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60 組合長がやって来た
しおりを挟むしょぼくれた爺さんが一人、供も連れずロバを引いて歩いて来た。
その爺さんは魔導師組合の組合長を名乗っている。
魔導師組合なんて知らないし、用件も良く分からない。
とはいえ、見たところ無害そうだし、ちょうど暇だったので会ってみることにした。
賓客というわけではないので、ゲートと家の中間地点にある卸所へ案内した。
事務所の机に向かい合って座り、茶を飲みながら話を聞く。
「……ふ~ん、組合員が減って困ってるということか。
でも、それは俺たちのせいじゃないよな?」
「しかし、魔導師たちがこの森の結界にやられたのは事実であるし……」
「いや、そもそも変な気をおこして調査なんかするのが問題なんだろ? それって覗きだぜ。
普通に正面玄関から行儀よく訪れていれば、何もなかったはずだよ、たぶん。
まぁ、師匠は偏屈だったかもしれないが、そこまで無茶なことはしなかった、と思う」
俺はパウム師匠の後継者だが、直接会って師事していたわけではない。夢の中で何回か会って魔術の教えを受けただけだから、人柄についてはあまり良く知らないのだった。ただ夢の中のパウム師匠は、穏やかで上品な老婦人だった。
マクド村のゾンビの件もあるから完ぺき聖人とは言えないが、まぁ人間なんてそんなもんだ。虫の居所が悪ければ、穏やかな人物でも怒る時には怒る。
「……うぬぅ、確かにそうだったかもしれん……。今さらではあるがの」
「それに、その事故以前から組合員はちょっとずつ減ってたわけだろ?
そもそも組合のあり方とかに問題があるんじゃないの?」
「ぅぅぅ……」
俺の追い打ちに、しょぼくれた爺さんがさらにしょぼくれてしまう。
何か年寄りをイジメているようで嫌なので、助け船を出してやる。
「まぁ、過去に何があったにしろ、俺としては魔導師組合と敵対するつもりはないよ。
森に無断で入ったり、結界を破ろうとするのならともかくね」
「あの時は王の命令じゃったし、パウム女史を甘く見る魔導師もおったのじゃ。
さすがに今の組合にはそのような魔導師はおらんし、たとえ王の命令でもお断りするじゃろう。
この森の恐ろしさは十分身に染みて分かっておるからの」
「なるほど、分かったよ。
そちらが何もしないなら、こちらからも何もしないと約束する。
組合に所属するつもりはないが、金銭的な援助くらいならしても良いしな」
「おぉ! 左様か。
実は組合員の数が減って懐が寒うての、組合をたたむかどうか考えておったのじゃ」
「そうか、じゃぁ運営費用の足りない分は俺が出すから必要な額を言ってくれ。
その代わりにちょっと欲しいものがあるんだよね」
「ほほぉ……。金を出してもらえるのはありがたいが、何をお望みかな?」
爺さんの声がやや低く警戒心を帯びたものになる。
「いやいや、別に魔術の奥義を見せろとか貴族の弱みを取ってこいとか、そういう無茶なことは言わないよ」
「では、どの様な?」
「組合では素質のある人間に魔術を教えてるんだろ? 教本とかあるなら読んでみたいんだ。
あとはどんな魔導師が所属しているのか、名簿があればそれも欲しいな。
もちろん悪用するつもりはない。単に興味があるだけだから」
「……ふむ、それなら問題なさそうじゃの。
ただ、わしの一存では決められんので、持ち帰って検討してもよろしいかな?」
「もちろんかまわないよ」
組合長とはいえさすがに即断即決は無理か。でも悪くない反応だ。
「それでは、わしはこれで失礼する」
「あぁ、良かったらこれを土産に持って帰ってくれ。
うちで作ってる酒だ。味は保証するから組合の皆さんでやってくれ」
「おぉ、これはかたじけない。わしは酒に目がないんじゃ」
「それは良かった。あ、あとこれも持っておいて。失くさないように」
俺は用意しておいた木札を取り出す。それは最低限の機能を備えた簡易式のゴーレムだ。
知らない者には板状の何かにしか見えないだろう。
「むむ、これは面妖な……。紋様が光っておるぞ」
「それは入場用の札だよ。
それを持っていれば、スケルトンたちに止められずにここまで来ることができる。
出入りの行商人たちにも同じものを渡してあるんだ」
「ほぉ、このよう様なものがあるのか……。
それでは組合内で話がつき次第、またお邪魔するとしよう」
「うん、いい返事を待ってるよ」
組合長は来た時と同じく、荷物を満載したロバを引いてテクテク歩いて帰って行った。
『どうだクロゼル、俺もなかなか交渉上手になったと思わないか?』
『さて、魔導師組合とやらがどれほどのものか分からぬからのぉ。
大金を払ってゴミを得るという可能性もなくはないぞぇ』
『まぁ、その辺りは俺のゴーレムである程度探れるから問題ないよ』
『ふむ、それもそうじゃったの。最悪斬って捨てることもできるしの、フフフ』
翌日。魔導師組合。
「よぉ、おはようさん。戻ったぞぃ」
「あ! 組合長、よくご無事で……。
アスラさんと迎えに行こうか、迷っていたところだったんですよぉ。
それで、どうでした? あの森の魔導師ってどんな感じの人ですか?」
「噂通り話の分かる人物じゃった。思っていたよりもずっと若かったの。
一応、条件付きではあるが、この傾きかけた組合も持ち直すかもしれん」
「それは良かったです。
でも条件付きってなんですか?」
「かくかくしかじか、ということじゃった」
「なるほど、分かりました。組合幹部に連絡を取ってみます」
「うむ、そうしてくれぃ」
後日行われた幹部会では侃々諤々の議論が交わされ、なかなか決着がつかなかった。
森の魔導師を仲間に引き入れる好機と見る者、組合が乗っ取られるのではないかと不安視する者、対案がないなら受け入れるしかないと諦める者、いろいろな意見が出た。
「さぁ酒でも飲んで、ちょいと一息いれるかのぉ。
これはこないだ訪問したときに土産にもらった酒じゃ。
まぁ皆も一杯どうじゃ」
「組合長、こんな陽の高いうちから酒ですか……」
「まぁまぁ、良いから良いから。
心も体もほぐしてやらんとの、中で詰まってしもぉて、良い考えも出てこんものじゃ」
幹部たちも決して酒が嫌いではなかったので、なんとなくサジの勢いにおされてしまう。
「ま、まぁ一杯だけなら、気分転換ということで……」
「そうですなぁ、少し休憩しますか」
湯呑になみなみとつがれた酒に口を付けた幹部たちは目を丸くする。
「これは!」
「おぉ、なんと芳醇な……」
「美味い!」
「味も香りも絶品ですな」
「むむ! うゴゴゴゴゴゴゴ……、も、もう一杯」
小一時間もすると、幹部たちは皆出来上がってしまい、イチロウの出した提案がすんなりと通ってしまった。
「これじゃから、わしは酒が好きなんじゃ、ふぉっふぉっふぉ」
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