絶対零度の王子さま(アルファポリス版)

みきかなた

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~大学生編~

第35章 サマーバケーション

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どうしよう、どうしよう……情けないぐらいドキドキしっぱなしでした。そして一週間が過ぎ、アルバイトで一佳と再会する日が来ました。

更衣室で着替えてお店に顔を出すと、一佳はもう出勤していました。キッチンで店長や小野さんとしゃべったり、フロアでいずみさんとおしゃべりして、普段と全く変わりありません。

「あっ、お、おはよ、一佳……」

「よぉ。洗い物、溜まってるぞ。」

「あ、は、はい、すぐにやるね!」

焦る私の横を素通りし、一佳はケーキと紅茶のサーバーをトレイに乗せてフロアに出て行きました。え、え!めっちゃ何もなかったようにスルーされましたが?私が一週間悩み続けたのは何だったの?

戻ってきて出来上がったパスタを受け取る時、顔を寄せてわざと私の耳元で囁きました。

「なんでそんなに赤い顔して、俺を睨んでいるんだよ。」

「ね、一佳、この前のこと……」

「この前って何?次のオーダー、明太子としめじのパスタとアイスカフェオレだぞ。」

ニヤリと笑ってパスタ皿を抱え、一佳はフロアに出て行きました。

もしかして、私がキスされるって、勘違いしていただけなの?途端にがっくりと力が抜けてしまいました。

「あらら、一佳くんったら何を言ったのよ?七海ちゃんが落ち込んでるわ!」

小野さんにからかわれてしまいました。落ち込んでいるんじゃないです、自分のアホさ加減に呆れているのですよ!



今まで通り、バイトの帰りも家まで送ってくれました。急に彼との距離が気になって、少し離れてあとを追うように歩きました。今更ながらに一佳の背中の広さにドキドキしたりして……おかしいよ、私、何を意識しているんだろう……

珍しく、一佳はずっとご機嫌で、あれこれ自分から語っていました。

「夏休み、コテージを借りて流れ星を観に行くって言ってただろ。あれ、伊豆にある潤の家の別荘を借りることになったよ。俺ら子供の頃から良く遊びに行ったんだ。部屋数も多いから10人くらい泊まれるし、管理人さんがいてメシや掃除もやってくれるんだ。」

「凄ーい!さすが潤くん、お坊ちゃまだね!」

「楽しみだな、また、流れ星、観ような。」

「うん!」

わああ素敵!どんなところだろう?いじけていた気持ちも吹き飛んで、すっかり心は夏の避暑地に飛んでいました。

私の家の前で、一佳はスッと私の目の前に立ち止まり、じっと見おろしていました。

途端に身体が強張って、ドキドキと心臓が高鳴り震えが止まらなくなりました。

「……お休み。また来週だな。」

「う、うん、お休み。」

一佳は何も言わずにくるりと背を向け歩き出しました。

「一佳!」

呼び止めて、どうする気?私はハッと胸を押さえました。

「夏休み、楽しみだな。」

手を振ると、一佳はそのまま去って行きました。

後ろ姿を見送っていたら、胸がキュンと痛くなりました。私、期待していた、この前みたいに、一佳がキスするんじゃないかって……

「バカバカバカ!私のバカーっ!」

やっぱり、一佳が私にキスするなんて、有り得ないよ!

家に駆け込みお風呂にザブンと入り、布団を被って一週間分の寝不足を解消することにしました。



7月末、このみちゃん企画の二泊三日流れ星を観ようツアーが決行されました!

潤くんと薫ちゃんは潤くんの車で一昨日すでに到着しています。

私は一佳の車に乗せてもらい、このみちゃんとそしてお久しぶりの飯島くんと一緒に向かいました!森田くんは部活の合宿があって来れなかったので、居たら懐かしの行事委員会の再会でした。

飯島くんは一浪して第一志望だった国立大学の理工学部に入学し、キャンパスライフを楽しんでいるそうです。元々おしゃれだったけど更に磨きが掛かり、ちょっと見はチャラ男のようです。会計として無理難題を戦い抜いた同士なので、今でも気心はしれています。

「去年一年間は地獄だったから、大学はマジで楽しすぎる!」

「飯島、彼女出来た?」

「うっ、それは聞かないでくれ……つか、このみはどーよ?」

「同じく聞かないでくれ!」

「それより、一佳と七海はどうなんだよ?」

「ひゃ!」

後部座席にいた私は、運転席の一佳の様子を伺いました。ハハっと笑うと一佳は前を向いたまま言いました。

「俺らは友達のままだよ。」

「なんだそうか、大学に入ったら、すぐに付き合うかと思ってた。」

いやいや飯島くん!いきなり痛いところを突きまくりですよ!



