霊獣と3人の異世界びと

木漏れ日

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策謀と襲撃

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 ナナたちが向かうアステル神殿での癒しの予定日は、一ヶ月後となっていました。
 プレスペル皇国をゆっくり楽しみながら、アステル神殿へと向かえるよう、皇国側が日程にかなりの余裕を持たせていたからです。

 余裕があるので守護隊としては、無理をしたくない。進軍中に襲われたくはないので、アステル神殿へはあと少しのところで、安全確認のための待機が続いているのです。

 待機が続けば、暇になる。暇になれば、センが訓練にナナを巻き込む。

 風が吹けば桶屋が儲かるではないけれど、オルタナ教団のばらまいた檄文のせいで、今日もナナは、苦手な霊力制御の訓練中なのです。

 うぅ~訓練嫌い。
 セーラに会いたいよぉ~。
 センのいけずぅ。

 ぶちぶちと不満を洩らしていたナナが、突然固まりました。

「ナナ、サボるんじゃねえぞ。」

「セン、敵意を持った人が大勢でこっちにやってくる。凄い迫力よ。守護隊の戦力では危険かもしれないわ。セン、お願い!」

「わかった、お前はこの天幕から絶対外にでるな! メリーベル、ナナを頼む。」センは素早く、迎撃態勢を整えるために、守護隊長のもとに向かいました。

 
 ナナたちが敵に襲われようとしているちょうどその時、レイはレイで厄介な相手と対峙していました。

 マーシャル王国という国は、よく言えば老練、悪くいえば常に強者におもねって自国を維持しているような国です。マーシャル王国にも、言い分はあります。ウィンディア王国とプレスペル皇国という二大大国に挟まれて、自国を存続させるには、のらりくらりと逃げのびる方法しかありません。

 マーシャル王国は、近隣の国々との婚姻を長年にわたって積極的に行ってきたので、このマーシャル王国を味方にすれば、まるで雪崩のように他の国々も追随する事でしょう。

「レイさま、我々も誠心誠意貴国の意思を尊重したいと願っておるのですよ。しかし何分古い国でしてな。議会がなかなかまとまりませんでのう。」しゃぁしゃぁとそんなことを言う、宰相にレイが説得します。

「よろしければ私を議会に参加させては下さいませんか?ウィンディア王国の本意は、やはり王国の民がご説明申し上げる方が、ご理解いただけるのではないかと存じます。」

「よろこんで議会にお迎えいたしますぞ。ただしマーシャル王国議会は変わっておりましてのう。結論がでるまで、議員は一切外部との連絡を絶って、議場に籠ることになります。レイどのも、それでよろしいでしょうか。」

「もちろんでございます。郷に入っては郷に従えと申しますゆえ。」

「それでは。」宰相はギロリとレイをねめつけて、
「お持ちの通信装置をお預かりいたしましょう。預かるだけじゃ。議会が終わればお返しもうす。まさか否やはございますまい。」

 この狸親父め!最初からレイを孤立させる気であったことを悟りましたが、今さら引くことも出来ません。
 何食わぬ顔で「もちろんですとも、宰相閣下。」と、答えたのでした。

 これでレイとの連絡は、誰も取れなくなってしまいました。
 それが、こののちの事件に大きな影響を与えることになろうとは、さすがのレイも予測できなかったのです。



 一方ナナの方では、

「癒しの姫君を、お救いしろ!」
「神は我らと共にある、ひるむな!」
「ウィンディア王国に鉄槌を!」
「聖女を奪還するんだ!」

 そのような雄たけびがナナの潜む天幕にも聞こえてきます。
「メリーベル、怖い!」そう叫ぶと、ナナはひしとメリーベルに抱き着きました。

「大丈夫でございますよ。姫さま、私がついております。」
 メリーベルがナナを抱き寄せながら安心させようとします。

「メリーベル、誰かが天幕に侵入した。」
 ナナが、メリーベルの耳元にささやけば、メリーベルはこっそり太ももに仕込んだ短剣を抜いて身構えます。

「ほほぅ、なるほど噂どおり何もできぬひ弱な姫君だのう。それはそれで都合がよいわい。」
 いつの間に忍びこんだのか、全身黒ずくめでターバンを巻いた男がナナに近づいてくる。

