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金糸雀と火の鳥の悲恋
しおりを挟むノリスが去ってすぐにナナたちは、またもやプレスペル皇国とこの度改めて同盟を結んだ国々に、聖女の奇跡を分かちあうために出発しました。
ナナもセンもすっかり旅に慣れてしまいましたから、思った以上にスムーズに進むことができます。
ナナが王族としての笑顔とお手振りにすっかりくたびれてしまったとしても、センの方はいたって上機嫌です。
ナナはセンがいくらうまく誘導しても少しも新しい恋人のことを話そうとしないので、つまらないうえにセンが上機嫌なのはきっと彼女とうまくいってるに違いないと思うと、少しくらいならセンを脅かしてもいいかも知れないなんてよからぬことを、考えていました。
せっかくプレスペル皇国にいたのに、けっきょくセンは頑として皇都に寄り道するのを許してはくれませんでした。
セーラと遊ぶことを楽しみにしていたナナは、すっかりむくれてしまいました。つまりあの事件はちょうどナナのそんなささくれた気分が招きよせてしまったのです。
ナナは最後の秘儀の場所であるマーシャル王国にきていました。
聖なる姫君ということで、マーシャル王国としても、それは丁寧にナナを扱ってくれたうえで、神殿の奥深くにナナの居室を設け、ウィンディア王国の付き人は、センといえども入室を禁じられてしまったのです。
普通の状態のナナならば、そんなことになれば不信に思うでしょうし、従者のひとりくらいなら何とか手元におけるように交渉した筈なのです。
しかしナナは今までの疲れとセンにたいする苛立ちから、マーシャル王国の宰相がのらりくらりと自分の付き人との面会を断るので、とうとうどうせ数日のことと諦めてしまいました。
「姫さま、先ずはゆったりと旅の疲れをおとり下さい。」そう言って案内されたのは広々とした浴室でした。
「まぁ、なんと見事なのでしょう。」ナナが思わず声をあげれば、付き人の娘はおだやかに微笑むと
「私共の国には、暁の火の鳥さまがいらしゃいます。霊獣さまのお力でこの国には温泉が湧くのでございますよ。」というではありませんか。
「まぁ、温泉ですの。懐かしいですねぇ。」
「お喜びいただいて何よりでございます。まずはお体を清めさせていただきます。そのあとこの浴衣を着ていただいて、石室に向かいます。石室の地下には暖かい温泉が流れておりますので、大理石のベッドでゆっくりと寝ているだけで疲れが取れるのでございます。」
「凄いわ、岩盤浴まで出来るのね。」
「はい、そののち浴衣を着替えましたら、雪室にまいります。そのお部屋ではいつも雪が降っておりまして、ほてった身体を冷やしてくれます。」
まるで日本にいるかのようなサービスにナナはすっかり気をゆるして、侍女たちに全てを委ねてしまいました。
「綺麗だわぁ~。」ナナはうっとりとチラチラと降り注ぐ雪を見ていました。青い光が注がれているのでとても幻想的です。
「こちらに来てから雪なんて見てないもの。レイやセンにも見せてあげたいなぁ。さぞかし懐かしがるだろうなぁ」
ナナがそのように呟くと
「おや、これは姫君には婚約者がいるというのに、他の男のことを考えているのですか?随分多情なたちのようですね。今代のカナリアは。」
ナナが振り向くと、見事な赤毛の逞しい青年が居るではありませんか?
浴衣を着ているとはいえ、このような場所で声をかけるなんて!
ナナはキッとその男を睨みました。
「おや、かなり気性は強いようだねぇ、先代はあまりにもたおやか過ぎてつまらなかった。金の小鳥ちゃん。そんな風に睨まれると嬉しくなってしまう。君ってさ、僕の好みだよ。」
「先ほど婚約者がいるとご自分でおっしゃったではありませんか。暁の火の鳥さま。霊獣さまとはいえお戯れが過ぎるというものです。どうぞお帰り下さい。」
「おやおや、つまり君が強気なのはあのアオがいるせいかい?婚約というのは結婚とは違うもの。もしかしたら婚約破棄ということだって世間にはいくらもあるものなんだよ。」
「それ以上の発言は青龍さまにも、私にも失礼です。戻ります。」
入口はひとつしかないので、ナナが部屋を出ようとすれば、どうしてもアカツキの横を通る他はありません。
ナナとしては精一杯素早くすり抜けようとしたんですが、あっさりアカツキに捉えられてしまいました。
「離して、離しなさいよ。」いくらじたばたと暴れても、アカツキの逞しい腕はびくともしません。
「小鳥ちゃん、そうやって君が暴れられることが、僕の害意がない証拠だよ。少し落ち着いてごらん。僕は君を絶対に傷つけたりはしないからね。ほら、すっかり冷えて。おいで食事にしよう。」
ナナはそれでも身体を固くしていたのですが、アカツキはとても大切な宝物でも運ぶかのように、丁寧にナナを扱ったのでした。
ゆったりとした部屋は和室で、掘りごたつが用意されてその上では暖かな鍋がぐつぐつ煮えていました。
「これはいったい……」
ナナが立ちすくむのも無理はありません。鍋のよこにはお刺身やてんぷら、まで並んでいるのです。
「どうして?」
そう言うナナにアカツキはかいがいしく、鍋を取り分けると、せっせとナナの給仕をはじめました。
すっかりアカツキのペースに乗せられてしまったナナは、いつの間にか懐かしい料理に舌鼓をうつと、すっかりアカツキへの警戒心を解いてしまいました。
ナナはとても素直なちょろい子なのです。
「ねぇアカツキ。どうやってこんな料理を調べたの?」
