上 下
25 / 51

素敵な舞台

しおりを挟む
 婚約者らしい甘い行動を望むなんて、私が馬鹿でしたわ。

 セディがありえないぐらい密着して甘い言葉をかけたり、耳元でささやいたりするので、とうとう私はぐったりとしてしまいました。

 セディが上機嫌で馬車から降ろして下さいましたけど、膝が笑ってしまって上手く歩けません。

 
 それでもこの演芸ギルドは『リリーアイドル化計画』の重要な場所です。

 ギルド長は喜んでウィンテスター伯爵とその婚約者を出迎えてくれました。
 まぁギルド長にとってはセディは王様の甥っ子という認識なのかも知れませんがね。

 演芸ギルドと言うだけあって、そこかしこに有名な女優や歌手の絵姿が飾られています。
 ところがギルド長の部屋は、装飾のほとんどない殺風景とすら言えそうな部屋でした。


「おかけください。ウインテスター伯爵。この度は素晴らしい企画があるとか?」

「はい、そうなんですが、それについては婚約者のシャーロットからお話させていただきたいのですが」

 ギルド長は興味深い顔をして、私を眺めました。

「これはこれはお美しいお嬢さん。どうです有名になりたくはありませんか? 青銀色の髪に菫色の瞳なんて見たことがないほど神秘的だ。きっと人気が出ますぞ」

 
 セディが慌ててギルド長を止めました。
 ギルド長はすこしでっぷりとした、優しい叔父さんという感じなのに、見た目と違いせっかちな性格のようです。

「彼女は私の婚約者で、シャルロット・ローゼ・シンクレイヤ侯爵令嬢です。失礼のないように」

 ギルド長はまじまじと私を見つめて唸ったと思うと興奮し始めました。

「こいつはいい! 大当たり間違いなしだ。シンクレイヤ侯爵家の秘された姫が。実は青銀の髪と菫色の瞳を持つ神秘的な姫君だった! しかも王族であり当代随一の魔術師の婚約者となる。その秘密の恋とは?」

 ギルド長がうわ言のように幻の舞台を語っているので、私たちはギルド長の魂が現実に戻るのを辛抱強く待っていました。

 私たちがしらっとしているのを見るとギルド長も自分の失態に気づいたようです。


「すみませんギルド長。今日お伺いしたのは、王太子殿下とその麗しい婚約者のリリアナ嬢の恋物語を舞台上演して頂きたいからなんです」

 私がそういうと、ギルド長はにべもなく言いきりました。

「ダメですなぁ。政略結婚なんぞドラマ性がありませんからな。しかも失礼ながらマクギネス公爵令嬢は、あまり人気がありませんしねぇ」

「いいえ、ところがそうではございませんのよ。ギルド長はあのドリュー男爵令嬢のことをご存知かしら?」

 途端にわかりやすくギルド長は、話に乗ってきました。

「知っているかですって! こんなドラマチックな話があるものですか。攫われた男爵令嬢を王太子殿下が救ったんですからなぁ。しかしこの2人の恋もリリアナ嬢のおかげで、ぶち壊しだ」


 私はもったいぶっていいました。

「やはり情報通で知られるギルド長にも知らないことがありますのね。」

 私は大いに語りました。


 リリアナ嬢が幼いころに王宮の庭園でお互いの身分も知らないで王太子と出会い、お互いに一目惚れをしました。
 なのに政略結婚で婚約者が決まって、2人の初恋は潰えたとお互いに思い込んでいたんです。

 それでも段々と王太子の優しさにリリアナが魅かれていきます。

 気の毒なドリュー嬢の話を聞いて、実の両親を見つけたのがリリアナだったんですが、王太子はリリアナが男爵令嬢を虐めていると思いこんでしまいました。

 それを聞いたリリアナが、自分には初恋の君がいるから、王太子の恋人に嫉妬なんてする訳ないと啖呵を切ったところ、王太子には、その相手こそ自分だとわかってしまったんです。

 お互いの誤解が溶けて王太子とリリアナ嬢は相思相愛の恋人同士となり、ドリュー男爵令嬢は恩人であるリリアナの侍女として仕えることになりました。

 めでたし、めでたし。


 一気呵成にこのいかにもなロマンスを語ったところ、ギルド長は黙って私を見つめています。
 ダメだったのかしら?

