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ヴィクトリアは下からフレデリクを睨みつけた。背の低い彼女だが威圧感は尋常ではない。フレデリクは負けじと睨み返すが、彼女の凛々しい姿についデレデレと見惚れてしまった。
「かぁぁわいぃぃぃーっ!ねえヴィク、今からでも遅くない、素直に俺の花嫁になってよ!」
「相変わらずの駄々っ子だな、フレド。その能天気な頭に、はっきりと分からせてやる。」
「ウフフ、本当に可愛いんだから!そんな勝ち気なヴィクを征服出来たらゾクゾクする。」
瞳に淫らな光を宿し、フレデリクは薄い舌で唇の渇きを潤す。
「おやこれは、一体何が始まったのだね?」
のほほんとした声がして一旦待ったが掛かった。ヴィクトリアの父母であるランスロットとエリザベート、そして大柄で威圧的な中年男が共に国王の部屋に入ってきた。
中年男はアルフォンス・エンゲルハルト将軍。このロイエンタール王国の中央指令部最高司令官、エドワルドの父でもあった。
「失礼致します、国王陛下。ファーレンホルストのご令嬢が結婚すると聞きつけお祝いに駆けつけたのですが……何やら雲行きが怪しいようですな。」
「ちょうど良かった。アルフォンスたちも立ち会ってくれ。ここにいる我が麗しの従妹君が、自分より強い男でなければ結婚しないと言うのでフレデリクと手合わせするだ。この結末を私と共に見届けてくれ。」
「いったいどういうことだ、ヴィクトリア。フレデリクと結婚すると言ったではないか?」
ランスロットは唖然として娘を見やった。
「お父さま、お母さま、それにアルフォンス小父さま……私はこの結婚、素直にお受けすることが出来ません。どうか、私のワガママを聞いて、悔いのないようにさせてください。」
ぺこりと頭を下げ、顔を上げたヴィクトリアは父母の背後で心配そうに顔をしかめる青年に気づき、パッと頬を赤らめた。
「マチアス、どうしてここに?留守番はどうした。」
「ヴィクトリアの命令でも聞けないこともある。お前を追いかけてきた、フレデリクから取り返すためにな。」
「ということだ。頑張れよ、ヴィクトリア!」
マチアスの後ろからエドワルドが囃し立てる。ヴィクトリアはキュンとして口の端を緩めた。
「俺に負けて泣いてもしらないよ?俺、意外と強いんだから。」
「そんなことは、勝ってから言うものだよ。」
カフスボタンを外しながらフレデリクはニヤリと笑った。泣き虫だった彼がこんな強気な男になったのかと、ヴィクトリアはその勇ましさに思わずうるると瞳を和ませた。
「床に肩を付けたら勝ちでいい?」
「ああ。」
きゅっと皮靴を鳴らし体勢を整える。なるほど、自分で言う通りフレデリクには付け入る隙が無い。
手を組み合いお互いに相手の呼吸を読む。一瞬の間を突きフレデリクが攻めた。足を払いヴィクトリアを倒そうとしたが、さらりとかわされ逆に胸を掴まれた。ヴィクトリアはムンと唸って彼を背に負い投げ飛ばそうと試みたがフレデリクが背後から彼女を抱きかかえた。
「ねえヴィク、強いのは俺も同じだよ、体力差で言ったら俺のほうが上でしょ?」
「体力差など関係無い。持久戦に持ち込むつもりは無いからな。」
ヴィクトリアは肘鉄を喰らわせ、屈したところを膝で蹴り上げた。
怯んだフレデリクの胸を掴み肩に掛ける。宙を舞うように彼の身体が吹き飛ばされ床に叩きつけられた。
「ズルいよヴィク!これじゃケンカだ!」
「ケンカ上等!お前は実戦経験が足りないのだよ。」
「俺に、ヴィクを殴れる訳、無いでしょ?」
「お前の肩を床に付けた。私の勝ちだ。」
