霊獣と3人の異世界びと

木漏れ日

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ムラサキとお祭りと

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 アイオロス王は王都での『地球の瘴気遺棄による大量魔獣化事件』を国際連盟の報告し、各国に警告するとともに
未来予知によって警告されている『大いなる災い』を阻止するために霊獣への協力を要請しました。

 アイオロス王が根拠なしに警告するとは考えられないために、この報告は天球の国々を震撼させました。

 とくに霊獣の守護を得ていない国は震え上がって、守護霊獣確保に真剣に取り組みはじめましたから、野良霊獣と言えば言葉が悪いでしょうが、守護霊獣とならずに呑気に暮らしている霊獣たちにも大きな影響を与え始めています。


 霊獣には迷惑な話だとはおもいますが、守護霊獣というのがナナのいう充電機能付き便利アイテムだとするなら、使うのは大いなる災いの時しかないでしょう。

 という訳でアイオロス王は、各国が血眼になって霊獣を探しはじめるのを大いに推奨していました。



 それに瘴気が天球のどの場所の放出されるかはわからないので、守護霊獣がいない国は下手をすると国が亡びることにもなりかねません。

 そこでレイは各国首脳に向けて無償のホットラインを設置し、サクラの協力のもと魔獣が大量発生すればすぐさま霊獣たちが駆けつけられるシステムを構築しました。

 このような事情をよく承知しているゴルトレス帝国は、ナナたちのミドリ訪問を喜んで受け入れてくれました。



 
 昨日の敵は今日の友というのは本当だなぁとナナは呑気にそんなことを考えながら、案内役の人の後ろを神妙についていきます。

「ナナ、お前よくもそんな呑気な顔してしゃぁしゃぁと顔をだせたな!」

 うん、ムラサキさまはいつもの平常運転ですね。
 ナナはムラサキさまの罵倒を懐かしい思いで聞いていました。

 そんなナナの気持ちがわかったらしくムラサキさまはがっくりと肩を落とすと、髪の毛をくしゃくしゃとかきみだしました。

「まったくお前って奴は! ミドリに用なんだろ? 案内してやるよ」

 ムラサキさまはそう言ってナナ達をミドリの元に案内しようとします。

「うん、でも話ならノリスがするから、ムラサキさまは私との約束を果たしてよ!」

 ムラサキさまは一体何を言われたのかわからずにぽかんとしてしまいました。


「だってムラサキさまは約束したじゃない。お祭りに連れていってくれるって。きいたところじゃ今、大きなお祭りをやっているっていうじゃないの!」

 ナナのびっくり発言にムラサキさまはノリスを見て言いました。

「ノリス。いいのかよ。このじゃじゃ馬はあろうことが、こいつを誘拐した私に祭りを案内させるつもりだぞ」

 ノリスはムラサキのあまりの慌てぶりをみて、にやついてしまいました。
 
 そーなんだよなぁ。
 オレの婚約者はこーゆー奴なんだよなー。

 ノリスはそう思うと、口をバクバクさせて慌てているムラサキをからかいたくなってしまいました。

「いやー。やっぱり女は女同士でしょ。ミドリとはゆっくりふたりで男同士の話がしたいから、よろしく頼むわ」

 そう言い捨てると、近くにいた近侍にミドリのところまで案内させてさっさと出ていってしまいました。

 

 あとには泡を食っているムラサキと、ワクワクした様子を隠そうともしないナナが残されているだけです。

「ナナ、お前いいのかよ。また誘拐されたらどーすんだよ」

 ムラサキさまは祭りの危険を説いてナナを諦めさせる作戦に出ました。

「大丈夫よ。だってムラサキさまには結界の術式があるじゃぁありませんか。霊獣の結界を破ることができる人なんていませんわよ」

 ナナの絶対的な信頼の前にあえなく作戦は玉砕してしまったようです。


「いいか! お前は絶望的に弱い。弱すぎる。私がお前を守り切れないことだってあるんだからな!」

 ナナを説得しながらムラサキは、こんなのをお守しているアイオロス王やノリスに心底同情してしまいました。

 破天荒なアイオロス王は、人から同情されたことなど全くなかったのですが、なぜだかナナを見た人はこれを守護するアイオロス王に深い同情を覚えるのが常でした。


「ムラサキさまは約束を破るひとだったんだ」

 ナナは少し拗ねたようにそう言いました。

「お前、それは卑怯だろうが! あーわかった。つれていってやる。その代わり私の言う事はぜってい守ってもらうんだからな!」

 とうとうムラサキもナナの前に陥落してしまいました。



「うーん。ムラサキさま。これって小さい子供用じゃないですかね?」

 ナナは自分の腰にきっちりと巻かれているコイルのように伸び縮みする紐を指さしてそう言いました。
 
 日本でも小さな子供がこれを付けられて歩いているのを見たことがあります。
 いわゆる迷子紐って奴ですね。

 いくらなんでもこれはないだろうと、ナナは思うのです。


「私の言う事は聞くんだろ。こうして置けばお前を見失うこともないからな」

 ムラサキは平然とそう言いましたが、実はこの国には迷子紐なんてものはありません。
 ナナに付けているのは、ペット用の散歩紐です。

  ナナが知らないのをいいことに、ムラサキは堂々とペットの鎖をナナに装着してしまいました。
 さすがに首では可哀そうだったので、腰にまきつけたのですが。

 
 その鎖のせいで、ナナはどうしても注目を集めてしまいます。

 ナナは大人が迷子紐をつけられているせいだと思っていますが、ナナのあまりに庇護欲をそそる姿に哀れな奴隷が惨い主人に連れまわされているのだろうと同情されているのです。

 ムラサキだってその視線の意味は重々承知しています。

 だったらお前らがこいつのお守をすりゃぁいいだろうが。
 こいつを守る方法が他にあるのかよ!

