雷のサンダー ある銀級魔法使いの冒険

珈琲党

文字の大きさ
上 下
9 / 29

09 新しい魔法書

しおりを挟む

 一仕事終えた俺たちは、乗合馬車の待合所にやって来た。


「馬車に乗るのですか?」

「いや、ちょっと確認するだけだ」

 デサントス行きの待合所には誰もいなかった。
『サンドワーム出没のため運休』という立て看板が出ている。確かにあの御者が言っていたとおりだな。

「ふむ。やっぱりダメか……」

 足止め確定ってことか。さすがに危険地帯を歩いて移動したくないし。

「デサントスに用事でも?」

「いいや、その町には特に用事はない。俺は東を目指しているんだ。
 最終的には海を渡って、ワラキア大公国に行くつもりだ」

「……私も連れて行ってください」

 思いつめた顔で俺を見る。

「危険な長旅だ。お前はここで暮らした方が幸せじゃないのか?」

「危険でもサンダーさんと一緒なら大丈夫です」

 あまりにも真っすぐな瞳で見つめてくる。下手な軽口は通用しそうにないな。

「分かった。連れて行ってやるよ」

 カーシャはパッと笑顔になって声を上げる。

「ありがとうございます!」




 待合所の近くの定食屋に入って昼飯を食うことにした。昼には少し遅い時間だ。

「昼飯はここで食えるのか?」

 暇そうにしている店員にたずねる。

「ああ、パンとスープで300ジェニーだ」

「じゃあ、それを二つくれ」

 店員に600ジェニー払って、空いたテーブルにカーシャと座る。こういう所ではだいたい前払いが基本だ。

「ほらよ」

 間髪入れずに飯が出てきた。パンを切って作り置きのスープをよそうだけだから、こんなものなのかもしれないが。それにしてもこの世界の人間は商売っ気がないというか、愛想がないというか……。

「おいしい!」

 カーシャは店員の態度など気にする様子もなく、スープの味に感心している。
 たしかにこの世界の食い物にしては、ここのスープは味が良い。細かく切った肉や野菜から出汁がでているのだろうか、何とも言えない旨味がある。硬いパンもスープに浸すと丁度良い柔らかさになる。


 食事を終えた俺たちは、軽く街中を見て歩いた。カーシャにとっては新鮮味はないだろうが、俺にとってはそれなりの収穫があった。

「本屋があるぞ!」

 この世界は印刷技術が未発達で、本は基本的に手書きのものばかりだ。数も少なく値段も高い。一般向けというよりは一部の金持ち向けの高級品だ。本屋も一つの町に一軒あるかどうか。さっそく中に入ってみる。

「いらっしゃませ」

 神経質そうな店主が胡散臭そうな顔で俺たちを見る。確かに俺たちは金持ちには見えないだろうな。

「魔法書を探してるんだが、置いてるか?」

「魔法書ですと⁉ それをどうなさるので?」

 店主はいぶかしげに答える。

「俺はこういう者だ」

 首のプレートを店主に見せると、とたんに相好を崩した。

「なんと! 銀級の魔法使いのお方でしたか。これは失礼しました」

 冒険者証はこういう時に役に立つ。

「今はこちらの浮遊の魔法書しか置いておりません。
 300万ジェニーでお譲りできますが……」

「さ、さんびゃくまん……」

 カーシャがその値段にビックリ仰天している。

「少し見せてもらっても?」

「えぇ、もちろんです」

 俺は識別の魔法を使って真贋を確かめる。
 どうやら本物のようだ。状態も良いし、呪われてもいないな。魔法書には偽物も多いし、呪われたものもまた多い。うっかり呪われた品を手に入れてしまうと、わけのわからない不幸に見舞われることになるのだ。