「そんな……」
「すまない、フレド。私は負ける訳にはいかないのだ。」
床に寝そべるフレデリクに跨がり、ヴィクトリアは頬を挟んでキスを落とした。
「決着は、着いたのか?」
「……お兄さま、俺の負けです。俺は、ヴィクの心を掴むことは出来なかった……」
両腕で顔を覆ったフレデリクの頬を涙が伝い落ちた。
「ではヴィクトリア、お前の結婚はまたお預けか。」
アレクサンドルは大袈裟にため息を吐いてみせた。
「おそれいります、国王陛下。私にもヴィクトリア嬢への求婚の機会をお与えください。」
マチアスが、皆の前に進み出た。
「お前は誰だ?」
「私はマチアス・デーレンダール。北方司令部副官であります。」
「ヴィクトリアの部下が、求婚するのか。良い、手合わせしてみろ。負けたらフレデリク同様に諦めるのだよ。」
「畏まりました。」
マチアスは深く一礼すると、軍服の上着を脱ぎ捨てタイを外した。
「よろしいかな、ヴィクトリア嬢?」
「ああ、遠慮せずに来い。」
呼吸を整えヴィクトリアはマチアスに向かい合った。
手を組んで睨みあう。見上げる彼の顔が近くに降りてきた。咄嗟に身を沈め体当たりしてマチアスの攻撃から逃れる。隙をついて彼の胸を掴み、足を払うがあっさりと避けられた。マチアスはヴィクトリアの腕を捩じ上げあっという間に背に負い、彼女の身体を床に叩きつけた。
「勝負あり、だな。」
ニコリと微笑むマチアスにヴィクトリアは目を潤ませた。
「私が勝てない男はいない、マチアス、お前以外には。」
「そうだよ、俺だけがお前に勝てる。お前を花嫁に出来るのは、この世でただ一人、この俺だけなんだ。」
横たわるヴィクトリアの手を引いて起き上がらせ、身体を払い清め、改めてマチアスは跪きヴィクトリアの手を取った。
「ヴィクトリア嬢、私と結婚していただけますか?一生涯、あなたを幸せにすると誓います。」
「ええ、喜んでお受けします。一生涯、あなたと共に生きると誓いますよ、マチアス・デーレンダール。」
ごつごつと骨ばった大きなマチアスの手を握り返し、ヴィクトリアはうっとりと微笑んだ。
まさか従妹が負けるはずが無いと成り行きを見守っていたアレクサンドルは、思わぬ事態に慌てふためいた。
「良いのか、これで!まさか、ヴィクトリアが結婚するなんて!」
「自分から結婚話をけしかけておいて、今更ですか、アレックスお従兄さま!」
「そうですよ、アレックス。あなたが勘違いをして余計なお世話を焼くから、話がこじれたんじゃないの!一体なんでフレデリクを結婚相手にしたりするのよ!」
そばで見守っていたエリザベートがプンプンと怒りアレクサンドルを詰った。
「だって、叔母さまが、ヴィクを結婚させたがっていたから……ちょうどその時、フレドからヴィクと結婚したいと持ち掛けられたから……」
「本当にもう!あなたときたら、ヴィクを困らせることばかりして!だいたい、ヴィクトリアがこんな男勝りになったのも、あなたに勝てる女になると願ったからなのよ!もうもう、本当にアレックスは前国王譲りでろくでもないことばかりするんだから!」
「まあまあ、いいじゃないか。アレックスだって、悪気があった訳じゃないのだよ。」
叔母に叱られしょぼんとする国王を眺め、ランスロットはニヤリと笑った。
「それにこんなことでも無ければ、ヴィクトリアのことだ、いつまで経っても結婚話になんぞ行きつきはしませんでしたよ。フレデリクのことがちょうど良い刺激になりました。私と家内は、前々からマチアスとヴィクトリアが結ばれれば良いと願っていたんですから。」
「そんなぁ!叔父さま、俺のこと、利用したんですか!?」
