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42 国王の使者
しおりを挟む季節が変わり、いつの間にか初夏になっていた。
俺たちがこの森に住みついてから、一年が過ぎたというわけだ。
陶器作りに没頭していたせいか、冬の記憶がほとんどない。
まぁ、このあたりの冬がそれほど厳しくなかったせいもあるが。
「それにしても、この菓子はなかなかいけるな」
「でしょ、でしょ!」
俺とリサはクッキーに似た焼き菓子をつまんで、お茶を楽しんでいた。
残念ながら、普通の茶葉はないらしく、お茶といっても薬草茶だが。
バターやミルクはそれなりに高価だが、この世界でも流通している。
砂糖は家に売るほどあるし、ということで、ここ最近は菓子作りに熱中していたのだ。
やはりこういった手作業にリサは適性があるらしく、俺の不確かでおぼろげな記憶を元に、それなりに食えるものを作り上げてしまった。これも一種の魔法なのでは、と疑ってしまいたくなる。
リサお手製の見事なティーカップを愛でながら、しみじみとつぶやく。
「なんというか、豊かな気分だなぁ……」
「そうねぇ」
「この菓子も、――んあ!」
「イチロウ、どうしたの?」
「あぁ、どうやら客らしい」
ひと時の安らぎを邪魔されてチッと舌打ちをする。
といっても放ってはおけない。
俺はしぶしぶ、ゲートのスケルトンの目を通して訪問者を確認した。
『あの紋章って』
『そうじゃの、あれは王家の紋章じゃ。それに、その男はただの役人ではなく貴族じゃろうの』
豪奢な服を着て馬に乗った男が、数名の護衛を引き連れている。
護衛たちも馬にまたがり、豪華な甲冑を着ている。ただの兵士ではなく騎士か。
『バカ王の使者か……』
『どうする? 追い払うのかぇ?』
『面倒だが、話だけでも聞いてみるか』
俺はいつも通り、スケルトンの体を借りて応対する。
『どういったご用件で?』
『私はフリードマン男爵。国王陛下の使いで参った。この森の魔導師殿に話がある』
『ほぉ、それはどのようなお話でしょうか』
『直接会ってお伝えしたい。重要なことなのだ』
以前に来た使者のような居丈高な調子ではなく、堂々と落ち着いている。
国王の威を借りて、強引に話をすすめるつもりではなさそうだ。
『……なるほど、ではどうぞお入りください。案内いたします』
男爵が連れて来た護衛たちは、卸所で待たせることにした。
護衛たちは不満そうだったが、彼らをプライベートな場所に入れるつもりはない。
『フリードマン卿の安全は私どもが保障いたしますので……』
「分かった。お前たちはここで待て」
しばらく後、ニンジャの先導で、馬に乗った男爵が家にやって来た。
俺とリサはいかにも魔導師然とした、特注のローブに着替えていた。
これは賓客を接待するときの衣装だ。
首にはリサが作った陶器のペンダント。
俺の左手の紋様が彫り込んであり、青白くぼぉっと光る。
そう、これはペンダント型のゴーレムだ。
宝石なんか見慣れた貴族でも、このペンダントには驚くだろう。
俺もリサも華美な服装は好きではない。
基本的には、丈夫で実用的な作業着を好んで着ている。
しかし、その恰好で自分は魔導師ですと名乗っても、なかなか信用してもらえない。
面倒だが、初対面においては特に見た目は大事だ。
魔導師らしい恰好をしていた方が信用されやすいし、安心されるものなのだ。
結局、その方が面倒も少なくなるしな。
「初めまして、私が魔導師のイチロウ・トオヤマ。彼女は妻のリサ。リサも魔導師です」
「初めまして、リサです」
「これは、お初にお目にかかる。フリードマン男爵です」
「どうぞこちらに。ちょうどお茶を楽しんでいたところです」
男爵をテーブルに案内して、茶と菓子をふるまう。
「ほぉ! この器は見事なものですなぁ。このような艶やか器は、王宮でも見たことがない!
