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俺とスイカとイケメンと
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「スイカ食いてえ」
荒い息の下、ぼそりとつぶやく俺。
シャツはもう、乾いているところなんて探せないくらいに汗でびしょ濡れ。顎先から伝い落ちる汗が地面に小さな模様を描き、それもすぐに蒸発していく。目に汗が入って痛いが、それを拭う暇もない。
「スイカ? 美味しいものなんですか?」
俺の目の前にいる、小振りな剣を持った男が不思議そうに俺を見た。額に張り付く金髪をかき上げる仕草は、まるでモデルか俳優。あまりにもイケメンすぎて、グゥの音も出ない。神様ってのはホント不公平だよ。
「この世界には、スイカはねえのかよ」
剣を振るいながら、俺はそいつを恨めしげに睨んだ。涼しい顔しやがって、ちきしょう。
「そんなに食べたいんですか。よほど美味しいものなんですね」
男はにっこり微笑んで、俺と一緒に素振りを続ける。奴の汗の方が数倍さわやかに見えるのは気のせいか?
「トオル、もう少ししたら休憩の鐘が鳴りますから、頑張って」
微笑む男に、俺は声もなく頷き返す。もう何時間こうしているのか、時間の感覚はすっかり失せていた。
親のスネ齧ってニート真っ最中の引きこもり野郎には、この炎天下は地獄以外の何物でもない。紫外線に耐性のない生っ白い肌は、強い日差しのおかげですっかり黒こげだ。伸ばしっぱなしだった髪の毛も鬱陶しくてしかたがない。もっとマメに床屋に行っとくんだった。
俺、何でこんなとこにいるんだろ。
田舎の小学校みたいな木造の建物と、森しかねえ。時々モンスターが出てくるし。しかもおまけに夏。暑いっつの。
新発売のゲームやってたんだぜ。つるんで遊ぶような友達はいねえし、便所と風呂とメシ以外、ずっとクーラーのきいた部屋にこもってコントローラー握ってさ。
なのに。
俺の家はどこにいった? 学校は? 行きつけのレンタル屋は? コンビニは? なーんにもありゃしねえ。
いや、違う。
俺が、俺の世界から、消えちまったんだ。俗に言う「異世界落ち」ってやつ?
ラノベやマンガの世界なら分かるよ。けど、何も俺がその当事者にならなくてもいいんじゃねえの?
大体、ゲームの中に引き込まれるってベタだぞ、ベタすぎるだろ。ネタ的に目新しさがまるでねえじゃんか。しかもよりによってRPGときたもんだ。レベルアップしないとどこにも行けないって、めちゃくちゃ不便。お願いだから、誰かリセットボタン押してくれ。
それに、今俺のいるこの剣士養成所、必殺技をひとつマスターするまで出られないらしい。俺に付きっ切りのこの男は、俺がここに来てから三日も経つのに、まだ素振りしか教えてくれねえし。
ああもう、いつまでこんなことやってりゃいいんだよ。
「相変わらずですね、トオル。そんなにもとの世界に帰りたいですか?」
知らず知らずのうちに俺は、ぶつぶつ独り言をつぶやいてたらしい。男のさわやかな顔が俺を見て笑っていた。
意識が現実に立ち返った俺は、剣を振るいながら男に目を向ける。
「師範には悪いけど、俺は元の世界へ帰りてえよ。剣ばっか振ってんの飽きちまった」
正直な俺の返答に、男……師範は小さくうなずく。
「テレビの前でゲームをしているだけなら何時間だって耐えられるのに、実際やってみると結構な労力でしょう?」
「まったくだよ、腕がパンパンだ。こんなに動いたの生まれて初めてだよ」
おやおや、と師範が苦笑する。
「でも、トオルにはちゃんとエンディングが用意されていますから」
「へ?」
俺の声とほぼ同時に、養成所の鐘が高い青空に響いた。午後の休憩の合図だ。
くたくたになって剣を下ろし、俺は一目散に木陰に飛び込む。そんな俺を見つめながら、俺と同い年くらいの若い師範は、少し寂しそうにして微笑んだ。
