異世界ネクロマンサー

珈琲党

文字の大きさ
上 下
31 / 62

31 無謀な侵攻

しおりを挟む

 妻が娘を連れて実家に里帰りしていたのは、今にして思うと幸運だった。妻にはもうしばらく実家にとどまるように手紙を出した。使用人たちには、前日のうちに退職金代わりの一時金を持たせて暇を出してある。
 家財道具は惜しいが、置いて行くしかなさそうだ。金貨銀貨といくらかの宝飾品を袋にまとめて身につける。旅支度を整えて住み慣れた家を出た。辺りはもうすっかり日が暮れている。もう二度と戻ってくることはないだろう家を振り返って、目に焼き付けた。

 荷物を載せた馬にまたがり王城へ向かう。王城で城の守備兵たちと落ち合って、魔導師の住処に夜襲をかける段取りだ。内政の要であるはずの宰相が兵を率いて捕り物をするなど、実に馬鹿げた話だ。私がいなくなることで各所で滞りが生じるかもしれないが、王の命令ならどうしようもない。無能な王だとは分かっていたが、もはやこれほどとは思わなかった。

 ヘンリー王は口うるさい私を排したいのかもしれない。王国のためを考えての諫言だったが、ほとんど聞き入れられなかったのは残念だ。先代の国王には随分と世話になったが、もう十分に義理は果たしたと思う。あとは野となれ山となれだ。


――――――――――――――――――――――――――


 同日同時刻。カステルハイム城。


「領主様! 大変でございます!」

「なんじゃ、こんな時間に騒ぎおってからに……」

「そ、それが、国王陛下の兵が動いているようでして」

「なにぃ!? それで、どこへ向かっておるのだ?」

「どうやら、あの森に向かっているのではないかと……」

「ふぅむ……。王城へ使者を出すのだ。どういうことか一応確認せねばならん。
 それからイチロウ殿の所へも使いを出して、現地でも確認をとるのだ」

「かしこまりました、領主様」



――――――――――――――――――――――――――


 結婚を機に俺の生活は一変、しなかった。リサと寝床は一緒になったが、それ以外は基本的に同じだ。
 リサはスケルトンたちを使って、朝早くから砂糖作りと酒造りにいそしんでいる。
 俺はといえば、商人たち相手に商売を続けているのだった。売り物は砂糖、酒、干し肉、乾燥野菜。相変わらず良い値段で売れる。俺とリサだけだと金が貯まる一方だったが、ベロニカがやってきてからはそれなりに消費もするようになった。なので御用聞きも頻繁に来るようになっていた。

 この国では普通に貨幣が流通しているのだが、俺の所に来る商人たちは、銀貨よりも砂糖などの現物で支払ってほしいようなのだった。なので色々とややこしいことになる。取引が少ないうちは、どんぶり勘定で何とかなっていたが、ここ最近はそうもいかなくなってきていて、仕事終わりに帳簿をつけるようになっていた。

「おかしいぞ! 俺はそれなりの魔導師のずなのに、なんで商人みたいなことをしてるんだ?」

「お主が自分で始めたことではないか……。諦めよ」

「……くそぉ、スケルトンたちは計算ができないんだよなぁ」

 俺が眠い目をこすりつつ帳簿とにらめっこしていると、ゲート前のスケルトンから通信が入った。俺がスケルトンの目を通して確認すると、兵士がズラッと並んでいて思わず変な声が出た。

「なんにゃこりゃ!?」

「あの紋章は王城の兵士たちだの。こないだの仕返しに来たのやもしれん」

 クロゼルが俺の心を読んでそう言った。

「どうしたものかね。全員ぶち殺すか?」

「それも面白いかもしれぬ。フフフ……」

 とは言ったものの、すぐに攻め入ってくる様子はない。
 どうするつもりなのか見ていると、身分の高そうな男がゲートの前まで来て声を張り上げた。

『私はガザ王国宰相のクロムウェルだ。この森の魔導師殿と少し話がしたい』

 俺はスケルトンの口を借りて返事をする。

『話をするのは良いのですが、その兵士たちはどういうつもりなのでしょう?』

 二体のスケルトン・ナイトをずいっと前に出すと、近くにいた兵士たちが明らかにうろたえる。城勤めでなまくらになってるのかもな。俺は剣の柄に手をかけている兵士たちに向かって脅しをかけた。

