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第6話 維持者は統括官を笑う

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 英雄、甘美な響きに憧れを抱くものが多いのは納得する。だが、僕がそんな風に呼称されるのは煩わしいし、嘆かわしい<維持者M1>


 黒髪に、褐色の肌、漆黒のロングコートに身を包みながらも品性を感じられる立ち姿。青く輝く刀身を静かに眺めながら、この世を憂いているようにも見える。
「彼が維持者、コードネームM1です。そして、彼に指示を出し、協力して外征人を討伐するのが、メユ統括官、あなたの使命です。お願いします。一匹でも多くの外征人に死を」

 メリア伝達官は、頬を紅潮させ、モニターに映る彼に愛慕を抱きながら見つめてから、ゆっくりとメユを見つめ直す。そこには、先ほどまでの愛らしい朗らかなメアリはおらず、少しばかり殺気を放っていると錯覚するほど凛としたメアリがいた。

「‥‥‥こちらM1、指示された招集時刻となりました。追加指示をお願いします」

 ボイスチェンジャーにて声が低く変化させられていがたが、彼が纏う優しい雰囲気と同じく穏やかな口調だった。

「こちら伝達官。今日は外征人討伐が任務じゃないわ。新たな統括官が着任されましたので、顔合わせをさせていただきます」
「新たな統括官‥‥‥、公国はまた死人を増やすつもりですか? まあ、私には関係ないことですが」

 前言撤回。口調は優しげがあるものの、言い方や内容は全然穏やかではないし、人を気遣うかけらもない。一体さっきまでの品性ある雰囲気はどこに行ってしまったのか。人は見かけによらないを体現したような人物ではないか。とりあえず‥‥‥。

「……あの、統括官、統括官のコードネームはシラユリです。東洋の古い言葉らしく……、維持者M1と話すときには、決して本名を名乗ってはいけません。それが規則でして、また、あなたを守るためでもありますので」

 口を開けて話し出そうとした瞬間、ナノがこっそり耳打ちをする。私を守るためということがどういう意味なのかはわからなかったが、規則ならば仕方あるまい。

「初めまして、私は統括官、コードネームはシラユリです。今後ともよろしくお願いいたします」
「幼い‥‥?」

 仮面の男が、カメラを凝視する。仮面の不敵な笑みがモニターを占めると、流石に君が悪く恐れ慄く。維持者M1からこちらの姿は見えていないはずだが、全て見透かされているかのように感じる。

「幼くありません、これでも私は16歳です。しかもいつも大人びていると言われます」
 腰に手を当て、幼いと言われたことに露骨に反応し、不服の弁を述べる。
「いや、これは失礼しました。ただ、あまりにも丁寧な言葉ぶりに少し動揺しまして」
「丁寧?」
「はい、前任者は皆、僕のことを豚野郎とか穀潰しとか言い放っていましたので、丁寧な自己紹介痛み入ります。ただ、そんなに若くお優しいのに、統括官に任命されてしまってお気の毒に、少しでも長い命をお祈り申し上げます」
「あなた失礼ね、そこまでして私に死んで欲しいの?」
「いえ、死んで欲しいとは思っておりません。ただ‥‥」
「ただ‥‥?」

 モニター越しに、言うか言わまいか悩んでいるM1を凝視する。

「ただ、私を担当する統括官は全て、外征人が見えるようになり、不意に街中で外征人を見かけ、外征人の姿を認知できることがバレてしまい、優先的に殺されてしまうのです。ですから、馬鹿な政府高官のせいでシラユリ統括官もいづれ‥‥‥」 

 目線を落とすM1からは、悲愴感が漂うが、同時に何も学ばない公国の高官を嘲笑うかのような声調でもあった。

「それは大丈夫よ、M1。シラユリ統括官は元々見える者よ」
「‥‥‥、見える者が、維持者ではなく、統括官に‥‥‥ 分かりました。前任者よりは長生きできそうですね。それでは、僕は用事があるのでお暇しようかと思いますが他に何か伝達事項などはございますか? 統括官」
「今のところはありません、本日はありがとうございました」

 嫌味を言われ苛立ちをあらわにするメユ。
 明らかな動揺の中、一方的に通信を切ろうとするM1。

 二人の出会いは、最悪なものであった。
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