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第4話 見える者と見えざる者

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 内閣府直轄対外征委員会(NSC)、これまで聞いたことがない組織名。会議室には内閣府の職員以外に、利発そうな顔立ちでショートヘアーのメユより背が低い女性と、落ち着いた様子でコーヒーを運んでいた長髪の女性が、軍服とは少し形状が異なる短めのスカートに白シャツブレザーの服装で立っている。

「それでは、後はよろしくお願いします。メリア伝達官」
「はい、喜んで!」

 内閣府の職員は、ショートヘアーの女性の方に向かって一礼してから、重厚なドアで守られたエレベーターに乗り会議室から去っていく。その姿を、呆然と眺めながら立ちすくんでいると‥‥‥
 メリア伝達官は、一際豪華な椅子を引きながらメユに.微笑む。

「統括官、こちらへどうぞ。色々と情報量が多くて困惑しているでしょう。まずは、自己紹介から。私は、メリア伝達官です。主に、国軍や内閣、他の省庁などとの連絡係を務めております。そして、こちらの女性が、ナノ。NSC用特殊兵器や武器の開発を担当しております。そして、私たち2人は、年齢的には年上ですが、階級的にはメユ統括官の部下になります。今後ともよろしくお願いいたします」

 メリア伝達官は簡潔に手慣れた自己紹介を披露する。その笑顔は、万人を幸せにしてしまいようなほど眩しく、こんな笑顔ができればもっと人から好かれたのだろうかと、少しばかりこれまでの身の振り方を省み、少し戸惑いながら返答する。
「あ、は、はい、今後ともよろしくお願いします」



「早速ですが、こちらをご覧ください」

 メアリ伝達官との会話を聞いていたナノが、唐突に一枚の写真を目の前に差し出す。そこには、人一人の遺体が写されていた。さらに、そこには異形の姿をした生物も‥‥‥写されていた。

 ——私は、この異形の生物を知っている。時々、街中で見かけていた。昔、友達に「あそこに変な生物がいる」と言ったが、誰もが「いないよ」と答えるから、この生物は私にしか見えないのだと悟ったのだった。それから、私は、頭のおかしさを疑われないよう異形の生物について口を閉ざしたのだ。

「ここに何が見えますか?」

 ナノはゆっくりと落ち着いた声調で、尋ねてくる。ふと、ナノの顔を見ると、優しそうな目の奥は、一切笑っておらず、何かを見極めようとしている、言わば獲物を狩る直前の獅子のような目が潜んでいた。

 ——これはまずい。

 直感がそう警告を鳴らす。しかし、何が正しい選択なのか、皆目見当つかない。密室で突然連れてこられた会議室も薄暗さも相まって不安を駆り立て判断力を鈍くする。

「遺体が写っています」

 軍人たるもの、毅然として堂々としていなければならない、という軍学校長の訓示を思い出し、気を持ち直すことで、はっきりと端的に答える。

「遺体が、写っているんですね、間違い無いですね」

「はい、間違い無いです」

 異形の生物のことは伏せておこう。今、そんな突飛のないことを言って、初対面の場を騒然とさせても今後の業務に支障をきたしそうだし、それが最善手だと直感が囁いたため、それに従う。

「統括官、申し訳ありませんが、私には、何も見えません」
「え!?、そんな、ここに遺体が‥‥‥」
「この写真には、人や生物は写っていません」

 ——しまった。

 完全に失策だったと後悔の念が津波のように押し寄せた。

 ——まさか、これは私の頭がおかしいかどうかを調査するテストだったのか?もし、見えない物が見えるようならば、ここで抹殺する計画か!?

 不安が頭を駆け巡る。額に汗が流れ出し、緊張していることがメリアとナノにも認知される。相手が攻撃を仕掛けてきた時に、対応できるよう、自らの重心を前に倒し、臨戦体制をとる。二人の一挙手一投足に集中していると、メアリ伝達官の口が、微かに動き‥‥‥


「やはり、見えましたか。我々は、公人の中から見える者を探していたのです」

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