「こちらでは魔法書の買い取りはしているのかな?」

「はい、もちろんしております」

 俺はカバンから魔法書を二冊取り出した。

「火球の魔法書と衝撃の魔法書だ。状態は悪くないはずだ。
 この二冊と交換というわけにはいかないだろうか」

 この二冊はもう十分に読み込んで、隅から隅まで記憶している。ここで手放しても惜しくはないだろう。

「な! なんと! ちょっと拝見します」

 店主は丁寧に魔法書を点検し、懐から大きなルーペを取り出して覗き込んだ。どうやら識別用の魔道具らしく、俺の目にはそれが光を放っているように見えた。

「どちらも確かな品でございますな。
 よろしいでしょう。こちらの二冊と交換いたしましょう」

「それは助かる。ありがとう」

 浮遊の魔法書を受け取って店を出た。
 俺はホクホク顔で帰路につく。

「これは読むのが楽しみだ」

「魔法書って高いんですね」

 カーシャは少々呆れたような顔をしている。

「珍しい品だからな。ある程度は仕方ないよ」

「その魔法書を読めば、魔法が使えるようになるのですか?」

「残念ながらそう簡単じゃないんだ。相性があるのか、使えないものも多い。
 経験の浅い魔法使いがうかつに手を出すと、いろいろ問題も出るし」

 相性の悪い魔法書を読んだり、未熟な魔法使いが高度な魔法を行使したりすると問題が起こることが多い。精神をやられたり、魔法書が爆発したり、なぜか金がなくなったり、まったく予想もつかないようなトラブルが発生する。

「私が読んでもダメってことですか?」

「系統が違うからダメだな。ほぼ間違いなく事故が起きる」

「そうなんですか……」

 カーシャはガックリと肩を落とした。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

せっかくのクラス転移だけども、俺はポテトチップスでも食べながらクラスメイトの冒険を見守りたいと思います

霖空
ファンタジー
クラス転移に巻き込まれてしまった主人公。 得た能力は悪くない……いや、むしろ、チートじみたものだった。 しかしながら、それ以上のデメリットもあり……。 傍観者にならざるをえない彼が傍観者するお話です。 基本的に、勇者や、影井くんを見守りつつ、ほのぼの?生活していきます。 が、そのうち、彼自身の物語も始まる予定です。

転生して貴族になったけど、与えられたのは瑕疵物件で有名な領地だった件

桜月雪兎
ファンタジー
神様のドジによって人生を終幕してしまった七瀬結希。 神様からお詫びとしていくつかのスキルを貰い、転生したのはなんと貴族の三男坊ユキルディス・フォン・アルフレッドだった。 しかし、家族とはあまり折り合いが良くなく、成人したらさっさと追い出された。 ユキルディスが唯一信頼している従者アルフォンス・グレイルのみを連れて、追い出された先は国内で有名な瑕疵物件であるユンゲート領だった。 ユキルディスはユキルディス・フォン・ユンゲートとして開拓から始まる物語だ。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

悪役貴族の四男に転生した俺は、怠惰で自由な生活がしたいので、自由気ままな冒険者生活(スローライフ)を始めたかった。

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
俺は何もしてないのに兄達のせいで悪役貴族扱いされているんだが…… アーノルドは名門貴族クローリー家の四男に転生した。家の掲げる独立独行の家訓のため、剣技に魔術果ては鍛冶師の技術を身に着けた。 そして15歳となった現在。アーノルドは、魔剣士を育成する教育機関に入学するのだが、親戚や上の兄達のせいで悪役扱いをされ、付いた渾名は【悪役公子】。  実家ではやりたくもない【付与魔術】をやらされ、学園に通っていても心の無い言葉を投げかけられる日々に嫌気がさした俺は、自由を求めて冒険者になる事にした。  剣術ではなく刀を打ち刀を使う彼は、憧れの自由と、美味いメシとスローライフを求めて、時に戦い。時にメシを食らい、時に剣を打つ。  アーノルドの第二の人生が幕を開ける。しかし、同級生で仲の悪いメイザース家の娘ミナに学園での態度が演技だと知られてしまい。アーノルドの理想の生活は、ハチャメチャなものになって行く。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません

青山 有
ファンタジー
強引に言い寄る男から片思いの幼馴染を守ろうとした瞬間、教室に魔法陣が突如現れクラスごと異世界へ。 だが主人公と幼馴染、友人の三人は、女神から貰えるはずの希少スキルを他の生徒に奪われてしまう。さらに、一緒に召喚されたはずの生徒とは別の場所に弾かれてしまった。 女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。 途方に暮れる主人公たち。 だが、たった一つの救いがあった。 三人は開発中のファンタジーRPGのキャラクターの能力を引き継いでいたのだ。 右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。 圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。 双方の利害が一致した。 ※他サイトで投稿した作品を加筆修正して投稿しております

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

処理中です...