「トオルは、エンディングを迎えれば元の世界に戻れます。でも私たちは、永遠にこの世界で同じことを繰り返し続けるだけですから。私は、トオルが羨ましいですよ」
一瞬、目が泳いだ。
でも、それを師範に悟らせないよう、俺は頭を掻いてぼやけた声を返す。
「エンディングねえ……そこまでいけば俺、帰れんの?」
「もちろんです。だから頑張りましょうね」
「ん……まあ、何となく頑張るわ」
俺がわざと話を反らしたのに、気づいたかな。
この世界では、望んだわけじゃないけど、俺が主役。
成長して旅を続けるのは俺だけで、他のキャラは仲間にでもならない限り、その場から動いたり違うことをしたり、ということはない。ゲームだもん、当然だ。俺がこの養成所を立ち去った後も、彼らの役回りは常に同じ。次に来るか来ないかも分からない「主役」のために、サポートをし続ける運命なんだ。
テレビやゲームのない、気の毒なほどファンタジーすぎるこの世界で、変化のない生活を延々と繰り返し続ける彼らの気持ちは、俺には想像できない。
それに……慰める、なんて言ったらおこがましいけど、師範にどう言葉をかけていいのか分からなかった。ろくに友達づきあいもしたことのない俺のコミュ障加減が、こんなところで身にしみる。
「……そういや、この世界ってずっと夏のまま?」
どーせアホだよ俺は。この程度の下手な気遣いしかできませんよ。
師範は俺の隣に腰かけて、ゆっくりと汗を拭いながらうなずく。
「ええ、常夏の大陸です。ゲーム中では、この大陸で過ごす時間が全プレイ時間の半分はあるはずです。十分夏を満喫できますよ」
くすくすと笑う師範の隣で、俺は地面に倒れ込む。夏はもういいっつの!
ほんの少しだけ、涼しい風が木陰を通り抜けた。草いきれと乾いた土の匂い、やかましい虫の声が絡まりあって、寝転がった俺の上を通り過ぎていく。
かつて生活の中にあふれていた景色や匂い――街の雑踏、満員電車、そそり立つビル、渋滞の車列。甘ったるい化粧や香水、排気ガスの匂い。そのどれも、本当にここにはない。
物足りなさに焦燥感が生まれそうなほどピュアで、狂おしいほど澄んだ空気に、全身が満たされる。引きこもりニートのままだったら絶対に触れることのなかった世界――六畳一間の中にしかなかった狭い世界が、まるで何かの笑い話のようだ。
「トオル、食べませんか?」
幼馴染の友達を思わせる笑顔が目の前に浮かぶ。師範は手に蒼い実を持って、俺に差し出していた。
「スイカには及ばないかもしれませんが、これも美味しいですよ」
友達なんていらねえって。
馴れ合いの関係なんて反吐が出るって。
あれほど思ってたってのにさ。
何だかそんなこと忘れちまうくらい、この笑顔はくすぐったくて、少しだけ気持ちが和らぐ気がした。
「……サンキュ」
受け取って、じっと蒼い実を見る。さすがゲームの世界、すげえ色合いだ。喉の渇きも手伝って、俺は勢いよく蒼い実にかぶりつく。
「んっ?」
懐かしい歯ざわりがした。
「……スイカだ!」
思わず飛び出た言葉に、師範が目を丸くする。俺は二度、三度と蒼い実をかじって、一人うなずきながら声を上げる。
「うん、形と色は違うけど、スイカだよスイカ! これこれ、超美味い! ああ、すっげ生き返る!」
「そうですか……よかった、いっぱい食べて下さいね」
師範はにっこり笑って、蒼い実の入った籠を俺の前にとんと置く。俺はガキみたいにガツガツと蒼い実を貪りながら、それをひとつ鷲掴みにして師範に突き出す。
「師範も食えよ」
しゃぐしゃぐと蒼い実を頬張ったままつぶやいた俺に、師範は嬉しそうにうなずいた。
「ええ。いただきます」
師範は俺から蒼い実を受け取って小さくかじる。遠い目をした穏やかな横顔が、柔らかく和んでいく。
俺の中に、スイカの甘さと、師範の笑顔の清々しさが広がって、しあわせな気持ちが小さく灯った。いつもは無口な俺を、ほんの少し饒舌にさせるくらいの、本当に些細なしあわせが。
