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03 リサという娘
しおりを挟む無礼討ちとかわけわからん理由で処刑されそうになっていた娘をうっかり助けてしまう。逃げるときにクロゼルが騎士を何人も殺したので、俺は追われる身となってしまった。
『イチロウ、いまのうちに王都を出ておいたほうが良いぞ』
『たしかに、検問が始まるとやっかいだからな』
「お前は王都に家があるのか?」
俺は娘にたずねた。
娘は首を横に振る。
「お母さんといっしょに行商に来たの。私がはしゃいで走ったりしたから……」
娘は目に涙をためてうつむく。
「王都に知り合いはいないのか?」
娘は首を横に振る。
ここに一人残されたらしい。
「お前の家はここから遠いのか?」
娘はうなずく。歳は十三、四に見える。
一人で旅をするには心もとない感じだ。
「そうか……。何だったら俺が家まで送ろうか? 結構物騒だしな」
娘はホッとした様子でうなずいた。
『イチロウ、お主少々無謀なところがあるのぉ。自分から面倒事に足を突っ込む必要はあるまい』
『そんなこと言うなよ。これも乗りかかった船だ、最後まで面倒を見てやろうぜ』
『お人よしなのか、何なのか……。あきれた奴じゃわぃ』
娘にはやはりクロゼルの姿が見えないらしい。
俺が無言で虚空を見つめているのを、不思議そうな顔で見上げている。
「あぁ、すまんすまん。それでお前の家はどっちだ?」
俺たちは足早に王都を後にしたのだった。
「そういえば、名前を聞いてなかったな。俺はイチロウだ」
「ファーベ村のリサ」
「リサか、よろしくな。ところでファーベ村までは何日もかかるのか?」
「うん、歩いて五日ぐらい」
「街道沿いには宿場町もあるんだろ?」
「今からだと、町の閉門時間に間に合わないよ」
「そうか、野宿の用意がいるかな」
俺は通りがかりの行商人からあれこれ買い込んだ。
結構金を使ってしまったな。
俺の買い物の様子をリサが見ていて、少し険しい顔になった。どうやら俺はだいぶボラれたらしい。
「俺は外国から来たばかりで、金の価値がよくわからんからなぁ。悪いけど教えてくれないか?」
銅貨百枚で銀貨一枚。
青銅貨十枚で銅貨一枚。
銅貨数枚で硬いパンが一斤買えるらしい。
残りの銀貨は五十枚。
銅貨や青銅貨は数えてないが、百枚以上はある。
「これだけあったら、三カ月は大丈夫だよ」
リサは俺が大金を持っていることにちょっと驚いていた。普通はこんなに持ち歩かないという。追いはぎも多いらしいからな。
俺は行商人から買った普通の服に着替えた。俺のあの服はここではちょっと目立つからなぁ。靴は合うものがなかったから、そのままだが。
「じゃぁ、行こうぜ」
リサは不安なのか寂しいのか分からないが、俺の腕につかまってくる。
俺たちは並んで凸凹の多い土の道を歩き出した。
「♪歩こう~、あ~るっこぅ~フフンフフ……」
鼻歌まじりに歩いていると、クロゼルがおちょくってくる。
『ずいぶんとご機嫌じゃのぉ。そういうおなごが好みなのかぇ?』
『ハハハハ。そういうんじゃないよ。なんというか散歩日和だなぁって思ってな』
『ほぉ、それで、その娘の村まで本当に行くつもりか?』
『そのつもりだけど、何だよ』
『フフフ……、やはりお主何も考えておらんな?』
『もちろん、出たとこ勝負だ!』
『……ふん、それも良いかもしれぬ。考えすぎるとかえって動けなくなるからの』
ふと気が付くと、リサが赤い顔で俺の袖を引っぱっている。
「あぁ、すまん。どうした?」
リサが少し下を向いて言った。
「おしっこしたい……」
「え? あぁ、そうか、じゃぁその辺の茂みでやってこい」
「わかった。置いて行かないでよ!」
そう言い残すと、すごい勢いで走っていった。
そんなにたまってたのか……。
「じゃあ、俺もその辺で」
俺は街道沿いに生えている木に向かって用を足した。
「ふぅ、スッキリした。……む?」
王都の方からドカドカと馬の足音が響いてくる。