ランスロットと兄たちのやり取りを聞いて、フレデリクが喚いた。
「すまないフレデリク。あなたはまだ若い。良い相手が見つかることを祈っているよ。」
ホホホとのんきな笑い声を上げ、ランスロットとエリザベートはしてやったりと手を繋いだ。
「しかし、マチアスは平民の出だ。公爵家令嬢のヴィクトリアとの結婚を、元老院が承諾するだろうか?」
アルフォンスが首を傾げると、クククと笑いエドワルドが口を挟んだ。
「親父殿、だったらマチアスをエンゲルハルト公爵家の養子にして、うちから婿に出せば良い。前々からマチアスが実の息子だったらと言っていたじゃないか。」
「それは良い考えだ。必要とあればデーレンダール家と協議しようじゃないか。」
「決まり!じゃあ、ヴィクトリアとマチアスに北壁は任せて、俺は南の国に帰ることにするよ。」
「バカを言え、お前はこのまま北壁に残ってヴィクトリアの後任を継げ!」
「そんな!」
「いっそお前のようなロクデナシの息子を廃嫡して、マチアスを正式な跡継ぎにしたいくらいなのに。」
「お、親父!それはやめてくれよー!」
ギャアギャア言い合うエドワルドたちをよそに、ヴィクトリアはフレデリクの元に歩み寄った。
「ごめんなさい、フレド……私は、以前から、マチアスを愛していたんだ。でも、結婚となると、先に進むことが出来なくて……」
「いいよ、ヴィクが幸せになってくれるなら、俺は本望だ。それにお従姉さまのためなら、何でも耐えられるから。」
「フレド……愛しているわ。」
しょんぼりと膝を抱えるフレデリクの首に抱きつき、ヴィクトリアは柔らかな巻き毛にキスを落とした。
「申し訳ありません、フレデリクさま。ヴィクトリア嬢は、この私が一生お護りします。」
マチアスが膝をついてフレデリクに頭を下げると、フレデリクはフンと鼻を鳴らして彼を睨み付けた。
「結婚したらそれで人生終わりじゃないんだよ!ヴィクを泣かせるようなことがあったら、この俺が飛んで行ってお前なんかぶちのめしてやるんだからっ!」
「マチアスをぶちのめすのは並大抵なことではないよ。良く鍛えることだな、フレデリク!」
「俺……俺……諦めない!強い男になって、ヴィクを取り返してやる!」
「分かった、楽しみにしている……幸せになってね、フレデリク……」
フレデリクはヴィクトリアに抱きつき、わああと泣き声を上げた。
「ではヴィクトリアとマチアスの婚礼の準備をしようじゃないか!」
「あら、準備ならもうとっくに済んでいるわよ、去年の今頃から、着々とね!」
「そうだったな、ママがあんなに楽しみにしていたことが実現できて、めでたしめでたしだ。」
「まったくタヌキ親父にキツネ婆め、そんなことなら早く話してくれればよかったのに!」
喜び舞い踊る叔父夫婦を眺め、国王アレクサンドルは深くため息を吐いた。
北壁に戻ったヴィクトリアとマチアスは、部下たちに結婚を報告した。
「良かった良かった!もっと早くお二人が結婚すればいいって、話をしていたんですよ!」
「心配かけて済まなかった。これからは、夫婦仲良くこの砦を治めていくよ。」
「万歳、姫さま!万歳、マチアス!」
猛者たちは火酒を酌み交わし、喜びを分かち合った。
「マチアス、早速だ、宿舎の補修を急がせよう。慌ただしい春が来るからね。」
「そうだったな。この先も、この北壁で暮らしていくんだからな。でもその前に婚礼の準備を進めよう。」
「大至急ね……愛しているわ、マチアス。」
「俺もだよ。」
マチアスはヴィクトリアを抱きしめ唇を重ねた。蕩けるように彼の胸に埋もれ、ヴィクトリアもまた熱く深く愛撫を返した。
