上 下
12 / 54

『一緒の夕食と皆でお風呂』

しおりを挟む
 アニメを見て皆で時間を潰し、ようやく夕食の時間となった。
 炊き立ての白米を平皿によそい、そこに熱々のカレーを乗せた。火傷すると危ないのでルインの分は少し冷まし、それぞれの目の前に置いてあげた。湯気と共に食欲をそそる香りが沸き立ち、二人はゴクリと喉を鳴らした。
 「よし、こんなもんか。それじゃあ二人とも、手を合わせて……いただきます」
 「うん、イタダキマス!」
 「イタダキマス」
 片言ではあったが、エリシャもルインも同じように日本語で言ってくれた。その行為に何とも言えぬ嬉しさを感じていると、カレーを食べたルインがくりくりとした目をさらに大きくし、幸せそうな笑顔を見せてくれた。

 「パパ、ママ。このカレーってすごくおいしいね!」
 「そうか、ルインは気にいってくれたか。エリシャはどうだ?」
 「不思議な味ですね……、アルヴァリエに似たような食べ物がないので比較できませんが、とても美味で驚きました」
 二人の反応が良かったので俺も食べてみたが、久しぶりにしては中々の出来だ。野菜は固すぎず柔らかすぎずといった具合で、肉も歯切れよい仕上がりになっていた。甘口のルーが思った以上に美味しかったのも嬉しい誤算で、これからも使っていこうと決めた。
 「まだまだたくさんあるから、好きなだけ食べていいぞ」
 俺がそう言うと、二人は空になった皿を一緒に差し出してくれた。

 夕食を終えて食器を片付け、寝る前に風呂へと入ることにした。
 一通りの準備は俺が済ませ、湯を入れている内にシャワーの使い方をエリシャに説明した。俺が一緒に入るわけにはいかないので、ルインのことを頼むつもりだった。だがルインは二人だけでなく、俺も含め三人で入りたいと言い出した。
 それは無理だと説得しようとしたが、俺はルインの不安そうな眼差しに気づいた。
 (……二人になったら、俺がどこかに行ってしまうとか思ってるのかな)
 実際のところ、俺たちが揃って生活を始めてから半日も経っていない。ルインは俺とエリシャをとても気に入ってくれたようだが、まだ心の深い部分では信用しきれていないのかもしれない。それは幼い子どもならごく自然な反応で、だからこそ答えに困った。

 叱ってでも断るべきか、それとも別の妥協案を探すか。どちらにすべきか迷っていると、隣にいたエリシャが意外な助け舟を出してくれた。
 「実際に使いながらの方が分かりやすいですし、ルインも安心すると思います。……私としてもレンタになら、その……身体を見られても大丈夫です」
 最後の方はかなり小声だったが、おおよその内容を理解できた。俺がポカンとしてるとエリシャは頬を赤くし、恥ずかしさに耐えながら涙目でじっと見上げていた。
 「…………じゃ、じゃあ、三人で入るか」
 ルインがいてくれるので理性を保つことは可能だろう。俺は魔王との決戦時以上にバクバクと脈動する心臓の音を聞き、風呂までの時間を落ち着かぬまま過ごした。

 ニ十分ほどで風呂は出来上がり、予定通り三人で入浴することとなった。まずエリシャとルインが脱衣所に入り、二人が風呂場に入ったところで俺も中に入ることにした。
 しかし扉一枚の先に裸のエリシャがいると考えると、身体は固まって動かなくなってしまった。このまま回れ右してリビングに戻ろうか往生際悪く考えていると、突然風呂場の扉がガラリと開いてキョトンとしたルインが姿を現した。
 「パパ、はやくおふろにはいろう?」
 「…………はい、行きます」
 俺は色々な感情を消し、二人の元へと足を踏み入れた。
 
 この部屋の風呂場は独り暮らし用にしては大きく、大人二人子ども一人でも座れるスペースがちゃんとあった。浴槽自体も大き目なものなので、元々は家族向けに設計されたアパートだったのかもしれない。
 (……ずっと俺一人だった場所に、今はエリシャとルインもいる。今でも夢を見ているような気分だな)
 エリシャは俺が教えたシャワーをきちんと使いこなし、ルインのふわっとした髪を丁寧に洗っていた。それを浴槽からじっと見つめていると、背中越しに見えるエリシャの翡翠と黄金の髪がぼうっと光を増し始めた。
 「その……、レンタ。あまり見られてしまうと、とても恥ずかしいのですが……」
 振り返った顔は真っ赤で、俺は慌てて湯船に顔を沈めた。
 「ごっ、ごめん。何だか特にやることもなくて……その」
 「いっいえ、別にそれが嫌だというわけではないのですが」
 二人でわたわたとしていると、ルインが顔に泡をつけた状態で「どうしたの?」と無垢な疑問を投げた。俺は慌てながらルインの髪が凄く綺麗だと話していたことにした。

 さすがに三人で浴槽に入るのは窮屈過ぎるので、エリシャとルインが入るタイミングで俺が髪を洗うこととなった。入れ替わりの瞬間には目を閉じていたが、どうしてもエリシャの身体が目に入ってしまって困った。
 「あのさ、ルイン。今日は俺も入ったけど、明日からはどっちかだけとお風呂に入ることにしないか。三人もいると、やっぱり狭いし――……」
 「や!」
 「…………そっか」
 これはルインに感謝するべきなのか、それとも悲観するべきなのか、今の俺には最善の選択を見つけることは難しかった。