「なあ、師範って呼びにくいよ。名前ねえの?」
「ええ、ありませんよ。そういう設定はないので」
「勝手に名乗っちゃえば? どうせ俺のゲームだし」
「そういうわけにはいきませんよ」
「じゃ、俺が名前付けてやろっか。金髪キャラの名前結構網羅できるからさ」
再び、暑く乾いた空気を震わせ、高い空に鐘が鳴り響く。
「トオル、休憩終わりですよ。その話はまた後で」
「じゃあ夕飯の時に決めようぜ」
「はいはい、分かりました」
木陰から飛び出した俺たち二人の影を、暑い太陽が殊更に濃く彩る。夕方まで黙々と剣を振り続け、落ちた汗がまた、地面に幾つもの模様を描くんだ。
けど、そこからの剣の素振りは、それほどイヤじゃなかった。
何だか部活みてえ……気恥ずかしいほど清々しい。
「なあ、あのスイカみたいな実、また食いてえな」
「じゃあ夕飯の後で採りに行きましょうか。モンスターが出ますから、傷薬を忘れないようにしてくださいね」
「げ、命がけかよ」
今、俺……自分から、笑ってら……何年忘れてたのかな。こんな感じ。
いずれくるエンディング。リアルな世界へ戻る瞬間がきたら、そのときは――
「俺、ゲームのクリエイター目指そっかな……もっと設定の濃い、全部のキャラに人生があるようなゲーム作りてえな……もちろんスイカもちゃんと作ってさ」
「おや、脱ニート宣言ですか?」
「一言余計だっつの」
俺、また笑ってる。何だよ、意外に楽しいじゃん。
師範は俺をじっと見て、またあの優しい顔で微笑んだ。
「トオルの作るゲーム、楽しみにしていますからね」
日焼けして真っ黒の、埃だらけ汗まみれの顔で、俺は大きくうなずいた。今の俺を見たら、誰もニートの引きこもりだなんて思わないだろうな。
俺は、自分でも驚くくらい、自然な笑顔を浮かべていた。
「ん、まあ適当に頑張るわ」
下手な照れ隠しでそっぽを向く俺は、パソコンもスマホもないこのゲームの世界を……いや。
やけにイケメンで腰の低い、幼馴染みたいな師範との時間を、楽しもうと思った。
「ああ、暑い」
荒い息の下、ぼそりとつぶやく俺。
シャツはもう、乾いているところなんて探せないくらいに汗でびしょ濡れ。顎先から伝い落ちる汗が地面に小さな模様を描き、それもすぐに蒸発していく。目に汗が入って痛いが、それを拭う暇もない。
「スイカ? 美味しいものなんですか?」
俺の目の前にいる、小振りな剣を持った男が不思議そうに俺を見た。額に張り付く金髪をかき上げる仕草は、まるでモデルか俳優。あまりにもイケメンすぎて、グゥの音も出ない。神様ってのはホント不公平だよ。
「この世界には、スイカはねえのかよ」
剣を振るいながら、俺はそいつを恨めしげに睨んだ。涼しい顔しやがって、ちきしょう。
「そんなに食べたいんですか。よほど美味しいものなんですね」
男はにっこり微笑んで、俺と一緒に素振りを続ける。奴の汗の方が数倍さわやかに見えるのは気のせいか?
「トオル、もう少ししたら休憩の鐘が鳴りますから、頑張って」
微笑む男に、俺は声もなく頷き返す。もう何時間こうしているのか、時間の感覚はすっかり失せていた。
親のスネ齧ってニート真っ最中の引きこもり野郎には、この炎天下は地獄以外の何物でもない。紫外線に耐性のない生っ白い肌は、強い日差しのおかげですっかり黒こげだ。伸ばしっぱなしだった髪の毛も鬱陶しくてしかたがない。もっとマメに床屋に行っとくんだった。
俺、何でこんなとこにいるんだろ。
田舎の小学校みたいな木造の建物と、森しかねえ。時々モンスターが出てくるし。しかもおまけに夏。暑いっつの。
新発売のゲームやってたんだぜ。つるんで遊ぶような友達はいねえし、便所と風呂とメシ以外、ずっとクーラーのきいた部屋にこもってコントローラー握ってさ。
なのに。
俺の家はどこにいった? 学校は? 行きつけのレンタル屋は? コンビニは? なーんにもありゃしねえ。
いや、違う。
俺が、俺の世界から、消えちまったんだ。俗に言う「異世界落ち」ってやつ?
