上 下
33 / 51

カップル成立

しおりを挟む
 ティータイムにあわせてアリスとカムイがやってきました。
 カフェにだすメニューの試食をして欲しいというのです。

 私もいろいろ相談したいこともあったので、ちょうどよかったですね。
 私室でミリー、ベッキー、ジャンヌと一緒にいただくことにします。

 カムイブレンドというコーヒーは、深煎りですが酸味と苦みのバランスがとれたタイプです、

「とても工夫しているのがわかるわね。これならケーキとあわせることもできますし、お砂糖とミルクを入れて楽しみたいって人にもぴったりよ」

 私が絶賛すると、カムイはにやっとして
「ロッテはストレートで飲みたいんだな。じゃぁもう1杯いれてやるよ」
 と言って、ゆっくりとコーヒーを落としてくれます。

 こうやって、コーヒーが入るのを待つ時間も楽しみのひとつですよね。
 そうして丁寧にいれられたコーヒーは……。

「おいしい! ふわぁ。至福だわぁ」

 私は目を細めてゆっくりとコーヒーを味わいました。
 こういうタイプってカフェでは少なくなりましたよね。

 こうあっさりとマイルドなのに、コーヒーのうっとりとするような豊かさが感じられるというか……。
 日本だと小さなカウンターで飲み物しか出ないようなお店で飲めるかもしれないコーヒーです。

 私がいかにも幸せそうに飲んでいるのを見て、皆も飲みたくなったみたいです。
 カムイさんは手間を惜しむことなく、全員にそのコーヒーを出してくれました。

 私は思わず言ってしまいました。
「ねぇ、そっちのコーヒーを飲むときは、ストレートで飲んでよ。ケーキを食べた人はお水で口をリセットしてね。だって素晴らしくおいしいんですもの」

 私が真剣な顔をしてみんなに説明しているのを、カムイさんはニコニコしながら聞いています。
 やっぱり相当のコーヒー好きみたいです。

「おいしい」

「まぁ、これがコーヒー? 今まで飲んでたのと全然違うわ」

「こんなにまろやかなのに、やっぱりコーヒーなの。しっかりコーヒーって主張してる」


 ふふふ、びっくりしただろう。
 私は自分の手柄みたいな顔をしていいまいした。

「そう簡単に次も飲めると思わないことね。これはきっとおそろしく高いわよ」

 カムイさんは、にっこりとして

「ええ、そのコーヒー豆はかなり高価なのですよ。流通量も少ないし、このコーヒーをお客様に提供するのは値段が高くなりすぎるので、難しいですね。まぁ私の趣味ですよ」

 うんうんそうだろうとも。
 私は最近日本で流行しているエスプレッソタイプより、ゆっくりと丁寧に落としていくドリップコーヒーが好きです。

 面倒だから家ではコーヒーメーカーを使いますが、うんと美味しいコーヒー豆が手に入ったら、自分でドリップします。やっぱりドリップしたコーヒーは、ずっと美味しくなりますからね。

「けれどカムイブレンドも美味しいわよ。タイプが違うだけだわ」

 カムイさんは頷きましたが、そこにはコーヒーマスターとしての自信が溢れていました。


「もう、カムイさんのコーヒーばかり褒めないで、私のケーキも食べてくださいよ」
 
 アリスがぷうと頬を膨らませてそう言いました。
 この子ってば、動作がいちいち可愛らしいのです。
 
 アリスが今日もってきたのは、定番のアップルパイ、生のベリーとベリージャムそれに生クリームをたっぷりと使ったベリーケーキ。そしてカスタードクリームを詰め込んだシュークリームの3点です。

 定番中の定番って感じだけど、これが美味しいと又食べに行きたくなるものです。
 目先の変わったものよりお客様に馴染みのあるもので、だからこそあの懐かしい味が食べたいって思ってもらうほうが、長く愛されると思うのです。

 本当は目玉になるのはひとつに絞りたいぐらいなんですけどね。

「すごいアリス。絶品だわ。特にこのアップルパイがいいわねぇ。なんだろう。どこかで食べたような懐かしい気持ちになるのに、こういったアップルパイってなかなか食べられないのよねぇ。何が違うんだろう?」

「えへへ。私もその中ではアップルパイが一押しなんです。このアップルパイは我が家の秘伝のレシピなんですよ。我が家はリンゴ農園だったんですよ。竜巻で全部吹っ飛んじゃったんですけどね」

