雷のサンダー ある銀級魔法使いの冒険

珈琲党

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07 下水道掃除

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 ギルドが紹介してくれた宿は、素泊まりで1泊2千ジェニー。部屋もベッドもなかなか清潔で寝心地は申し分なかった。

 この宿は食堂がフロントを兼ねている。食堂もなかなか繁盛しているようだ。

「朝飯はどんなのを出してるんだ?」

「パンとスープで200ジェニーだ」

「それをくれ」

 愛想の悪い親父に100ジェニー銅貨を二枚渡して、カウンターの空いた席に座ると、間髪入れずに朝飯が出てきた。

「そらよ」

 下手なフランスパンよりも硬いパンをちぎって、スープに浸しながら食べる。スープはコンソメっぽい澄んだ褐色で、味は想像したよりもずっと美味い。具沢山だしこれで200ジェニーは安い。なるほど繁盛するわけだ。

「もう一週間ほど泊まりたいんだが」

「前金で1万ジェニーもらっておく。
 細かい清算はチェックアウトの時にするから」

 ずいぶん大雑把な感じだが大丈夫なのか。

「わかった。これで頼む」

 1万ジェニー銀貨を親父に渡して宿を出た。



◇◇◇◇◇◇◇



 冒険者ギルドに到着すると、もうすでにカーシャが来ていた。

「待ったか?」

「いいえ、私も着いたばかりです」

「家はこの近くなのか?」

「……ええ、まぁ」

「ふ~ん。じゃあ適当な依頼を受けてみるかな……」

 ふと酒場の方を見ると、昨晩絡んできた目つきの悪い男がまだいた。どうやら死んでなかったようだ。男の周りには仲間も何人かいて、ジロジロとこちらを見ている。俺が真っすぐ見返すと、サッと視線をそらす。なんとも嫌な感じだ。

 奴は鉄級、俺は異能持ちの銀級だ。こちらとしては喧嘩を売られても面倒くさいだけで何一つ利益がない。それにもう決着はついているしな。


 ちなみに冒険者のランクは、木級から始まる。その名の通り木のプレートだが、これは仮免許のようなもので、正式なものではない。一定の期日までに簡単な依頼をこなすことが出来れば、銅級となり、そこから正式な冒険者として登録される。
 さらに一定のハードルを越えれば鉄級、その上が銀級、金級となっている。銀級は鉄級の一つ上だが、その間には深くて広い溝があり、凡人はどうやっても鉄級どまりだ。だから長くやってる鉄級の中から腐る奴が出てくる。
 ちなみに金級は名誉称号のようなもので、特にめざましい活躍をした銀級冒険者の中から選ばれるが、あまり実益はなかったりする。


 掲示されている依頼の中から良さそうなものを選ぶ。銀級冒険者はどんな依頼も無条件に受けることが出来るが、今回はカーシャに合わせた。

「これにするか」

「えぇ……」

「何だ? 問題でもあるのか?」

「い、いえ。大丈夫です」

 酒場の方からヤジが飛んできた。

「カーシャ、新しい男を見つけたのか? 趣味わりぃなぁ、ぎゃっはっはっ」

 カーシャが嫌そうな顔で目を伏せる。
 俺は小声で彼女にささやく。

「ザコは相手にするな」

「はい」


 俺たちは受付カウンターに依頼書を出す。

「下水道の洞窟大ムカデの駆除ですね?
 一匹につき、5千ジェニーをお支払いします。
 回収部位は触角一対となりますので、ご注意ください」

 洞窟大ムカデは暗く湿った場所を好む。下水道は連中にとって格好の住処なのだ。連中はドブネズミや他の害虫を食ってくれるので、ある意味で益虫ではある。しかし増えすぎると、今度は人を襲いだすので、時々駆除してやる必要があるのだ。

「何だよ銀級のくせにドブさらいかよ。ダセェ……」

 また酒場の方から声が聞こえてくる。
 つまらない奴は虫、ではなく無視だ。受付の職員も彼らに冷たい目をむける。
 この依頼はギルド直々のもので、難易度の割に重要度は高い。レベルの低い汚れ仕事だといって嫌がる冒険者も多いが、支払いは確実だし額も多めだ。

