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第5話 見えざる敵の認知

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 メリア伝達官の快活な笑い声が会議室に響き渡り、緊張感を安堵感へと甘やかに変えていく。

「メユ統括官、そんなに緊張しないでください。少し試させていただきました。今回任命された統括官が、統括官初の見える統括官だとお聞きしていたもので、本当に見えるのかどうか知りたくて、このようなことをしました。ご無礼を許してただけますと幸いです。」

 笑顔を振りまくメリア伝達官の横で、ナノも顔を少し硬らせながら、申し訳なさそうに頭を下げる。

「あ、私の方は大丈夫です、ですが、少し伺いたいのですが、まずこの組織は何のための組織なのですか?」

 先ほどまで強制的に退職願を書かされて、人生に絶望し不貞腐れていたのが遠い日のように感じながら、率直な疑問をぶつける。すると、メリアとナノは驚いた顔で見つめあう。

「メユ統括官、何もご存じでは無いのですか?」

 ご存じも何も、突然連れてこられたのだから、何も知らないのである。急な誘拐じみた連行、突然の任官、そして、見えることの暴露。相当な人権無視だと感じる。‥‥‥感じるが、この二人には罪はないようだと思い、叱責はしないでおく。

「はい、突然連れてこられたもので‥‥‥」
「そうだったんですね、では、私メリアが、お教えします」

 メリア伝達官は、淡々と説明する。

 普通の人には見えない、見えざる物、通称、外征人と呼んでいる生物が近年突如としてグリーデ公国に現れたこと。外征人の目的も住処《すみか》も不明。ただ分かっている事は放っておけば人を殺しまくること。これまで、神隠しや未解決の殺人事件の多くに外征人が関わっていること。そして、外征人から国民を守ることがNSCの役目であること。そして、先ほどの写真に写っていた人の遺体は、人の姿に変体した外征人の遺体らしい。

「この組織の目的は分かりました。しかし、これほど重要で危険なことは、国民に知らされるべきだと思いますが、なぜ秘匿されているのでしょう。しかも情報レベル最高位であるレベル6で」
「それは、人は本質的に見えるものしか信じない、信じたくないからです。私たち人間の中で、妖怪の存在を心から、心底信じている者がどれくらいいるでしょうか。幽霊を心底信じている人は? 神の存在を決して完全に疑わない人は? そんな人はいないでしょう。人は、見えない物を完全に信じることはできないのです。観測装置があり万人が確認できるようになって初めて万人に受け入れられるのです。ザック事件を覚えていますか?」

 ザック事件? 記憶の彼方にそのような名称があるような気がするが思い出せない。ただ、あたかも知っているように相槌を打つ。

「あの事件は、実は、最初で最後の外征人の仕業である可能性を最初に報道した事件なんです。しかし、すぐに大規模なバッシングが起きました。集団神隠しの原因がわからない行政の苦しい言い訳だとか、陰謀論で片付けようとするなとか、色々な誹謗中傷が起きました。しかも、それは警察や軍、政府内からも続出し、外征人のことは、内閣代表を始め、ごく僅かな人にしか知れ渡らないよう情報統制が強化されたのです」

 そんな裏側があったとは全く知らなかった。確かに、自分と合わない者を爪弾きにする。そして、自然と距離を置く。メユ自身の経験と重なり合い、見えない物が見えると言った時の友達の冷ややかで恐怖に満ちた目、あの目を思い出し、少し憂鬱になる。

「コーヒーはいかがですか?」

 ナノが、メユの表情を和らげようと淹れ治したコーヒーを静かに差し出してくれた。その優しさが、身に染みて、過去の記憶をかき消す。

「ありがとう、いただくわ。あと、もう一つ質問いいかしら。どうやってその、外征人に対抗するのですか、見えない相手に対処するのはかなり難しいとお見受けしますが」

 メリア伝達官は、伝達制御板に移動すると、スイッチを切り替えて、電源が切れていたモニターを点け、そして、モニターを眺めながら、まるで何か憧れの先輩を見るかのように声を昂らせながら語る。

「はい、現状、私たち普通の人間は外征人に対処することが難しいです。しかし、できないわけではありません。私たちは、首の皮一枚つながった状態でして、一つだけ対抗手段も持ち合わせています」

 たった今電源を点けたモニターに、不敵に微笑んだ顔が墨汁で描かれた仮面を被る男が映し出される。

「そう、我々の現状唯一の対抗手段は、維持者による外征人の討伐です」
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