 ムラサキは心の中で毒づきながら、視線をおくる相手を威嚇しています。


「ちょっといいかな?」

 そう声をかけたのは茶色い髪と琥珀色の瞳をした若者でした。

「なんだよ!」

 もともと口が悪いムラサキですが、先ほどからの咎めるような視線のせいで、イライラがマックスになっています。

「いや、綺麗なおねえさん。そんなに怒んないでよ。ちょっとお願いがあってさ」

 男はムラサキにいきなりファイティングポーズを取られて困ったように言いました。

「嫌なこった! 他を当たりな。」

 ムラサキがそう言い捨てて立ち去ろうとすると、若者の纏う空気が変わりました。


「構いませんよ。私が用があるのは、そちらのお嬢さんですからね」

「なんだと!」

 ムラサキが、すぐさまナナを手元に引き寄せようと、紐を引っ張るとなんの抵抗みなく紐がムラサキの手持に戻ってきました。

 紐は途中ですっぱりと断ち切られていたのです。

 そしてナナの姿はどこにもありません。

「逃げられましたか。案外素早く動けるんだな。噂とは大違いだ」

 若者はそういうと、あっというまに空をかけあがりました。

「またね。勇ましいお姉さん」

 そんな言葉を残して……。


「くっそう。しかしナナを連れていったのは奴じゃない。ナナはどこに行ったんだ」

 ムラサキがきょろきょろとあたりを見回していると、笑い声が聞こえてきました。

「ここにずっといたのよ」

 そう言ってナナがニコニコと笑っています。

「おまえ、いったいどこに隠れてたんだよ。もしかしてアイテムボックスの中か?」

「私たちは次元倉庫って呼んでいるわ。紺熊さんがそう教えてくれましたから」

 ナナの返事にムラサキは紺熊じじいは年寄だからな、言葉が古いんだよなぁ、などと考えてすぐにそんな場合ではないことに気がつきます。

「お前あいつを知っているのか? お前を狙ってたみたいだがな」

 ムラサキさまの質問にナナも小首をかしげます。

「知らない霊獣さんだわ。でも残念だわ。霊獣さんには協力して欲しいのに」

 
「琥珀色の瞳だったな。もしかしたら亀の霊獣かも知れないな」
 ムラサキさまには心当たりがあったようです。

「琥珀の亀さまはどこの国の守護霊獣なの?」

「もしも琥珀の亀ならやっかいだぞ。あいつは森のシャーマンだ」

 ムラサキさまの返事を聞いてナナも遭遇した相手が誰なのかを知ることができました。

 森のシャーマンとは、国に所属することを嫌う自由民たちが、森にうつりすんで独自の文化圏作っているのですがそれを守護する霊獣です。

 自由開拓民とはいいながら、霊獣を得てその勢力は小さな国を凌ぐほどです。

 国際連盟にも加盟していませんし、今回の事件で協力を求める親書がアイオロス王から出されましたが、その返事も有りません。

 全く他と隔絶した世界にいる森のシャーマンがナナにいったい何の用があったと言うのでしょう。

 とにかくこのことはノリスやレイに報告しなければなりません。


「ねぇ、ムラサキさま。どーして私がちょっと外に出るだけで、いろんなことが起きるのかしら? 今回もまたお祭りを諦めなくっちゃならないわ。ほんとうについてないわねぇ」

 ナナの嘆きを聞きながら、ムラサキはたった10分ばかりのナナの護衛でほとほと疲れ果てている自分に気が付いていました。

 今回はナナの機転で攫われることは回避できましたが、そーでなければノリスやミドリにおめおめとナナが攫われた報告をすることになっていたのです。

 ムラサキはミドリがそーなった時には、どんな反応をするだろうかと考えて身震いしました。

 そのうえ番を攫われた竜の相手までするのです。

 ムラサキはアイオロス王に、もう二度とこのトラブルメーカーをゴルトレスに送り込まないでくれと頼みたくなりました。

 ナナの厄介さは、ナナの危うさを本人がまったく気が付いていないことです。

 自分の次元倉庫に隠れれば、だれにも見つけられないと自慢をしているナナの頭にムラサキは拳固をくれてやりました。

「イッターイ! ムラサキさま。ひどいよ。何すんのよ!」

 涙目になって頭を抑えるナナをみても、少しもすっきりしないムラサキなのでした。
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