 風呂から上がって仲良く夜の時間を過ごし、ルインがあくびをし始めたところで就寝の時間となった。エアコンのタイマーをつけて電気を消し、三人で自室の方へと移動した。
 来客用の布団があったので俺はそれに寝ようとしたが、ここでもルインは一緒がいいとお願いしてきた。一応ベッドの広さは足りてるので、それもいいかと受け入れた。
 川の字になってベッドに横になると、ルインがえへへと満足そうに微笑んだ。まるでその表情は、俺たちを本当の親と思っているかのようだった。これまで敵対してきた魔族を勇者として殺めた身として、胸の奥がチクリと痛む思いだった。
 (……ここがアルヴァリエだったなら、ルインの親代わりになんてなるべきじゃない。だけどこの世界で、この子の面倒を見れるのは俺たちだけなんだよな)
 思考を巡らせながらルインの頭を撫でていると、すぅすぅと寝息が聞こえてきた。それはルインからのもので、エリシャも「眠りました」とささやくような声で教えてくれた。

 「……レンタ、何を考えてましたか?」
 「これから三人でどう暮らしたものかってさ。ずっと二人がいてくれるなら俺も覚悟を決めるつもりだけど、その保証はどこにもないだろ」
 「ですね。今眠って目を覚ましたら、そこは私がいた世界かもしれない。……実は私も、ずっと怖かったです。きっとレンタと同じことを考えていました」
 不安そうなエリシャの手をぎゅっと握ってあげると、柔らかく微笑み返してくれた。
 「まぁこうして手を繋いでいれば、離れ離れになることもないだろ」
 「ありがとうございます。ふふっ、やっぱりレンタで良かったです」
 ふと思い浮かんだのは、魔王城の崩落に巻き込まれた時にエリシャが言った告白だ。色々バタバタしていたので、まだ俺側の意思を伝えていなかった。

 「なぁ、エリシャ。ずっと言ってなかったけど、俺はお前を……あれ?」
 「すぅ……くぅ…………」
 気づけばエリシャも眠りについていた。色々あったのはエリシャも同じで、凄く疲れたのだろう。俺は気が抜けてふっと笑い、またの機会にしようと目を閉じた。
 消えていく意識の中で、いつまでもこの瞬間が続けばいいのにと願った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

「お前は彼女(婚約者)に助けられている」という言葉を信じず不貞をして、婚約者を罵ってまで婚約解消した男の2度目は無かった話

ラララキヲ
ファンタジー
 ロメロには5歳の時から3歳年上の婚約者が居た。侯爵令息嫡男の自分に子爵令嬢の年上の婚約者。そしてそんな婚約者の事を両親は 「お前は彼女の力で助けられている」 と、訳の分からない事を言ってくる。何が“彼女の力”だ。そんなもの感じた事も無い。  そう思っていたロメロは次第に婚約者が疎ましくなる。どれだけ両親に「彼女を大切にしろ」と言われてもロメロは信じなかった。  両親の言葉を信じなかったロメロは15歳で入学した学園で伯爵令嬢と恋に落ちた。  そしてロメロは両親があれだけ言い聞かせた婚約者よりも伯爵令嬢を選び婚約解消を口にした。  自分の婚約者を「詐欺師」と罵りながら……──  これは【人の言う事を信じなかった男】の話。 ◇テンプレ自己中男をざまぁ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げる予定です。 <!!ホットランキング&ファンタジーランキング(4位)入り!!ありがとうございます(*^^*)!![2022.8.29]>

ズボラ通販生活

ice
ファンタジー
西野桃(にしのもも)35歳の独身、オタクが神様のミスで異世界へ!貪欲に通販スキル、時間停止アイテムボックス容量無限、結界魔法…さらには、お金まで貰う。商人無双や!とか言いつつ、楽に、ゆるーく、商売をしていく。淋しい独身者、旦那という名の奴隷まで?!ズボラなオバサンが異世界に転移して好き勝手生活する!

【完結】返してください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと我慢をしてきた。 私が愛されていない事は感じていた。 だけど、信じたくなかった。 いつかは私を見てくれると思っていた。 妹は私から全てを奪って行った。 なにもかも、、、、信じていたあの人まで、、、 母から信じられない事実を告げられ、遂に私は家から追い出された。 もういい。 もう諦めた。 貴方達は私の家族じゃない。 私が相応しくないとしても、大事な物を取り返したい。 だから、、、、 私に全てを、、、 返してください。

たまたま神さま、ときたま魔王

曇天
ファンタジー
高校入試の当日、高熱で寝込んだ平柴 正人《ひらしば まさと》は、腹立ち紛れにお守りを投げ捨てた。 そのことで神の怒りをかい、神の大変さをしるために異世界へ神として送られる。 神となったマサトはその力で異世界をいきていくことになる。  

おっさん料理人と押しかけ弟子達のまったり田舎ライフ

双葉 鳴|◉〻◉)
ファンタジー
真面目だけが取り柄の料理人、本宝治洋一。 彼は能力の低さから不当な労働を強いられていた。 そんな彼を救い出してくれたのが友人の藤本要。 洋一は要と一緒に現代ダンジョンで気ままなセカンドライフを始めたのだが……気がつけば森の中。 さっきまで一緒に居た要の行方も知れず、洋一は途方に暮れた……のも束の間。腹が減っては戦はできぬ。 持ち前のサバイバル能力で見敵必殺! 赤い毛皮の大きなクマを非常食に、洋一はいつもの要領で食事の準備を始めたのだった。 そこで見慣れぬ騎士姿の少女を助けたことから洋一は面倒ごとに巻き込まれていく事になる。 人々との出会い。 そして貴族や平民との格差社会。 ファンタジーな世界観に飛び交う魔法。 牙を剥く魔獣を美味しく料理して食べる男とその弟子達の田舎での生活。 うるさい権力者達とは争わず、田舎でのんびりとした時間を過ごしたい! そんな人のための物語。 5/6_18:00完結!

処理中です...