伊豆の別荘に着くと、潤くんが玄関先のテラスに座り込み不貞腐れていました。

「遅いぞ!」

「なんだよ、薫は?」

「アイツ、課題が終わらないって言ってホールで絵を描いてるよ。俺、一昨日と昨日、誰も遊び相手がいなくて一人で壁打ちテニスをしてたんだぜ。」

「ハハ、たまには良いんじゃない?女抜きで!」

荷物を片付け、薫ちゃんとも再会し、さっそく一佳と潤くん飯島くんこのみちゃんは近くのテニスコートに向かいました。

私はちょっと休憩して、薫ちゃんの横で彼女の作業を眺めていました。

「どうした、その後何か変わったことでもあったか?」

「あのね……一佳にバイトのあとで家まで送ってもらったんだけど、その時、キスされそうになった。でも、お姉ちゃんに邪魔されて、キスはしなかったの。だけど、一佳、そのあと何にも無かったみたいにするんだよ……どう思う?」

「ククク!相変わらずのヘタレだな!」

すいすいと筆を走らせながら薫ちゃんは笑い転げました。

「それで、七海はそんな赤い顔して一佳を見つめているのか。」

「赤い?そうなの!」

「一佳が気になるか?」

「き、気になる……でも、一佳にとって、私がそんな対象になるなんて、思ってもみなかったよ。」

「一佳も七海も少し大人になった、と言うことだな。」

クククとまた笑って薫ちゃんは作業を終え、私たちはテラスでお茶をすることにしました。



通いの管理人さんは夕方で帰ってしまうので、夕飯は自分たちで作るのです。その夜はバーベキューをして、庭で花火をして、夜が更けてから星空を眺めて、女同士で一緒にお風呂に入って、みんなでUNOをして眠りました。

次の日は、午前中から海に行って遊び、夕方からテニスをして過ごしました。薫ちゃんだけは別行動で、ずっと油絵を描いていました。

夕ご飯はカレーです。手伝うと言った薫ちゃんを一佳と潤くんが猛反対して止め、代わりに一佳が慣れた手つきで六人分のカレーを作りました。私とこのみちゃんもお手伝いしましたよ。家で食べるカレーとは違って本格的で凄く美味しくて感激です!

食べ終わった頃から、海辺の方で地元の花火大会が始まりました。大きな花火が次々上がり、とてもキレイです!

「二階のバルコニーからの方が良く見えるよ!」

潤くんに誘われて、みんなで二階に上がろうとしたその時です。

「おい。」

私は襟元を掴まれ、一佳に外のテラスに連れて行かれました。

「一佳、みんな二階で見ているよ?」

「お前はここで、俺と花火を見よう。」

木製のベンチを運んできて、私たちは並んで夜空に輝く花火を見つめました。庭先の木々の上に上がった花火が夜空を染め、暗いテラスにいる一佳の横顔を凛と美しく浮かび上がらせます。

「この前、ごめん、いきなり、キスしようとして……」

不意に一佳がそう呟きました。え、え!やっぱり、キスしようとしたんだ!

「う、うん、驚いた、でも一佳、あのあとずっと知らんぷりだったじゃない?」

「だって、お前、すげー怖い顔で俺を睨むから、嫌われたかと思った……」

そうですか?それは寝不足でクマだらけの目で見ていただけなんじゃないのかな!?

横を見たら、一佳の顔が間近にありました。

「七海、少しは俺のこと、意識しろよ。」

そう言って、そっと私の頬に触れました。一佳の大きな目が細くなり、私をうっとり見つめています。ぷっくりした唇が近づいて来ます。こ、これは、もしかして、もしかしなくても、やっぱり……

キス、しちゃうんだ、一佳と!?

突然そばでガチャーンと大きな物音がしました!かねのたらいが上から降ってきたのですよ!あれですよ、昭和のコントで使われるようなたらいが!

「よーよー!お二人さん、熱いねー!」

見上げたら、潤くんがニヤニヤ笑いながら手を振っていました。薫ちゃんもこのみちゃんも飯島くんも笑っていました。そりゃそうですよね、二階のバルコニーから一階のテラスは丸見えなんだもの!

「潤、テメ、なにすんだ!」

「全く、潤は意地悪だな。いいところで邪魔をするんじゃない。しかし、どこからそんな物を見つけて来たのだ?」

「納戸にあったから、何かに使えないかな~ってね!」

薫ちゃんは呆れたようにため息を吐き、一佳は怒って階段を駆け上がり潤くんとじゃれ合っていました。

「邪魔するな、せっかくイイところまで行ったのに!」

「人前でイチャイチャするなら、付き合ってからにしろよ!」

はあ、キス、しそこねちゃった……でも、なんだか、少しホッとしました。だって、まだ一佳と付き合っている訳じゃないですよね……

「七海、よかったな。」

薫ちゃんとこのみちゃんが親指をグイっと突き出して笑っていました。その姿が可愛くて私もつられて笑い出しました。

俺のこと意識しろって言ったけど、一佳のことならずっと前から意識しているよ……

私もバルコニーでみんなと花火の続きを眺めたのです。

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