霊獣と3人の異世界びと

木漏れ日

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氷の帝国

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 地下トンネルを抜けてからナナを連れた一行は、ひたすら山々を走破していきました。
 氷の帝国の迎えがくることになっているのは、森林限界を超えた場所にある山小屋だったのです。

 わずか三千メートルとはいえ、ナナにとっては高山病になっても不思議ではない高さでした。

 本来ならゆっくりと高度に慣らしていかなければならないのですが、追っ手のかかっている誘拐犯にはその余裕がありません。

 休息の度にナナの世話を焼いていた男は、舌打ちをするとリーダーである女に声をかけました。

「やばいぞ!薬はとっくに切れているというのにカナリアの意識は朦朧としたままだ。もしも高山病なら一度山をおりないと命に関わって来るぞ。」

「なに言ってんだい。とにかく頂上まであと1時間もあれば着く。たった1時間でその娘が死ぬというのかい?」

「そうじゃないが、高度が上がるほど体調は悪化するんだぞ。」

「知ったこっちゃないね。受け渡しまで生きてさえいれば、あとはどうなろうと先方さんの責任さ。グダグダ言ってないで、先に進むよ。」


 無茶としか思えない強行軍で、ナナたちは山頂にある山小屋に辿りつきました。
 ここは猟師が狩りの際に使っているらしく、それなりに煮炊きのできる設備も用意されています。

 ナナは山に入ってから背負い駕籠に移されて、ここまで連れてこられたのですが、すでにどうみても虫の息です。

 そこに、いかにも軽快に動くことだけを重視したような、軽い装備の男たちが3人姿を現しました。

ナナを連れてきた犯人たちがかなりの重装備なのから比べると、この男たちは山男というよりは、まるで平地でハイキングでもしているかのような気楽な格好です。

「それがカナリアか?霊力が全く感じられないが?」

 それを聞くとナナにまじないを施した男が、そのまじないを解きました。
 たちまちナナからは清涼な霊力が漂います。

 ただしその霊力はいかにも弱弱しいものだったので、男は眉をひそめてリーダーの女をみました。

「いいかい。こんな山の中を指定したのはそちらさんだ。見てごらんよ。ここには木の1本も生えちゃいないんだ。こんなところでカナリアが生きていられる筈はないだろ。命があるうちに届けたんだ。さっさと金を寄越しな。」

 男はそれを聞くと黙ったまま金の入った袋を女に投げ与えました。
 落ちた拍子に袋の口が開き、中から大量の金貨が零れ落ちます。

 たちまち誘拐犯たちは金貨に群がって歓声をあげていますが、3人の男たちはもう興味がないらしくそちらを見向きもしませんでした。

 男が目で合図を送ると医師らしい男がナナの手当をはじめます。
 ナナを薄いビニールのような袋の中にいれると、外から酸素を送り込んでナナの呼吸を確保しました。

「どうだ?」

「やはりこのままで移動するのは無理のようですね。衰弱が激しすぎます。」

「ウィンディア王国の奴らがここを嗅ぎつけるとしたら、どのくらいかかる?」

「今この瞬間見つかっても、不思議ではありませんね。時間はないと考えて下さい。」

 男はそれを聞くと深くため息をつきましたが、決断は早いものでした。

「麓の療養所に入院させる。髪・目の色・皮膚の色を術式で変えて、適当な名前をでっちあげるしかないだろうな。サイラス、お前の娘で年齢は5歳。眠り病にかかったことにして付き添っていろ。」

 そういうと男はナナに変化の術式を施しました。
 その光は7色に輝いてナナを覆います。

 やがてナナは亜麻色の髪と緑の瞳。そして小麦色の肌をした幼い子供にその姿をかえました。
 これではいくらアイオロス王とその仲間と言えども、ナナだと見破ることはできないでしょう。

「悪いが霊力も封じさせてもらうよ。今みつかるわけにはいかないのでね。」
 
 男はさらに霊力を使い術式を重ねがけします。
 どうやらこの男は虹色の力を持つ霊獣のようでした。

 そのころには誘拐犯グループはお宝の分配も終わったらしく、興味深げに氷の帝国からきた男たちを眺めていました。

 虹色の霊力を使う男は、ため息交じりに、彼等にも術を仕掛けます。
 瞬く間に誘拐犯たちは意識を刈り取られて、そのまま倒れ込んでしまいました。

「ずいぶん手荒な真似をしてくれたようだが、約束は守るよ。ただし我々の記憶だけは封じさせてもらった。」

  
 
 そうして虹色の霊獣たちの姿が消えたころ、空には青い竜の姿がありました。

「確かに一瞬だがここからさあやの霊力がしたんだ!。」
 
 ノリスが断言するとセンは地面に転がっている人々にノリスの注意を向けました。

「多分こいつらがナナ誘拐の実行犯だぜ。ほら懐にたんまり金を持ってやがった。」

「そんなはした金で、我々を敵にまわすとは、いい根性じゃねぇか。」

「ノリスの兄貴はお坊ちゃんなんだな。もっとわずかの金に命を懸けるやつだっているんだぜ。」

 センは何かを思い出すかのように遠い目をすると
「ピンク! こいつらを全員アイオロス王の所へ送ってくれ!」
 と、ピンクにお願いしています。


「霊獣の気配が残っているが……。すでに氷の帝国に連れ去られた後か?」

「ノリスの兄貴、ナナの虚弱体質を舐めちゃいけないぜ。こんなに短期間にここまで連れてこられたなら、どうせ死にそうになっている筈さ。この付近を徹底的に調べた方がいいよ。遠くにはいけっこない。」