見る間に馬に乗った騎士が俺に近づいてきた。
「そこな者、ここへ参れ!」
騎士は馬に乗ったまま俺を手招きする。失礼な奴め。
「はぁ、なんでございましょう」
「このような二人連れは見なんだか?」
騎士は下手な似顔絵が描かれた手配書を俺に見せた。
「どれどれ、ほぉ妙な格好をしておりますなぁ、ふぅむ……」
「見たかどうかのみ聞いておる!」
「いぇ、見ておりません」
「そうか、邪魔したな」
騎士はドカドカと俺たちが行く方向へ去っていった。
『追手じゃな。どうする?』
『う~ん、意外と早かったな。でも、男女二人連れってことと、あの服ぐらいしか知られてないようだったぞ。娘の名前とかはバレてないみたいだったし』
あの母親の身元が知られて、そこから芋づる式にってことにはなってない様子だ。あまりそういうことは調べないのかもしれない。
俺があれこれ考えていると、リサが戻ってきた。
「遅かったな、ついでにウンコもしてたのか? ハッハッハ」
「もぅ!」
ひとしきりからかってやった後、さっきあったことをリサにも話す。
「この先の町にも知らせが行ったはずだ」
「そうね……。もう少し先に古い道があったと思う。それを使えば町を通らずに先に行けるはずだよ」
「そうか、じゃあ町は迂回するか」
「うん」
しばらく進むと、リサが言ったように分かれ道があった。
粗末な標識が杭に打ち付けられている。
「旧ガザ街道。荷馬車の通り抜け困難」
あまり良い道ではなさそうだな。
俺たちは旧道へ入った。
見通しの良い真っすぐな新道と比べると、道幅も狭いし曲がりくねっている。道の両脇にはうっそうとした森が広がる。
何がやって来るか分からないので、周りを警戒しながらゆっくり歩く。怖いのか、リサが俺にピッタリ引っ付いている。
「そろそろ日が暮れるから、野営地を探そうぜ」
「うん、でもずっと森ばかりね」
クロゼルがスッと出てきて道の先を指をさした。
「お! あそこが良さそうだな」
「えぇ~!?」
そこは古い墓地だ。いや、墓地だったというべきか。
放置されてから長いこと経つのだろう、見事に荒れ果てている。
墓石は砕け、雑草は伸び放題だ。
「いい感じの東屋もあるし、地面は平らだし、言うことなしだな」
「言うことはいっぱいあるよ……」
ざっと見渡したところ死霊のたぐいはいないようだ。
『死霊は死んだ場所に縛られるのじゃ。こういう場所より、むしろ街中のほうが死霊は多い』
『なるほど、クロゼル的にもここは問題なしってことだな』
『静かで住み心地も良さそうじゃな、フフフ……』
俺はぶぅたれているリサにはっぱをかける。
「はいはい、サッサと焚き木を集めてくれ! そうしないと真っ暗な中で夜をすごすはめになるぞ」
「……わかったよ、もぅ」
俺はその辺に転がっている石を積んで、簡単なかまどを作った。
集めた焚き木を積んで、火を付けようとするが上手くいかない。
「あれ? これってどうやるんだっけ?」
俺は火打石を手にぼうぜんとする。
「ちょっと貸して。こうするの!」
リサが器用に火をつけた。
俺の記憶では、もっと簡単に火をつける道具があったような……。
何かを思い出しそうになったが、それはすぐにどこかへ行ってしまった。
「リサは偉いなぁ」
頭をなでてやると、まんざらでもない顔をしている。
「エヘヘ……」
「じゃぁ、今日から君は火付け係ね。火打石はリサが持ってろ」
「何よそれぇ」
リサと適当にだべりながら飯の用意をする。
行商人から買った材料で適当なスープを作った。味付けは岩塩のみ。
スープに硬いパンをひたしながら食べる。
「いま一つかな……」
「そう? おいしいよ」
「何か味が足りない気がするんだよなぁ……」
俺はぶつくさ言いながらワインをあおった。
「あたしも飲む」
「おぉ、いける口だねぇ」
「何それぇ」
いつの間にか日が完全に落ち、辺りは真っ暗になっていた。
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