異世界図書館の幽霊って私のことですか?

木漏れ日

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幽霊になっちゃった?

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 それからセディは、簡単に風呂だのライトの点灯の仕方だの、まぁ生活に必要な様々な用具の使い方をレクチャーして意気揚々と帰っていきました。

 私の方はともかく今日は色々あり過ぎたので、風呂に入ってさっさと寝てしまったのです。

「おはようございます。ミーナさま。」
 
 その声に驚いて目を開ければ、栗色の髪をハーフアップに結い上げたメイド姿の女性がにこやかに立っていました。

「おはようございます。」
 
 私は慌てて起き上がると、ベッドの上でお辞儀をしました。
 もしかして昨日セディが言っていたメイドさんでしょうか。

「まぁ、私はミーナさまにお仕えするメイドです。そんなにかしこまらないでくださいね。エルグラント卿から特別にミーナさまに触れられるように、解呪のブレスレットを頂戴いたしましたので、なんでもお申し付け下さいませ。」

 ちょっと待って下さいよ。
 今のセリフ突っ込みどころ満載なんですけど。

 私に触れることのできるブレスレット?
 もしかしてそれがないと誰も私に触れないってことなの?

「え~と、メイドさん?」

「失礼いたしました。ベッキーとお呼び下さいませ。ミーナさま。」

 ベッキーは茶色の目を大きく見開いてそう言いました。
 
「ベッキー。その解呪のブレスレットを外してから私に触れてみてくれない?」

「それでは幽霊であるミーナさまのお世話はできませんよ。」
 
 そう言いながらベッキーは私の身体に触れようとしましたが、その手は私の身体をすり抜けてしまいました。
 まるで本物の幽霊のように!

 じゃぁあの男が最後に展開した魔方陣は、私を幽霊にするものなんだ。
 私、幽霊になっちゃったの?

「ありがとう。納得したわ。そのブレスレットがあればベッキーは私に触れることができるのね。」

「ええ、そうなんですの。さすがはわが国随一の魔術師様ですわね。とうとう幽霊まで実体化しちゃうんですもの。私、幽霊に仕えるように言われた時には恐ろしかったのですが、こんなに可愛らしい幽霊さんなら全然怖くありませんわ。」

 それって多分逆だと思うよ。
 人間を幽霊みたいに実態がないようにしてしまったんだ。
 
 なんて奴なんだろう。
 確かに幽霊として扱って欲しいとは言ったけど、幽霊にしてくれとは言わなかったのに。

「ミーナさま、洗顔をなさって下さいませ。その間にお召し物と食事をご用意いたします。」

 ベッキーにベッドから追い出されて、洗面をすませると、ベッキーはテキパキと私の身支度を手伝ってくれます。

 ごく淡いオレンジがかったピンクのドレスは、厚みのあるシルク素材で出来ていたので飾り気のないプリンセスラインなのに、それだけで十分に美しいものでした。

 ぼさぼさの髪もベッキーの手にかかれば、サイドを編みこまれて少し小顔に見えます。

 お化粧は、眉を整えるのとリップくらいにしてもらいます。
 この世界の化粧品が肌にあうかどうかわからないので、ちょっと使う勇気がでないのです。

 朝食で一番うれしかったのは何といってもコーヒーがあったことですね。
 
「素敵だわ。コーヒーが大好きなのよ。しかもミルクもあるのねぇ。今朝はカフェオレにしましょう。」

 そう言ってカップにちょうど半分づつミルクとコーヒー注いだのを見て、ベッキーはまた目をまんまるにしてしまいました。

「ミーナさま、コーヒーとミルクをブレンドするなんて随分変わってらっしゃるのですね。」

 とても好奇心がおおせいな娘みたいですね。
 まるで栗鼠みたいなくりくりとした目も可愛らしい。

「ベッキーも一緒にどう? 私は幽霊なんだもの。この世界の身分制度の枠の外にいるのよ。お友達になりましょうよ。」

 ベッキーはしばらく遠慮していたけれども好奇心には勝てなかったらしい。

「まぁ。とってもマイルドで美味しいですわ。カフェオレって言うんですね。」

 すっかりカフェオレが気に入ってしまったようです。

「お菓子なんかにも合うのよ。」

 そう教えてあげると、ちょっぴりいたずらっ子の顔になったベッキーは内緒話でもするみたいささやいた。

「マントルピースの上にオランジュリーの箱がありましたよ。オランジュリーのお菓子はとっても美味しいって有名なんです。」

「まぁ、じゃぁ伯爵夫人はお菓子もくださったのね。あとでおやつに一緒に食べましょうよ。勿論カフェオレと一緒にね。」

 私がそういえば、パァーと顔を輝かせて頷きました。
 ベッキーはどうもちょろい子みたいですね。

 朝食を終えると、私は直ぐにマンションの部屋から紙とインクを取ってくることにしました。
 
 廊下にでた私としては、試してみたいことがあったんです。
 幽霊なら空中を自由に飛ぶことができないでしょうか?

