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37 板ゴーレムを貸し出す
しおりを挟む俺は省エネ型のごく簡単なゴーレムを作ることに成功した。
それは薄い木片にほんの小さな魂を定着させたもので、手も足も何も付いておらず、一見するとただの木の札だ。表面には、俺の左手の紋様と同じ刻印が彫り込んであり、かすかな青白い光を放っている。
出入りの行商人たちには、その木札を新しい入場用パスとして渡した。
偽造防止や盗難対策として特殊な札を作ったのだと説明すると、彼らは特に疑問も持たずに納得した。
少し前に、彼らのうちの一人が札をスられる事案があったことだしな。
「失くさないように、肌身離さず持っていてくれ。服の下に身につけていても入場はできるから」
「門のスケルトンに見せなくても大丈夫なんですか?」
「大丈夫。特殊な魔力が込めてあるから、身につけていれば問題ないよ」
「ほぉ、さすがですなぁ。しかし……」
彼らにとっては、札はちょっとした御守りであり、一種のステータスなのだった。
裏社会の連中は俺のことをなぜか良く知っていて極度に恐れているので、俺の関係者だと分かると手を出さないのだという。だから札自体が強盗除けになっているわけだ。この札の効能にあやかろうと、偽の札も出回っているというしな。
それに、マクドーマンの森の強大な魔導師と取引できるということは、彼らの誇りであり自慢の種だ。札を持っているだけで仲間内では一目置かれるし、王都の貴族などにも顔がきくようになっているのだった。
だから彼らとしては服の下に身につけるのではなく、札を頭上に掲げて見せびらかして回りたいくらいなのだ。
「ふ~ん、なるほどねぇ」
確かに気持ちは分からないでもない。
『フフフ……、これはまた新しい商売になりそうじゃの』
『まぁ、俺としてはあんまり宣伝するようなことはしたくないんだけど』
すでに情報通の間では、俺の存在は知れ渡っているようだからなぁ。
「よし、その件については俺に考えがあるから、次の取引まで待っててくれ」
俺は行商人たちに渡したゴーレムを使って、彼らの行動をほぼ正確に把握することができた。誰が誰に何を売ったのか。何を話したのか。物の相場も、街でのうわさ話もほぼ何もかも全て、俺に筒抜けだ。
俺は自宅に居ながらにして、行商人たちの情報網にアクセスすることができるようになったのだ。情報の広さでいえばインターネットには全然およばないが、しかし情報の深さでいえば結構深いところまで探ることができる。なにせ人一人のナマの情報が全て手に入るのだから。
「見たところ不審な動きをする奴はいないな」
あまり俺の評判を下げるような商売をしているのなら、出入りのメンバーを見直すことも考えていたが、基本的に良心的というか堅実な商売をしているようだった。
派手なダンピングをするようなこともなく、市価より少し安い程度で売っているし、変な混ぜ物をしたりもしてない。
まぁ普通にやっていれば十分に儲けられるんだし、安くて高品質だから売れるわけだから、その辺は彼らもよく分かっているのだろう。
カステルハイム伯がどうやら酒好きらしいということも分かった。
「リサ、伯爵向けに良いやつを選別しておいてくれないか。こんど使者が来た時にでも渡してやろう」
「分かった。でもイチロウ、なんかどこかの貴族みたいなことするのね」
「ハハハ、まぁ伯爵にはそれなりに世話になってるしな」
『それにしても面白いことを考えたものじゃの。この世界の者では思いつきもせんじゃろ』
クロゼルが言うのは、俺が作ったゴーレムとその使い方の事だ。
『俺は元いた世界の便利な道具を知ってるからな。まぁなんにしても情報は力だ。出来る限り集めておきたいんだよ』
『ふむ、確かにそれはそうじゃの』
次の取引日。
俺は行商人たちに木の板を見せた。大きさは三十センチ四方ほどで、表には俺の左手の紋様を図案化したものが大きく刻まれている。この手の細工はリサが得意で、頼んだらいくつも作ってくれた。
「ふぬぬ……」
俺は彼らの目の前で、その板状のゴーレムを起動させる。
紋様が青白く発光するのを見て、行商人たちはどよめいた。情報にさとい彼らでも、魔法の行使を間近で見る機会はあまりないらしい。
「「「おぉぉぉ!」」」
「この板はお前たちに渡した入場用の札と似たような物だ。ちょっとした魔力が込めてあって、万一盗難に遭っても、俺に言ってもらえば見つけることができるようになってるんだ。これを荷車の良く見える位置に取り付けておけば、いろいろと安心だと思うが……」
セキュリティ強化になるし彼らの自尊心も満たせるし、商売にもプラスに働くだろう。
「そ、それを売っていただけるので? ぜひお願いしたいのですが」
行商人たちがざわつく。
「残念だけど、これは売り物じゃない」
「「「えぇぇ、そんなぁ……」」」
「売るわけにはいかないが、貸すことはできる。ひと月銀貨十枚でどうかな。これの効力はだいたいひと月なんだよ。紋様の光が消えたら魔力切れだ。その時にまた金を払ってもらえれば魔力を充填しなおすが、要らなくなったらこの板は返してもらう。そんな感じなんだけどどうする?」
もちろん魔力切れ云々は嘘だ。このゴーレムはスケルトンたちと同様、空気中の魔素を吸ってそれだけで半永久的に活動できる。
俺はあえて起動からひと月経ったら休眠状態に入るように、ゴーレムに命令してあるのだ。彼らは俺のしもべなので俺にしか再起動は出来ない。
ひと月に銀貨十枚というのはそれなりに良い値段だ。日本円で約十万円だからな。しかし彼らは十分に稼いでいるし、こういった物を欲しがるに違いないという目算はたっていた。
行商人たちは迷うそぶりも見せずに、俺の前に銀貨を積んだ。
「そうか、じゃぁちょっと待ってくれ」
俺は一枚一枚起動させて手渡してやる。そんな手間をかけなくても何とでもなるのだが、あえてそうやって手間をかけた方が有難みも出るからな。こういうものは演出も大事だ。
実際、行商人たちは嬉々として板ゴーレムを受け取って、さっそく自分の荷車に取り付けている。板ゴーレムには、取付用の穴が四隅に空けてあるので、取り付けも簡単だ。
以前は彼ら自身で荷車を曳いていたが、羽振りが良くなった今となってはロバに曳かせている者が多い。幾人かは高価な馬に荷車を曳かせているのだ。
「こっちの札は大丈夫なんですね」
行商人の一人が入場用の札を取り出して、俺に尋ねる。やっぱりそこに気が付いたな。
「あぁ、それは小さいし性能も少し低いんだよ。消費する魔力も少ないから、二十年は何もしなくても大丈夫だ」
もちろん完全な嘘だが、彼らにそれを見破ることはできないはずだ。こういった知識は一般には知られてないはずだから。いや、この世界の魔導師だってゴーレムのことは知らないだろう。
「なるほど、そういうものなんですね」
彼はすっかり納得いった様子だ。
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