異世界図書館の幽霊って私のことですか?

木漏れ日

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クレメンタイン公爵

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 私をひしと抱きしめていたセディはそのままベッキーに頷いてみせると、魔方陣を発動しました。
 私たちは一瞬のうちに、その場から姿を消し、次に姿を現したのは豪奢な建物の中でした。

 執事さんらしい方が、いきなり出現した私たちに驚くことなく、恭しく挨拶をしました。

「セドリックさま。父上と母上が図書館でお待ちです。」

「わかった、ありがとう。ギルバート」

 そして、私の手を引いてずんずんと歩いていきます。
 どう考えてもここは屋敷と言うよりは、お館と言うしかない大きな建物です。

  
 館が広すぎて、どこをどう歩いたかわからないうちに、私は吹き抜けの図書館についていました。

 書庫には天井まで本が並んでいて、中二階に行くためには螺旋階段を使うようです。
 
 本をゆったりと閲覧できるように、そこかしこにソファーや肘掛椅子。
 それに書き物をするための机などが、配置されています。

 広すぎて人の気配がしませんでしたが、私たちの姿を認めたらしい壮年が声をかけました。

「セディ。やっときたか。まちかねたぞ」

「お父さまは、お前が異界渡りの姫を連れてくる日を楽しみにしていたのですよ」

 気品あふれる貴婦人が、壮年の言葉を捕捉するかのように続けて言葉をかけました。


「父上・母上、大変お待たせいたしました。彼女は異界から私が召喚いたしました私の番でございます。
この度は彼女のために、シャルロット・シンクレイヤ侯爵令嬢の身分を与えていただきご配慮感謝します」

 セディがきっちりと礼をしたので、私もあわててセディに倣って礼を取りました。

「いや、ここ600年間、どの国にも現れなかった異界渡りの姫をわがアスカルド王国に召喚したのは、素晴らしい手柄だ。兄上も大いに満足いたしておる。まぁ王太子はご不満なようだがのう」

 そう言って公爵はからからと笑った。
 豪放磊落な性格かもしれませんね。

「まぁ。堅苦しいお話はそこまでよ。ロッテ、私の隣にいらっしゃい。あなたは私の娘になるのですからね。これからは私たちのことは、お父さま、お母さまとよんでくださいね」

 私はあわててセディのご両親に向けて挨拶をした。

「不束者ですが、よろしくお願いいたします。お父さま、お母さま」

 私の言葉は大いに公爵夫妻を喜ばせたらしい。
 私としてはなんだか結婚の挨拶みたいで、ちょっと恥ずかしかったのですけれど。

「それでロッテ。あなたにはセディの婚約者としてこの館で生活してもらいます。こちらのしきたりなど、わからないことも多いと思いますが、クレメンタイン公爵家が全面的にバックアップしますから、大船に乗ったつもりでいて下さいね」

 公爵夫人の言葉に私はびっくりしてセディを振り返った。
 セディは私を安心させるように、そっと自分の腕の中に私を囲い込むと耳元にささやいた。

「大丈夫。僕がついてる」

「ワハハハ」

 またも豪快に公爵が笑って、楽し気にセディに爆弾を投下してのけました。

「睦まじいようで良かった、良かった。国王陛下から召喚の褒美としてお前に、ウィンテスター伯爵の称号があたえられることになった。まぁお前は魔術師としての仕事がある。領地の経営には、ジークフリートをつけるから安心しろ」

「ま、待って下さい。私はそろそろお役目を返上して彼女と、母上から頂いたマールブルグの荘園で暮らす予定なのです」

 セディが慌てて抗議をしたけれど、もとより王命が覆るはずもない。

「くっそー、あのヒヒじじい。どーしてもオレをこき使うつもりでいやがる」
 
 セディが小さい声でぼやいたが、さすがに国王にヒヒじじいというのは不敬ではないだろうか。

 どうやらセディはグラント卿からウィンテスター伯爵になってしまったようです。
 これでセディも領主さまですね。

 男たちがなにやら不穏な気配を醸し出しているのに気が付いた公爵夫人は、私を見て優しく微笑みかけてくれます。

「ロッテは本が好きなのですってね。ですからロッテの好きな図書館を最初の出会いの場にえらんだのよ。セディとも図書館で出会ったのでしょう。これでもけっこう書籍は充実しているから、好きなように利用してちょうだい」

 私もわざわざ公爵夫妻が、図書館で私と面会をした理由は察していました。
 
 けれどもあらためてそう言われると、心が温かくなるのでした。

「ありがとうございます。お父さま、お母さま。私は幸せ者ですわ」

 それを聞いて公爵一家は嬉しそうにうなずいた。


「シャルロット、お部屋に案内します。いらっしゃい。」
 
 公爵夫人に案内された部屋は、図書館にほど近い2階のスイートルームで、プライベートゾーンとパブリックゾーンとに明確な線引きがありました。

 つまりプライベートな居間ではくつろいだ格好をしていてもよいのですが、自分の私室であっても一歩プライベートゾーンをでると、侯爵令嬢としての品位を保たなければなりません。

