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32 工場を建てた
しおりを挟む宰相と二百名の兵士たちが失踪してしばらくは、王城は大混乱していた。
多くの業務が滞り、未処理の書類が各所にうずたかく積まれることになった。また、兵士たちの家族が詰めかけ、必死に居所を聞き出そうとする場面もあった。
王城からは、機密任務中に事故があったと御布令が出されただけだった。兵たちがどこへ何をしに行ったのかという肝心の情報については、一切公表されることはなかった。
そのため王都ではさまざまな憶測が飛び交い、領民たちの恰好の話題となった。
「宰相が無能な王に愛想をつかして、兵を率いて他国に亡命したのだ」という、意外と的をえた冗談は多くの領民たちを笑わせることになった。
マクドーマンの森がらみの憶測がささやかれることもあったが、「森を捜索しろ」などという者は誰もいなかった。あの森は冗談として笑い飛ばすには面白みに欠ける、本物の危険地帯だからだ。仮にあそこに踏み込んでいたのならどうしようもない、というのが領民たちの共通認識だった。
――――――――――――――――――――――――――
カステルハイム城。
カステルハイム伯は報告書に目を通し終えて、深いため息をついた。
「これは、前代未聞の不手際じゃの。無能とは聞いておったが、ここまでとは……。
次の代に期待するしかないのかも知れんな。それで、イチロウ殿はどんな様子じゃった?」
「ははっ! 非常に落ち着いたご様子で、いつも通りだったように感じました。
くれぐれも、クロムウェル様のことをよろしくと」
「……うむ。分かっておる」
クロムウェルとその家族は、伯爵の息のかかった高級宿に滞在させることになった。名前を変えて、他国の要人ということにしてある。相当の大貴族以外は宰相の顔など知らないから、身元がバレることはないはずだ。
この件で、あの魔導師には大きな恩を着せられたはずだ。多少は御しやすくなるはず……、いやいや、奴を甘く見てはいけない。なにしろ二百の兵を、どうやったのか知らんが消してしまったのだから。
「当面は王都方面の監視を強化しておけ」
「かしこまりました。領主様」
――――――――――――――――――――――――――
情報通の大商人たちは、森の魔導師が王城の騒ぎに関係しているだろうとにらんでいたが、そんなことはどうでも良いことだった。
以前から森の魔導師が商売をしているということは知られていた。しかし、その門戸は開かれておらず、一部の幸運な行商人たちのみがその恩恵を受けているのだ。なんとかあの輪に入れないものかと、会合ではそのことばかりが話題になっていた。
「あの札なんだが、どうやれば手に入れられるんだ?」
「……実はな、ボーマンの奴が札を手に入れたことがあるんだ」
「「「なにぃ!? どうやって?」」」
「いや、正規の方法じゃない。スリを雇って、出入りの商人の札を盗ませたらしい。それでその札を持って、森に行ったんだよ。もう何週間も前になるがな……」
「「「そ、それでどうだった?」」」
「知らんよ。あれっきり帰ってこないんだから」
「「「……」」」
――――――――――――――――――――――――――
俺たちが森に住むようになってから八カ月が過ぎた。
もうすっかり冬だ。俺はいろいろと心配していたのだが、それは杞憂だった。リサが言うには、この国の冬はそれほど厳しくないらしく、雪が降ることも珍しいのだという。
「それにしても、この家で作業するのはそろそろ限界かもしれんな」
「そうよねぇ……」
砂糖や酒や干し肉などの作り置きが家中にあふれて、生活スペースを圧迫しているのだった。前々から分かってはいたが、なんとなくだましだましやっていたら酷いことになっていた。
「家の裏に工場でも作るか」
「こうばって?」
「作業のための専用の建物だよ」
「へぇ、それ良いねぇ。作ろう!」
「よし! 善は急げだ」
俺はスケルトンたちを連れてマクド村に行き、廃屋を解体して、使えそうな建材を集めていった。
建材集めには一週間ほどかかり、マクド村はほぼ更地になった。後に残ったのは、何もない雑草の生い茂った広場を、ゾンビたちがただウロウロするシュールな光景。
一応、結界の守備という名目で配置しているのだが、この村のゾンビたちはスケルトンたちほど融通が利かず、いまいち上手く操れない。
「やはり師匠の呪いなんだろうか……」
「うむ。こやつらが何をしたのか知らぬが、何かしらの罰なんじゃろう」
「この連中はここに放置するしかないかなぁ」
俺は工場の建築予定地を良くならして、平たい石を敷き詰めていった。石はマクド村の石畳を剥がしたものだ。実際に作業するのはスケルトンたちなので、見ている間にどんどん出来上がっていく。
床が出来ると、次は壁だ。廃屋の解体で大量に出たレンガを使って壁を作っていく。レンガの接着にはモルタルを使った。この世界でもモルタルは普通に使われていて、出入りの行商人に注文するとすぐに手に入った。この国では地震がほとんどないらしい(というかリサは地震を知らなかった)ので、ただレンガを積み上げていくだけの簡単な壁にした。
大きめの出入り口と、明り取り用の小さな窓を作って壁は完成した。
「ガラス窓って高いんだよな?」
「大商人とか貴族とかの家でしか見たことないよ。作業場の窓に使うなんてもったいないよ」
リサが反対するので、とりあえず窓は枠だけの素通しにして、板戸を開け閉めして使う感じにした。
蝶番などの金具も地味に高価だが、それは廃屋から使えるものをいくつも回収してきているので問題ない。
屋根は、あらかじめ作って置いた壁のくぼみに長い木材を渡して、その上に廃材で組み上げていった。見よう見まねの素人仕事だが、スケルトンたちの尽力もあって、屋根もなんとかなった。まぁ雨も少ないみたいだし、多少漏ったところでたいして問題もないだろう。
他の仕事の合間に作業したので、結局一カ月近くかかったが、工場は無事に完成した。工場には特注の樽や各種の道具を運び入れて、生産体制を整えた。
「やってみれば意外となんとかなるもんだな」
「すごいねぇ! これで家も片付くし、作業もしやすくなるね」
「といっても、生産量は今まで通りでいいからな。むやみに量を増やすと際限がなくなるから」
値崩れも心配だが、工場がすぐに手狭になっても困る。余力を残してゆるゆると生産していれば十分なのだ。いまのところ競合もいないしな。
「わかってるって」
「えぇ~!? もっと飲めると思ってたのにぃ」
うわばみのベロニカがぶうたれる。
「お前はほとんど何もしてないだろうが」
こいつはほとんど飲んで寝てるだけだからなぁ。ベロニカの催眠能力はそれなりに役に立っているからまぁ良いけど、そうじゃなかったら叩き出すところだ。
『吸血鬼などそんなものじゃ。肉体を持ったまま、永遠にこの世に縛られるわけじゃからの。何かしらの快楽に溺れておらんと、正気が保てぬのじゃ。哀れな連中よの』
皮肉屋のクロゼルが珍しく擁護する。同じ不死者ということで、なにかしら通じるものがあるのかもしれない。
「なるほどなぁ……」
「何がなるほどよ」
「いや、こっちのことだ。気にするな」
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