雷のサンダー ある銀級魔法使いの冒険

珈琲党

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19 大サソリ

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 俺たちがヨルデノールの町へ向けて出発したのは、その日の昼過ぎだった。


 行商人のポポスは荷物を満載した二頭立ての馬車に乗る。その馬車の周りを俺たち冒険者が周りを警戒しながら徒歩でついて行くのだ。デサントスからヨルデノールまでは街道が一応整備されていて歩きやすい。

 斥候役のケイトは、ポポスの馬車の30メートルほど先を歩く。馬車を挟むようにアマンダとメルキア、馬車の斜め後ろを俺とカーシャが歩く。
 乗合馬車の速度なら、朝に出て夕方ごろにはヨルデノールに着くだろうが、俺たちのこの速度では、六日はかかると思われる。


 街道をしばらく進んだところで、ケイトが俺たちに合図を出した。前方で何かを見つけたらしい。事前の打ち合わせ通り、ポポスが馬車を止めた。

 俺は先の状況を確認するために、浮遊の魔法で5メートル程の高さまで浮かび上がった。宙に浮かぶ俺の姿に、カーシャ以外はひどく驚いたようだ。

「マジか⁉」「え、えぇ⁉」「あれは浮遊の……」

 ケイトが指さしている辺りを見てみると、街道わきの茂みの裏に何かがウゾウゾとうごめいている。硬そうな黒っぽい表皮と、特徴的な形状ですぐに正体が分かった。

「大サソリだ」

 俺の言葉によって、皆に緊張が走った。
 大サソリはコカトリスと同じく、荒野に生息する魔物だ。体長2メートルほどもあり、人の腕を断ち切るほどの強力なハサミと、致死性の毒を持つ凶悪な存在だ。

 動きも素早く獲物を選り好みしないので、連中に見つかると厄介極まりないことになる。硬い外殻は矢を通さないし、下手な剣なども弾かれてしまう。そして二つのハサミと毒針付きの長い尻尾によって、変幻自在な攻撃を仕掛けてくるのだ。並の冒険者などではとても太刀打ちできない。うっかり遭遇したなら、不運を嘆きつつ逃げるしかない。

 ケイトが足音も立てずに戻ってくる。まさに忍者のようだ。

「どうする? 10匹はいるようだよ」

 稲妻の魔法を落としてやれば片付くだろうが、音と光が目立つ。近くにいるかもしれない他の魔物を刺激したくない。この状況だと逃げるのが難しいからな。衝撃の魔法を使うには遠いし、少々効率が悪いが火球の魔法で片を付けるか……。
 思案する俺の耳に、ドドドドという振動音が聞こえてきた。

「サンダーさん、後ろから何か来ます!」

 カーシャが何かを見つけたらしい。
 後ろを振り返ると、土煙が上がっているのが見える。見覚えのある魔物だ。

「後ろからコカトリスが来る」

「なにぃ⁉ ど、どうするよ、サンダーの旦那」

 豪胆なアマンダも、こんな状況では慌てるようだ。
 ケイトもメルキアも顔がこわばっている。平静なのはカーシャくらいか。

「期待しているよ、サンダーさん」

 経験豊富そうなポポスも顔色が悪い。
 寂れてるとはいえ、街道上でこんなに立て続けに魔物に遭遇するとは運が悪い。

「大丈夫。
 守りの魔法を使う。皆、馬車のそばに固まってくれ。
 ポポスさん、馬車から降りないようにお願いします」

「わ、わかった!」

 俺はカバンから愛用の杖を取り出して体の前で構えて、精神を集中する。

「ひえぇ! 大サソリもこっちに気づいちゃったよ」

 ケイトが青い顔で叫ぶ。
 大サソリたちが茂みから飛び出して、街道をこちらに向けて走って来た。

 アマンダは腰の刀を抜き、ケイトも弓を構える。メルキアも杖を構えて呪文を詠唱するが、焦りのためか何かの魔法が不発に終わった。
 俺は集中が途切れないよう、杖の先を地面に突き立てつつ気合を入れる。

「せいっ!」

 瞬時に金色の半透明のドームが馬車を囲むように出現した。
 俺たちに襲い掛かろうと突進してきた大サソリたちが、ドームに弾かれて大きな音を立てた。

 ドッカァァァァン!

 後ろから疾走してきたコカトリスたちもドームに激突して吹っ飛んだ。

 ビダァァァン!

「おぉぉぉぉ!」
「ひゃぁ、これが銀級の魔法使いの魔法かぁ」
「こんなの見たことない……」
「スゲェな! これにはビックリだよ」

 アマンダが素直に感心している。

「メルキアは衝撃の魔法は使えるか?」

「えぇ、使えるわ」

「じゃあ大サソリの頭の中にお見舞いしてみろ」

「わかった」

 メルキアは杖を構えて呪文を詠唱する。しばらくしてメルキアがカッと目を見開くと、一匹の大サソリの頭が爆発してひっくり返った。

「よし、上手いぞ。その調子でやってくれ。
 俺はコカトリスたちを倒す」

 諦めきれないのか、コカトリスたちはドームの周りをウロウロしながらも、コツコツとドームの表面を突いている。それぐらいの攻撃ならこのドームはびくともしないのだ。俺は得意の衝撃の魔法で、コカトリスたちの心臓を一撃して手早く片付けていく。しばらくすると、馬車の周りには魔物たちの死体の山が出来ていた。


 コカトリスは死体になっても危険だ。羽根やくちばしの毒は死んでもそのまま残るからだ。後から通りかかった人がうっかり触って不幸な事故が起こるといけない。なので火球の魔法ですぐさま死体を灰にしてやった。
 行商人のポポスはやや苦い目でその様子を見ている。

「あぁ、もったいない……」

「確かにコカトリスの死体は高く売れますが、扱えるのは専門業者だけですよ。
 下手に素人が触ると事故が起きますからね。
 大サソリの尻尾とハサミは確保できたんだから、それで満足してください」

「まぁ、そうなんだがねぇ……」

 ポポスは灰になったコカトリスをまだ未練がましく見ていたが、渋々という感じに頷いた。がめつくいかないと行商人なんて出来ないんだろうが、俺としては任務でないことまで熱心にやる気はない。危険はさっさと排除するのが一番だ。


「さあ、出発しよう!」

 ポポスが馬車を進めた。




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