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旅日記 秩父にて 弐 旅立ちの丘

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 僕らは旅立ちの丘にいた。

 あんなに遠くで聴こえていた「旅立ちの日に」が、今では僕らのすぐ側で響いている。スピーカーから流れる音楽は罅割れ、ノイズが混じっている。柵には幾つもの南京錠が掛けられていた。世のカップル達が永遠の愛を誓い、離れないように鍵を掛け、この地を去っていく。

 素敵な話だが、疲れ切った男二人には少しも響くことなく、同じ敷地内にある音楽堂へ向かった。

 途中、自販機でジュースを買った。熱を持つ身体、乾き切った喉を炭酸が刺激する。体中に水分が巡っていく。同時に口の中から糖分が広がり、思考を停止していた頭がゆっくりと動き出す。

 さあ、此処に留まっている時間はない。行こう。

 少し元気になった二人はまた歩き始めた。辿り着いた音楽堂は立派な建物だった。思ったよりも大きく少し汚れた建造物は自然の中に思いの外、馴染んでいる。
 
 その風景に満足した二人は隣の野外ステージの中を回った。イベントがあれば、たくさんの人で溢れていただろう場所に、二人だけというのは少し寂しかった。

 愛しのレンタル自転車の元に戻ってきた二人、無骨な二重の鍵を一個一個丁寧に外してやる。

 置いて行ってゴメンな寂しかっただろ。

 自転車は拗ねていて何も答えてくれなかった。

 愛車が拗ねてしまったが、機嫌を直して貰う程の時間は僕らにはなかった。やむを得ず僕は無理やり愛車に跨ると、強くペダルを踏み込んだ。この先は当分、急な下り坂を降っていく。ブレーキを絞りながら慎重に降りることを心がける。しかし、浴びる風が心地良くてついついスピードが上がっていった。

 登りの半分も満たぬ程の時間で山を降りた二人は、旧秩父橋へと走り出していった。

 旧秩父橋に近づくに連れて道が狭くなる。車が僕らの横、スレスレを通り過ぎる。身体中に緊張が走る。

 どうにか橋の前に辿り着いたが、そこには先客がいた。真っ白なワンピースに白色の長い髪、サンダルの女性と、「地底人」と書かれた赤の半袖とジーパンを履いた女性が一眼レフのカメラに向かってポーズを決めていた。

 所謂、コスプレイヤーというやつだった。

 僕らは彼女達の邪魔をしないように橋の外で待つことにした。僕は自販機でDr.Pepperの缶を買った。やっぱり、Dr.Pepperは美味い。改めてそう感じた。僕は、彼女達の気が済むまでの間、ジュースの甘みを堪能していた。

   
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