 空に浮かびあがるイメージでそっと飛び上がってみると、大成功です。
 私は今、自由に空を飛んでいます。

 嬉しくって吹き抜けの図書館を、1階から天井まで飛び回りました。
 あっちこっちで悲鳴が上がっていますが、かまいません。

 どーせ図書館の幽霊ミーナの存在は、おおやけになるんです。
 それなら先に慣れておいてもらいましょう。

 たっぷりと空中散歩を楽しんだ私は、紙とインク、それに化粧品やシャンプーなどの生活必需品を持って幽霊の間に帰ってきました。

 なんとそこにはツンドラみたいな冷気を発しているエルグラント卿が待ち構えていました。

 私はどうやらやり過ぎたようです。

「おはようございます、セディ。」
 
 精一杯愛想よく挨拶をしました。

「随分とご機嫌なようですね。幽霊どの。人の肝を冷やして歩くのが趣味とは聞いておりませんでしたがね。」

 そうとうご立腹のようです。

「ごめんなさい。もしかして飛べるかなぁと思ったら飛べちゃったので、つい。」

「つい出来心で失神者6名。転んで怪我をしたもの4名。気分が悪くなって業務に支障が出た者3名。それだけの被害者を出されたんですか。それはさぞかし愉快でしょうなぁ。」

 「嘘! そんなに! どーしよう。私、謝ってきます。」
 
 飛び出そうとした私の腕を、エルグラント卿はがっしりと捕まえました。

「お前の頭はザルなのか? いまお前が飛び出したら被害が増大するだけだろうが! まったく。」

 はい。おっしゃる通りです。
 私がしょんぼりとしているのを見て、ようやく怒りを納めたらしくエルグラント卿は優しく言いました。

「私が一緒に謝りに行ってやろう。どちらにしろこの図書館に幽霊が住み着いたことはきっと有名になる。そのうち幽霊を見たさに人が押し寄せることになるかもな。」

 それを聞いて嫌な顔をした私をみて、つくづく呆れたという顔をしました。

「ひっそりと暮らしていれば、せいぜい図書館に勤めている者ぐらいしかお前の存在を知られずに済んだんだぞ。それなのにお前と言う奴は! 考えなしにも程がある。」

 はい。ごもっともでございます。
 だってもしも、もしもですよ。

 空を飛べたら嬉しくなりませんかね。
 そーしてついつい場所もわきまえずに飛び回ったりとかは……しませんよね。

 「ミーナ。お前といると退屈だけはしなさそうだよ。」
 
 私の頭をぐりぐりと撫でながら、エルグラント卿は昨日私が思ったのと同じことを言いました。

 
 エルグラント卿が被害者のお見舞いに一緒に行ってくれることになったので、私は大急ぎでマンションに戻ると千代紙を持ち出してきます。

「今度は一体何をすると言うんだ。」

「お見舞いに鶴をおるんです。良ければセディもベッキーも手伝って下さい。」

 そうしていきなりの折り紙講座が開催されることになりました。

 いがいなことにセディはとても器用でしたが、ベッキーの折鶴はとても人様に差し上げることはできそうにありません。

「面白いものだなぁ。1枚の紙を折り込むだけで立体的な形を作り上げるとは! ミーナはいったいどこの国から飛ばされてきたんだ? 」

「難しいですわね。これは随分修行がひつような職人技ですね。」

 2人は思いおもいの感想を述べながらも、せっせと手を動ごかしてくれたので、13名の被害者の方にそれぞれ3匹の鶴が出来あがりました。

 美しいハンカチに鶴を3匹づつ包みこんで、私はエルグラント卿に連れられてお見舞い兼お詫び行脚に出かけます。

 なんといってもエルグラント卿が同行しているので、被害者の方たちも快く許してくれました。
 まさがエルグラント卿の前で文句も言えなかったでしょう。

 けれどもどうやらそれだけでもないらしく、皆さん鶴の折り方に興味津々みたいなんです。
 それで図書館へのお詫びも兼ねて、折り紙教室ならいつでも開催しますと申しあげたらとても喜ばれました。

 どうやら折り紙のおかげで、私は王立図書館に認めていただけたようです。

 まだ独身ですけれど、図書館が好きなのでお話会や工作教室などの子供イベントにはよくボランティアとして参加していました。

 ここでもそんなボランティア活動ができるなら、喜んでお手伝いします。
 そんな事も伝えましたから、図書館からは立派に戦力認定されたかもしれません。

 なぜだか上機嫌になる私に反比例するように、エルグラント卿の機嫌は急降下していきました。

 やり切った満足感でニコニコしている私を見ると、エルグラント卿はベッキーを帰してしまいました。

 え、私又なにかやらかしましたかね。

 エルグラント卿は獰猛な笑顔を浮かべると、猫なで声で私を呼びました。

 いやいや、騙されませよ。
 だってかなり怒ってますよね。

 ちょ、ちょっと待って下さい。
 アップで迫られると怖いんですけれど。

「自重という言葉を知らんのか! お前という奴は。いくら幽霊に扮しても看破する奴は出てくるんだぞ! そんなに珍しい容姿と、聞いたこともない知識をひけらかして! 誘拐されたいのか! 少しは自分の価値を自覚しろ。」

 なんでそーなるんでしょう?
 たかが折紙くらいのことで……。

 内政チートとか発明とか無理ですからね。
 私は単なる地味なOL に過ぎませんよ。

 セディは私を抱えあげると、悲鳴をあげようとする私の口を自分の唇で塞いでしまいました。
 そうして私がぐったりと涙目になるまで、許してはくれませんでした。

 ぐったりとした私をソファーに寄りかからせて、セディは静かに言います。

「ごめんよ。自分では気づいていないのは仕方ない。けれど覚えておくんだ。一介の魔術師に過ぎない私では守り切れない権力を持つ者もいるんだ。だから頼む。もう2度と目立つ真似はするんじゃない。」

 そのセディの言葉は胸にしみいるようで、私はしっかりとセディの瞳を見て約束しました。
 もう絶対に目立つ真似はしませんと……。
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