『ここで剣を抜くと酷いことになるからな!』

『申し訳ない。兵を率いて来たのは王の命令だから許してもらいたい。私は話がしたいだけだから』


「クロゼル、なんで宰相なんかがこんなところに来るんだ?」

「そんなこと知らんわぃ。本人から聞き出せばよかろう」


『……分かりました。では、宰相閣下のみ入場を許可します。
 少し距離があるので馬に乗った方が良いですよ』

 後ろの兵たちが少しざわめくが、宰相が何かを言って黙らせた。


 それからすぐに、ニンジャの先導で馬にまたがったクロムウェルが家に到着した。あの小道をゲートから家まで歩くと何時間もかかるが、馬だと半時間もかからないんだな。俺は最近はニンジャにおぶってもらって移動している。奴らは馬よりも速いのだ。

「これは宰相閣下、初めまして魔導師のイチロウ・トオヤマです。こちらは妻のリサ」

「初めまして、閣下」

「宰相のクロムウェルです。夜分恐れ入ります。それで、あちらの方は……」

 と言いかけて、 クロムウェルがストンと無表情になった。

「はい、一丁上がりよ」

 俺は催眠にかけられたクロムウェルに尋ねる。

「あんた、本当に宰相なのか?」

「……そうだ。ガザ王国宰相のクロムウェルに間違いない」

「なんで宰相閣下が俺の所へ兵士連れてやって来たんだ?」

「……陛下の命令だ。森の魔導師を捕らえてこいとのことだ。生死も問わないのだと」

「しかし、わざわざ宰相が来るのはおかしくないか? 普通は相応の役人が来るだろ?」

「……私もそう思う。陛下は口うるさい私を遠ざけたかったのだろう」

「そもそも王はなぜ俺を捕まえたいんだ?」

「……恐らく陛下は目に見える功績を残したいのだろう。私は無益だと反対したのだが……」

「なるほどね、それであんたは何を話しに来たんだ?」

「……国王陛下の愚かさには、ほとほと愛想が尽きた。
 先代の国王より宰相として仕えているが、もはや私には救いようがない。
 もう、この機会に私は行方をくらまそうと考えている。
 しばらくの間、家族ともどもどこかに匿ってもらえないものか、お願いに来たのだ」

「それで、――んあ!?」

 ゲート前で問題発生だ。一部の兵士が暴発してゲートを壊したのだった。そしてそれを契機に、スケルトンの静止を振り切って隙間から続々と兵士たちがなだれ込んできた。ナイト二体で侵入を食い止めることはできただろうが、俺はあえてそうさせなかった。数に押されているふりをして、良い感じに受け流す。

 俺はこの機に完全に禍根を断ってしまうことに決めた。二百の兵はこの世界では相当大きな戦力だ。虎の子の部隊がここで姿を消せば、さすがにあの尊大な王も気力をなくすだろう。
 宰相の話を聞く限りだと、この捕り物にはなんの大義もない。王のただの自己満足のために他の貴族が力を貸すとは考えられないから、ここでケリを付ければそれきりのはずだ。

 小道に侵入した兵士たちは隊列を組み直し、抜刀して行進を開始した。

「やれやれ……。まぁ警告はしたからな」

 全ての兵士たちが小道に入ったのを確認した俺は、彼らを十分に引き入れておいて、ウィザードの火球を四方から打ち込んでやった。彼らは瞬時に燃え上がり、苦しむ間もなく灰になって消えた。元は鎧や剣だっただろう融け崩れた鉄塊だけが、小道のわきにわずかに残った。
 汎用スケルトンたちが手早くゲートを修理して、小道に残った鉄塊などを片付けてしまうと、兵士たちのいた痕跡が何もなくなってしまった。ゲート付近があれほど騒然としていたのに、今は嘘のように静まり返っている。

「ベロニカ、もういいよ」

「じゃぁ私は下で飲んでるから」

「お疲れ」

 クロムウェルに表情が戻る。

「――!? それで、あちらの……。おや、私の見間違いでしたか……」

 それからクロムウェルは話し始めた。
 彼は裏表のない人物のようで、話の内容は催眠で聞き出したこととほぼ一致していた。

 しばらく後に伯爵の使者がやってきた。
 俺は使者に事情を話し、クロムウェルの身柄を託すことにした。伯爵宛てに一筆書いたからなんとかしてくれるだろう。

「それで、私と来た兵士たちは……」

「あぁ、彼らなら私の方で対処しておいたので心配ありませんよ」

「……そうですか、いろいろとありがとうございました」

 クロムウェルは察するものがあったのか微妙に表情を動かしたが、それ以上は何も言わなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

