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第9話 推定265人

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「維持者M1、あなたって人は! 身勝手な行動をして、然るべき罰を与えます」
「お言葉ですがシラユリ統括官、任務外における統括官の維持 者への介入は禁止されています。罰を与えたいならば、次の任務にでもお願いします」

 薄気味悪い仮面の上からでも、維持者M1が仮面の下でほくそ笑んでいることが手に取るようにわかる。一枚上手を演じるM1に、さらに腹が立つ。

「ただ、先ほどは言い過ぎました。実際に指示を出してきた統括官はこれまでいませんでしたので、少しばかり戸惑いと苛立ちを覚えてしまい、語尾が強くなってしまいました」

 予想外の言葉。先ほどの刺々しい言葉とは正反対の謝罪の意。急反転したM1の態度にたじろぐ。

「急になんですか。今更謝ったって遅いです!」
「いや、シラユリ統括官は悪い人ではなさそうですので、あまり虐めるのも失礼かなと思いまして」
「虐めるって、もう、ホント無礼ですよ。第一印象は良かったのに‥‥‥
「え、第一印象はよかったんですね」
「何にもありません!」

 自分は一体何を言っているんだと、自らに狼狽し、戒める。

「シラユリ統括官、あなたは人が良すぎますよ」

 維持者M1は、ボソッと聞こえるか聞こえないかくらいの声量で呟く。

「え、今、なんと言いましたか? まあ兎に角、次の任務からはしっかり私の指示に従ってもらいますからね」
「‥‥‥一応、記憶しておきます」
「もう! あなたって人は!」

 呆れてもはや開いた口が塞がらない。どう言えば、言うことを聞かせられるのかも分からない。初任務でもう挫折しそうである。


「それよりも、メリア伝達官、今日の人数を教えていただけますか?」

 維持者M1は、一方的にシラユリ統括官との話を切り上げると、メリア伝達官に、重たい声で尋ねる。

「本日の正確な人数はまだ分からないから、追って連絡するけど、推定では265人となってるわ」
「265人ですか‥‥‥」

 メリア伝達官は、毎回聞かれているのか、慣れた口調で人数を告げる。一体なんの人数なのか、分からない。分からないが、その人数を聞いたM1が、あからさまに落胆する。先ほどまでの、私に突っかかってきた姿を微塵も感じさせない。
 一体、なんの数字なのか。

「あなたが気に病む必要はないわ、よく頑張っているもの」

 メリア伝達官は、少し目を細め、諭すように告げる。

「ありがとうございます。それでは、任務完了とのことで、外征人の首を公安に受け渡してから、帰投します。いいですか、統括官」

 哀愁を漂わせながら微笑むM1。精一杯の悲痛を抑えていると、簡単に悟ことができてしまう笑顔。一体何がM1をそこまで苦しめているのか。考えを巡らせていると、M1の放った言葉が引っかかる。

 ——首?

「あなた、もしかして、ずっと首を持ったまま会話してたのですか?」
「そうですよ」
「そうならそうと言ってください。そうすれば、先に首を受け渡すことを許可したのに」
「まあ、かなり臭いですけど、慣れているので大丈夫です。それでは、統括官。次の任務もよろしくお願いします」

 プツリと通信が切れる。熱を帯びた通信デバイスを取り外し、胸ポケットにしまう。そして、メリア伝達官の方を向く。

「メリア伝達官、さっきM1に話していた数字ですが、あれはなんの数字ですか?」
「あの数字ですか」

 メリア伝達官は、目を伏せた。利発で快活なメリア伝達官はそこにはおらず、物憂げで悲しみを纏っている。

「あの数字は、今回の事件の現在確認できている死者数です」
「死者数。それだけの犠牲が出てしまっていたのですね。助けることができた命もあるかもしれませんが、我々は最善を尽くしたと思いますよ」
「いや、そうなんですけど。彼はそうは思ってないのです」
「M1ですか? M1は、どう思っているのですか?」
「M1には、理念があるみたいなのです。全ての人を救いたいという。誰も死なせないという。あまりにも現実離れして、切ない理念が」

 胸中が激しく痛み出す。M1の心の内を想像したからか。全ての人を救いたい? 誰も死なせない? 理念としての聞こえはとてもいい。しかし、そんなの実現するのは不可能だ。彼は、そんな痛々しいまでに利他的な理念を抱きながらこれまで、維持者を務めてきたのか。そんなの、そんなの、辛過ぎる。

 私の中で、彼の印象がまた変遷する。
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