異世界図書館の幽霊って私のことですか?

木漏れ日

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お仕事しましょ。

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 私はうっかり,ムードに流されてキスしてしまったことを激しく後悔しました。
 なぜならセディがすっかり舞い上がってしまったからです。

「ミーナ、私のミーナ。すっごく嬉しいよ。大切にするからね。」

 横でパドスはヒューと口笛を吹いています。

 
「待って、待って下さいセディ。」
 
 セディは、きっと本当に私が好きなのかも知れません。
 けれども、身分が絶望的に違い過ぎます。
 
 こういう場合、辛い思いをするのは女である私の方です。

 私の態度からそういう気持ちを読み取ったんのでしょう。

「そうだね。ミーナを困らせるつもりはないんだ。こういうことは手順が大事だからね。今はお互いの気持ちがわかり合えただけでよしとしよう。」

 セディ、なんかそのセリフに引っかかってしまうのは、私の気のせいでしょうか?
 お互いにまだ何も約束していませんよね。

 そうです。
 未来はまだ不確定な筈です。
 
 セディのセリフを聞くと、うっかり何だか変な方向に進みそうで不安になりますが、気のせいでしょう。

「それより2人とも、私が異世界から来たのを知っているんなら、私のマンションに来ませんか? さっそく作ってくれた紙とインクを試してみたいし。」

 その言葉に真っ先に食いついたのはパドスです。

「よっしゃー! すぐにいこう。ほらセディなにぐずぐずしているんだよ。」

 そうです、そうです。
 とにかくお仕事しましょ。

 私の部屋に男性を案内したことがないのでちょっと不安なんですが、時間があったので掃除だけは出来ています。

 パドスは何をみても感動していますから、逆に見てて面白いですね。

 スキャナーやコピー機はパドスのインクや紙でも問題なく作動しました。

「さすがですね。パドスさん。」

 私が褒めているのに、パドスはスキャナーやコピー機の仕組みに興味津々みたいです。

 「これは宝の山だな。」
 
 そう唸り声をあげると、台所用品からファイルやホッチギスみたいな文房具にも食いつきます。

 まぁ文房具って楽しいですよね。
 私も好きでけっこう集めてますしね。

 パドスの質問攻めに答えながらセディを見ると、セディは真剣な顔をして考え込んでいます。

「パドス。どうだ。これらは金になりそうなのか?」

「当ったり前だろう。どれもこれも凄いアイデアが詰まっているよ。仕組みが簡単なのも多いから模倣品もすぐに制作できるぞ。」

「よし、それなら商会を立ち上げよう。ミーナ、君が会長になるんだ。この王都でそれなりの実績を積めばナイトの称号を手にすることも可能になる。」

 なるほどセディは私を貴族として認めされるつもりなんだ。
 でも問題があり過ぎるでしょう。

「女性だとデイムになるのかなぁ。でもナイト位って貴族ではありませんよね。しかも外国人はナイト位を貰ってもサーではなくミスターと呼ばれるんじゃなかったっけ?」

 セディは平民である私が位階について知っていたことに驚いたみたいです。
 こちらの世界とは違って日本では誰でも、いつでも学ぶことができますからね。

「戸籍が必要だなぁ。誰かいないかなぁ。出生届を出したまま行方不明になったようなのが。」
 
 
 セディはどう考えても無茶なことをしゃべっています。
 私は不法侵入者ですからねぇ。

「おう! ならあいつはどうだ? ポリアンナ叔母さんだよ。誰も本物を知らないんだぜ。」

 それを聞いてセディは喜色を取り戻しました。
 ちょっと待って下さいよ。

 パドスの叔母さんなら、どー考えてもおばあさんでしょう。
 私はいくらなんでもおばあさんになるのは嫌ですよ。

 そこで私は2人がかりで説得されました。

 ポリアンナ叔母さんというのはパドスの母方の叔母なんだそうですが、年齢はたぶん20歳ぐらいだそうです。

 ポリアンナ叔母さんの父親、つまりパドスの大叔父にあたる人がとてつもなく破天荒な人らしく、娘のポリアンナも男顔負けの武術の達人なんですって。

 そして2人そろって冒険者になってこの国を出てから、すでに10年音沙汰がなくてもうすぐ自然抹消される戸籍だといいます。

 でもそれじゃぁ計算があいませんよね。
 ポリアンナ嬢は、たった10歳で武術の達人になったことになりますけれど……。

 事実ですか。
 そーですか。

 なんか私が名前をお借りするポリアンナって、おっそろしく破天荒な人みたいですね。

 「それじゃぁ商会もポリアンナ商会ってことでいいよな。パドス頼むぞ。」

 なにか変ですよね。
 家名はないんでしょうか?

