさ。ロッテはいいことを考えたな」

 そういうセディの耳は真っ赤でした。
 照れ屋のセディ。
 ありがとう。
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