「わかった」

「では、入口まで案内いたします」

 専門の職員に連れられて下水道の入口に行く。

「作業が終わりましたら、
 忘れずにこの柵を閉じて、この錠前をかけておいてください。
 では、お気をつけて」

「大丈夫だ。ありがとう」「ありがとうございます」

 案内してくれた職員は忙しいのか、あっという間にいなくなってしまった。


「それじゃあ始めるか」

「は、はい!」

 俺はカバンから、愛用の杖を取り出す。

「ええ⁉」

 カバンよりも明らかに長い杖にカーシャは目を丸くしている。

「魔法だよ」

 俺は片目を閉じて、慣れないウインクをしてみせる。

「そ、そうですよね。ははは」

 空気は入口から奥へ流れている。これはずいぶんと幸先が良い。
 半目になってしばし精神を集中すると、杖の頭を入口から奥へ向ける。

 シューッという音と共に細かい霧が杖の頭の辺りから発生して、どんどん下水道の奥へ吸い込まれていく。そのまま30分ほど霧を流し込んだ。

「サンダーさん、これは?」

「虫殺しの魔法だ。人畜無害で虫だけに効果がある。
 たまに効かない虫もいるが、洞窟大ムカデにはてきめんに効く」

 この世界は虫系の魔物も多くいる。虫嫌いの俺には本当にありがたい魔法だ。

「そろそろ良いだろう。
 カーシャ、灯りの魔法を頼む」

「はい!」

 カーシャの周り数メートルがぼぉっと明るくなった。

「その魔法はどれくらいもつんだ?」

「丸一日でも大丈夫です」

「ほぉ、それは凄いな」

「えへへへ……」

「じゃ、中へ入ってみるかな」

「は、はヒ!」

 入口の柵は閉じないように石でストッパーをして、作業中の札も出しておく。
 俺の後にカーシャが続いて下水道に入る。下水道は真ん中に幅の広い水路があって、両脇に作業用の通路が作ってある。俺たちは通路を歩いて行く。

「お! いたいた。効いてるようだな」

 前方十メートルほど先には、腹を上に向けた洞窟大ムカデの死骸があった。その奥にも、さらにその奥にも、無数に死骸が転がっている。
 大ムカデというだけあってデカい。体長1メートル以上、幅も20センチ近くある。以前の俺なら見ただけで卒倒しただろうが、この世界に来てずいぶんとたくましくなったものだと思う。

「コイツは毒を持っているから、触る前に蹴とばして確認しないといけない」

 持っていた杖をカバンにしまって、代わりにナイフを取り出す。
 ムカデが死んでいるのを確認してから、触角を回収していく。触角は長さが1メーター以上もあり、根元は直径が2センチほどもあり非常に丈夫だ。普通にナイフで切っても簡単には切れないが、根元の節目にある隙間をナイフでこじるようにすれば簡単に外すことが出来る。残った胴体は不要だし邪魔になるので、水路に蹴落として、さらに奥へ進む。

「サンダーさんはずいぶんと慣れているようですね」

 カーシャも虫が苦手なのか、青い顔をしている。

「あぁ、まだ未熟だったころに良くこの仕事を受けていた。
 これはこれで手際よくやればいい儲けになるんだ」

「な、なるほど……」

「よし、これで3匹。まだまだ採るぞ、ハハハ」

「は、はひぃ」

 結局その日は、50匹分の触角を回収した。まだ奥の方にいそうだったが、あまり欲をかくと失敗するのだ。

「じゃ、引き返すぞ」

「分かりました」

 カーシャはホッと息をつく。

「まだ油断するなよ。帰りこそ一番気を付けるべきなんだ」

「はい!」

 その時、入口の方から音がした。
 キキィ、ガシャン、ガチン。まさか……。

「サ、サンダーさん!」

「くそぉ! 誰かが鍵をかけていきやがった」

 入口には作業中の札をかけておいたから、職員が間違って閉めるはずはないんだがな。

「ど、ど、どうしましょう」

「落ち着け。大丈夫だから。入口に戻るぞ」


 柵の隙間から手を伸ばして、外側の錠前を確認する。やはりしっかり施錠されているようだな。カーシャはこの世の終わりみたいな顔をしている。

「カーシャ、俺は魔法使いなんだぜ?」

「あ……、確かにそうでした」

 その南京錠に似た錠前に手を当てて軽く引っぱると、カチャっと音がして解錠された。昔はフッドたちと共にダンジョンに潜っていた。この手の鍵開け魔法は得意中の得意なのだ。

「こんな鍵は俺にとっては無いのと一緒だよ、はっはっは」

 安心したのか、ふうっとカーシャが息をついた。

「さて、柵を締めて鍵をかけてっと、これで終了だ。
 カーシャ、念のために洗濯の魔法をかけてくれ」

「分かりました!」

 仕事も一応片付き、体もサッパリした俺たちは、まだ昼ぐらいの時間だったが冒険者ギルドに戻ることにした。



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