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第3章 暗闇の中の光(後編)

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三月の半ば、中学校の卒業式が執り行われた。

「華音!誰にお花あげるの?」

理沙と満里奈が走り寄ってきた。在校生から卒業生へ、一輪の花を贈ることがこの中学校では習わしとなっていた。

「アンタのお花、男子の先輩達みんな狙ってるよ。」

「私はチサト先輩一筋だから!」

「先輩達が荒れるぞ!」

「関係無いよ!」

華音は笑い飛ばした。



式が終わり、体育館を出た所で、華音は吹奏楽部の仲間と共に先輩達を囲んで花やプレゼントを渡し別れを惜しんだ。

周りにも幾つかのグループが集っていた。そのなかでひときわ華やかな一団があった。彬従のいる男子バスケ部だ。個性的な少年達が年頃らしくじゃれあい大笑いして注目を浴びていた。

「相変わらずイケメン揃いだよね。」

満里奈がうっとりとそう言った。

「シンゴ先輩とか中三のベスト3が揃ってるから!」

「でも、アキがダントツでカッコイイよ!」

先輩達に囲まれて、彬従はまだ手に残る花を奪われまいと笑って抵抗していたが、ふと顔を上げ、皆にからかわれながら歩き出した。

その先に美しい少女が一人待っていた。彬従が付き合っている卒業生の菜月だ。

人波をかき分け菜月に近づき、彬従は手にした花を渡した。そして、頬を掴んで優しく唇を重ねた。

「ひゃあ!アキって大胆!」

理沙が声を上げたが、ハッと華音の顔色を窺った。

突然、菜月は泣き出した。一瞬戸惑いを見せたが、彬従は囲い込むように菜月を抱きしめた。

―――アキはあんな風に女の子を抱くんだ……

抱き合う二人を華音は呆然と見つめた。

―――菜月先輩みたいな美人が好きなのかな。巨乳の方がいいのかな……

以前言い合いになった時の捨て台詞を思い出した。

周りに冷やかされながら、彬従はまたキスをした。

―――本物のキスは私にしかしないって言ったのに……

身体の奥が捻れるような痛みを感じた。

「ショック受けてる?」

ポンと肩を叩かれ振り向くと、恵夢がニコリと笑って後ろに立っていた。

「アキが誰と付き合おうと、私には関係無いよ。」

華音は平静を装った。

「違うの。アキと菜月先輩は別れたのよ。」

「今キスしてたじゃない。」

「アキに別れてくれって言われたそうよ。他に好きな人がいるって。」

「だったらなんでみんなのいる前でキスなんかしてるのよ!」

「アキのこと、怒らないで。」

恵夢は静かに語り掛けた。華音は黙って聞き入った。

「菜月先輩は凄く好い人なの。ウチら男バスはそばにいたから良く知ってるんだ。女バスの部長だったユカ先輩が意地悪で、去年の春に二年全員が退部しようとした時、副部長の菜月先輩が必死で止めたおかげでみんな辞めずに団結して、秋は男女揃って県大会まで行けたの。」

恵夢は続けた。

「でも部活を引退したあと、ユカ先輩のイジメで学校に来れなくなった時があった。それで、菜月先輩がアキのことを好きなの知ってたから、女バスの子達と私が先輩を助けてってアキに頼んだのよ。」