ラノベやマンガの世界なら分かるよ。けど、何も俺がその当事者にならなくてもいいんじゃねえの?
大体、ゲームの中に引き込まれるってベタだぞ、ベタすぎるだろ。ネタ的に目新しさがまるでねえじゃんか。しかもよりによってRPGときたもんだ。レベルアップしないとどこにも行けないって、めちゃくちゃ不便。お願いだから、誰かリセットボタン押してくれ。
それに、今俺のいるこの剣士養成所、必殺技をひとつマスターするまで出られないらしい。俺に付きっ切りのこの男は、俺がここに来てから三日も経つのに、まだ素振りしか教えてくれねえし。
ああもう、いつまでこんなことやってりゃいいんだよ。
「相変わらずですね、トオル。そんなにもとの世界に帰りたいですか?」
知らず知らずのうちに俺は、ぶつぶつ独り言をつぶやいてたらしい。男のさわやかな顔が俺を見て笑っていた。
意識が現実に立ち返った俺は、剣を振るいながら男に目を向ける。
「師範には悪いけど、俺は元の世界へ帰りてえよ。剣ばっか振ってんの飽きちまった」
正直な俺の返答に、男……師範は小さくうなずく。
「テレビの前でゲームをしているだけなら何時間だって耐えられるのに、実際やってみると結構な労力でしょう?」
「まったくだよ、腕がパンパンだ。こんなに動いたの生まれて初めてだよ」
おやおや、と師範が苦笑する。
「でも、トオルにはちゃんとエンディングが用意されていますから」
「へ?」
俺の声とほぼ同時に、養成所の鐘が高い青空に響いた。午後の休憩の合図だ。
くたくたになって剣を下ろし、俺は一目散に木陰に飛び込む。そんな俺を見つめながら、俺と同い年くらいの若い師範は、少し寂しそうにして微笑んだ。
「トオルは、エンディングを迎えれば元の世界に戻れます。でも私たちは、永遠にこの世界で同じことを繰り返し続けるだけですから。私は、トオルが羨ましいですよ」
一瞬、目が泳いだ。
でも、それを師範に悟らせないよう、俺は頭を掻いてぼやけた声を返す。
「エンディングねえ……そこまでいけば俺、帰れんの?」
「もちろんです。だから頑張りましょうね」
「ん……まあ、何となく頑張るわ」
俺がわざと話を反らしたのに、気づいたかな。
この世界では、望んだわけじゃないけど、俺が主役。
成長して旅を続けるのは俺だけで、他のキャラは仲間にでもならない限り、その場から動いたり違うことをしたり、ということはない。ゲームだもん、当然だ。俺がこの養成所を立ち去った後も、彼らの役回りは常に同じ。次に来るか来ないかも分からない「主役」のために、サポートをし続ける運命なんだ。
テレビやゲームのない、気の毒なほどファンタジーすぎるこの世界で、変化のない生活を延々と繰り返し続ける彼らの気持ちは、俺には想像できない。
それに……慰める、なんて言ったらおこがましいけど、師範にどう言葉をかけていいのか分からなかった。ろくに友達づきあいもしたことのない俺のコミュ障加減が、こんなところで身にしみる。
「……そういや、この世界ってずっと夏のまま?」
どーせアホだよ俺は。この程度の下手な気遣いしかできませんよ。
師範は俺の隣に腰かけて、ゆっくりと汗を拭いながらうなずく。
「ええ、常夏の大陸です。ゲーム中では、この大陸で過ごす時間が全プレイ時間の半分はあるはずです。十分夏を満喫できますよ」
くすくすと笑う師範の隣で、俺は地面に倒れ込む。夏はもういいっつの!