 少しも不幸の陰りを見せずにアリスがいいました。
 それは壁外に女の子がひとりでいるんだから、もうきっと家族に会えないのだろうとは察していましたけれど、そんなことがあったんですね。

「じゃぁアリス。カフェの名物はカムイブレンドコーヒーとアリスのアップルパイで決まりだね。これなら絶対にリピーターがつくわよ」

 ミリーやベッキー、ジャンヌも、うんうん、と頷いています。
 少しばかり目に涙が滲んでいる人がいますが、こらえて下さいね。
 今は楽しいひとときにしたいのですから。

「それでカフェの名前はなんと言いましたかしら。私お聞きするのを忘れておりまして」
 ミリーが質問しましたけど、私も聞いていません。

 カムイとアリスもぽかんとした顔をしています。
 忘れていましたよね。

「えっと、カフェの名前はきまっていないのね。じゃぁ服はどうするの?可愛らしいメイド服とか、カッコイイ給仕服とか作らないとね。名前が決まらないと服のデザインも決まらないんじゃない? 」

 
「ちょっとナオに確認してきます」
 そう言うなりカムイが離れに走っていきました。

 みんなの視線がアリスに集中するとアリスは手をバタバタさせて一生懸命に弁解しています。

「だってね。ほら、私は毎日ケーキを焼いて、メニューを考えてしたし、カムイだってあのカムイブレンドにおちつくまでは、何回もブレンドの試作を繰り返していたし、お店の名前なんて忘れてたんだもの」

 まぁ、計画にぽっかりと穴が開いてしまうなんてことはあり得ることですものね。
 それにたぶんお客様は、図書館の中のカフェ。ライブラリーカフェとしか呼ばないかもしれませんよ。
 だってこのカフェが珍しいのは、図書館にあるってことですものね。

 わずか5分足らずでカムイが戻ってきました。
 ぜいぜいと荒い息をしていますが、何もそこまで急ぐこともなかったでしょうに。

「はぁはぁ、えっとナオさんが言うにはカフェの名前は『喫茶店ナオ』だそうです。それで制服はアンバー公子が馴染みの仕立て屋に頼んでくれるそうで、今ナオがデザインをスケッチしています」

 『喫茶店ナオ』随分古めかしい印象の名前ですね。
 それならライブラリーカフェの方がましな気がしますけどね。

 今から仕立てるって、間に合うのかなぁ。
 こっちで服を作る時って、けっこう時間が掛かってましたけどね。
 それでもアンバー公子が、請け負ったなら大丈夫なんでしょうねぇ。

 「ねぇ、カムイ。もしかしてアンバー公子って一日中、ナオと離宮にいるんじゃないの?」
 私がそう聞くと、カムイは困った顔をしました。

 カムイは人の噂話をしない人なんですね。
 そこにアリスが口をだしました。

「アンバー公子ってナオが好きなんだと思うなぁ。毎日朝一番にやってきて、夕食を食べてから帰るんだもの。それに一日中ナオの側にピッタリと張り付いているんですからね」

 おっと! アリスは少しお口が軽いようです。
 これってリリーの懸念が本当になっている訳ではないですよねぇ。

「ナオもアンバー公子のこと、好きなのかなぁ? ナオはなんか言ってなかった?」

「ナオは誰にでも分け隔てなく親切だからなぁ。好きなのかどうかはわかんないなぁ」

 アリスの返事も要領を得ません。
 こればっかりは、問題になってから対応するしかありませんものね。
 

 私はオープン記念に、クッキーを配るというアイデア(アイデアと言う程のものではありませんが)をアリスに伝えてみました。

 アリスは大喜びで、準備をするって張り切っていますけれども、オープン記念の一月くらいなら経費的には問題ありませんよね。

 そのあたりをカムイに尋ねると、元々コーヒーが好きで喫茶店をはじめたいと真剣に思っていたというカムイは、きちんと計算していたらしく、問題ありませんよと笑ってくれました。

 そこでカフェのお話はおしまいになり、私たちはたわいもない話で盛り上がっていました。
 その時、ふいにカムイが聞いてきました。

「あの離宮っていつまでお借りできるのでしょうか? あの離宮に住んでいる限り僕たちには基本的な衣食住が保障されています。いや料理人や執事までいる生活って贅沢すぎるぐらいです。けれどもいつまでもって訳にはいかないでしょう?」

