ゴッドチャイルド

虎うさぎ

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 包帯を巻いた男がアリシアを隠すようにゴッドチャイルド――――マタイとハルルクの前に立ちはだかった。他の男たちも無言のまま立ち上がる。先ほどの戦闘で傷ついた身体にムチ打って、村を守る為に武器を取った。ただの人間である村人がどんなに束になってかかろうが、ゴッドチャイルド相手に適うはずがないのに、それでも気持ちだけは誰にも負けない鋼の強さを持ってその場に立っていた。
「やっぱり、うぜぇな。この村の連中はよ」
 マタイが唾と共に吐き捨てる。
「ああ、痛い目をみせる必要があるな」
 ハルルクが両手を合わせると、そこから氷でできた槍が精製された。
「みんなタフだねぇ。さっきやられたばっかだってのに」
 少しも怯んだ様子のない村の男たちを見て、レジが呆れた声を出した。
「ま、そういう根性論前面に押し出した感じ、嫌いじゃないけどさ」
 レジはそう楽しげに付け足すと、先ほど生み出した右手の球体を頭上に掲げた。球体は渦を描きながら村の男たちを取り囲むように広がっていく。
「な、なんだ」
 男たちが戸惑いの声をもらし、レジを睨んだ。攻撃を受けていると思っているのだろう。マタイとハルルクに向けていた切先をレジにも向けてきた。
「どうせあんたらじゃゴッドチャイルドには勝てないんだ。悪い事は言わないから、そこで大人しく見物でもしてなよ。怪我人もいるんだからさ」
「何を! 余所者が勝手な事を!」
 男たちは周囲を取り巻く風の壁を突破しようと、風に向かって武器を振り回した。けれども、レジの生み出した風はそれを弾き返すばかりで、男たちを渦の外に出してはくれなかった。
「安心しなよ、その中に居る限り、あんたらは安全だから」
 クッと口の端を上げて笑うレジに、男たちは怒りを露わにした。
「村を守るのは俺たちの役目だ。余所者は引っ込んでいろ!」
「あ~、はいはい」
 レジは抗議の声を上げる男たちを軽く流しながら、ロディに視線を向けた。
「お前は意義ないよな?」
「もちろんだ」
 この村の男は皆、普通の人間だ。マタイやハルルクのような特殊能力を持ち合わせている者は一人もいない。そんな人間に下手にうろつかれては戦いの邪魔になるだけだ。ならば、こうして風の檻の中でじっとしていてもらう方がこちらとしてもやりやすい。
「おい、見たかハルルク。なんだあれは。風の、檻みたいな? 仲間割れか?」
「さぁな。だが、あいつも俺たちと同じゴッドチャイルドだという事は間違いないようだ」
 レジの能力を目の当たりにし、マタイとハルルクの顔色が変わった。レジを警戒すると同時に、風の檻の外に居るロディにも注意を払っている。
「ロディ…………」
 村の男たちと同様に風の檻に囚われたアリシアが不安げな声をもらした。けれど、それがロディの耳に届く事はなかった。
「なるほどな、てめぇゴッドチャイルドだったのか」
 レジがゴッドチャイルドだと知って一度は動揺の色を見せたマタイとハルルクだったが、直ぐに自分たちの優位性を思いだしたのか、余裕の笑みを浮かべた。仮にレジとロディがゴッドチャイルドだったとしても、マタイとハルルクにはエルドという人質がいるのである。また、彼らは先ほど、村の人間が《神の泉》と呼んでいる神秘的な泉の水を飲んだばかりだ。カラクリは彼らもわかってはいないのだが、あの水を飲むと一定期間ゴッドチャイルドとしての能力が向上する事はわかっていた。だから二人は頻繁にこの場所を訪れているのだ。でなければ、わざわざこんな辺境の土地まで足を運んだりはしない。
 人質と泉の力。それだけでも彼らが傲慢な態度を取るには充分だった。だが、もう一つだけ、彼らを驕らせる絶対的な理由があった。
「おい、そこの風使い」
 マタイがレジを指差した。
「てめぇ、村の奴らに《余所者》呼ばわりされてたな。つまり、この村の人間じゃねぇって事だ」
「だったら何?」
「今すぐ俺たちの前から消えるってんなら、今だったら見逃してやってもいいぞ」
「氷山の中で散々いたぶっといて何を今さら」
「悪かったよ、俺たちも知らなかったんだ。てめぇが《同類》だったなんてな」
 《同類》――――それはつまり、《同じゴッドチャイルド》である事を指しているのだろう。だが、それが何故《見逃す》に繋がるのかレジにはわからなかった。
 訝しげなレジの顔を見て、マタイはニタニタと笑っている。なんだか腹の立つ顔だった。
「そんな顔をするな。知らなかっただけなんだろう。知ってたらこんな事にはなってなかった。そうだろう?」
「だから、なにを訳の分からない事を」
 レジは本気で気味悪がっていたが、マタイとハルルクはしたり顔で、交互にタネ明かしを始めた。
「てめぇも、ゴッドチャイルドの端くれなら知ってるだろう」
「いや、力がなくとも知ってるはずだ」
「5年前、魔王を倒した英雄」
「今の世に平和をもたらした救世主」
「それこそが俺たち、マタイと」
「ハルルクだ」
 ジャーンというシンバルを打ち鳴らしたような効果音が聞こえてきそうなドヤ顔で、マタイとハルルクはポーズを決めた。
 レジもロディも、彼らにかける言葉が見つからず、感情の籠らない眼差しを送るしかなかった。それをどう受け取ったのか、マタイとハルルクは満足げに頷いた。
「ふふふ、言葉も出ないほど驚いているようだな。無理もない」
「わかったろ? 魔王を倒した俺たちにお前らのような小物が敵うはずがない。ほら、痛い目見る前にどっかに行ってしまえ」
 犬を追い払うような仕草を見せるハルルクに、レジは尋ねた。
「ええっと。…………どこから突っ込んでいいのかわかんねーけど、とりあえず聞いとくな。お前ら、それ、本気で言ってる?」
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