異世界図書館の幽霊って私のことですか?

木漏れ日

文字の大きさ
上 下
9 / 51

お仕事しましょ。

しおりを挟む
 私はうっかり,ムードに流されてキスしてしまったことを激しく後悔しました。
 なぜならセディがすっかり舞い上がってしまったからです。

「ミーナ、私のミーナ。すっごく嬉しいよ。大切にするからね。」

 横でパドスはヒューと口笛を吹いています。

 
「待って、待って下さいセディ。」
 
 セディは、きっと本当に私が好きなのかも知れません。
 けれども、身分が絶望的に違い過ぎます。
 
 こういう場合、辛い思いをするのは女である私の方です。

 私の態度からそういう気持ちを読み取ったんのでしょう。

「そうだね。ミーナを困らせるつもりはないんだ。こういうことは手順が大事だからね。今はお互いの気持ちがわかり合えただけでよしとしよう。」

 セディ、なんかそのセリフに引っかかってしまうのは、私の気のせいでしょうか?
 お互いにまだ何も約束していませんよね。

 そうです。
 未来はまだ不確定な筈です。
 
 セディのセリフを聞くと、うっかり何だか変な方向に進みそうで不安になりますが、気のせいでしょう。

「それより2人とも、私が異世界から来たのを知っているんなら、私のマンションに来ませんか? さっそく作ってくれた紙とインクを試してみたいし。」

 その言葉に真っ先に食いついたのはパドスです。

「よっしゃー! すぐにいこう。ほらセディなにぐずぐずしているんだよ。」

 そうです、そうです。
 とにかくお仕事しましょ。

 私の部屋に男性を案内したことがないのでちょっと不安なんですが、時間があったので掃除だけは出来ています。

 パドスは何をみても感動していますから、逆に見てて面白いですね。

 スキャナーやコピー機はパドスのインクや紙でも問題なく作動しました。

「さすがですね。パドスさん。」

 私が褒めているのに、パドスはスキャナーやコピー機の仕組みに興味津々みたいです。

 「これは宝の山だな。」
 
 そう唸り声をあげると、台所用品からファイルやホッチギスみたいな文房具にも食いつきます。

 まぁ文房具って楽しいですよね。
 私も好きでけっこう集めてますしね。

 パドスの質問攻めに答えながらセディを見ると、セディは真剣な顔をして考え込んでいます。

「パドス。どうだ。これらは金になりそうなのか?」

「当ったり前だろう。どれもこれも凄いアイデアが詰まっているよ。仕組みが簡単なのも多いから模倣品もすぐに制作できるぞ。」

「よし、それなら商会を立ち上げよう。ミーナ、君が会長になるんだ。この王都でそれなりの実績を積めばナイトの称号を手にすることも可能になる。」

 なるほどセディは私を貴族として認めされるつもりなんだ。
 でも問題があり過ぎるでしょう。

「女性だとデイムになるのかなぁ。でもナイト位って貴族ではありませんよね。しかも外国人はナイト位を貰ってもサーではなくミスターと呼ばれるんじゃなかったっけ?」

 セディは平民である私が位階について知っていたことに驚いたみたいです。
 こちらの世界とは違って日本では誰でも、いつでも学ぶことができますからね。

「戸籍が必要だなぁ。誰かいないかなぁ。出生届を出したまま行方不明になったようなのが。」
 
 
 セディはどう考えても無茶なことをしゃべっています。
 私は不法侵入者ですからねぇ。

「おう! ならあいつはどうだ? ポリアンナ叔母さんだよ。誰も本物を知らないんだぜ。」

 それを聞いてセディは喜色を取り戻しました。
 ちょっと待って下さいよ。

 パドスの叔母さんなら、どー考えてもおばあさんでしょう。
 私はいくらなんでもおばあさんになるのは嫌ですよ。

 そこで私は2人がかりで説得されました。