外れスキル《コピー》を授かったけど「無能」と言われて家を追放された~ だけど発動条件を満たせば"魔族のスキル"を発動することができるようだ~

そらら
ファンタジー
「鑑定ミスではありません。この子のスキルは《コピー》です。正直、稀に見る外れスキルですね、何せ発動条件が今だ未解明なのですから」 「何てことなの……」 「全く期待はずれだ」 私の名前はラゼル、十五歳になったんだけども、人生最悪のピンチに立たされている。 このファンタジックな世界では、15歳になった際、スキル鑑定を医者に受けさせられるんだが、困ったことに私は外れスキル《コピー》を当ててしまったらしい。 そして数年が経ち……案の定、私は家族から疎ましく感じられてーーついに追放されてしまう。 だけど私のスキルは発動条件を満たすことで、魔族のスキルをコピーできるようだ。 そして、私の能力が《外れスキル》ではなく、恐ろしい能力だということに気づく。 そんでこの能力を使いこなしていると、知らないうちに英雄と呼ばれていたんだけど? 私を追放した家族が戻ってきてほしいって泣きついてきたんだけど、もう戻らん。 私は最高の仲間と最強を目指すから。

異世界から帰ってきたら終末を迎えていた ~終末は異世界アイテムでのんびり過ごす~

十本スイ
ファンタジー
高校生の時に異世界に召喚された主人公――四河日門。文化レベルが低過ぎる異世界に我慢ならず、元の世界へと戻ってきたのはいいのだが、地球は自分が知っている世界とはかけ離れた環境へと変貌していた。文明は崩壊し、人々はゾンビとなり世界は終末を迎えてしまっていたのだ。大きなショックを受ける日門だが、それでも持ち前のポジティブさを発揮し、せっかくだからと終末世界を異世界アイテムなどを使ってのんびり暮らすことにしたのである。

土属性を極めて辺境を開拓します~愛する嫁と超速スローライフ~

にゃーにゃ
ファンタジー
「土属性だから追放だ!」理不尽な理由で追放されるも「はいはい。おっけー」主人公は特にパーティーに恨みも、未練もなく、世界が危機的な状況、というわけでもなかったので、ササッと王都を去り、辺境の地にたどり着く。 「助けなきゃ!」そんな感じで、世界樹の少女を襲っていた四天王の一人を瞬殺。 少女にほれられて、即座に結婚する。「ここを開拓してスローライフでもしてみようか」 主人公は土属性パワーで一瞬で辺境を開拓。ついでに魔王を超える存在を土属性で作ったゴーレムの物量で圧殺。 主人公は、世界樹の少女が生成したタネを、育てたり、のんびりしながら辺境で平和にすごす。そんな主人公のもとに、ドワーフ、魚人、雪女、魔王四天王、魔王、といった亜人のなかでも一際キワモノの種族が次から次へと集まり、彼らがもたらす特産品によってドンドン村は発展し豊かに、にぎやかになっていく。

[完結]回復魔法しか使えない私が勇者パーティを追放されたが他の魔法を覚えたら最強魔法使いになりました

mikadozero
ファンタジー
3月19日 HOTランキング4位ありがとうございます。三月二十日HOTランキング2位ありがとうございます。 ーーーーーーーーーーーーー エマは突然勇者パーティから「お前はパーティを抜けろ」と言われて追放されたエマは生きる希望を失う。 そんなところにある老人が助け舟を出す。 そのチャンスをエマは自分のものに変えようと努力をする。 努力をすると、結果がついてくるそう思い毎日を過ごしていた。 エマは一人前の冒険者になろうとしていたのだった。

【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する

エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】  スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。  帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。  しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。  自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。   ※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。 ※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。 〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜 ・クリス(男・エルフ・570歳)   チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが…… ・アキラ(男・人間・29歳)  杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が…… ・ジャック(男・人間・34歳)  怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが…… ・ランラン(女・人間・25歳)  優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は…… ・シエナ(女・人間・28歳)  絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……

大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです

飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。 だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。 勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し! そんなお話です。

処理中です...