 また、侍女もプライベートゾーンはこれまでとおりにベッキーが、公的部分には新たにシンクレア男爵夫人が私付きということになりました。

 シンクレア男爵夫人は、侍女というより私のお目付け役です。

 また、ベッキーは通いのメイドなので、新たにリリアナという少女も私の面倒をみてくれることになりました。


 シンクレア男爵夫人は、お母さまとはそれほど年齢が変わらないみたいです。
 お母さまとは仲良しの女友達みたいに気軽に話していますから、ずいぶん長いお付き合いだということがわかります。

 そろそろ引退を考えていたときに、私がこの国に慣れるまでということで、引き留められてしまったんですって。

「レディ・シンクレア。頼りにしています。よろしくお願いします」
 
 私がそう言えば、茶色の優しそうん目を輝かせて頷いてくれました。

「もちろんです。シャルロット嬢。きちんとサポートいたしますから安心してくださいませ」

「レディ・シンクレア。私のことはロッテと呼んで頂戴」

「ではロッテ。私はミリーとお呼び下さい」

 いいのかしら?
 私のお母さまぐらいのレディにミリーと呼ぶなんて。

 私が困ったようにお母さまを見ると、お母さまは頷いています。
 いいんですね。

「ありがとう、ミリー。私きっとびっくりするような失敗をするわよ」

「まぁ、それは楽しみですわロッテ。アンよりも豪快な失敗をして見せてくださいませ。アンというのは、マリアンナ・クレメンタイン公爵夫人のことですけどね」

 ミリーはおどけてそういいましたし、お母さまは嬉しそうに笑っています。

 お母さまは自分の腹心の友を私のサポートに付けて下さったようです。
 つまりは、私にはいつでもクレメンタイン公爵夫人の援助があるということです。

 右も左もわからない中、伏魔殿ともいわれる社交界を生き抜いていくことができるかも知れない。
 私は大いに安堵してしまいました。

 まぁ貴族社会の洗礼はきっとすぐに受けることになるのでしょうけれども。


 そうして私たちがとっても和やかに過ごしているとき、公爵家の侍女頭の女性が、ひとりの華やかな少女を連れてやってきました。

 金髪の巻き毛に、青い瞳。
 ツンと上を向いた鼻に、ミルク色の肌。

 彼女はメイドには惜しいほどの美しい少女でした。
 そして困ったことに、彼女は自分の美しさを十分に理解しているようです。

 私はちょっと困ったような顔をしてお母さまを見つめました。
 この娘は、サポートするよりも自分が輝きたい性格でしょう。

 どう考えても、メイドがつとまるとは思えません。

 私の視線の意味をお母さまは十分に理解していたようです。
 そうでなければ貴婦人など務まりません。

「質問があれば、明日の朝食後に時間をとりますから、図書館でお待ちなさいロッテ」

 お母さまは私の質問を遮るように言いました。

 やはりなにか事情がありあそうです。
 厄介事の匂いがします。

 私は本当にうまくやっていけるのでしょうか?

 侍女頭が私に向かってリリアナを紹介してくれました。

「シャルロット・シンクレイヤ侯爵令嬢。この娘がシャルロットさまの専任メイドになりますリリアナと申します」

「リリアナ。お嬢様にご挨拶をなさい」

「シャルロット・シンクレイヤ侯爵令嬢。私はリリアナと申します。よろしくお願い致します」

 そうしてリリアナは美しい礼をしましたが、それは貴族令嬢がとる礼でした。
 これは頭が痛いことになりそうです。

 私はともかくも一介のメイドに対する対応をすることにしました。

「よろしくね。リリアナ。明日には先輩メイドであるベッキーが来ますから、わからないことは聞いてちょうだい」

 リリアナの返事は驚くべきものでした。

「ベッキーにはお嬢様の雑用を任せます。私は侯爵令嬢としての品位を保つお手伝いを致します」

 さすがにそんな不遜な物言いに侍女頭が釘をさしました。

「お前に与える仕事はお嬢様がお決めになります。出過ぎてはいけませんよ。リリアナ」

 普通のメイドや侍女にとっては、実際の支配者である侍女頭はとても恐ろしい存在です。

 女主人である公爵夫人は、大勢の使用人を躾たり或いは首にすることはありません。

 そういう雑事は侍女頭の仕事です。
 もちろん侍女頭に使用人を首にする権利なんてありません。

 しかし大抵の女主人は侍女頭が素行不良を訴えてきた使用人を雇い続けたいとは思わないのです。

 もちろん女主人にとって使用人は身内でもありますから、長く務めあげれば年金を支給したり、身よりがなければ、最後まで面倒を見たりします。

 その女主人のお覚えを良くしたいなら、侍女頭には逆らわないことです。

 そんな侍女頭から叱責されれば使用人は真っ青になるか、へりくだるものなのです。
 なのにリリアナは、侍女頭の叱責にもどこ吹く風です。

 明日、さっそくお母さまにお話をお聞きしなければ。
 私は、最初から暗雲の渦巻く中をスタートしたみたいです。
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