 ポリアンナ叔母さんというのはパドスの母方の叔母なんだそうですが、年齢はたぶん20歳ぐらいだそうです。

 ポリアンナ叔母さんの父親、つまりパドスの大叔父にあたる人がとてつもなく破天荒な人らしく、娘のポリアンナも男顔負けの武術の達人なんですって。

 そして2人そろって冒険者になってこの国を出てから、すでに10年音沙汰がなくてもうすぐ自然抹消される戸籍だといいます。

 でもそれじゃぁ計算があいませんよね。
 ポリアンナ嬢は、たった10歳で武術の達人になったことになりますけれど……。

 事実ですか。
 そーですか。

 なんか私が名前をお借りするポリアンナって、おっそろしく破天荒な人みたいですね。

 「それじゃぁ商会もポリアンナ商会ってことでいいよな。パドス頼むぞ。」

 なにか変ですよね。
 家名はないんでしょうか?

「セディ。なんか変じゃない? 家名は使わないの?」

 私が質問するとセディは、そう言えばミーナって家名持ちだったけと思い出したみたいです。

 なんでもこの世界では家名を持つのは貴族だけなんですって。

 私が逆に私の世界の王様には家名がないのよって教えてあげました。
 家名どころか戸籍もありません。

 それを聞いてパドスもセディもすっかり感心してしまいました。

 けれども本当に私がポリアンナの名前を名乗ってもいいのでしょうか?
 それについてはポリアンナ叔母さんの親族から戸籍を買ってくれるそうです。

 放っておいても抹消される戸籍を売れるのですから、二つ返事で売ってくれるでしょうね。

 この世界では戸籍を売り買いできるんです。
 王都で商売するにしても戸籍が無ければ店を持てず、屋台で商売するしかありません。

 そこでせっせとお金をためて借金で首が回らなくなった人から戸籍を買い取るんですって。

 出奔してしまった人は戸籍を売られても、抹消されても、文句は言えないそうです。

 
 でもそれほど貴族位が欲しいなら、位階を買った方が早くありませんかね。

 なるほどね。
 貴族の位階を買えるのは、ナイト爵以上に決まっているんだそうです。
 
 そりゃそうですよね。
 いきなり平民がお貴族さまになったら変ですもの。

 だから平民でお金を持っている人は叙勲欲しさに、孤児院を経営したり、橋や道路を作ったりするのです。
 そうして国家への貢献が認められたらナイトになれるって訳です。

 そこから貴族への道もかなり遠いみたいですけれどね。
 がんばって準男爵とかになれれば、晴れてお貴族様の仲間入りって訳です。

 その時にも莫大なお金がいるみたいですよ。
 



 こうしてポリアンナ商会がスタートすることになりました。

 とはいえそれは名義だけのことです。
 実際の運営はセディとパドスがやってくれます。

 私は、元になる商品の使い方やデザインなんかを担当して収益の10%が貰えることになりました。

 私の生活費をずっとセディに出してもらっていたから、これからは自分のお金で生活できるかもしれません。

 そう言ったらセディは途端に不機嫌になりました。

「いいですかミーナ。あなたのものは全部私が用意します。わかりましたね。」

 なんかあんまり真剣なので、私は黙ってうなずきました。
 
 今のはどこがセディの逆鱗に触れたのでしょうか?
 もしかして私は自分のものアピールでしょうか?

 私たちってまだお付き合いしていませんよね。
 友達以上恋人未満ですよね。

 時々セディがおっかなくなるので困ります。
 

 パドスが最初に作ろうと思っているのは、シャンプー・リンス・トリートメントです。
 どうやらセディが、私の髪がとってもいい匂いだって、散々自慢したみたいです。

 ポンプ式の容器の方が便利ですけれど、大容量のものよりも少ないほうが貴重な感じがするでしょうか?