 センの言い分を聞いてノリスは自分がナナを誘拐した時のことを思い出しました。
 確かにあの時も近くのオアシスでナナの回復を待つ予定でした。

 ナナを生かして捉えたいなら、今頃はきっとナナをかかえて何処かで息を潜めているはずです。

「麓の街まで降りて拠点を作ろう。すぐにダンたちも合流できるだろう。」

「だけど、どこにいく? 山の周囲には町が三か所もあるぜ。」

「バラバラになって探すしかないな。センは西の街を探してくれ、俺は東を探す。残りはダンにまかせよう。」


 そのころナナは美しい湖と山々の景色を楽しめることから、保養地として名高いフィステルの街に来ていました。

 フィステルでもかなり有名な保養施設であるパール療養所の一室には、今日から高名なサイラス医師のお嬢さんであるシャーロット嬢が入院することになりました。

 とくに病気が認められないのに虚弱なために、ベッドから離れられない眠り病患者だということです。

 治療というよりは、体力の回復に努めるための療養なのです。

 婦長であるエミリアはシャーロットととの面談の真っ最中でした。

「こんにちは。どうかしら?すこしお話してもいいかしら?」

 熱があるらしく潤んだ瞳の少女はそれでもエミリアの方をしっかりと見つめています。
 そうして了解したらしく、こくりと頷いてみせました。

「お名前は言えますか?」

「シャーロット、5歳です。」

「いい子ね。お父さまのお名前は?」

「サイラス。お父さまはお医者さんなのよ。」

 そう答えたシャーロットの目は誇りに満ちていました。

 エミリアはにっこりとしました。
 熱はあるものの意識の混濁はありません。
 受け答えもしっかりしていますから、安静にしていればすぐに熱は下がるでしょう。

「婦長、どうですかな? もう入ってもよろしいですかな。」
 そう言いながら堂々と部屋に入ってきたのはサイラスです。

「お父さま!」
 シャーロットは嬉しそうに笑いました。

「これはサイラスさま。お嬢様はお熱が下がるまでは安静が一番ですわ。わかってらっしゃると思いますが、疲れさせない程度にしてくださいね。」

「もちろんですとも。すぐに退散いたしますよ。ただ可愛いシャーロットに挨拶さえできればね。」

「シャーロット、お父さまはこの療養所で患者さんを見ているからね。困ったことがあったらいつでも呼び出しなさい。」

「お父さま、シャーロットはもう大きいんですから、ちゃんといい子にしていますわ。お父さまはしっかりお仕事しなきゃダメよ。」

 そんなシャーロットのおしゃまな様子に、婦長もサイラスもにこにこしています。

 しかし……。
 サイラスが預かっている子供はナナの筈なのですが。

 どうやらナナはすっかり記憶まで封じられてしまったようです。


 
 一方こちらは、懸命にナナの足取りを追うノリス達です。

 誘拐犯たちはすっかり記憶を封じられていましたから、ナナだってもしかしたら記憶をなくしているかもしれません。

 それでも麓の街に姿を現したのは、つい最近の出来事の筈なんです。

 こういった保養地にはよそ者の流入が多いとはいえ、ここ最近療養をはじめた10~13歳ぐらいの女の子なんてたかがしれています。

 それなのにどこの街を探しても発見できませんし、そんな女の子の噂さえもないのです。
 これは一体どうしたことなんでしょうか?

「オレはもういっそ氷の帝国に行ってみるよ。もしかしたらすでに氷の帝国に入ってしまったのかもしれないじゃないか!」

 ノリスはじっと待つなんて耐えられないのです。
 それぐらいなら氷の帝国を隅々まで探した方がずっと気持ちが落ち着くでしょう。

「しかし、これでも情報収集にかけてはかなりのもんだと自信をもっているんだ。そのうえで言わせてもらえばナナは未だ氷の帝国には入っちゃいない。断言してもいいぜ。ナナが氷の帝国にいるなら、絶対にどこかに変化が出る筈なんだ。なのになんの変化もない。」

 ダンがノリスの考えをきっぱりと否定します。
 そこにレイが割ってはいりました。

「この件には霊獣が関わっています。誘拐犯は記憶を操作されていましたが、霊獣の力がそれだけということはない筈です。精神干渉を得意とする霊獣なら、見た目や年齢さえも誤魔化せる可能性があります。もう一度、年齢・性別・人種などに関係なく、ここ数日にこの周辺に逗留しはじめた者を全てピックアップしてください。」

 アイオロスの精鋭たちは、じわじわと氷の帝国に迫りつつありました。
 
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