北壁の長い冬が終わり、暖かな風がようやく春を運んで来るのだった。
「かぁぁわいぃぃぃーっ!ねえヴィク、今からでも遅くない、素直に俺の花嫁になってよ!」
「相変わらずの駄々っ子だな、フレド。その能天気な頭に、はっきりと分からせてやる。」
「ウフフ、本当に可愛いんだから!そんな勝ち気なヴィクを征服出来たらゾクゾクする。」
瞳に淫らな光を宿し、フレデリクは薄い舌で唇の渇きを潤す。
「おやこれは、一体何が始まったのだね?」
のほほんとした声がして一旦待ったが掛かった。ヴィクトリアの父母であるランスロットとエリザベート、そして大柄で威圧的な中年男が共に国王の部屋に入ってきた。
中年男はアルフォンス・エンゲルハルト将軍。このロイエンタール王国の中央指令部最高司令官、エドワルドの父でもあった。
「失礼致します、国王陛下。ファーレンホルストのご令嬢が結婚すると聞きつけお祝いに駆けつけたのですが……何やら雲行きが怪しいようですな。」
「ちょうど良かった。アルフォンスたちも立ち会ってくれ。ここにいる我が麗しの従妹君が、自分より強い男でなければ結婚しないと言うのでフレデリクと手合わせするだ。この結末を私と共に見届けてくれ。」
「いったいどういうことだ、ヴィクトリア。フレデリクと結婚すると言ったではないか?」
ランスロットは唖然として娘を見やった。
「お父さま、お母さま、それにアルフォンス小父さま……私はこの結婚、素直にお受けすることが出来ません。どうか、私のワガママを聞いて、悔いのないようにさせてください。」
ぺこりと頭を下げ、顔を上げたヴィクトリアは父母の背後で心配そうに顔をしかめる青年に気づき、パッと頬を赤らめた。
「マチアス、どうしてここに?留守番はどうした。」
「ヴィクトリアの命令でも聞けないこともある。お前を追いかけてきた、フレデリクから取り返すためにな。」
「ということだ。頑張れよ、ヴィクトリア!」
マチアスの後ろからエドワルドが囃し立てる。ヴィクトリアはキュンとして口の端を緩めた。
「俺に負けて泣いてもしらないよ?俺、意外と強いんだから。」
「そんなことは、勝ってから言うものだよ。」
カフスボタンを外しながらフレデリクはニヤリと笑った。泣き虫だった彼がこんな強気な男になったのかと、ヴィクトリアはその勇ましさに思わずうるると瞳を和ませた。
「床に肩を付けたら勝ちでいい?」
「ああ。」
きゅっと皮靴を鳴らし体勢を整える。なるほど、自分で言う通りフレデリクには付け入る隙が無い。
手を組み合いお互いに相手の呼吸を読む。一瞬の間を突きフレデリクが攻めた。足を払いヴィクトリアを倒そうとしたが、さらりとかわされ逆に胸を掴まれた。ヴィクトリアはムンと唸って彼を背に負い投げ飛ばそうと試みたがフレデリクが背後から彼女を抱きかかえた。
「ねえヴィク、強いのは俺も同じだよ、体力差で言ったら俺のほうが上でしょ?」
「体力差など関係無い。持久戦に持ち込むつもりは無いからな。」
ヴィクトリアは肘鉄を喰らわせ、屈したところを膝で蹴り上げた。
怯んだフレデリクの胸を掴み肩に掛ける。宙を舞うように彼の身体が吹き飛ばされ床に叩きつけられた。
「ズルいよヴィク!これじゃケンカだ!」
「ケンカ上等!お前は実戦経験が足りないのだよ。」
「俺に、ヴィクを殴れる訳、無いでしょ?」
「お前の肩を床に付けた。私の勝ちだ。」
「そんな……」
「すまない、フレド。私は負ける訳にはいかないのだ。」
床に寝そべるフレデリクに跨がり、ヴィクトリアは頬を挟んでキスを落とした。
「決着は、着いたのか?」