 結局、ガラス製の美しい容器に入ったポンプ式のものを売ることに決めました。

 香は、ローズ・ジャスミン・ラベンダーの3種類です。
 これはおいおい増やしていくことにします。

 どうせなら同じ香りのボディ用の石鹸とボディクリームも用意することにしました。
 これで身体中の香をトータルで揃えることができます。

 小さな小瓶を用意して試供品として配ってもらいます。
 もちろんターゲットは貴族層に決まってます。

 平民は貴族の流行を真似しますからね。

「セディ、セディのお母さまやお姉さまに使っていただいたらどう? 紹介制で販売すればお母さまやお姉さまが、流行の発信者になれるし、それってかなり有利なことでしょう?」

 それを聞くとセディはとっても情けない顔をしましたから、よっぽどお母さまやお姉さまが苦手みたいですね。
 
 でも大丈夫ですよセディ。
 女性の美しさへの執念を舐めてはいけません。

 きっと多分そうだと思うんですけれど、セディの地の果てまで落ちた信用を復活させることができる筈です。

 だってそうですよね。
 自分の息子が異界渡りの姫に憧れるのも、幼いころなら微笑ましいですみます。

 けれどいい年になっても、その召喚式を作り上げるのに夢中になっていたとしたら?

 そうです。
 絶対に家では変わり者扱いになってます。

 名誉回復のよい機会ですよ。
 貴族っていうのは領地運営のために商売にも目を光らせている筈です。


 そー言って試供品と完成した商品を持たせて、セディを送りだしたのですけれど、上手くいくでしょうか?

 商品を使ってくれさえすれば、絶対に気に入ってもらえるという自信はあるのですが……。

 その夜、私は心臓がドキドキしてなかなか眠れませんでした。
 ポリアンナ商会がうまくいかなければ、ずっと幽霊のままです。

 図書館の幽霊も楽しいですけれど、私の心の中にもいつの間にか未来への希望が宿り始めてしまったようです。
しおりを挟む
感想 10

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

藤宮美樹最凶伝説

篠原 皐月
キャラ文芸
 彼女の前に、道はない。彼女の後に、道ができる。  両親から様々な遺伝子と可能性を引き継いだ、最強を超える最凶な、とある女の子の「山椒は小粒でもピリリと辛い」を地でいく、(本人と一部の)笑いと(周囲の大多数の)涙溢れる、成長物語です。  【裏腹なリアリスト】の要所要所でいい味を出していた、美子・秀明夫婦の長女、美樹(よしき)が主人公の【裏腹~】スピンオフ作品。【半世紀の契約】後日談でもあります。  はっきり言ってコメディです。ちょっとシリアスだったり世知辛い話題が入っていたりしますが、コメディ以外の何物でもありませんので、そこの所をご了承の上、お読み下さい。カクヨム、小説家になろうからの転載作品です。

私は聖女(ヒロイン)のおまけ

音無砂月
ファンタジー
ある日突然、異世界に召喚された二人の少女 100年前、異世界に召喚された聖女の手によって魔王を封印し、アルガシュカル国の危機は救われたが100年経った今、再び魔王の封印が解かれかけている。その為に呼ばれた二人の少女 しかし、聖女は一人。聖女と同じ色彩を持つヒナコ・ハヤカワを聖女候補として考えるアルガシュカルだが念のため、ミズキ・カナエも聖女として扱う。内気で何も自分で決められないヒナコを支えながらミズキは何とか元の世界に帰れないか方法を探す。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

婚約破棄?一体何のお話ですか?

リヴァルナ
ファンタジー
なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。 エルバルド学園卒業記念パーティー。 それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる… ※エブリスタさんでも投稿しています

能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?

火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…? 24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

きっと幸せな異世界生活

スノウ
ファンタジー
   神の手違いで日本人として15年間生きてきた倉本カノン。彼女は暴走トラックに轢かれて生死の境を彷徨い、魂の状態で女神のもとに喚ばれてしまう。女神の説明によれば、カノンは本来異世界レメイアで生まれるはずの魂であり、転生神の手違いで魂が入れ替わってしまっていたのだという。  そして、本来カノンとして日本で生まれるはずだった魂は異世界レメイアで生きており、カノンの事故とほぼ同時刻に真冬の川に転落して流され、仮死状態になっているという。  時を同じくして肉体から魂が離れようとしている2人の少女。2つの魂をあるべき器に戻せるたった一度のチャンスを神は見逃さず、実行に移すべく動き出すのだった。  女神の導きで新生活を送ることになったカノンの未来は…?  毎日12時頃に投稿します。   ─────────────────  いいね、お気に入りをくださった方、どうもありがとうございます。  とても励みになります。

処理中です...