CLYDE WAS HERE

銅原子@スタジオ バンドデシネ

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中編

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 闇に目を凝らしながら慎重に歩いていると、先程、私が入ってきたのと同じ扉が大きな音を立てて開いた。男が乱暴に女の手を引っ張りながらこちらに向かってくる。女は必死に抵抗し続けたが、男の力の前に為す術もなかった。二人は私の横を通り過ぎる。女は私の顔を見ていたが、私は恐怖で何も出来なかった。男は少し先に進んだ所にある扉を開け、女と共に中へ入って行った。

 二人が入って行った後、間をおいて一人の女が出て来た。女と目が合う。
 「いらっしゃい、さあ早くお入り。もうすぐ演奏が始まりますよ」
 女は暖かく客を迎え入れた。彼女の笑顔に私の張り詰めていた緊張が溶けてゆく。私は部屋に入ると入口のすぐ横にあった椅子に腰を掛けた。

 中には七人の人がいた。窓際で太陽の光を浴びながらクールにタバコを蒸す男。その反対には、白のタートルネックを着た太身の女が座っている。その隣には先程の乱暴な男と無理やり連れ込まれた女が隣り合って大人しく座っている。

 私の目の前にはベースの手入れをしている仏頂面の少年と優しそうな顔をしてアコーディオンを撫でる老人がいた。私を招き入れた女は扉を閉めるとタオルに包まれた何かを、目の前にある小さな台の上に乗せた。

  「みんな私、発表があるの。」

 タートルネックの女が立ち上がり唐突に言った。皆、黙ったまま女は続ける。

  「私、この度、独り身になりました。」
 
 誰からともなく拍手が起こる。何人もの人が、「おめでとう」と祝福の言葉を送った。
 独り身になるとは離婚や未亡人ということだろうか。実際の答えを私は知らない。しかし、それが何にしても不謹慎な様に感じた。
 私が頭の中で色々な選択肢を出したり、仕舞ったりしている内に、銃声が一つ鳴る。
 タートルネックの女が胸から血を流し、倒れている。銃声の出所には私を招き入れた女が居た。そして、床にはあのタオルが落ちている。女の表情は、私と出会った時のものと同じだった。部屋は一瞬の間、静まる。
 その静寂を奪ったのは、窓際でクールにタバコを蒸していた男だった。おもむろに立ち上がり、興奮した様子で拍手をする。拍手は伝染してとうとう私とピストルを持った女以外の全員に広がった。
 突然、タートルネックの女は大きな声で笑いだした。
  
  「さあ、ボニー。早く、私を自由にして。私は自由になるのよ。」
 
 弾は完全に心臓を貫いているのに、女は嬉しそうにそう叫んだ。ボニーと呼ばれた女は横たわる彼女の側に寄って眉間にピストルを突きつけた。

  「ボニー。ミスをしたら承知しないわよ。」

 銃声が一つ鳴る。弾丸は見事に女の眉間を貫いた。タートルネックの女はそれ以上、動いたり話したりすることは無かった。

  「ねえ、ボニー。これでブランシェさんは自由になったんだね。」

 興奮した様子で喋りだしたのは、仏頂面の少年だった。
 
  「そうよ。C.W。ブランシェの魂は解き放たれ、自由になったのよ。」

 ボニーはC.Wと呼ばれる少年に優しく言った。C.Wは側に居た老人に尋ねる。

  「ねえ、バック。自由ってどんな気持ちになれるの?」

  「さあ、私もまだ自由になったことが無いから実際のことは分からないが、私の見てきた人は皆、幸せそうな顔をしていたよ。」

  「じゃあ、みんな幸せになれるんだね。僕も早く自由になりたいなあ。」

 私は二人の会話を聞いて怒りを覚えた。幼い子供に悪知恵を流し込む老人も、人殺しのあの女もぶん殴ってやりたいと思った。しかし、誰一人として彼らを否定する者は居ない。

 狂っている。此処に居る全員が自由という名の下に、人の尊い命を粗末にすることを肯定している。私は不快に思って席を立つと、この気味の悪い部屋から出ようと扉に手をかけた。
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