異世界ネクロマンサー

珈琲党

文字の大きさ
上 下
56 / 62

56 記憶を掘り起す

しおりを挟む

 ある日のこと。



『クロゼルは俺の記憶が読めるんだろ?』

『うむ。ただし、自由自在というわけではないのじゃ。
 意識の表層に近いものはたやすいが、深層に沈んだものは上手くは読めぬ。
 お主の協力があれば、何とかなるかもしれんがの……』

『例えばさ、ケチャップのレシピなんかはどうだ?
 細かいことは覚えてないけど、記憶のどこかにはあるはずなんだよ』

 ネットで料理を淡々と作る動画とか、結構好きで見ていたのだ。
 ケチャップとかの調味料の作り方も、どこかで一度は見ていると思う。
 クロゼルの能力を使えば、正確な情報を取り出せるかもしれない。
 
『なるほど、埋もれてしまった記憶を役立てようということじゃな?
 では、イチロウ。そのケチャップのことを何でも良いから頭に浮かべるのじゃ。
 色、味、匂い、舌触り……。それを使った料理のことでも良い』

『そうか、やってみる』

 鶏の唐揚げやオムライスやホットドッグ、コロッケなんかを思い浮かべた。
 あぁそうだ、今度コロッケも作ってみようかな。芋は余ってるし。
 衣はトンカツと同じで、中身はつぶした芋とミンチ肉だったよな……。

『これ、今はコロッケのことは忘れるのじゃ』

『あぁ、すまんすまん』

『ふぅむ……。見つけたぞ。
 材料は、トマト、玉ねぎ、にんにく、鷹の爪、砂糖、塩、コショウ、酢……。
 湯むきしたトマトをざく切りにして、細かく刻んだ玉ねぎ、にんにくとともに……』

『おぉ、それだ! ちょっと待ってくれ』

 俺はあわててメモを取った。
 やっぱり、記憶そのものは脳みそのどこかに入ってるんだ。思い出せなくなったとしても、記憶そのものが消えてなくなったわけではない、ってどこかで聞いた覚えがある。

『ありがとう。これで俺たちの食の質がさらに向上するはずだ。
 というか、他の情報ももっといろいろ取り出せるよな……。
 あ! 陶器作りの時に思いついてたら、もっと楽が出来たのか!』

『フフフ……、何ごとも修行じゃからな。
 それに、お主の頭の中にないものはどうしようもないからの』

 その後、マヨネーズやいくつかの料理のレシピを手に入れることができた。

『食べ物の作り方ばかりではないか……』

『俺は豊かで快適な生活を目指してるんだ。
 食は生活の根幹だからな』

 それにあまり高度なものは、作り方が分かったとしても作れないしな。
 いきなりパソコンとか無理だし、仮に作れてもこの世界では無用の長物だし。
 簡単に手作りできて、すぐに利益を享受できるものといえば、食べ物ぐらいしか思いつかない。身の回りのちょっとした道具なら、何かあるかもしれないが……。




 それから数日後。

 俺は手を真っ黒にしながら、炭を混ぜた粘土をこねていた。

「イチロウ、何作ってるの?」

「鉛筆の芯」

 普通の紙は高価であるものの、それなりに流通している。
 百枚くらいの束で銀貨五枚とかだ。
 庶民には無用だが、貴族や商人が書類や手紙を書くのに使うのだ。
 俺も帳簿をつけたり、日記的なものを書くのに使っている。
 ちなみに公文書などの重要な書類には、普通の紙ではなく羊皮紙が使われている。

 それで、筆記用具は基本的に羽ペンとインクだけだ。
 慣れれば普通に使えるのだが、いろいろと気をつかうし結構面倒なのだ。
 思いついたときにササっと書いたりするのには向かない。

 ボールペンやマジックなんかは当然ない。
 かといって、それらを自分で手作りするのはちょっと無理だしなぁ。
 それで気楽に使える筆記用具って、何か他になかったかなと考えた。
 鉛筆なら単純なつくりだし、何とかなるんじゃないだろうかと思ったわけだ。

 作り方は例によって、クロゼルに頭の中から掘り起こしてもらった。
 俺自身は鉛筆の作り方なんか見聞きしたおぼえすらなかったから、その記憶が見つかった時にはちょっとビックリしたのだった。
 
「えんぴつ? ナニそれ?」

「簡単に使えるペンみたいなものだよ」

「ふぅん」

 リサはあまりピンと来てない様子だ。

「まぁ、この状態からは想像できんと思う」




 それから何度も失敗しながらも、細長く成形した芯を焼き上げた。
 出来上がった芯を、溝を彫った二本の木の棒ではさみこんでニカワで接着。
 一応形にすることができた。

