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34 公衆浴場

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 ガーゴイル達を倒した勢いで、小学校のグラウンドに深い穴を開けてしまった。その穴から温かい湯が吹き出してきた。俺は偶然にも、温泉を掘り当てたのだった。


 せっかく温泉が湧いたのだからということで、俺たちは浴場を作ることにした。
 基本的には、大工仕事が得意なホビットの仕事だが、資材運びなどの肉体労働は俺やジャンヌが担当した。いったい領主とは何なのか。

 それはともかく、彼らには、浴場というものの概念がないようだった。ジャンヌも分かっていなかった。体を洗うのは井戸端で行水するか、濡れた布で拭くかぐらいで、温かい湯に浸かるという発想自体がないらしいのだ。
 露天風呂を単独で作ってしまったドワーフたちは、異世界ではかなりの異端児だったのかもしれない。
 
 ともかく、理解してもらうのになかなか難儀はしたが、とりあえず湯を貯める大きな浴槽と、広々とした洗い場と、脱衣場のある浴場が完成した。
 木造なので、ちょっと江戸時代の銭湯みたいな雰囲気だ。さすがに混浴ではなく、ちゃんと男女別々になっている。
 洗い場にはシャワーなどないので、代わりに湯が流れる用水路的なものを巡らせてある。

「この椅子に座って、この手桶でここから湯をすくって使うんだ。
 この中には入らないこと。それからちゃんと体を洗ってから湯に浸かること」

「「「はい、領主様!」」」

 シャンプーやリンスの使い方なども説明して、ようやく浴場を開放した。

「「「わぁぁい!」」」

 子供たちは、初めての施設でも全く躊躇ちゅうちょがない。男湯だろうが女湯だろうが、関係なしに行ったり来たり、裸でバタバタ駆け回っている。
 大人たちは初めは戸惑っていたが、すぐに慣れて入浴を楽しむようになった。

「ジャンヌも入ってきな。湯に浸かれば、疲れがとれる」

「そっ、そうだな。わかった!」

 人前ですっ裸になるのに抵抗があるようだったが、結局それも克服して、体が真っ赤になるほど湯に浸かっていた。入浴を十分に堪能したようだ。

 浴場には、温泉の排水を利用した簡易的な水力発電システムを設置し、電気が使えるようにしてある。ドワーフの鉱山に設置したものと同様のものだ。
 LED照明で夜中でも明るく、冷蔵庫には冷えた飲み物も備えてある。二十四時間いつでも利用可能な公衆浴場が完成したのだった。


「ふぅぅぅ、湯に浸かるのは最高だった。確かに疲れがとれたと思う。
 最初はブラドの言う意味が分からなかったが、あれを作って正解だったな」

 ジャンヌは冷たいワインを飲みながら、浴場入口の休憩コーナーで涼んでいる。

「まぁな。この手の施設は、この国だと割と普通だったんだよ」

「なんというか、豊かな世界だったんだな」

「ある意味そうだったと思う」

 そんな世界を支えていたブラック労働を思い出し、俺は苦笑いをする。

 ジャンヌやホビットたちは、仕事を終えてから日暮れ時に浴場に通うというのが習慣になった。朝風呂が好きになった連中もいる。
 新しく作った公衆浴場は、こうして彼らの生活に欠かせないものになっていった。



 バンパイアの俺は、夜明け前のガラすきの浴場を独占するのが常だ。
 常だったのだが……。

「おいサラ。ここは男湯だぞ。
 お前は一応女だろうが。あっちに行け!」

 迷惑エルフのサラが、なぜか男湯の湯船に浸かっていたのだ。

「僕たちがどこにいて何をしようが、それは僕たちの勝手なのさ。
 男なのか女なのかは、それは僕の意志で決定することなんだ。
 君たち下等な種族の指図は受けないよ」

「……あっそ」

 俺は説得するのが面倒になり、洗い場で体を洗いはじめる。

「君はメクラなのかい。
 僕のこの素晴らしい曲線美に目を奪われないとは、どうかしているよ」

 凹凸のほとんどない、棒切れのような肉体のどこに曲線美があるんだか。
 俺はサラの存在を意識から消し、じっくりと入浴を楽しむことにした。
 横からなにやら雑音が聞こえてくるが、意志の力でフィルタリングする。

「さて、あがるかな」

 ふと湯船を見ると、真っ赤に茹だったサラがまだ頑張っていた。

「お前もさっさと出た方が良いと思うがな」

「ぼっ僕がいつ湯からでるかは、ぼくのかってなのさ。
 きみたちにさしじゅされる……」

 ここまで来ると、もはや感心するレベルだ。


「そっか、好きにしろ」

 俺はサラを残して浴場を後にした。

「さて、一寝入りするかな」








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