「姫さま、お逃げ下さい!」
 メリーベルが短剣を手に男にむかえば、ナナは素早く天幕の外に向かって駆け出していった。

 が、しかしその時、入口にはもう一人の男が立ちふさがり、ナナの腕を捻じりあげた。
「痛い!やめて、離して!」悲鳴をあげるナナには見向きもせず、その男は黒ターバンに向って「この娘か?爺」と、問うた。

「さようでございましょう若。この女が姫と呼んでおりましたからのう。」
そう言って爺と呼ばれた男は、ドサリとメリーベルの身体をナナに向けて投げた。

「メリーベル、しっかりしてメリーベル!」
 ナナは夢中でメリーベルに駆け寄ると、既にメリーベルは虫の息であった。

「ひどい!なんてこと。メリーベル、今助けるわ。」
 ナナは素早く癒しの術式を使った。

 フルートは術式を広く広範囲に届けるもので、ナナの術式はセンの訓練により瞬きする間もないくらい早く発動する。そしてこれがメリーベルの命を救った。それぐらい瀕死の状態だったのだ。

「なるほどのう、癒しの力も本物という訳でござるな、若。」
 ナナはその声を背中で聞きながら、震え上がった。この男たちは、ナナの力を見極めるためだけに、メリーベルをあと、数瞬で死ぬ瀬戸際まで追い込んだのだ。

「なら、いい。行くぞ、爺」
 若と呼ばれた男は、なんの感情もみせずに素早くナナの意識を刈り取ると、荷物のようにナナを抱えて出ていった。

「姫さま……」
 朧気に意識を取り戻したメリーベルが見たのは、逆光の中長身の男にさらわれていくナナのシルエットであった。


  天幕の外では、オルタナ教徒とウィンディア守護部隊との戦いが続いている。
「姫を守れ!一歩も通すな!。」
「姫をお救いしろ!聖女をオルタナへ!」

 その様子に爺が思わず皮肉な笑みを浮かべて、嘆息する
「皮肉なものですのう。すでにその守るべき姫は我らが手の内にあるというのに。若も酷いおかたじゃ、オルタナ教を利用するとは!」

「ふん、死ねば天国がまっているのだろう?ならば感謝されることはあっても、恨まれる筋合いなどないわ。つべこべ言わずに帰るぞ爺。目的は達した!」

 二人組の賊によってレティシア王女が誘拐されたことが、守備隊に伝わるまでメリーベルが努力しても、時間がかかってしまった。敵味方入り混じっての乱戦のなってしまっていたので、さすがのメリーベルでも素早くは動けなかったのである。

 しかしこの遅れは致命的だった。すぐさま街道を封鎖したが、既に遅く賊もろともナナの気配は消えてしまったのだ。



 レティシア王女誘拐される!この報告は、マーシャル王国に入ったレイと音信不通になった。という報告と相前後して王国執務室にもたらされた。

 通信機の向こうではレイの副官を務める近衛騎士が、「何としてもマーシャル王国に交渉してレイと繋ぎをつける。」と息巻いている。

 それを近衛隊長であるモリスが止めた。
「マーシャルは老獪な国だ。今の段階であせってレイと連絡を取ろうとすれば、聖女になにかあったと感づくだろう。そうなればレイが努力してきた講和が台無しになってしまう。」

「しかし隊長、緊急時です。まずはレティシア王女の救出を一番に考えるべきでは?」

「レイがいれば、王女は見つかるとでも言うのか?」

 そう問われれば、騎士たちも沈黙するしかない。しかしこの時点でナナを救出する鍵を握っていたのは実はそのレイだったのだが、それがわかるはずもなく、レイはレティシア王女救出作戦から外されることになった。