 出来上がった鉛筆の先を削って使える状態にする。

「ほら、こうやって使うんだよ」

 俺は紙にサラサラと落書きをして見せる。

「わぁ! ちょっと貸して」

 リサも紙にあれこれ書き込んで、鉛筆の使いやすさに感心している。

「ありゃ、折れちゃった……」

「芯が折れたりチビたりしたら、また先を削って使うんだ」

「なるほどぉ!
 これもっと沢山作ろうよ。作り方教えて!」

「よし、分かった」


 やはり、こういった工作はリサの方が上手い。
 俺も工作は嫌いじゃないが、リサには全然かなわないのだ。
 何か特別な才能なのか、特殊な魔法なのか、そのへんは分からないが。
 ちょっとコツを教えてやると、俺が最初に作ったものよりも、はるかに出来の良い鉛筆を簡単に作ってしまった。
 興が乗ったリサは、手下のスケルトンたちを使って鉛筆を百本ほど作った。

「エヘヘ、作りすぎちゃった」

「……まぁ、沢山あって困るようなものじゃないけどな」

「これ売れると思うよ」

「だろうな。けど、これ以上商売を広げるのはな……」

 正直言って面倒くさい。
 鉛筆を作ってちまちま売っても利益は知れてるだろうし。
 そもそも金はもう十分にあるのだ。こまごました仕事に時間を奪われたくない。

「行商人たちに作り方を教えて、あとは連中に任せようかと思う」

「ただで教えるの?」

 リサは不満顔だ。

「そうだなぁ、全く金を取らないと不審がられるか……。
 銀貨五枚くらいでどうかな」

「えぇ~! 安すぎるよ」

「あぁ、俺もそう思う。上手いことやれば大儲けできる知識だからな。
 でも、俺たちには金はもう十分にあるだろ?
 砂糖も酒も陶器も、この先まだまだ売れるだろうし。
 だからこれ以上金ばっかり儲けてもつまらないんだよ」

「う~ん、なんとなくは分かる」

「この鉛筆の作り方を行商人たちに教えるとするだろ?
 そしたら、あっちでもこっちでも鉛筆を作り始めるわけだ。
 そこらじゅうで作ってるからあんまり高くも売れないし、質の低いものも売れない。
 しばらくしたら、安くて良いものしか売れなくなるんだよ。
 俺たちはただ見てるだけで、質の高い鉛筆を楽に手に入れることができるようになる」

「えぇ、でもそれって、ずっと先の話じゃない?」

「いや、鉛筆程度なら、街の職人だってすぐに作れるようなるだろ?
 だから、あっという間に競争が始まるよ。一、二年ってとこじゃないかな」

「なるほどぉ……」

 リサにもだいぶ見えてきた様子だ。

「でも、それだと砂糖やお酒もいつかは売れなくなるわね」

「うん、原理的にはそうだよ。
 でも、そんな簡単には真似ができるとは思えない」

 代替手段はあるが、それなりの設備なりコストなりがかかるし、あの品質のものを今の値段で出すのは結構難しいと思う。リサの魔法あってこそのチート商品だからな。

「それに、ものが売れなくなっても、俺たちにはスケルトンやゴーレムたちがいる。
 まだまだ何とでもやっていけるから全然心配ないよ」

「そっかー。そうだよね」


「さぁ、そろそろ晩飯にしようぜ。今日はコロッケが良いな。
 ケチャップもマヨネーズも作ってあるしな」

「いいねぇ! じゃぁ、鶏の唐揚げも一緒に作ろう!」

「鹿肉もまだまだあるし、野菜もあるし、じゃんじゃん揚げていこうぜ」

「うん、わかった!」

 揚げ物の良い香りが充満したころ。

「むにゃぁ……。朝御飯はまだなの?」

 居候の吸血鬼がようやく起きて来た。日はもうとっくに暮れているが、彼女にとっては朝飯になるのだ。
 ともかく、俺たち三人は揚げたてのコロッケと唐揚げを堪能したのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

異世界から帰ってきたら終末を迎えていた ~終末は異世界アイテムでのんびり過ごす~

十本スイ
ファンタジー
高校生の時に異世界に召喚された主人公――四河日門。文化レベルが低過ぎる異世界に我慢ならず、元の世界へと戻ってきたのはいいのだが、地球は自分が知っている世界とはかけ離れた環境へと変貌していた。文明は崩壊し、人々はゾンビとなり世界は終末を迎えてしまっていたのだ。大きなショックを受ける日門だが、それでも持ち前のポジティブさを発揮し、せっかくだからと終末世界を異世界アイテムなどを使ってのんびり暮らすことにしたのである。

処理中です...