「セディ。なんか変じゃない? 家名は使わないの?」

 私が質問するとセディは、そう言えばミーナって家名持ちだったけと思い出したみたいです。

 なんでもこの世界では家名を持つのは貴族だけなんですって。

 私が逆に私の世界の王様には家名がないのよって教えてあげました。
 家名どころか戸籍もありません。

 それを聞いてパドスもセディもすっかり感心してしまいました。

 けれども本当に私がポリアンナの名前を名乗ってもいいのでしょうか?
 それについてはポリアンナ叔母さんの親族から戸籍を買ってくれるそうです。

 放っておいても抹消される戸籍を売れるのですから、二つ返事で売ってくれるでしょうね。

 この世界では戸籍を売り買いできるんです。
 王都で商売するにしても戸籍が無ければ店を持てず、屋台で商売するしかありません。

 そこでせっせとお金をためて借金で首が回らなくなった人から戸籍を買い取るんですって。

 出奔してしまった人は戸籍を売られても、抹消されても、文句は言えないそうです。

 
 でもそれほど貴族位が欲しいなら、位階を買った方が早くありませんかね。

 なるほどね。
 貴族の位階を買えるのは、ナイト爵以上に決まっているんだそうです。
 
 そりゃそうですよね。
 いきなり平民がお貴族さまになったら変ですもの。

 だから平民でお金を持っている人は叙勲欲しさに、孤児院を経営したり、橋や道路を作ったりするのです。
 そうして国家への貢献が認められたらナイトになれるって訳です。

 そこから貴族への道もかなり遠いみたいですけれどね。
 がんばって準男爵とかになれれば、晴れてお貴族様の仲間入りって訳です。

 その時にも莫大なお金がいるみたいですよ。
 



 こうしてポリアンナ商会がスタートすることになりました。

 とはいえそれは名義だけのことです。
 実際の運営はセディとパドスがやってくれます。

 私は、元になる商品の使い方やデザインなんかを担当して収益の10%が貰えることになりました。

 私の生活費をずっとセディに出してもらっていたから、これからは自分のお金で生活できるかもしれません。

 そう言ったらセディは途端に不機嫌になりました。

「いいですかミーナ。あなたのものは全部私が用意します。わかりましたね。」

 なんかあんまり真剣なので、私は黙ってうなずきました。
 
 今のはどこがセディの逆鱗に触れたのでしょうか?
 もしかして私は自分のものアピールでしょうか?

 私たちってまだお付き合いしていませんよね。
 友達以上恋人未満ですよね。

 時々セディがおっかなくなるので困ります。
 

 パドスが最初に作ろうと思っているのは、シャンプー・リンス・トリートメントです。
 どうやらセディが、私の髪がとってもいい匂いだって、散々自慢したみたいです。

 ポンプ式の容器の方が便利ですけれど、大容量のものよりも少ないほうが貴重な感じがするでしょうか?

 結局、ガラス製の美しい容器に入ったポンプ式のものを売ることに決めました。

 香は、ローズ・ジャスミン・ラベンダーの3種類です。
 これはおいおい増やしていくことにします。

 どうせなら同じ香りのボディ用の石鹸とボディクリームも用意することにしました。
 これで身体中の香をトータルで揃えることができます。

 小さな小瓶を用意して試供品として配ってもらいます。
 もちろんターゲットは貴族層に決まってます。

 平民は貴族の流行を真似しますからね。

「セディ、セディのお母さまやお姉さまに使っていただいたらどう? 紹介制で販売すればお母さまやお姉さまが、流行の発信者になれるし、それってかなり有利なことでしょう?」

 それを聞くとセディはとっても情けない顔をしましたから、よっぽどお母さまやお姉さまが苦手みたいですね。
 
 でも大丈夫ですよセディ。
 女性の美しさへの執念を舐めてはいけません。

 きっと多分そうだと思うんですけれど、セディの地の果てまで落ちた信用を復活させることができる筈です。

 だってそうですよね。
 自分の息子が異界渡りの姫に憧れるのも、幼いころなら微笑ましいですみます。

 けれどいい年になっても、その召喚式を作り上げるのに夢中になっていたとしたら?

 そうです。
 絶対に家では変わり者扱いになってます。

 名誉回復のよい機会ですよ。
 貴族っていうのは領地運営のために商売にも目を光らせている筈です。


 そー言って試供品と完成した商品を持たせて、セディを送りだしたのですけれど、上手くいくでしょうか?

 商品を使ってくれさえすれば、絶対に気に入ってもらえるという自信はあるのですが……。

 その夜、私は心臓がドキドキしてなかなか眠れませんでした。
 ポリアンナ商会がうまくいかなければ、ずっと幽霊のままです。

 図書館の幽霊も楽しいですけれど、私の心の中にもいつの間にか未来への希望が宿り始めてしまったようです。
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