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「累!慧!うちまで押しかけてきて何なのよ!」

双子に詩春が呆れ顔で詰め寄った。

「詩春こそ何で黙って帰るんだよ。文化祭の準備があるのに!」

「今日は家の用事があったの。衣装は作り終えたしメニューや仕入れも決めたから急ぐ作業は無いでしょ?」

「それより誰なんだ、この男!」

「この方は花岡さん。城田さんの代わりに買い物に付き合ってくれたの。」

「毎日一緒に帰っている奴がいるってこのオッサン?」

「最近付き合い悪いのこいつのせい?」

「失礼なこと言わないで!花岡さんはお仕事で私のお世話をしてくださっているだけよ。」

双子は噛みつきそうな勢いで花岡を睨みつける。見た目はドーベルマンかグレイハウンドといった精悍な顔立ちなのに、吼えたてる姿はチワワのようだ。

「ごめんね、詩春!累と慧に話したのは私なの。」

双子の影から詩春と同じ制服姿の小柄な女の子がニマニマと顔をゆるませ現れた。

「あかりまで……この二人のことだから、隠していたっていつか嗅ぎつけると思ってたけど……」

諦めたように大きくため息を吐き、詩春は花岡を見上げた。

「今日はありがとうございました。あとは私が片付けておきます。」

「いやいや、文化祭があるのに俺が頼みごとしたのがいけなかったね。」

「いえ、いつもうちのことを気にかけてくれて助かります。」

「じゃあまた明日。」

「はい、お疲れさまでした。」

「ちょっと待った!詩春とどういう関係か、ちゃんと説明していきなよ!」

双子の一人が花岡の行く先をふさぎ、もう一人は後ろに回り込み挟みうちにする。

「ダメだったら!花岡さんのお仕事は終わったの!」

「いいですよ。俺も詩春さんのお友達と話したい。」

「私も~!詩春が毎日話してる花岡さんのこと、もっとよ~く知りたい!」

「やめてよ、あかりまで!」

あかりはニコニコ笑いながら有無を言わさず花岡の腕を掴み家の中に引きずり込んだ。どかどか廊下を歩き茶の間に着くと花岡を上座に座らせ、双子は慣れたように台所からお茶と菓子を持ってきた。

花岡の横に座り、詩春は向かい側に座る双子を牽制した。

「この子たちが勝手なことばかり言ってすみません。こっちの双子は鈴置累と慧、女の子は黒田あかり。三人は私と中学の時から仲良しで、今も同じ高校に通っています。」

「で、アンタはいったい何者?詩春とどういう関係?」

そっくりの形の良い大きな目で双子がにらむ。

「俺は花岡と言います。詩春さんのお父さまが経営されていた箕輪商事の社員です。訳あって、この伊坂家のお世話をさせてもらってます。」

「お世話って何?」

「今のところは学校の送迎と身の回りの品の買い出しや家計の管理など、詩春さんの生活に関わることを担当しています。家の中のことは城田さんがいらっしゃるので。」

「それが仕事?商事会社がそんなことをするの?」

「若い男が女子高校生の面倒見るとかおかしくない?」

「いやいやそんな!立ち入ったことはしていませんよ。」

「え~そうなの~?詩春はお兄さんが出来たみたいでうれしいって言ってたよ~!」

「ちょっとぉ……!」

詩春は真っ赤になってあかりをにらみつけた。

「アンタ、詩春のこと分かってここにいる?詩春の父親の会社の人だっていうけど、その父親が詩春をどんな目にあわせたか知ってる?」

「いや、その……」

「詩春は父親のこと知らずに育ったんだよ。お母さんが亡くなった時だって、いや、その前からずっと放置だったのに、今更お世話とか意味わかんないだろ?」

「累、やめて。昔のことなんか、花岡さんは何も知らなくていいの。」

返事に困った花岡は膝をギュッと掴んだ。

「俺も、昔のことはよくわかりません。詩春さんや亡くなったお母さまがどういう暮らしをしてきたか……でも、今、俺に出来ることは、詩春さんが残りの高校生活を楽しく過ごせるようにすることです。その先も、言ってみれば分からないままで……」

