異世界ネクロマンサー

珈琲党

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29 失敗と成功と

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 その日の俺は、朝から虫の居所が悪かった。

 生えかけの親知らずのせいで、頭がギリギリと痛み、前夜から全く眠れずにいたからだ。ハッキリとした怪我でも病気でもないためか、ビショップの回復魔法も、リサの修復魔法もあまり効果がないのだった。


「イチロウ、大丈夫?」

 リサが何かと気遣ってくれるが、この痛みには無力だった。

「……あぁ、なんとか……。今日は横になって、大人しくしてるよ」

 幸いなことに、今日は商人たちとの取引もない。


「この領随一のネクロマンサーも歯痛にはかなわないのね、ざまぁないわ」

 ベロニカの皮肉に何か言い返すのもおっくうだったが、ふと思いついた。

「……ベロニカ、ちょっとここに来て膝枕しろよ」

「「えぇ!? 何言ってるのよ!」」

 リサとベロニカが同時に声をあげる。

「これは命令だ」

「嫌!―― かしこまりました。マスター」

 俺はベロニカのスカートの中に頭を潜り込ませ、ひんやりとした太ももに直に顔をうずめた。

「ちょ、ちょっと何考えてるのよ!」

「イチロウ!」

「この冷たさと弾力で痛みが多少和らぐんだよ。
 アンデッドのベロニカの体は室温と同じでちょうどいい感じだからな。
 悪いが大目に見てくれ」

 そう言って俺は痛む頬を、より冷たくて柔らかい部位に押し付ける。

「ぅぅぅぅ……」

「もぅ知らない!」

 リサは怒って部屋を出て行ってしまった。


『まったく……、しようのない奴じゃ』

『そりゃあ、この痛みが和らぐなら何でもするさ』

『魔導師が歯痛に屈するとはの……』


 ベロニカの膝枕のおかげか、痛みが少しおさまってウトウトしていた時、ゲートのスケルトンから連絡が入った。

「うぐっ!」

 スケルトンのテレパシー通信は歯痛に響くらしい。

「な、なによ!」

「ゲートにお客さんが来てるようだ」

 スケルトンの目を通して客を観察する。
 どうやら、また貴族の使者らしい。

『ふむ。あれは王家の紋章だの』

『何もこんな時に来なくてもいいだろうに……』


 俺はスケルトンの体を借りて応対した。

『どういったご用件でしょうか?』

 使者は度肝を抜かれた様子でしばらく固まっていたが、なんとか言葉を絞り出した。

『……う、あ、私は国王陛下の使者である。魔導師イチロウよ、陛下は貴様に用がある。今からすぐに、私と共に登城するのだ』

 随分と偉そうな奴だなぁ。こっちの都合に配慮するつもりが全くないらしい。
 だいたい、国王陛下ってあの王じゃないか。大した理由もなくリサの母親を殺して、リサまで殺そうとした奴だろ。のこのこ会いに行っても、何をされるか分かったものじゃない。体調不良を理由に断ってしまえ。

『申し訳ありませんが、体調がよくないので、今から外出は難しいです。
 陛下のご用件だけお聞かせ願えませんでしょうか?』

『何を言う! 平民の分際で陛下の要請にこたえぬつもりか!』

 それを聞いて、俺の心にポッと赤い火が灯った。

『いえ、そうではありません。今日は都合がよろしくないので、日を改めて――』

『黙れ! 貴様の都合など聞いておらぬ!
 陛下は今すぐとおっしゃっておられるのだ。すぐに出て参れ!』

『……申し訳ありませんが――』

『貴様! まだ口答えを――』

 元々たいして太くもなかった俺の堪忍袋の緒は、歯痛のせいでかなり細く削られていたのだ。このやり取りで、ついに切れてしまった。

『おい! テメェ、いい加減にしろよ! 
 さっきからこっちが下手に出てりゃぁ、いい気になりやがって!
 無理なもんは無理なんだよ!』

 俺はスケルトンの体を使って、使者の頭に拳骨を落とした。
 ゴスッ

『ギャッ!』

『王様だか、殿様だか知らんが、おととい来やがれ!』

 使者は脱兎のごとく逃げていった。


『面倒なことになるじゃろうが、まぁこれは仕方がないかもしれぬ』

『だろうな。でも反省はしてない』

『フフフ……、しようのない奴め』


 多少心は晴れたが、歯痛がぶり返してしまった。
 俺はまたベロニカの冷たい太ももの間に顔を埋め直した。

「ちょっと! これいつまで続けるつもりよ!」

「うん? 痛みがおさまるまでに決まってるだろ」

 ベロニカの付けている香水の匂いをフガフガと嗅ぎながらまどろむ。

「うぅぅぅ……」


 ウトウトし始めた俺の脇腹に衝撃が走る。

「ぎゃぁ!」

 リサの必殺技に俺は悶絶した。

「イチロウ! もういい加減にしなさいよ!」

「な、なんだよぉ。だからこうしてると痛みが少しおさまるんだって」

「私がやってあげるから!」

 俺は怒気を含んだリサの視線に気圧される。
 ベロニカはその隙に、ササっと地下室に逃げて行った。くそぉ……。

 まぁ仕方がない。
 リサが膝枕をしてくれるというのなら、してもらおうじゃないか。
 俺はリサのスカートの中に頭を潜り込ませ、温かく肉付きの良い太ももに直に顔をうずめた。

 ひんやりとした心地よさはないが、日向の匂いのするしっとりとした柔らかさも悪くはないか。これはこれで良いかもしれない。歯痛が少しずつおさまってくるのを感じる。
 俺は心地よさを求めて顔をもぞもぞと動かした。ちょうどリサの股間に顔を埋めるような体勢になったときにふと気づく。何でコイツ下着履いてないんだ?
 リサの甘い声を聞いた瞬間、歯痛が消えて、理性が飛んだ。


 その日の夕方、俺の体調はすっかり回復していた。やや、だるさは残っているが、それはまぁ仕方がないのだ。
 リサの機嫌もなぜだかずいぶんと良くなっている。俺にピッタリと身を寄せて、ニコニコとほほ笑んでいる。

「夕飯前にもう一回」

「フフ、そうね」
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