 カムイはいつか夢を叶えるためにと、それこそごくわずかではあっても少しづつ貯金をしていたみたいです。
 いまは喫茶店の開店準備をしているということで、お給料をもらっているのに生活費は出していません。
 考えられない好待遇に困惑しているみたいです。

「お母さまはナオに離宮をあげるって言ったのですから、ナオさえ文句を言わなければいつまでだって住んでいられると思いますよ。住み込みの仕事だと考えればいいんじゃありませんか?」

 住み込みという言葉でカムイも気が楽になったようです。

「そうですね。いつまでもナオに甘えてはいられないけれど、せめて『喫茶店ナオ』が軌道に乗るまでくらいなら甘えててもいいですよね」

 カムイの返事にアリスは不安そうな顔になりました。

「私もいつかは、あの離宮を出ないといけなくなるのかなぁ」

「当たり前だろう。ナオと僕たちでは立場が違うもの。それにアリスだって結婚するかもしれないし、そうなったら当然旦那さんと暮らすことになるじゃないか」

 アリスは旦那さんという言葉をきくと、いきなり真っ赤になりました。

「そ、そ、そうですよねぇ。け、けっこんですよねぇ。アリスとしては、いつでもいいっていうか、なんというか。けっこん。きゃぁ恥ずかしい」

 そういってひとりで盛り上がってしまいます。

「なんだぁ。アリスはカムイと結婚したいのかぁ」

 ジャンヌがズバリと言ったので、カムイとアリスはたちまちおろおろとうろたえてしまいました。
 それでもさすがにカムイは年長者らしくアリスを見つめて聞きました。

「アリスはこんな僕と結婚したいと思っているの? ほんとうに?」

「はい、カムイと結婚したいんです。カムイじゃなきゃいやなんです」
 
 アリスも決めるべきところは決める女の子でした。
 いつもわたわたしているだけじゃありません。

 カムイはアリスの頭をなでてやりながら、にっこりしました。

「僕もお嫁さんはアリスがいい。アリスじゃなきゃ嫌だな」

 まさかの両思いでした。
 カムイがいずれ離宮を出たいと考えたのはアリスと結婚したかったからなんですね。

 可愛いカップル誕生に立ち会えて、みんなほっこりとした笑顔になりました。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生おばさんは有能な侍女

吉田ルネ
恋愛
五十四才の人生あきらめモードのおばさんが転生した先は、可憐なお嬢さまの侍女でした え? 婚約者が浮気? え? 国家転覆の陰謀? 転生おばさんは忙しい そして、新しい恋の予感…… てへ 豊富な(?)人生経験をもとに、お嬢さまをおたすけするぞ!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

スキル【僕だけの農場】はチートでした~辺境領地を世界で一番住みやすい国にします~

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
旧題:スキル【僕だけの農場】はチートでした なのでお父様の領地を改造していきます!! 僕は異世界転生してしまう 大好きな農場ゲームで、やっと大好きな女の子と結婚まで行ったら過労で死んでしまった 仕事とゲームで過労になってしまったようだ とても可哀そうだと神様が僕だけの農場というスキル、チートを授けてくれた 転生先は貴族と恵まれていると思ったら砂漠と海の領地で作物も育たないダメな領地だった 住民はとてもいい人達で両親もいい人、僕はこの領地をチートの力で一番にしてみせる ◇ HOTランキング一位獲得! 皆さま本当にありがとうございます! 無事に書籍化となり絶賛発売中です よかったら手に取っていただけると嬉しいです これからも日々勉強していきたいと思います ◇ 僕だけの農場二巻発売ということで少しだけウィンたちが前へと進むこととなりました 毎日投稿とはいきませんが少しずつ進んでいきます

最後に、お願いがあります

狂乱の傀儡師
恋愛
三年間、王妃になるためだけに尽くしてきた馬鹿王子から、即位の日の直前に婚約破棄されたエマ。 彼女の最後のお願いには、国を揺るがすほどの罠が仕掛けられていた。

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

今までありがとうございました、離縁してください。

杉本凪咲
恋愛
扉の隙間から見たのは、乱れる男女。 どうやら男の方は私の夫で、女の方はこの家の使用人らしい……

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

処理中です...