3 / 62
03 リサという娘
しおりを挟む無礼討ちとかわけわからん理由で処刑されそうになっていた娘をうっかり助けてしまう。逃げるときにクロゼルが騎士を何人も殺したので、俺は追われる身となってしまった。
『イチロウ、いまのうちに王都を出ておいたほうが良いぞ』
『たしかに、検問が始まるとやっかいだからな』
「お前は王都に家があるのか?」
俺は娘にたずねた。
娘は首を横に振る。
「お母さんといっしょに行商に来たの。私がはしゃいで走ったりしたから……」
娘は目に涙をためてうつむく。
「王都に知り合いはいないのか?」
娘は首を横に振る。
ここに一人残されたらしい。
「お前の家はここから遠いのか?」
娘はうなずく。歳は十三、四に見える。
一人で旅をするには心もとない感じだ。
「そうか……。何だったら俺が家まで送ろうか? 結構物騒だしな」
娘はホッとした様子でうなずいた。
『イチロウ、お主少々無謀なところがあるのぉ。自分から面倒事に足を突っ込む必要はあるまい』
『そんなこと言うなよ。これも乗りかかった船だ、最後まで面倒を見てやろうぜ』
『お人よしなのか、何なのか……。あきれた奴じゃわぃ』
娘にはやはりクロゼルの姿が見えないらしい。
俺が無言で虚空を見つめているのを、不思議そうな顔で見上げている。
「あぁ、すまんすまん。それでお前の家はどっちだ?」
俺たちは足早に王都を後にしたのだった。
「そういえば、名前を聞いてなかったな。俺はイチロウだ」
「ファーベ村のリサ」
「リサか、よろしくな。ところでファーベ村までは何日もかかるのか?」
「うん、歩いて五日ぐらい」
「街道沿いには宿場町もあるんだろ?」
「今からだと、町の閉門時間に間に合わないよ」
「そうか、野宿の用意がいるかな」
俺は通りがかりの行商人からあれこれ買い込んだ。
結構金を使ってしまったな。
俺の買い物の様子をリサが見ていて、少し険しい顔になった。どうやら俺はだいぶボラれたらしい。
「俺は外国から来たばかりで、金の価値がよくわからんからなぁ。悪いけど教えてくれないか?」
銅貨百枚で銀貨一枚。
青銅貨十枚で銅貨一枚。
銅貨数枚で硬いパンが一斤買えるらしい。
残りの銀貨は五十枚。
銅貨や青銅貨は数えてないが、百枚以上はある。
「これだけあったら、三カ月は大丈夫だよ」
リサは俺が大金を持っていることにちょっと驚いていた。普通はこんなに持ち歩かないという。追いはぎも多いらしいからな。
俺は行商人から買った普通の服に着替えた。俺のあの服はここではちょっと目立つからなぁ。靴は合うものがなかったから、そのままだが。
「じゃぁ、行こうぜ」
リサは不安なのか寂しいのか分からないが、俺の腕につかまってくる。
俺たちは並んで凸凹の多い土の道を歩き出した。
「♪歩こう~、あ~るっこぅ~フフンフフ……」
鼻歌まじりに歩いていると、クロゼルがおちょくってくる。
『ずいぶんとご機嫌じゃのぉ。そういうおなごが好みなのかぇ?』
『ハハハハ。そういうんじゃないよ。なんというか散歩日和だなぁって思ってな』
『ほぉ、それで、その娘の村まで本当に行くつもりか?』
『そのつもりだけど、何だよ』
『フフフ……、やはりお主何も考えておらんな?』
『もちろん、出たとこ勝負だ!』
『……ふん、それも良いかもしれぬ。考えすぎるとかえって動けなくなるからの』
ふと気が付くと、リサが赤い顔で俺の袖を引っぱっている。
「あぁ、すまん。どうした?」
リサが少し下を向いて言った。
「おしっこしたい……」
「え? あぁ、そうか、じゃぁその辺の茂みでやってこい」
「わかった。置いて行かないでよ!」
そう言い残すと、すごい勢いで走っていった。
そんなにたまってたのか……。
「じゃあ、俺もその辺で」
俺は街道沿いに生えている木に向かって用を足した。
「ふぅ、スッキリした。……む?」
王都の方からドカドカと馬の足音が響いてくる。
見る間に馬に乗った騎士が俺に近づいてきた。
「そこな者、ここへ参れ!」
騎士は馬に乗ったまま俺を手招きする。失礼な奴め。
「はぁ、なんでございましょう」
「このような二人連れは見なんだか?」
騎士は下手な似顔絵が描かれた手配書を俺に見せた。
「どれどれ、ほぉ妙な格好をしておりますなぁ、ふぅむ……」
「見たかどうかのみ聞いておる!」
「いぇ、見ておりません」
「そうか、邪魔したな」
騎士はドカドカと俺たちが行く方向へ去っていった。
『追手じゃな。どうする?』
『う~ん、意外と早かったな。でも、男女二人連れってことと、あの服ぐらいしか知られてないようだったぞ。娘の名前とかはバレてないみたいだったし』
あの母親の身元が知られて、そこから芋づる式にってことにはなってない様子だ。あまりそういうことは調べないのかもしれない。