ほんの少しだけ、涼しい風が木陰を通り抜けた。草いきれと乾いた土の匂い、やかましい虫の声が絡まりあって、寝転がった俺の上を通り過ぎていく。
かつて生活の中にあふれていた景色や匂い――街の雑踏、満員電車、そそり立つビル、渋滞の車列。甘ったるい化粧や香水、排気ガスの匂い。そのどれも、本当にここにはない。
物足りなさに焦燥感が生まれそうなほどピュアで、狂おしいほど澄んだ空気に、全身が満たされる。引きこもりニートのままだったら絶対に触れることのなかった世界――六畳一間の中にしかなかった狭い世界が、まるで何かの笑い話のようだ。
「トオル、食べませんか?」
幼馴染の友達を思わせる笑顔が目の前に浮かぶ。師範は手に蒼い実を持って、俺に差し出していた。
「スイカには及ばないかもしれませんが、これも美味しいですよ」
友達なんていらねえって。
馴れ合いの関係なんて反吐が出るって。
あれほど思ってたってのにさ。
何だかそんなこと忘れちまうくらい、この笑顔はくすぐったくて、少しだけ気持ちが和らぐ気がした。
「……サンキュ」
受け取って、じっと蒼い実を見る。さすがゲームの世界、すげえ色合いだ。喉の渇きも手伝って、俺は勢いよく蒼い実にかぶりつく。
「んっ?」
懐かしい歯ざわりがした。
「……スイカだ!」
思わず飛び出た言葉に、師範が目を丸くする。俺は二度、三度と蒼い実をかじって、一人うなずきながら声を上げる。
「うん、形と色は違うけど、スイカだよスイカ! これこれ、超美味い! ああ、すっげ生き返る!」
「そうですか……よかった、いっぱい食べて下さいね」
師範はにっこり笑って、蒼い実の入った籠を俺の前にとんと置く。俺はガキみたいにガツガツと蒼い実を貪りながら、それをひとつ鷲掴みにして師範に突き出す。
「師範も食えよ」
しゃぐしゃぐと蒼い実を頬張ったままつぶやいた俺に、師範は嬉しそうにうなずいた。
「ええ。いただきます」
師範は俺から蒼い実を受け取って小さくかじる。遠い目をした穏やかな横顔が、柔らかく和んでいく。
俺の中に、スイカの甘さと、師範の笑顔の清々しさが広がって、しあわせな気持ちが小さく灯った。いつもは無口な俺を、ほんの少し饒舌にさせるくらいの、本当に些細なしあわせが。
「なあ、師範って呼びにくいよ。名前ねえの?」
「ええ、ありませんよ。そういう設定はないので」
「勝手に名乗っちゃえば? どうせ俺のゲームだし」
「そういうわけにはいきませんよ」
「じゃ、俺が名前付けてやろっか。金髪キャラの名前結構網羅できるからさ」
再び、暑く乾いた空気を震わせ、高い空に鐘が鳴り響く。
「トオル、休憩終わりですよ。その話はまた後で」
「じゃあ夕飯の時に決めようぜ」
「はいはい、分かりました」
木陰から飛び出した俺たち二人の影を、暑い太陽が殊更に濃く彩る。夕方まで黙々と剣を振り続け、落ちた汗がまた、地面に幾つもの模様を描くんだ。
けど、そこからの剣の素振りは、それほどイヤじゃなかった。
何だか部活みてえ……気恥ずかしいほど清々しい。
「なあ、あのスイカみたいな実、また食いてえな」
「じゃあ夕飯の後で採りに行きましょうか。モンスターが出ますから、傷薬を忘れないようにしてくださいね」
「げ、命がけかよ」
今、俺……自分から、笑ってら……何年忘れてたのかな。こんな感じ。
いずれくるエンディング。リアルな世界へ戻る瞬間がきたら、そのときは――
「俺、ゲームのクリエイター目指そっかな……もっと設定の濃い、全部のキャラに人生があるようなゲーム作りてえな……もちろんスイカもちゃんと作ってさ」
「おや、脱ニート宣言ですか?」
「一言余計だっつの」
俺、また笑ってる。何だよ、意外に楽しいじゃん。
師範は俺をじっと見て、またあの優しい顔で微笑んだ。
「トオルの作るゲーム、楽しみにしていますからね」
日焼けして真っ黒の、埃だらけ汗まみれの顔で、俺は大きくうなずいた。今の俺を見たら、誰もニートの引きこもりだなんて思わないだろうな。
俺は、自分でも驚くくらい、自然な笑顔を浮かべていた。
「ん、まあ適当に頑張るわ」
下手な照れ隠しでそっぽを向く俺は、パソコンもスマホもないこのゲームの世界を……いや。
やけにイケメンで腰の低い、幼馴染みたいな師範との時間を、楽しもうと思った。
「ああ、暑い」
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