華音はギュッと目を閉じた。

「アキ、菜月先輩のこと真剣に励ましてた。電話とかメールとかマメにして、元気になれるように一生懸命だった。」

「全然知らなかった……」

「別れてくれって言われたのは辛かったけど、自然消滅するより良かったって、菜月先輩笑ってた。高校に行ったらアキより素敵なカレシ作るんだって……」

―――アキのバカ!そんな理由で彼女にしたなら、そう言えばいいのに……

「先輩のことばっかり考えていて、アキの気持ちを踏みにじって悪かったって思ってる。」

恵夢はゴシゴシと涙を拭った。

「アキの好きだって言う子が誰か、華音は分かるはずだよ。」

「私とアキが付き合うことは無いから。」

「どうして!?」

恵夢は華音の肩をぐっとつかんだ。華音はその手を握った。

「ごめんメグ。私達は……無いよ。」

「華音だって、絶対アキが好きだよ!」

恵夢の声が遠ざかり、目の前が暗くなった。

「華音……どうしたの、華音!?」

地面に崩れ落ちたきり、華音は動かなくなった。



急を聞きつけて病院の待合室に彬従と祐都は駆け込んだ。ベンチで恵夢が泣き伏していた。

「ごめん、私のせいだ。私が華音を追い詰めたから……!」

「なんでそんなことしたの?」

「アキと華音に付き合って欲しかったのよ。」

「華音はなんて言ってた?」

「アキと付き合うことは無いって……」

「華音がそう望むなら、俺は今のままでいい。」

「メグは突っ走り過ぎ。」

祐都もたしなめた。

面会謝絶のため、華音に会うことは出来なかった。

「前より悪い状態だって。」

「最近倒れてばっかりだな。何の病気かアキは知ってる?」

「知らない。」

「何だよ、隠すなよ!」

「俺は何も知らないっ!」

彬従はうつむいた。

「だったらなんで泣くんだよ……」

祐都は彬従を抱きかかえた。

無言のまま涙を流す彬従を、祐都と恵夢は何も言えずに見守った。



祐都達を先に帰し、彬従は独り待合室で使いの者を待った。医師も看護士も訪れず、時間だけが過ぎていった。

そっと病室をのぞき込んだ。呼吸器や点滴を繋がれた華音がベッドの上に横たわっている。周りの目がない事を確かめると、病室に入った。

―――何故華音ばかりがこんな目に遭うんだ。

彬従は華音の胸に顔を埋めた。細い腕がそっと彬従の頭を抱きしめた。華音がうっすらと目を開けていた。

「気がついた?」

彬従が尋ねると、華音は小さくうなずいた。

「苦しくない?」

またうなずいた。

「看護士さん呼んでくるよ。」

今度は首を小さく横に振った。そして、彬従のまなじりを指で拭った。

「ごめん、俺が泣くとかありえない。苦しいのはお前の方なのに。」

華音は呼吸器をしたまま微笑んだ。彬従は堪えきれずに涙を流した。細い腕を絡め、華音は彬従を抱き寄せ優しく撫でた。

―――守ってやるなんて言いながら、守られているのはいつも俺の方じゃないか!

彬従は声を殺したまま泣き続けた。

「お前は何度言ったら分かるんだ。」

はっと振り向くと、医師とともに父の彬智が入口に立っていた。

「今は面会謝絶のはずだぞ。」

「すみません。」

彬従は泣き顔を見られまいとうつむき、部屋を出ようとした。

「待て、話がある。」

「アンタに用は無い!」

「華音の事で話がある。たまには俺の言うことも聞け!」

彬智は息子の手首をつかんだ。父の低い声に彬従は気圧され、そのまま待合室へと連れ立って歩いた。

「お前も知っている通り、俺は華音の伯母に当たる人の恋人だった。」

彬智は一人ベンチに腰を下ろした。

「……同じなんだ。」

「何が?」

「華音と英梨花は同じなんだ。やはり子供が作れない身体だと言われた。そして英梨花は……死んでしまった。」

彬従はぞっとした。

「華音も……死ぬの?」

「英梨花が死んだのは俺のせいだ。」

彬智は手で顔を覆った。

「俺達は藍咲さま……華音のお祖母さまに交際を禁止された。高塔家のために、最高級の守護役である吉良家の血を絶やす訳にはいかないからと。俺は英梨花を遠ざけた。彼女は俺を愛し続けてくれたのに……そして、英梨花は心を病み、自ら死を選んだ。」

「それなら、俺の気持ち、分かるだろ?俺は華音が好きなんだ、華音だけなんだ。」

彬従は父に詰め寄った。

「俺は後悔している。自分の弱さから英梨花を苦しめたことを……今の俺に出来ることは、茉莉花を護り望みを叶えてやること……それが俺の英梨花への贖罪だ。」

彬智は顔を上げ、真っ直ぐ息子の瞳を見つめた。

「華音は優しい娘だ。お前が求めれば応えようとするだろう。だが、それでは、母とお前の板挟みになって、華音を苦しめるだけだ。」

「俺は華音を……愛したらいけないの?」

「運命に逆らうな。華音には辛い思いをさせたくない。お前にも……」

彬智は立ち上がり、息子を残し病室に戻っていった。



病院の中を彬従はあてもなく歩いた。

気がつくと、新生児室の前にいた。産まれたばかりの我が子を、若い母親と父親がガラス越しに眺め、幸せそうに寄り添っていた。

―――人を好きになって、愛し合って子供が生まれる。そんな誰にでも当たり前な幸福が、何故俺と華音には許されないんだ……

彬従はぼんやりとその光景を眺め、帰り道を探して歩き出した。

ふと、院内の案内板に目が止まった。今いる《周産期外来》の直ぐ下に、見慣れぬ文字を見つけた。

―――不妊外来……

その意味に気づいた途端、彬従は自らの身体にドクドクと血が駆け巡るのを感じた。

「親父達と同じじゃない。」

彬従は確かめたかった。

「俺達の未来にはまだ可能性があるかもしれない。」

病院を飛び出し、彬従は暗闇の中を走り続けた。


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