「つまり、サラリーマンのアンタは、会社の言いなりってことか。」

累と呼ばれた片割れが吐き捨てるように言い切り、もう一人も不機嫌そうに花岡をにらむ。あかりは重苦しい雰囲気など気にもせず、詩春の横に陣取りのんきにせんべいをかじっていた。

「ねえねえ花岡さん。よかったら私たちの文化祭に来てくれない?今度の土曜と日曜日が一般見学可能なんですよ~。うちのクラス、喫茶をやるんです。詩春も手作りのメイド服を着ておもてなししますから!」

「だっ、だめよ!」

「いいじゃない、詩春があんなにがんばって作ったんだよ?見てもらえば。」

「いいですねー!せっかくだから、行かせていただきます。」

詩春が大事そうにしていた大きな紙袋いっぱいに入れた衣装を思い出し、花岡はこくりとうなずいた。

「でも、でも……!休日出勤になりますよ!」

「仕事じゃないです。プライベートですからね。」

「やった~!よかったね、詩春!」

嬉しそうに詩春の肩を叩き、あかりは文句を言い続ける双子とじゃれあった。どうやら追及の手は収まったらしい。花岡は別れを告げ、玄関に向かった。

見送りに来た詩春はまだ戸惑いを見せていた。

「本当に、いいんですか?」

「いいですよ。いつもは詩春さんが学校まで行かせてくれないから、どんなところか知りたかったんです。」

「そ、それは……」

「あの子たちに知られるのが嫌だったんですか?」

「嫌……っていうか……あんな風に花岡さんのことを責め立ててごめんなさい……迷惑だったでしょう……」

「友達思いの好い子たちじゃないですか。ではまた明日。文化祭、楽しみだな。」

ふわふわと笑みをこぼす花岡を見上げ、詩春はまた頬を染めた。



金曜日は学校での追い込み作業が遅くなるからと詩春に断固お迎えを拒否され、花岡は渋々会社に向かい定時報告書を作成した。

「ハナー!ちょうどよかった、飲みに行こうぜ!」

中塚がひょっこり顔を出した。

「今日ですか?あんまり遅くまで付き合えないけど、それでいいなら行きます。」

「なんだよ~、明日デートでもあるのかよ。」

「俺に彼女いないの知ってるじゃないですか。デートじゃなくて、朝から文化祭に行くんです。」

すると、中塚がキランと目を輝かせた。

「もしかして、例の女子高生の?」

「そうですよ。」

「俺も行く!そして俺に女子高生を紹介しろ!」

花岡は唖然とした。

「ナカさん、期待してもダメですよ。詩春さんは真面目な子だから。」

「いいよ、詩春ちゃんでなくて、友達でも~!」

すっかりその気になった中塚を阻止できず、花岡は渋々明日の待ち合わせ場所や時間を決めた。



次の日は穏やかな青空が広がり、高校の最寄り駅で花岡は中塚が来るのを待った。駅前のロータリーにするすると一台の車が滑り込んで来た。中塚の車だ、と花岡が近づくと、助手席の窓が開いて英恵が顔を出した。

「花岡さん、お久しぶりです!ナカさんに誘われて来ちゃいました!」

「ハナは後ろに乗れ~!学校の近くにコインパーキングあるよな?」

「知りませんよ、てか、車で来校しないでくださいって言われているじゃないですか。」

「だって、英恵も来たいって言うから足があった方がいいだろ~。」

呆気にとられながらも後部席に乗り、花岡は詩春の高校を目指した。都内でも有数の進学校で伝統あるレンガ造りの校舎が威厳を放つ。入口で詩春にもらった招待券を提示し、名簿に名前を書き入れ、詩春のクラスのある東棟に向かった。

「東京の高校の文化祭って華やかなんですね~。俺は地方の公立高校だったから、授業の一環みたいで資料の展示ばっかりでした。」

クラスや部活単位でのにぎやかな催し物をながめ、花岡は驚きの声を上げた。

「そうだな~。おれんとこなんてやる気の無い奴ばっかだったから文化祭なんて適当だったぞ。買ってきたドーナッツとペットボトルのジュースを売ってぼったくりだった。」

「私の高校は女子校だったので派手でしたよ。女子同士で競い合って他校の男子の気を引き合っていました。」

中塚と英恵がそれぞれの思い出話をしているうちに、詩春のクラスの会場に着いた。

「花岡さ~ん、いらっしゃいませ!」

可愛らしいメイド服に身を包んだあかりが出迎えた。その横で双子の塁と慧は執事の恰好で不機嫌そうに花岡とその連れをにらむ。

「約束通り来ましたよ。あれ、詩春さんは?」

教室の中を見回したが、詩春の姿が見えない。

「あの子、今日は裏方をやるって……彼氏が来るからメイドをやりたいって言いだした子がいたから……」

あかりがムッと口を歪めた。

「今頃になってワガママ言う奴の言いなりにならなくていいのに。」

「まあ、そういうところが詩春らしいけどな。」

累と慧も不満げだったが、調理コーナーから詩春を呼び出した。詩春はいつも草むしりをする時と同じ体操着姿だった。あかりと同じミニスカート姿を想像していた花岡は肩を落とした。

「オッサン、なにがっかりしてるの。」

花岡の顔色をうかがい、双子がからかった。

「いや、その、まあ……ちょっと、詩春さんのメイド服姿を見たかった、というか。」

「ハハハ!そんなこと、バカ正直に言わなくていいって!」

「そんな……私はこのかっこうでいいんです。でも、花岡さんが文化祭にきてくれてよかった。今日は楽しんでくださいね。」

少し照れたように笑う詩春に、花岡もうっかり笑顔で応えてしまった。

「君が詩春ちゃん?俺はハナの先輩で中塚っていうんだ。知り合いになれて嬉しいよ。」

「こちらこそ、よろしくお願いします。花岡さんにはいつもよくしていただいています。」

「真面目なんだね~!ハナも真面目だから似た者同士だな!よかったら、お友達も仲良くしてね。」

すかさず、詩春の横にいたあかりに中塚が笑い掛けた。

「わあ!社会人のお友達が出来てうれしいです~!私は黒田あかり。そちらのお姉さんは、もしかして花岡さんの彼女さんですか?」

花岡と並んでいた英恵は、まんざらでもない笑みを浮かべた。

「松嶋英恵です。残念ながらハナさんの彼女さんではないんですよ。でも、もしかして、彼女になれたらうれしいな~って思っているので応援してね!」

キラリと目を光らせて英恵が詩春を見つめると、詩春はドキリと身体をすくませた。

「英恵さん、花岡さんを狙ってるの?俺たち応援するよ~!」

双子は英恵を挟んでホクホクと笑う。花岡たちはテーブルに招かれ、あかりが三人分のコーヒーと手作りケーキを運んできた。

「ハナ~!女の子に告白されてうれしいか?」

「何言ってるんですか、英恵ちゃんは後輩ですよ。」

「冷たいなー!」

「そうですよ、ハナさん、私のことをもっと意識してください!」

「そーだそーだ!オッサンはキレイなお姉さんと付き合いなよ!」

「それ、詩春から花岡さんを遠ざけたいから言っているんでしょー!」

双子とあかりが言い合いをし、中塚と英恵も参戦する。

花岡はふと調理コーナーに戻った詩春に目をやった。後ろ向きになった彼女の表情はうかがえない。だがなぜか気落ちしているようにみえる。でもそれは自分がそう願っているからだろうかとフルフル頭を振った。



背中越しに聞こえてくる花岡たちの話に気を取られ、持っていた皿を一枚落とし、慌てて拾い上げて詩春はこっそりため息を吐いた。


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