58 / 62
58 鉛筆ができた
しおりを挟むあれから一カ月が過ぎた。
一人の行商人が自分のところで試作した鉛筆を見せにやって来た。
「へぇ、さすがに職人が作ったものは見事な出来だなぁ」
彼が見せに来た鉛筆はまさに製品レベルだった。芯も軸も真っすぐだし、塗装まで施してある。
これに比べると、俺が自作した鉛筆は玩具レベルだったな。
「はぁ、どうもありがとうございます。この鉛筆を作るために特殊な工具をいくつか作らせたんですよ。
それである程度の数ならすぐに量産できる状態にしました。
それと芯も何種類か用意して、濃さが選べるようにしたんです」
「なるほどなぁ、よく作ったもんだ。もう売り出すつもりなのか?」
「えぇ、知り合いの商人に見せたら飛びつきましたよ。それに役人とか学者とか文字を書く者には需要があるはずです。
私自身も、もうこれがないとやっていけませんし」
「それは良かった。これでまた一儲けできるな」
「確かにそうですねぇ」
俺たちはニヤニヤと悪い笑顔を交わした。
「ところで、鉛筆で書いた文字は古いパンで消せるのは知ってたか?」
「えぇ!? そうなんですか?」
なんとなく信じてなさそうだったので、俺は家から持って来た弁当のパンで実演して見せてやった。
「こんな感じにゴシゴシっと……」
消しゴムがあればもっと良いんだけど、今のところ生ゴムすら見つかっていない。合成ゴムなど夢のまた夢だな。原料があっても、そもそも俺は作り方を知らないが。
「あぁっ! 本当だ。パンに鉛筆の文字が移るんですね」
「そうだよ。鉛筆を売る時に客に教えてやれば喜ばれるかもしれん。
いや、何かこんな感じのもので専用品を作って、一緒に売ればもっと良いかもね。
確か焼いてないパン生地かなんかでも文字が消せたと思うが……」
「確かにそうですなぁ……。実に良いことをお聞きしました、ありがとうございます」
行商人の目がギラっと光った。何か心当たりがあるのかもしれない。
俺としては彼らにいろいろと動いてもらって、俺の欲しいものを実現してもらいたいところだ。俺もモノづくりは好きな方だが、やはり一人であれこれやるには限界もあるし。
「そのうちあれだな、色付きの鉛筆とかも作れるようになるかもな」
「えぇ!? そっ、その話は誰かからお聞きになったので?」
行商人の顔色がサッと青くなる。
「いや、思い付きだけど。ひょっとして、もう作ってるのか?」
「ええ、実はうちで使ってる職人が同じようなことを言いだしまして……。
それで今、試しに作らせているところなんですよ。
すごいアイデアだと思って、秘密にしていたんですが、もうすでにお考えだったとは……」
「いやいや、たんなる思いつきだから。まぁ、頑張ってくれ」
俺はひとしきり行商人を褒め称えて、彼が持って来た鉛筆を買い取ることにした。
「これは代金代わりだ。受け取ってくれ」
リサが作った小皿を渡してやる。
行商人たちの間ではリサの陶器は非常に評価が高く、一種の芸術品として扱われている。市場ではものすごい値段が付くらしく、行商人たちからどんどん作ってくれとうるさくせがまれている。しかし俺としては陶器作りに忙殺されるのが嫌なので、ほんの少量ずつ出し惜しみするように卸しているのだった。しかし、たまにはこういう形でプレゼントするのも良いだろう。
「よ、よ、よろしいので? うひょー、ありがとうございます!」
「一番に鉛筆を持ってきてくれたから特別だぞ。今後もよろしく頼むよ」
「はい! 今後ともよろしくお願いいたします」
足取りも軽く行商人は帰って行った。
それからしばらくして、他の行商人たちもいそいそと鉛筆を見せに来て、物欲しそうな顔をする。
「いや、ダメだよ。あれは一等の賞品だから。一番に見せに来たからお礼をしたんだよ。
何事も最初にやった奴が褒められるべきだろ」
俺の返答を聞いて彼らはしょんぼりと肩を落とすのだった。
「と言っても、まぁわざわざ見せに来てくれたしな……」
鉛筆の代金として新作の酒を一樽ずつ渡してやると、現金なもので急に元気になるのだった。
「「「ありがとうございます!」」」
「うん、また何かあったら頼むよ」
卸所での取引を終えて、家に大量の鉛筆を持って帰った。これでしばらくは鉛筆に困ることはないだろう。俺たちが手作りした鉛筆も含めれば一生分はあるかもしれない。
「へぇ、これが売り物の鉛筆? 綺麗ねぇ。もらってもいい?」
「あぁ、好きなだけ使えばいいよ。使った感想も聞きたいしな」
「やったー!」
リサは宝飾品にはあまり興味がないが、道具には目がないのだった。嬉々として選んでいる。
「芯の柔らかさとか濃さとか、いろいろ違うらしいぞ」
「ふぅん、凄いねぇ。これって一本いくらくらいなの?」
「確か一本で銅貨二十枚くらいだったかな」
「ホントに? 安いねぇ」
鉛筆一本二千円がはたして安いのか……。基準がいまいち分からん。
まぁ、この世界では新しいものだし、値段にうるさいリサが言うのだからそうなんだろう。
「うん、とりあえずお客に手に取ってもらわないことには始まらないからな。
とにかく一回使えば便利さが分かるし、もう手放せなくなるだろ?