「……お兄さま、俺の負けです。俺は、ヴィクの心を掴むことは出来なかった……」
両腕で顔を覆ったフレデリクの頬を涙が伝い落ちた。
「ではヴィクトリア、お前の結婚はまたお預けか。」
アレクサンドルは大袈裟にため息を吐いてみせた。
「おそれいります、国王陛下。私にもヴィクトリア嬢への求婚の機会をお与えください。」
マチアスが、皆の前に進み出た。
「お前は誰だ?」
「私はマチアス・デーレンダール。北方司令部副官であります。」
「ヴィクトリアの部下が、求婚するのか。良い、手合わせしてみろ。負けたらフレデリク同様に諦めるのだよ。」
「畏まりました。」
マチアスは深く一礼すると、軍服の上着を脱ぎ捨てタイを外した。
「よろしいかな、ヴィクトリア嬢?」
「ああ、遠慮せずに来い。」
呼吸を整えヴィクトリアはマチアスに向かい合った。
手を組んで睨みあう。見上げる彼の顔が近くに降りてきた。咄嗟に身を沈め体当たりしてマチアスの攻撃から逃れる。隙をついて彼の胸を掴み、足を払うがあっさりと避けられた。マチアスはヴィクトリアの腕を捩じ上げあっという間に背に負い、彼女の身体を床に叩きつけた。
「勝負あり、だな。」
ニコリと微笑むマチアスにヴィクトリアは目を潤ませた。
「私が勝てない男はいない、マチアス、お前以外には。」
「そうだよ、俺だけがお前に勝てる。お前を花嫁に出来るのは、この世でただ一人、この俺だけなんだ。」
横たわるヴィクトリアの手を引いて起き上がらせ、身体を払い清め、改めてマチアスは跪きヴィクトリアの手を取った。
「ヴィクトリア嬢、私と結婚していただけますか?一生涯、あなたを幸せにすると誓います。」
「ええ、喜んでお受けします。一生涯、あなたと共に生きると誓いますよ、マチアス・デーレンダール。」
ごつごつと骨ばった大きなマチアスの手を握り返し、ヴィクトリアはうっとりと微笑んだ。
まさか従妹が負けるはずが無いと成り行きを見守っていたアレクサンドルは、思わぬ事態に慌てふためいた。
「良いのか、これで!まさか、ヴィクトリアが結婚するなんて!」
「自分から結婚話をけしかけておいて、今更ですか、アレックスお従兄さま!」
「そうですよ、アレックス。あなたが勘違いをして余計なお世話を焼くから、話がこじれたんじゃないの!一体なんでフレデリクを結婚相手にしたりするのよ!」
そばで見守っていたエリザベートがプンプンと怒りアレクサンドルを詰った。
「だって、叔母さまが、ヴィクを結婚させたがっていたから……ちょうどその時、フレドからヴィクと結婚したいと持ち掛けられたから……」
「本当にもう!あなたときたら、ヴィクを困らせることばかりして!だいたい、ヴィクトリアがこんな男勝りになったのも、あなたに勝てる女になると願ったからなのよ!もうもう、本当にアレックスは前国王譲りでろくでもないことばかりするんだから!」
「まあまあ、いいじゃないか。アレックスだって、悪気があった訳じゃないのだよ。」
叔母に叱られしょぼんとする国王を眺め、ランスロットはニヤリと笑った。
「それにこんなことでも無ければ、ヴィクトリアのことだ、いつまで経っても結婚話になんぞ行きつきはしませんでしたよ。フレデリクのことがちょうど良い刺激になりました。私と家内は、前々からマチアスとヴィクトリアが結ばれれば良いと願っていたんですから。」
「そんなぁ!叔父さま、俺のこと、利用したんですか!?」
ランスロットと兄たちのやり取りを聞いて、フレデリクが喚いた。
「すまないフレデリク。あなたはまだ若い。良い相手が見つかることを祈っているよ。」