「それは古文書だよ。昔ねミズホという国の女王さまが、砂漠の青龍に嫁いだことがあったんだってさ。そん時の料理がこれなんだって。小鳥ちゃんたちの国とミズホの国ってどうらやちょっと似てるらしいんだ。」
「へぇ、それって何年前の話なの?」
「そうだね、二千年前だそうだよ。」
「二千年、それじゃぁ、全く私たちとは違うよ、私たちの国は二千年前はこんな料理は食べていない筈だからね。」
「アカツキは火を司る霊獣なんだね。マーシャル王国は霊獣がいることを表にだしてないみたいだけど何でなの?」
「う~ん、それは秘密。そのうちわかるよ。それより小鳥ちゃん、食後にすこし音楽でも聞かないか?僕が演奏するからね。」
「いいけど、小鳥ちゃんはやめてね。ナナでいいよ。」
「わかったナナ、それじゃぁ行こうか」アカツキは当たり前のようにナナを抱き上げると、神殿に戻りました。聖堂のパイプオルガンがお目当てのようでした。
「無茶よ、アカツキ、パイプオルガンは準備が必要だし、それに補助者がいないと演奏なんてできないわ。」
「ナナ、心配しないで。ここに座ってね。」
そういうとすっかり準備が整っていたらしく、アカツキがゆったりとパイプオルガンを演奏し始めました。
それを聞くうちにナナの中に眠る何かが目を覚ましたようです。
「さようなら愛しいひと。わたしは眠る長い日々を、さようなら愛しきひと、ふるさととおく離れても。
忘れないで愛しいひと。わたしがめざめるその日まで、忘れないで愛しきあなた……」
ナナは我知らず歌を唄っていました。それは愛しい人とのわかれの唄。そしていつかの約束のうた。遠い希望を語る唄でした。
ナナの唄声は聖堂をゆるがし、シャランシャラン、ゴーンゴーンと聖堂すべての鐘が鳴り響きました。そしてそれは、ナナから離されてやきもきしていたセンへも届きました。届いてしまったのです。
ナナは自分が泣いているのを知りました。いいえ泣いているのはナナに囚われたカナリアです。
ナナにはアカツキの秘密がわかりました。マーシャル王国が決してどこの国にも屈することのなかった理由も、そしてアカツキという霊獣の存在を誰も知らない訳も。
「小鳥ちゃん。」これ以上ないくらい優しい声でアカツキはカナリアに呼びかけました。
「僕の愛しきカナリア、ずっと待っていたんだよ。」
もはや間違いようもありません。先代のカナリアはマーシャル王国に庇護されていたのです。ナナが案内された部屋こそが先代カナリアの部屋だったのでしょう、
確かにナナはあの神殿の部屋で、これまで味わったことのない安心感を得ていました。
カナリアがこのマーシャル王国にいたのなら、アカツキこそが覇王。マーシャル国王に違いありません。
マーシャル王国では王は秘されており、王に会えるのは当代の宰相閣下のみとされていました。
霊獣が王ならば、王は千年もの長き間代替わりしないことになってしまいます。
その不自然を隠すために暁の火の鳥の存在も秘されたのでしょう。
「アカツキ、」ナナが思わずその名を口にしたとき、凄まじい風にナナは囚われてしまいました。
気づくと氷のように冷たいまなざしをしたノリスがアカツキを冷ややかに見ています。
「霊獣ならば知っているはず。千年の時を過ぎ霊山に帰った霊獣は次代の核となる。しかしその魂は百年の年月をかけて輪廻に向かう魂たちから欠片を貰い、学びて育ちいくもの。同じ霊獣になることはない。しかも今代のカナリアの魂はナナなのだぞ。」
アカツキの顔はこれ以上ないくらいに、真っ青でした。
ナナはアカツキの悲哀を見ていられませんでした。
それでもさすがは先代のカナリアの番、マーシャル王国の覇王、暁の火の鳥でした。
決して絶望に顔を向けることなく、自分の責任を背負ってみせました。
「当代の覇王、青龍さまと番の金糸雀さま、大変失礼をいたしました。これはつまらぬ真夏の夜の夢でございました。座興にすぎませぬ。どうかお忘れ下さりませぬか」
そう言ってアカツキは深々と頭をさげました。
「座興じゃの。随分壮大な座興になったわ。国中があの鐘に沸いておるぞ。金糸雀の復活だとな。」
「確かに復活なさいました。ウィンディア王国のレティシア王女として。明朝の秘儀で民もそれを知ることになりましょう。まことに目出度いことでございまする。」
「先代の金糸雀と当代の金糸雀に免じて引いてやる。アカツキ!わかるな!」
「はい、以降決して鐘がマーシャルに響き渡ることはないでしょう。そのかわりに、フルートの音色を楽しみとうございます。」
「では、明日を楽しみにいたそう。」
そう言うとノリスは私を連れて、セン達のところにいきました。
「ナナ、またやらかしたんだろ!大丈夫か?」
私がなにか言う前に、ノリスが答えました。
「大丈夫だよ、ちくしょう! アイオロスとその配下どもだ!アカツキのことも先代の金糸雀のこともしってやがったに違いねぇ。くっそう、もしもそれでナナを囚われるならそれだけの男と見限る気でいやがった!あのクソおやじどもめ」
どうやらこれはお父様もレイたちも知っていたうえでの放置であったようです。
アイオロス王とその愉快な仲間たちのイタズラは半端ではありません。
ナナはノリスに申し訳ないやら、アカツキに申し訳ないやらで、身のおきどころのない気分でした。
「お父様のばかー。ノリスのいけずー」
ナナは大声で叫びました。
アイオロス王と愉快な仲間たちのイタズラで被害をこうむっているのは結局私なのだと、ナナは思うのでした。
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