 私が諦めかけたころ、ギルド長はブラボーと叫びました。

「素晴らしい! 大ヒット間違いなしです。是非舞台化しましょう。歌を作るのもいいですなぁ。オペラの題材にも使えますぞ!」

 私とセディはギルド長が、ちょっとしたエピソードに私たちの話を添えてもいいか? と聞かれた時に簡単に了承してしまいました。

 すっかり『リリーアイドル化計画』が上手く行ったと安心したからです。
 ただし、リリアナと王太子の恋物語を大いに宣伝してくれた場合に限ると注文は付けましたけれども。


 こうして演芸ギルド長から『王太子殿下とリリアナ嬢との恋物語の舞台を大々的に興行するという確約を貰った私たちは、その契約書を持って商業ギルドを訪れました。

 この舞台上演と同時に王太子とリリアナのブロマイドや、リリアナ御用達のリボンやハンカチ、スイーツなど平民でも手軽に購入できる商品を一斉に売り出してもらえるようにお願いするためです。

 演芸ギルド長の確約もあったので、この話も簡単にまとまりました。
 この時、未来の王妃であるリリアナの親友として、私のブロマイドも、ほんの少しだけ出したいと言われてしまったのです。

 それでリリアナグッズを10点以上購入してくれた人にたいするプレゼントとして無料で配布するという条件で、私の写真も渡すことになってしまいました。

 その写真は今日中に欲しいというので、私たちは国立図書館に向かいました。
 あのマンションで、写真をとって、それをプリントアウトするためです。

 ところがセディはデジカメを手にとると、そのまま真っすぐにクレメンタイン公爵家に帰宅してしまったんです。


「セディ、私写真を撮って今日中に商業ギルドに持っていかないといけないのよ」

 私がそうクレームをつけると、セディは真剣な顔で言い切りました。

「だからかえって来たんじゃないか。衣装を着替えるためにね」


 それからはもしかしてセディって前世はカメラマンの記憶でもあるのではないかしら?って思うぐらい、写真撮影に夢中になりました。

「ロッテ、こっち見て。はい笑って」

「ロッテ、そこで後ろを振り返って! そうだいいねぇ」


「ベッキー、その服はダメだ。もっと妖精みたいなのがあったろ! それに着替えさせて」

「ようし、じゃぁ今度はソファに寝そべって、目をつぶって。いいねぇ」


「ジャンヌ、もっと幼い感じの仕上げて。そうそういうイメージでね」

「庭にでるよ。ロッテ。花に顔を近づけて。いいねぇ」


 セディは大いに満足したみたいですが、私は大いに不満です。

「セディ、私のプロマイドは無料なのよ。つまりタダなの。単なるおまけなのにどうしてそんなに種類がいるの?」


 セディはいかにも物分かりの悪い娘を見るような顔をしました。

「いいかい。おまけってとっても大事なんだ。欲しいおまけが出るまで何度でも同じ商品を購入したりするもんなんだよ。 だからおまけってのは種類が多い方がいいのさ」

 なるほど。
 確かに。
 それは言えてますねぇ。


 でもそれはおまけをみんなが欲しいと思うからですわ。
 私のプロマイドなんて欲しがるでしょうか?

 別にお姫さまでも無ければ、美少女ってわけでもないのに。


 そう言うとセディは私を憐れみを込めた目で見つめたあと、商会に行ってくると出ていってしまいました。
 まぁ、いいんですけどね。

 今まで一緒に商会に行ってたんだから、写真を持っていくのだって一緒に行きたかったのに。


 
 そんな訳で時間が空いた私はお母さまの命令で、貴族年鑑をみながら、その人たちの人柄とかエピソードをミリーに教えて貰っています。

「ええ、このピートっていうのが女癖が悪くてね。メイドに手を付けてしまったんですよ。そこで伯爵夫人が彼女をあのグランゼドーラホテルの次男坊。エリオットに嫁がせたんですよ」

 ふむふむ。

「グランゼドーラホテルの主は準男爵ですからね。次男坊なら爵位を継がないと思いきや、長男が遠征中に事故死しましてね。現グランゼドーラ準男爵はエリオットって訳です」

 ほうほう。

「元メイドのシャネルが生んだのが長男のマルコムでこのマルコムが後継者です。つまりグランゼドーラ準男爵はいずれクリュシュナ伯爵の孫が継ぐって訳です」

「えーと。ミリー。それを現グランゼドーラ準男爵はご存知なの?」

「知っているに決まっているじゃありませんか。ですからクリュシュナ伯爵は、グランゼドーラ準男爵を男爵にしようと、せっせと動いてるって寸法です」

 ほへー。

「グランゼドーラ家は男爵と書き直しておいてくださいな。すぐにそうなりますから」

 ミリーに云われて、私はグランドーラ準男爵の準の文字にバッテンをつけて、息子のマルコムにはクリュシュナ伯爵孫と記載しておきました。

「ねぇミリー。この話はどれくらいの人が知っているの?」

 私がそう聞くと、ミリーは目を丸くしました。

「いいですか。いやしくも社交界に身を置くものが、こんな情報もつかめないようなら、社交界を渡っていけませんわよ。もう少し頭を使いなさいロッテ」

 なるほど。
 全員が知っているんですね。
 社交界って恐ろしすぎます。


 そして私は嫌な予感がしました。
 はっはっは。
 まさかね。

「それならミリー。私がシャルロット・ローゼ・シンクレイヤ侯爵令嬢ではなく、異界渡りの姫だってことは。どれぐらいの人が知っている訳?」

「ロッテお嬢様。そんな青銀の髪と菫色の瞳をしていながら隠せるとでも思いましたか? もちろん公然の秘密ですとも。けれどいいですか。社交界ってところは公然の秘密をほのめかすのは、はしたないとされています。お嬢様も知らん顔をなさってくださいよ」

