異世界ネクロマンサー

珈琲党

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27 古い公文書

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 ある日のこと。

 ヘッセルバッハ伯爵の使者がやって来た。
 ヘッセルバッハ伯領はマクドーマンの森の西側に接している。

 一応、話しだけでも聞いてやろうということで、以前に来たカステルハイム伯の使者と同様に、家に招き入れて料理と酒でもてなしてやった。
 使者は料理と酒を大いに楽しんだ。
 場が和んだ頃合いを見計らって、俺は話を切りだした。 

「それで使者殿、どういったご用件なのでしょうか?」

「は、はい。
 魔導師殿もご存知かと思いますが、このマクドーマンの森は、
 以前はヘッセルバッハ伯領に属するものだったのです。
 先々代の領主様と、同じく先々代のカステルハイム伯様が賭けをなさって、
 結果、この森の領有権が先々代のカステルハイム伯様へ移譲された
 という経緯がございます」

 俺は使者の話にうなずく。

「確かに、カステルハイム伯の使者殿もそのようにおっしゃっていました」

「その際に両者で交わされた公文書も残っております」

 何か持って回った言い方をするなぁ。要点が見えてこない。

「ほぉ、それで?」

「その公文書によりますと、『当面の領有権を認める』とあるのです」

 なるほど、
 将来どう転んでも良いような玉虫色の文言で書かれていたわけか。
 さすが貴族だなぁと感心した。同時に面倒くさいとも思った。
 なんでそんな話を俺に持って来るのかと。

「カステルハイム伯の領有権は期限付きだった、ということですか?」

「さようでございます」

「当面というと、具体的にはどれくらいの期間なのですか?」

「それは一概には何とも言えないところですが……。
 社会通念上は、近い将来をさす言葉ではないかと考えております。
 移譲からすでに七十年余りが経過しておりまして、
 期限は過ぎているのではないかと……」

「なるほど、お話はよく分かりました。
 しかし、それは私に話すことではないですね。
 直接、カステルハイム伯にお話になれば良いのでは?」

 俺の指摘に、使者は大きくうなずいた。

「確かに魔導師殿のおっしゃる通りです。
 ということで先日、カステルハイム伯爵様のお城へ伺いまして、
 この話を申し上げたのですが……
 こちらの……、つまりは魔導師殿の了承を得てからにしてくれと、
 そういう返答がございまして……」

「えぇっ!? 私の了承ですか?」

 カステルハイム伯が俺に気を遣ってるってことなのかな。
 俺としては事後承諾ということでも仕方のない話なのだが……。

「こちらにご署名を頂きたいのです」

 使者は何やら文章が書かれた羊皮紙を取り出した。
 ざっと読んだところ、契約書のようなものだった。
 森の領有権が移譲された時にどうなるかということが書いてある。

 俺たちの権利や義務に関しては、基本的には変わりがないようだ。
 納税先がヘッセルバッハ伯に変わるってことぐらいだな。


『クロゼルはどう思う?』

『ふむ……、契約の内容に関しては問題はなさそうじゃ。
 つまらぬ騙しも入っておらん』

『そうか』


「要は、私どもとしては今まで通りで良いということですな?」

「さようで」

「念のために申し上げておきますが、内容が不当であった場合は――」

 俺の後ろに控えさせているニンジャをスッと前に出す。

「まさか! そのようなことは決して……」

 使者は額に浮かんだ汗をぬぐう。

「そうですか、わかりました。
 ベロニカ、ちょっと頼む」

「はいはい」

「へ? こ、この方は――」

 事前の打ち合わせ通り、ベロニカが使者に催眠の魔法をかけた。
 ビックリ顔だった使者の顔から瞬時に表情が消える。

「術はかかったわ。何を聞くのよ?」


「そうだなぁ……、今回の話は本当にカステルハイム伯に通っているのか?」

「……通ってない」

 使者が抑揚のない声で答えた。

「あぁ、やっぱり。
 俺の署名入りの書類を使って、伯爵を説得するつもりだったな?」

「……そのとおり。
 まずは事情を知らない魔導師を落として、それから伯爵を落とす……」

「公文書の話は本当か?」

「……あれは作り話だ。
 魔導師は頭が切れるが、筋が通っていれば納得するだろう……」

「なるほど! 上手いなぁ……
 ヘッセルバッハ伯の狙いは何だ?」

「……砂糖と酒。魔導師を懐柔して販売を独占したい……」

「うん、よく分かった。もういいぞ」


 ベロニカがパチンと指を鳴らして、部屋を出た。

「ハッ!? えぇと……、そうそう! ここにご署名を――」

「いや申し訳ない。
 一度カステルハイム伯と相談したいので、すぐには署名できないな」

「あ、う……、さようでございますか……」

 使者は肩を落として、すごすごと帰って行った。
 寸借詐欺まがいの手法はなかなか見事だったが、やっぱり嘘はダメだな。

 俺は新しい鳥ゾンビを作って、カステルハイム伯城へ飛ばした。
 鳥ゾンビの足には事の次第を書いた手紙をくくりつけてある。




――――――――――――――――――――――――――


 同日。カステルハイム城。


「領主様! 大変でございます!」

「なんじゃ、慌ておってからに……」

「マクドーマンの森より飛来した鳥のゾンビが、
 また結界に弾かれたらしいのです!」

「な、なんじゃとぉ!? また鳥のゾンビじゃとぉ! それでどうしたのじゃ?」

「ははっ! それが、あの魔導師からの手紙がくくりつけてありまして――」



「――ふむ。
 ヘッセルバッハ伯もなかなかやりよるわぃ、ハハハハハ。
 それにしても、今になって返せとは、いささか都合が良すぎるのぉ」

 伯爵は苦笑する。

「まことにもって、そのとおりでございます。
 かつてはこの領の重しでしかありませんでしたが、
 今やこの領の宝といえるもの」

「うむ。砂糖もそうじゃが、この酒の見事さよ!
 あの森はまさに金の卵を産むガチョウじゃ。
 早速、使者をつかわしてあの者どもに褒美を取らせよ。
 機嫌をとってやらねばならん」

「ははっ!」

(それにしても、何がどう転ぶのかわからんものじゃ……)

 伯爵は最近になって行商人から手に入れた上等な酒をじっくりと堪能しながら思うのだった。


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