雷のサンダー ある銀級魔法使いの冒険

珈琲党

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09 新しい魔法書

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 一仕事終えた俺たちは、乗合馬車の待合所にやって来た。


「馬車に乗るのですか?」

「いや、ちょっと確認するだけだ」

 デサントス行きの待合所には誰もいなかった。
『サンドワーム出没のため運休』という立て看板が出ている。確かにあの御者が言っていたとおりだな。

「ふむ。やっぱりダメか……」

 足止め確定ってことか。さすがに危険地帯を歩いて移動したくないし。

「デサントスに用事でも?」

「いいや、その町には特に用事はない。俺は東を目指しているんだ。
 最終的には海を渡って、ワラキア大公国に行くつもりだ」

「……私も連れて行ってください」

 思いつめた顔で俺を見る。

「危険な長旅だ。お前はここで暮らした方が幸せじゃないのか?」

「危険でもサンダーさんと一緒なら大丈夫です」

 あまりにも真っすぐな瞳で見つめてくる。下手な軽口は通用しそうにないな。

「分かった。連れて行ってやるよ」

 カーシャはパッと笑顔になって声を上げる。

「ありがとうございます!」




 待合所の近くの定食屋に入って昼飯を食うことにした。昼には少し遅い時間だ。

「昼飯はここで食えるのか?」

 暇そうにしている店員にたずねる。

「ああ、パンとスープで300ジェニーだ」

「じゃあ、それを二つくれ」

 店員に600ジェニー払って、空いたテーブルにカーシャと座る。こういう所ではだいたい前払いが基本だ。

「ほらよ」

 間髪入れずに飯が出てきた。パンを切って作り置きのスープをよそうだけだから、こんなものなのかもしれないが。それにしてもこの世界の人間は商売っ気がないというか、愛想がないというか……。

「おいしい!」

 カーシャは店員の態度など気にする様子もなく、スープの味に感心している。
 たしかにこの世界の食い物にしては、ここのスープは味が良い。細かく切った肉や野菜から出汁がでているのだろうか、何とも言えない旨味がある。硬いパンもスープに浸すと丁度良い柔らかさになる。


 食事を終えた俺たちは、軽く街中を見て歩いた。カーシャにとっては新鮮味はないだろうが、俺にとってはそれなりの収穫があった。

「本屋があるぞ!」

 この世界は印刷技術が未発達で、本は基本的に手書きのものばかりだ。数も少なく値段も高い。一般向けというよりは一部の金持ち向けの高級品だ。本屋も一つの町に一軒あるかどうか。さっそく中に入ってみる。

「いらっしゃませ」

 神経質そうな店主が胡散臭そうな顔で俺たちを見る。確かに俺たちは金持ちには見えないだろうな。

「魔法書を探してるんだが、置いてるか?」

「魔法書ですと⁉ それをどうなさるので?」

 店主はいぶかしげに答える。

「俺はこういう者だ」

 首のプレートを店主に見せると、とたんに相好を崩した。

「なんと! 銀級の魔法使いのお方でしたか。これは失礼しました」

 冒険者証はこういう時に役に立つ。

「今はこちらの浮遊の魔法書しか置いておりません。
 300万ジェニーでお譲りできますが……」

「さ、さんびゃくまん……」

 カーシャがその値段にビックリ仰天している。

「少し見せてもらっても?」

「えぇ、もちろんです」

 俺は識別の魔法を使って真贋を確かめる。
 どうやら本物のようだ。状態も良いし、呪われてもいないな。魔法書には偽物も多いし、呪われたものもまた多い。うっかり呪われた品を手に入れてしまうと、わけのわからない不幸に見舞われることになるのだ。

「こちらでは魔法書の買い取りはしているのかな?」

「はい、もちろんしております」

 俺はカバンから魔法書を二冊取り出した。

「火球の魔法書と衝撃の魔法書だ。状態は悪くないはずだ。
 この二冊と交換というわけにはいかないだろうか」

 この二冊はもう十分に読み込んで、隅から隅まで記憶している。ここで手放しても惜しくはないだろう。

「な! なんと! ちょっと拝見します」

 店主は丁寧に魔法書を点検し、懐から大きなルーペを取り出して覗き込んだ。どうやら識別用の魔道具らしく、俺の目にはそれが光を放っているように見えた。

「どちらも確かな品でございますな。
 よろしいでしょう。こちらの二冊と交換いたしましょう」

「それは助かる。ありがとう」

 浮遊の魔法書を受け取って店を出た。
 俺はホクホク顔で帰路につく。

「これは読むのが楽しみだ」

「魔法書って高いんですね」

 カーシャは少々呆れたような顔をしている。

「珍しい品だからな。ある程度は仕方ないよ」

「その魔法書を読めば、魔法が使えるようになるのですか?」

「残念ながらそう簡単じゃないんだ。相性があるのか、使えないものも多い。
 経験の浅い魔法使いがうかつに手を出すと、いろいろ問題も出るし」

 相性の悪い魔法書を読んだり、未熟な魔法使いが高度な魔法を行使したりすると問題が起こることが多い。精神をやられたり、魔法書が爆発したり、なぜか金がなくなったり、まったく予想もつかないようなトラブルが発生する。

「私が読んでもダメってことですか?」

「系統が違うからダメだな。ほぼ間違いなく事故が起きる」

「そうなんですか……」

 カーシャはガックリと肩を落とした。


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