おぉ! この菓子には砂糖がふんだんに使われておりますな。実に美味!」
リサは誇らしげに目を細めている。
男爵はほめ上手らしく、目に付いたものを豊富な語彙で次々とほめたててゆくのだった。
悪い気はしないが、多分、王城での処世術なんだろうな。
「それで、フリードマン卿。本日はどういった話をお持ちになったのですか?」
「おぉ申し訳ない、おしゃべりに夢中になっておりました。実はですな、国王陛下がイチロウ殿に騎士の称号を授けたいとおっしゃっておられるのだ」
「ほぉ、騎士ですか」
「イチロウ殿は、かの大魔導師パウムの後継者であり、一級の腕前を持つネクロマンサー。平民のままおいておくのは惜しいという陛下の判断でな。あのスケルトンたちを使役できるのだから、イチロウ殿は十分に騎士に値すると私も思う」
「はぁ、なるほど」
「まがりなりにも貴族になれるのですからな。名誉なことですぞ!」
「わざわざおいでいただいたところ、申し訳ないのですが、お断りいたします」
「おぉ、そうでしょうとも――……え? その……。断ると申されたのか?」
「はい。お断り申し上げる」
「そんな!? しかし、それは何故に……」
「失礼ながら、現国王は忠誠をささげるに値しない御仁だからです」
「し、しかし、おそれ多くも国王陛下ですぞ!」
「そういえば、宰相閣下が失踪なされておるそうですな? 王の命令で、宰相閣下が兵を率いてどこぞへと行かれたと。そもそも宰相が兵を率いるとは妙な話です。そのような命令を下すとは、王は正気なのですか?」
「そっ、それは……。それはガセ情報だ! そのような事実はない!」
「いえ、私はこれでも魔導師の端くれです。情報に関しては私に嘘は付けませんよ」
「うっ……」
「平民をささいなことで打ち首にした、という話も聞いております。民を虫けらのように扱う者を、王と仰ぐわけには参りませんな。相応の理由があったならともかく、あれはそうではなかった」
「ぐ……。確かに……、そうだったと聞く」
「というわけですから、お断りいたします」
「し、しかし貴殿はカステルハイム伯爵よりこの森を賜ったと聞く。つまり貴殿は伯の部下であり、つまりは国王陛下の臣下ではないか!」
「それは正確ではありませんな。カステルハイム伯よりこの森の管理を請け負ってはいます。そういう契約を交わしてはいますが、私は伯に仕えているわけではありませんよ」
「そっ、それは詭弁だ!」
「もともとこの森は、わが師パウム・エンドルフェンが支配していたものです。今ではそれを受け継いだ私のものなのですよ。伯との契約は、いわば建前上のものなのです。本来はそのような必要すらなかったのです」
「いや、この森はガザ王国の領土だ。つまりは、国王陛下のもの。召し上げることもできるのだぞ!」
フリードマン男爵は怒りでプルプルと震えながら言葉を絞り出した。
「召し上げる? どうやって?」
「それは当然、……うぬぅ……」
「フリードマン卿もご存知のように、この森は私が実力で支配しています。それをどうやって取り上げるのです? 兵を派遣するのですか? 当然、私は全力で抵抗しますが、よろしいのですか?」
フリードマン男爵の怒りは急速に静まり、顔色が悪くなる。
「……」
「私としては、なにも難しいことを要求しているわけではないのです。ただ、放っておいてくれと申し上げているのですよ」
「……そうか。理解した」
フリードマン男爵は肩を落として帰って行った。
「なんかちょっと、悪いことした気分ね」
「まぁ、あの男爵は素直な人間なんだろう。でも、あの王に仕えるわけにはいかない。形だけであってもな」
「うん。お母さんの仇だからね」
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