俺があれこれ考えていると、リサが戻ってきた。
「遅かったな、ついでにウンコもしてたのか? ハッハッハ」
「もぅ!」
ひとしきりからかってやった後、さっきあったことをリサにも話す。
「この先の町にも知らせが行ったはずだ」
「そうね……。もう少し先に古い道があったと思う。それを使えば町を通らずに先に行けるはずだよ」
「そうか、じゃあ町は迂回するか」
「うん」
しばらく進むと、リサが言ったように分かれ道があった。
粗末な標識が杭に打ち付けられている。
「旧ガザ街道。荷馬車の通り抜け困難」
あまり良い道ではなさそうだな。
俺たちは旧道へ入った。
見通しの良い真っすぐな新道と比べると、道幅も狭いし曲がりくねっている。道の両脇にはうっそうとした森が広がる。
何がやって来るか分からないので、周りを警戒しながらゆっくり歩く。怖いのか、リサが俺にピッタリ引っ付いている。
「そろそろ日が暮れるから、野営地を探そうぜ」
「うん、でもずっと森ばかりね」
クロゼルがスッと出てきて道の先を指をさした。
「お! あそこが良さそうだな」
「えぇ~!?」
そこは古い墓地だ。いや、墓地だったというべきか。
放置されてから長いこと経つのだろう、見事に荒れ果てている。
墓石は砕け、雑草は伸び放題だ。
「いい感じの東屋もあるし、地面は平らだし、言うことなしだな」
「言うことはいっぱいあるよ……」
ざっと見渡したところ死霊のたぐいはいないようだ。
『死霊は死んだ場所に縛られるのじゃ。こういう場所より、むしろ街中のほうが死霊は多い』
『なるほど、クロゼル的にもここは問題なしってことだな』
『静かで住み心地も良さそうじゃな、フフフ……』
俺はぶぅたれているリサにはっぱをかける。
「はいはい、サッサと焚き木を集めてくれ! そうしないと真っ暗な中で夜をすごすはめになるぞ」
「……わかったよ、もぅ」
俺はその辺に転がっている石を積んで、簡単なかまどを作った。
集めた焚き木を積んで、火を付けようとするが上手くいかない。
「あれ? これってどうやるんだっけ?」
俺は火打石を手にぼうぜんとする。
「ちょっと貸して。こうするの!」
リサが器用に火をつけた。
俺の記憶では、もっと簡単に火をつける道具があったような……。
何かを思い出しそうになったが、それはすぐにどこかへ行ってしまった。
「リサは偉いなぁ」
頭をなでてやると、まんざらでもない顔をしている。
「エヘヘ……」
「じゃぁ、今日から君は火付け係ね。火打石はリサが持ってろ」
「何よそれぇ」
リサと適当にだべりながら飯の用意をする。
行商人から買った材料で適当なスープを作った。味付けは岩塩のみ。
スープに硬いパンをひたしながら食べる。
「いま一つかな……」
「そう? おいしいよ」
「何か味が足りない気がするんだよなぁ……」
俺はぶつくさ言いながらワインをあおった。
「あたしも飲む」
「おぉ、いける口だねぇ」
「何それぇ」
いつの間にか日が完全に落ち、辺りは真っ暗になっていた。
0
お気に入りに追加
69
あなたにおすすめの小説

魔王を倒したので砂漠でも緑化しようかと思う【完】
流水斎
ファンタジー
死後、神様に頼まれて転生したが特にチートな加護も無く、魔王を倒すのに十年掛かった。
英雄の一人ではあったので第二の人生を愉しもうかと思ったが、『狡兎死して走狗煮らる』とも言う。
そこで地方で内政に励む事にして、トロフィー代わりに砂漠の緑化を目標に定めた男の物語である。

薬漬けレーサーの異世界学園生活〜無能被験体として捨てられたが、神族に拾われたことで、ダークヒーローとしてナンバーワン走者に君臨します〜
仁徳
ファンタジー
少年はとある研究室で実験動物にされていた。毎日薬漬けの日々を送っていたある日、薬を投与し続けても、魔法もユニークスキルも発動できない落ちこぼれの烙印を押され、魔の森に捨てられる。
森の中で魔物が現れ、少年は死を覚悟したその時、1人の女性に助けられた。
その後、女性により隠された力を引き出された少年は、シャカールと名付けられ、魔走学園の唯一の人間魔競走者として生活をすることになる。
これは、薬漬けだった主人公が、走者として成り上がり、ざまぁやスローライフをしながら有名になって、世界最強になって行く物語
今ここに、新しい異世界レースものが開幕する!スピード感のあるレースに刮目せよ!
競馬やレース、ウマ娘などが好きな方は、絶対に楽しめる内容になっているかと思います。レース系に興味がない方でも、異世界なので、ファンタジー要素のあるレースになっていますので、楽しめる内容になっています。
まずは1話だけでも良いので試し読みをしていただけると幸いです。

なんでもアリな異世界は、なんだか楽しそうです!!