 へぇー。
 ばれてないって思ってたのは私だけですのね。

 なんとなくあの演芸ギルド長や商会ギルド長の笑顔が思いっきり胡散臭く思えてきましたよ。

 あれ、そー言えば私のこと未来の王妃の親友って言ってませんでしたか?
 どれだけ情報が駄々洩れしているんでしょう。
 私はすっかり頭を抱えてしまいました。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

裏切られた令嬢は死を選んだ。そして……

希猫 ゆうみ
恋愛
スチュアート伯爵家の令嬢レーラは裏切られた。 幼馴染に婚約者を奪われたのだ。 レーラの17才の誕生日に、二人はキスをして、そして言った。 「一度きりの人生だから、本当に愛せる人と結婚するよ」 「ごめんねレーラ。ロバートを愛してるの」 誕生日に婚約破棄されたレーラは絶望し、生きる事を諦めてしまう。 けれど死にきれず、再び目覚めた時、新しい人生が幕を開けた。 レーラに許しを請い、縋る裏切り者たち。 心を鎖し生きて行かざるを得ないレーラの前に、一人の求婚者が現れる。 強く気高く冷酷に。 裏切り者たちが落ちぶれていく様を眺めながら、レーラは愛と幸せを手に入れていく。 ☆完結しました。ありがとうございました!☆ (ホットランキング8位ありがとうございます!(9/10、19:30現在)) (ホットランキング1位~9位~2位ありがとうございます!(9/6~9)) (ホットランキング1位!?ありがとうございます!!(9/5、13:20現在)) (ホットランキング9位ありがとうございます!(9/4、18:30現在))

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

最後に、お願いがあります

狂乱の傀儡師
恋愛
三年間、王妃になるためだけに尽くしてきた馬鹿王子から、即位の日の直前に婚約破棄されたエマ。 彼女の最後のお願いには、国を揺るがすほどの罠が仕掛けられていた。

今までありがとうございました、離縁してください。

杉本凪咲
恋愛
扉の隙間から見たのは、乱れる男女。 どうやら男の方は私の夫で、女の方はこの家の使用人らしい……

婚約者に見殺しにされた愚かな傀儡令嬢、時を逆行する

蓮恭
恋愛
 父親が自分を呼ぶ声が聞こえたその刹那、熱いものが全身を巡ったような、そんな感覚に陥った令嬢レティシアは、短く唸って冷たい石造りの床へと平伏した。  視界は徐々に赤く染まり、せっかく身を挺して庇った侯爵も、次の瞬間にはリュシアンによって屠られるのを見た。 「リュシ……アン……さ、ま」  せめて愛するリュシアンへと手を伸ばそうとするが、無情にも嘲笑を浮かべた女騎士イリナによって叩き落とされる。 「安心して死になさい。愚かな傀儡令嬢レティシア。これから殿下の事は私がお支えするから心配いらなくてよ」  お願い、最後に一目だけ、リュシアンの表情が見たいとレティシアは願った。  けれどそれは自分を見下ろすイリナによって阻まれる。しかし自分がこうなってもリュシアンが駆け寄ってくる気配すらない事から、本当に嫌われていたのだと実感し、痛みと悲しみで次々に涙を零した。    両親から「愚かであれ、傀儡として役立て」と育てられた侯爵令嬢レティシアは、徐々に最愛の婚約者、皇太子リュシアンの愛を失っていく。  民の信頼を失いつつある帝国の改革のため立ち上がった皇太子は、女騎士イリナと共に謀反を起こした。  その時レティシアはイリナによって刺殺される。  悲しみに包まれたレティシアは何らかの力によって時を越え、まだリュシアンと仲が良かった幼い頃に逆行し、やり直しの機会を与えられる。  二度目の人生では傀儡令嬢であったレティシアがどのように生きていくのか?  婚約者リュシアンとの仲は?  二度目の人生で出会う人物達との交流でレティシアが得たものとは……? ※逆行、回帰、婚約破棄、悪役令嬢、やり直し、愛人、暴力的な描写、死産、シリアス、の要素があります。  ヒーローについて……読者様からの感想を見ていただくと分かる通り、完璧なヒーローをお求めの方にはかなりヤキモキさせてしまうと思います。  どこか人間味があって、空回りしたり、過ちも犯す、そんなヒーローを支えていく不憫で健気なヒロインを応援していただければ、作者としては嬉しい限りです。  必ずヒロインにとってハッピーエンドになるよう書き切る予定ですので、宜しければどうか最後までお付き合いくださいませ。      

結婚一年、夫を愛しておりません。

杉本凪咲
恋愛
結婚して一年が経過したある日。 夫は公爵令嬢を隣に置いて、離婚を宣言しました。

処理中です...