 「アイオロス王!」部下たちが期待を込めて王を見上げる。

 アイオロスは胸中では、オレは何でもできる打ち出の小槌でも持っているとでも思われているようだなぁと愚痴っていたが、僅かも動揺をみせることなく命令する。

「調略部隊は、引き続きレイが帰るまでそのまま待機。僅かでも動揺を悟らせるような真似をするんじゃねえぞ!レイと連絡が付いたら、調略は副官に引き継ぐ。その時点でレイをレティシア王女救出の責任者とする。」

「ゴードン、オレの遊び仲間を動かせ、金糸雀が動けば、必ず噂になる。その噂聞き漏らすんじゃねぇぞ。」

「ジーク、お前も部隊は副官に引き継げ。すぐにセンたち守護隊に合流しろ。レイの抜けた穴を塞げ。センは若い。頼むぞ。」

 てきぱきと命令を下すアイオロス王には、いささかの焦りも見えなかった。しかしじつのところアイオロス王は、未だかって経験したことがないくらい焦っていたのだ。

 もともと、金糸雀を手にしたものは懐深く隠し込んで、絶対に表にだしたりはしないものだ。噂になるはずもない。もしも情報が洩れるとしたら考えられるのは、ナナのあの性格だろう。 大人しく庇護下に収まるようなタマじゃない。
 
 しかし、それならそれで問題なのだ。ナナを捉えている相手が、そんなナナに苛立てば、ナナの心臓はすぐにも止まるだろう。



 じりじりとした焦燥感に王が苛立ちを募らせているころ、ナナの姿は砂漠の中にあった。

「うぅ~ん」ナナが意識を取り戻したとき、ナナは砂漠の真っ只中にいた。

 正確に言うと、柔らかい布でぐるぐると巻き込まれ、顔は薄いベールで被われている。その上でラクダに乗っているのだが、意識のないナナがラクダにのれる訳もなく、若の腕のなかにすっぽりと納まっている。

 ナナはベールというものが、こんなにも外が良く見えるのに驚いて、すっかり動揺している自分の顔を、この男に晒さずにすんでいることにも感謝していた。

 カナリアの力は、多くの人に狙われるであろうこと、そしてもしも誘拐された時の対処方法も嫌になるくらい教え込まれているナナである。誘拐犯には逆らうな!それが教えの第一項である。

「ナナ、あなたが逆らったところで、簡単に取り押さえられてしまいます。カナリアの力が目当てなら、おとなしくさえしていれば手荒なことはされません。必ず助けますから、絶対に何もしないこと。いいですね。」

 これがアイオロス王・レイ・センその他、会う人ごとに言われてきた言葉である。

 「随分大人しいな。」
 ナナを抱えている男は、拍子抜けしたように言った。さらった女なんて気がつけば、狂ったように逃げ出そうとあがくものだと思っていたのだ。

 もちろん女が少しぐらい暴れたところで、びくともしないし、かえって少しお灸をすえる楽しみが増えるぐらいのものだ。だからと言って、こうも大人しいのも拍子抜けしてしまう。

 ナナはナナでどうせ逆らえないなら、こんな奴と絶対に口なんてきいてやるものか、と思っている。それがナナのできる精一杯の抵抗なのだ。

 フン、男はナナの意図を察したらしい。なぜならナナは身体をこわばらせて少しでも男と距離をとろうと抵抗していたのだ。

 男はにやりと笑うと、いきなり猛スピードでラクダを走らせた。
「きゃぁー。」ナナは可愛い悲鳴をあげると、無意識のうちに男にしがみついてしまった。

「それでいい。しっかりとしがみついていろ。お前を守れるのは、今ではオレだけだ!」」
 そう言って、男はナナをしっかりと抱え込んだ。

「おや、これは珍しいものがみれましたな。」爺は興味深かそうにじろじろとナナと若とを見比べた。

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