日向ぼっこ
ファンタジー
「異世界転生してみないか?」
見覚えのない部屋の中で神を自称する男は話を続ける。
神の暇つぶしに付き合う代わりに異世界チートしてみないか? ってことだよと。
特に悩むこともなくその話を受け入れたクロムは広大な草原の中で目を覚ます。
突如襲い掛かる魔物の群れに対してとっさに突き出した両手より光が輝き、この世界で生き抜くための力を自覚することとなる。
なんでもアリの世界として創造されたこの世界にて、様々な体験をすることとなる。
・魔物に襲われている女の子との出会い
・勇者との出会い
・魔王との出会い
・他の転生者との出会い
・波長の合う仲間との出会い etc.......
チート能力を駆使して異世界生活を楽しむ中、この世界の<異常性>に直面することとなる。
その時クロムは何を想い、何をするのか……
このお話は全てのキッカケとなった創造神の一言から始まることになる……

日本列島、時震により転移す!
黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。
【完結】帝国から追放された最強のチーム、リミッター外して無双する
エース皇命
ファンタジー
【HOTランキング2位獲得作品】
スペイゴール大陸最強の帝国、ユハ帝国。
帝国に仕え、最強の戦力を誇っていたチーム、『デイブレイク』は、突然議会から追放を言い渡される。
しかし帝国は気づいていなかった。彼らの力が帝国を拡大し、恐るべき戦力を誇示していたことに。
自由になった『デイブレイク』のメンバー、エルフのクリス、バランス型のアキラ、強大な魔力を宿すジャック、杖さばきの達人ランラン、絶世の美女シエナは、今まで抑えていた実力を完全開放し、ゼロからユハ帝国を超える国を建国していく。
※この世界では、杖と魔法を使って戦闘を行います。しかし、あの稲妻型の傷を持つメガネの少年のように戦うわけではありません。どうやって戦うのかは、本文を読んでのお楽しみです。杖で戦う戦士のことを、本文では杖士(ブレイカー)と描写しています。
※舞台の雰囲気は中世ヨーロッパ〜近世ヨーロッパに近いです。
〜『デイブレイク』のメンバー紹介〜
・クリス(男・エルフ・570歳)
チームのリーダー。もともとはエルフの貴族の家系だったため、上品で高潔。白く透明感のある肌に、整った顔立ちである。エルフ特有のとがった耳も特徴的。メンバーからも信頼されているが……
・アキラ(男・人間・29歳)
杖術、身体能力、頭脳、魔力など、あらゆる面のバランスが取れたチームの主力。独特なユーモアのセンスがあり、ムードメーカーでもある。唯一の弱点が……
・ジャック(男・人間・34歳)
怪物級の魔力を持つ杖士。その魔力が強大すぎるがゆえに、普段はその魔力を抑え込んでいるため、感情をあまり出さない。チームで唯一の黒人で、ドレッドヘアが特徴的。戦闘で右腕を失って以来義手を装着しているが……
・ランラン(女・人間・25歳)
優れた杖の腕前を持ち、チームを支える杖士。陽気でチャレンジャーな一面もあり、可愛さも武器である。性格の共通点から、アキラと親しく、親友である。しかし実は……
・シエナ(女・人間・28歳)
絶世の美女。とはいっても杖士としての実力も高く、アキラと同じくバランス型である。誰もが羨む美貌をもっているが、本人はあまり自信がないらしく、相手の反応を確認しながら静かに話す。あるメンバーのことが……
魔族に育てられた聖女と呪われし召喚勇者【完結】
一色孝太郎
ファンタジー
魔族の薬師グランに育てられた聖女の力を持つ人族の少女ホリーは育ての祖父の遺志を継ぎ、苦しむ人々を救う薬師として生きていくことを決意する。懸命に生きる彼女の周囲には、彼女を慕う人が次々と集まってくる。兄のような幼馴染、イケメンな魔族の王子様、さらには異世界から召喚された勇者まで。やがて世界の運命をも左右する陰謀に巻き込まれた彼女は彼らと力を合わせ、世界を守るべく立ち向かうこととなる。果たして彼女の運命やいかに! そして彼女の周囲で繰り広げられる恋の大騒動の行方は……?
※本作は全 181 話、【完結保証】となります
※カバー画像の著作権は DESIGNALIKIE 様にあります
死霊術士が暴れたり建国したりするお話 第1巻
白斎
ファンタジー
多くの日本人が色々な能力を与えられて異世界に送りこまれ、死霊術士の能力を与えられた主人公が、魔物と戦ったり、冒険者と戦ったり、貴族と戦ったり、聖女と戦ったり、ドラゴンと戦ったり、勇者と戦ったり、魔王と戦ったり、建国したりしながらファンタジー異世界を生き抜いていくお話です。
ライバルは錬金術師です。
ヒロイン登場は遅めです。
少しでも面白いと思ってくださった方は、いいねいただけると嬉しいです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる