絶対零度の王子さま(アルファポリス版)

みきかなた

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~大学生編~

第49章 確たる証拠

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一佳のポケットに収まるキーホルダーのことは、私の心に小さな棘となってずっと刺さっていました。たかがキーホルダーなのに……だけど私は不安でした。それが愛奈ちゃんからのプレゼントだったから……彼にとって、愛奈ちゃんが特別な存在になるんじゃないかって、一人悶々としていたのです。



11月末、今年も国内最大級と称される大学祭が催されました。その中で最も注目されるイベントに、ミスキャンパスコンテストがあります。大学祭の実行委員会とは別に、ミスキャン専門の実行委員会があるほどで、イベントの様子はマスコミ各社でも取り上げられ、ミスキャンパスの栄冠を勝ち取った人には卒業後もれなく女子アナやタレントなど華やかな将来が約束されているのです。

今年のミスキャンパスの候補者の中に、懐かしい名前を見つけました。一年生の頃仲の良かった奥村翼ちゃんです。6人いる候補者の中で誰よりも目を引く彼女は、以前より美しさに磨きが掛り光り輝いていました。そして本番では準ミスに選ばれる快挙を成し遂げたのです。

翼ちゃんとは一佳のことがあってすっかり縁が切れてしまいましたが、彼女には優勝の栄冠を勝ち取って欲しかったな、そんな風に懐かしんでいた頃です。

「七海、久しぶり!」

授業を終え、家に帰ろうと駅を目指していた私は、明るい声に呼び止められました。振り向いたら眩いばかりのオーラを放つ翼ちゃんがいたのです。

「わぁー!翼ちゃん、元気そうだね!ミスキャンで準ミスに選ばれたんだね。おめでとう!」

「ありがとう!でもぉ、優勝する気満々だったから、ちょっと残念だったわぁ!」

ペロリと舌を出して肩を竦めた翼ちゃんは、相変わらず可愛くて心惹かれます。私たちは並んで駅を目指し歩きました。

「七海、その後、一佳と付き合っているの?」

「え!う、うん……付き合い始めたのはつい最近なんだけど……」

「やっとかぁ!おめでとう!」

屈託なく笑う翼ちゃん、もう一佳のことは吹っ切れたのかな?

「あーあ、私にも、一佳を超える王子さまが現れるといいのにー!」

「翼ちゃんなら、彼氏になりたいって男の子が次々押し寄せて来るんじゃない?」

「そうでもないよ。それに、運命の人だと思っていた初恋の王子さまに見向きもされずに終わった辛い過去からなかなか立ち直れないのよね。」

「あ、あの、翼ちゃん……ごめんね……」

「冗談よ!次は優しくて私に夢中な王子さまを絶対ゲットするわ!」

「うん、がんばって……」

「任せて!彼が出来たら紹介するわ、七海も一佳と仲良くね!」

可愛らしくウィンクすると「またねー!」と言って、翼ちゃんは地下鉄の駅へと下りて行きました。

はああそうだ、一佳ったら、誰にでも愛される天使のように可愛い翼ちゃんに対して物凄く冷たい態度で振ったんだ……元々強引にアタックしてくる女の子は毛嫌いしていたけれど、あの頃は、翼ちゃんだけじゃなく、他の女の子も寄せ付けなかったのに……

私はまた愛奈ちゃんのことに捕らわれていました。改札を通り、階段を登り、ホームで電車を待ちながらふと後ろを向いたら、少し離れた場所に愛奈ちゃんの姿を見つけました。その横には一佳と浅田くんもいて、仲良く話しながら反対方向の電車を待っています。浅田くんのマンションに行くのかな、またみんなで集まって飲み会でもするのかな。呆然と三人の姿を眺めていたら、電車が到着しました。先に一佳と浅田くんが乗り込み、続いて愛奈ちゃんが乗ろうとして下りる人とぶつかってふらりとしたところを一佳がサッと支えました。ニコリと微笑む愛奈ちゃん……電車のドアが閉まり、三人の姿は線路の向こうに消えて行きました。

それだけのことなのに……私は凍りついてしばらく動くことが出来なくて……考え過ぎだよ、倒れそうになったら誰でも手を貸すじゃない、そう何度も何度も自分に言い聞かせました。だけど、どこかで一佳を疑う自分がいます。

帰りの電車に揺られながら、スマホの待受けを見つめました。愛奈ちゃんが撮った一佳の寝顔……今日もまた三人で朝まで飲んでいるのかな……情けないくらい落ち込んで、早く家に帰りたいって願っていました。

「七海?どーしたんだよ、そんなお通夜みたいな顔して!」

ポンと頭を叩かれて振り向きました。クククと笑う潤くんが、私の頭をポンポンと優しく撫でていたのです。

「潤くん!今日は、普段逢えない人にいっぱい逢える日だー!」

「せっかくだから飲みに行こうか。今日は珍しく俺も暇なんだ。」

「行くー!」

ニコリと笑って潤くんは、私の降りる駅で一緒に降りて、二人で駅前の居酒屋に入りました。

テーブルに着くなりすぐにビールを頼み、来たと思ったら中ジョッキをグイっと飲み干して潤くんはすぐにおかわりを頼みました。次のグラスが運ばれてくる間、潤くんは私と話をしながら誰かとずっとメッセージをやりとりしていました。彼女かな?もし本命がいたら、私と飲んでいる姿を見て誤解しないといいけど……

「潤くん、最近どう?忙しい?」

「忙しいよ、女の子と遊ぶ暇も無い。最初の実習で血を見て倒れそうになったし……」

それから潤くんは医学部の様子を面白おかしく話してくれました。笑っているうちにさっきの落ち込んだ気持ちがすっかり和らいで行ったのです。お酒も進んでほろ酔い気分で、なんだかとっても安らぎました。

「そろそろ話してよ、なんであんな暗い顔をしていたのか。やっぱり一佳絡み?」

「私ってヤキモチ妬きかな……」

「話してみな、何でも聞くし、相談なら俺なりに答えるし……」

私は……本当につまらないことから洗いざらい潤くんに相談しました。キーホルダーのことも駅での出来事も……潤くんはずっと微笑みながら頷きながら黙って最後まで聞いてくれたのです。

「七海も、やっと一佳の彼女って感じになったな。」

「そうかな、私は嫌だよ、こんな風に一佳を疑ってばかりいて……」

「フフ、アイツのことだから、ほとんど七海の考え過ぎだと思うよ。確かに愛奈は一佳に気があるみたいだけど、一佳にその気は無いだろ?」

「そう、なの?」

「アイツは頑固だからね。コレって決めたものしか受け付けないし、受け付けないものは断固拒否って態度は昔からだし……だけど最近は少し温和になったよな。愛奈とも気が合っているようだし。だけど、だからって、七海の代わりにあの子が一佳の心を占めるとは思わないけど?」

ポカンとして、私は潤くんを見つめました。

「確たる証拠が欲しそうだな。」

「潤くん……」

「多分もうすぐ分かるよ。」

クククと笑って潤くんは残っていたビールをグイっと飲み干しました。突然バンとテーブルが叩かれ、驚いて顔を上げたらそこにはゼイゼイと荒い息を吐き真っ赤な顔をした一佳が立っていたのです!

「七海、なんで、潤と二人で飲んでいるんだよ!」

「さっき偶然逢ったのよ……」

「怒るなよ、一佳のことで相談に乗っていたんだ。」

「何、俺のことって?」

「とりあえず、キーホルダーを見せてみろ。」

「はあ?何だよそれ。」

私の横にドカリと座りビールを注文すると、一佳はごそごそとポケットの中を探ってパっと手のひらを広げました。

「これ、どうしたの?」

それは愛奈ちゃんから貰ったものと違う、鉄のリングのついたキーホルダーでした。

「自分で買った。」

「愛奈ちゃんにもらったのは?」

「瑠佳にやった。欲しいって言うから。」

「えええ!愛奈ちゃんがくれたのに、なんで他の人にあげるちゃうのよ!」

「別にイイだろ、俺が貰ったものを俺がどうしようと。七海に貰ったものなら絶対誰にもやらないけど。アレは前のが壊れたから当座しのぎで使っていただけだよ。」

え、信じられない!どうしてそんな……

「あ、あのね、さっき、浅田くんの家に行っていたんじゃない?」

「そうだよ、久しぶりに浅田と白石と飲むかってアイツのマンションに着いた途端、潤からメッセージが来て、七海を拉致っているから迎えに来いって……あ、イケね、浅田と白石を二人きりで置いてきちまった。浅田が狼になってなきゃいいけど。」

「ククク、それで慌てて飛んで来たんだ、やっぱり一佳は分かりやすいねー。」

「うるせぇ!つか、なんで七海は潤と二人っきりで飲むんだ!」

「ほら、こんなにヤキモチ妬きの彼氏がいて、七海も大変だよなーって話していたんだよ。」

「潤、お前、どさくさで七海を口説く気だっただろ!」

「違うよ一佳、潤くんは本当に相談に乗ってくれていたんだよ!」

「久しぶりだから、三人でもっと飲もうよ、楽しくな。」

「おい、俺の質問に答えろ。まず、なんでキーホルダーなんだよ。」

「あ、あのね、私が、その、一佳が愛奈ちゃんに貰ったキーホルダーを使っているのが嫌だったの……」

「はあ?」

「わ、私が、買ってあげたかったのに……」

「ダメだ、七海は会社説明会とかセミナーとかで夏休みからあんまりバイトしていないだろ?お前に金を使わせる訳にはいかない。」

「大丈夫だよ、それくらい!」

「無駄遣い禁止!」

「ヒドイよ一佳、それくらい節約してやりくり出来るもん!」

「……夫婦ゲンカすんな。」

呆れたように潤くんがまたビールをゴクリと飲み干しました。

「なんでそんなに気にするのか、俺にはさっぱり分からねぇ。だって、例えば、浅田が俺に誕プレだよってくれたら、七海は気にしないだろ?……浅田がプレゼントくれるとか、想像したらキモチワルイけど……」

一佳はのほほんとビールと揚げだし豆腐とお漬物を追加していました。さっきまで、私が悩んでいたことは何だったのってくらい、のほほんとですよ!

「つか、一佳、愛奈のことはどう思っているの?」

「だーかーらー!なんでそんなに白石を気にするんだよ。」

「だって、愛奈ちゃんは女の子だよ?」

「俺にとって、女は七海だけだ。」

ひゃ!さりげなく凄いことを言われました。あわわわ!身体が熱くなるのが自分でも分かります。

「ウザイよ一佳、ここはお前のおごりな。」

「はいはい奢ってやるよ、七海が世話になったからな。しかし潰れても自力で帰れよ。俺は送らねーぞ。」

「うー。ヒドイ、一佳はいろいろヒドイ!……今度は俺の悩みも聞けよ。」

「潤に悩みがあるならな。」

潤くんは残念そうに一佳と言い合いをしていました。ごめん潤くん、私を心配してくれたのになんだかこんなことになって……



一佳に飲まされてフラフラの潤くんを本当に放置し、一佳は私の手を掴み私の家を目指して歩き出しました。

「一佳って冷たいよね。潤くんは私を心配してくれていたんだよ!」

「はああ?潤と飲んでる七海が悪い!」

すると、いつもと違う角を曲がり、私は近所の児童公園に連れて行かれました。ブランコに座ると、一佳は私を膝に乗せて、ゆらゆらと揺れました。後ろから抱き締められ、肩に熱い息が掛り、ドキドキが止まりません。

「なあ、もし、俺が白石と飲みに行ったりするのが嫌なら、もう二度と行かないぞ。」

「ごめん、そんなんじゃないの……愛奈ちゃんとは今まで通りにして。私もヤキモチ妬かないから。」

私は後ろを向いてギュッと一佳に抱きつきました。

「迎えに来てくれて、ありがとう……」

「どういたしまして。つか、悩みがあるなら俺に言え!」

「うん、そうする。」

「そろそろ、『お試し』じゃなくてイイだろ?」

「ダメ、一佳は冷たいから。」

ほっぺたをペタンとくっつけると、一佳はくすぐったそうに笑い、私の頭を撫でてくれました。温かい、安心する、一佳、一佳、一佳……私はうっとりと彼の胸に埋もれました。

「七海は酔っぱらうと甘えん坊になるな。すげー可愛い。」

「う、ん、これからは、もっと一佳を頼るね……」

一佳の胸の鼓動を聞き身体を預け、ブランコに乗って二人でのんびりと酔いが醒めるまで揺れていたのです。

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