ホホホとのんきな笑い声を上げ、ランスロットとエリザベートはしてやったりと手を繋いだ。
「しかし、マチアスは平民の出だ。公爵家令嬢のヴィクトリアとの結婚を、元老院が承諾するだろうか?」
アルフォンスが首を傾げると、クククと笑いエドワルドが口を挟んだ。
「親父殿、だったらマチアスをエンゲルハルト公爵家の養子にして、うちから婿に出せば良い。前々からマチアスが実の息子だったらと言っていたじゃないか。」
「それは良い考えだ。必要とあればデーレンダール家と協議しようじゃないか。」
「決まり!じゃあ、ヴィクトリアとマチアスに北壁は任せて、俺は南の国に帰ることにするよ。」
「バカを言え、お前はこのまま北壁に残ってヴィクトリアの後任を継げ!」
「そんな!」
「いっそお前のようなロクデナシの息子を廃嫡して、マチアスを正式な跡継ぎにしたいくらいなのに。」
「お、親父!それはやめてくれよー!」
ギャアギャア言い合うエドワルドたちをよそに、ヴィクトリアはフレデリクの元に歩み寄った。
「ごめんなさい、フレド……私は、以前から、マチアスを愛していたんだ。でも、結婚となると、先に進むことが出来なくて……」
「いいよ、ヴィクが幸せになってくれるなら、俺は本望だ。それにお従姉さまのためなら、何でも耐えられるから。」
「フレド……愛しているわ。」
しょんぼりと膝を抱えるフレデリクの首に抱きつき、ヴィクトリアは柔らかな巻き毛にキスを落とした。
「申し訳ありません、フレデリクさま。ヴィクトリア嬢は、この私が一生お護りします。」
マチアスが膝をついてフレデリクに頭を下げると、フレデリクはフンと鼻を鳴らして彼を睨み付けた。
「結婚したらそれで人生終わりじゃないんだよ!ヴィクを泣かせるようなことがあったら、この俺が飛んで行ってお前なんかぶちのめしてやるんだからっ!」
「マチアスをぶちのめすのは並大抵なことではないよ。良く鍛えることだな、フレデリク!」
「俺……俺……諦めない!強い男になって、ヴィクを取り返してやる!」
「分かった、楽しみにしている……幸せになってね、フレデリク……」
フレデリクはヴィクトリアに抱きつき、わああと泣き声を上げた。
「ではヴィクトリアとマチアスの婚礼の準備をしようじゃないか!」
「あら、準備ならもうとっくに済んでいるわよ、去年の今頃から、着々とね!」
「そうだったな、ママがあんなに楽しみにしていたことが実現できて、めでたしめでたしだ。」
「まったくタヌキ親父にキツネ婆め、そんなことなら早く話してくれればよかったのに!」
喜び舞い踊る叔父夫婦を眺め、国王アレクサンドルは深くため息を吐いた。
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「良かった良かった!もっと早くお二人が結婚すればいいって、話をしていたんですよ!」
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「万歳、姫さま!万歳、マチアス!」
猛者たちは火酒を酌み交わし、喜びを分かち合った。
「マチアス、早速だ、宿舎の補修を急がせよう。慌ただしい春が来るからね。」
「そうだったな。この先も、この北壁で暮らしていくんだからな。でもその前に婚礼の準備を進めよう。」
「大至急ね……愛しているわ、マチアス。」
「俺もだよ。」
マチアスはヴィクトリアを抱きしめ唇を重ねた。蕩けるように彼の胸に埋もれ、ヴィクトリアもまた熱く深く愛撫を返した。
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