あとは黙っていてもどんどん売れるわけだ。鉛筆は消耗品だからな」
「なるほどぉ!」
俺たちが鉛筆の山を前にあれこれだべっていると、ベロニカがのっそりとやって来た。
「ちょっと! 私に内緒で何やってるのよ。それ私にもよこしなさいよ」
「でも、これは宝石とかじゃないぞ? 文房具だぞ」
「知ってるわよ、見れば分かるじゃないの」
「えぇ!? お前、字、書けたのか?」
「失礼ね! 当たり前でしょ。字くらい読めるし書けるわよ!」
「あっそ。じゃあ、好きなの持っていけばいいよ。あぁ、使った感想もあとで聞かせてくれ」
「分かったわ」
ベロニカは鉛筆を一本一本手に取って慎重に吟味していたが、ふと手を止める。
「ところでイチロウ、これってどうやって使うのよ」
「はぁぁぁっ? お前なぁ、使い方も知らずに欲しがったのかよ……」
「良いじゃないの。何が悪いのよ?」
「分かったわかった。ナイフで先を削って使うんだよ」
リサが鉛筆の先を削って手本を見せてやる。
「芯がちびたり、折れたりしたらまた削るのよ」
「ふぅん、なるほどねぇ。わかったわ」
ベロニカとリサはああだこうだとおしゃべりをしながら、鉛筆で文字を書いたり絵を描いたりしはじめた。
この世界にも一応紙はある。結構高価で、A4のコピー用紙程度の紙束が銀貨五枚くらい。現代日本だと数百円のものがここでは五万円くらいするわけだ。
「紙は無駄にするなよ。ちゃんと使い切るんだぞ」
「わかった」
「うなるほどお金持ってるくせに、けち臭いわねぇ」
「てめぇ、居候の分際で……」
「まぁ良いじゃないの。いろいろ試し書きしたいし」
「だよねだよね? それよりもお腹へったぁ。何か作りなさいよ」
「はぁ? て、てめぇ……。 久々に裸踊り踊りたくなったのか?」
「ヒィィ」
「イチロウ、私もお腹へったしご飯にしよう」
「ほらねほらね」
「くそぉ……。分かったよ」
仲良くおしゃべりをしている二人を尻目に、俺はしぶしぶ飯の準備をするのだった。
『見事に尻に敷かれておるようじゃな、フフフ……』
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
魔攻機装
野良ねこ
ファンタジー
「腕輪を寄越すのが嫌ならお前、俺のモノになれ」
前触れもなく現れたのは世界を混沌へと導く黒き魔攻機装。それに呼応するかのように国を追われた世界的大国であるリヒテンベルグ帝国第一皇子レーンは、ディザストロ破壊を目指す青年ルイスと共に世界を股にかけた逃避行へ旅立つこととなる。
素人同然のルイスは厄災を止めることができるのか。はたまたレーンは旅の果てにどこへ向かうというのか。
各地に散らばる運命の糸を絡め取りながら世界を巡る冒険譚はまだ、始まったばかり。
※BL要素はありません
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
【完結】ご都合主義で生きてます。-商売の力で世界を変える。カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく-
ジェルミ
ファンタジー
28歳でこの世を去った佐藤は、異世界の女神により転移を誘われる。
その条件として女神に『面白楽しく生活でき、苦労をせずお金を稼いで生きていくスキルがほしい』と無理難題を言うのだった。
困った女神が授けたのは、想像した事を実現できる創生魔法だった。
この味気ない世界を、創生魔法とカスタマイズ可能なストレージを使い、美味しくなる調味料や料理を作り世界を変えて行く。
はい、ご注文は?
調味料、それとも武器ですか?
カスタマイズ可能なストレージで世の中を変えていく。
村を開拓し仲間を集め国を巻き込む産業を起こす。
いずれは世界へ通じる道を繋げるために。
※本作はカクヨム様にも掲載しております。
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。
克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります!
辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
異世界に追放されました。二度目の人生は辺境貴族の長男です。
ファンタスティック小説家
ファンタジー
科学者・伊介天成(いかい てんせい)はある日、自分の勤める巨大企業『イセカイテック』が、転移装置開発プロジェクトの遅延を世間にたいして隠蔽していたことを知る。モルモットですら実験をしてないのに「有人転移成功!」とうそぶいていたのだ。急進的にすすむ異世界開発事業において、優位性を保つために、『イセカイテック』は計画を無理に進めようとしていた。たとえ、試験段階の転移装置にいきなり人間を乗せようとも──。
実験の無謀さを指摘した伊介天成は『イセカイテック』に邪魔者とみなされ、転移装置の実験という名目でこの世界から追放されてしまう。
無茶すぎる転移をさせられ死を覚悟する伊介天成。だが、次に目が覚めた時──彼は剣と魔法の異世界に転生していた。
辺境貴族アルドレア家の長男アーカムとして生まれかわった伊介天成は、異世界での二度目の人生をゼロからスタートさせる。
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる